第七話 August 02
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「気に入るやつはあったか?」
「贅沢を言える状況じゃないしな。この辺で妥協しておく」
場所はプレイヤーズギルド「グラーフ・ツェッペリン」が拠点としている砦。その倉庫で、沢城諭吉は折ってしまった剣の代わりを探しているところだった。新しい剣を手に入れた諭吉はそれを軽く振り、手に馴染ませようとしている。
倉庫から出てきた諭吉を、それに続く甲斐を、ジュンとアキラと沢城雪未が出迎えた。
「いい剣はあったかな?」
「悪くはないです。ありがとうございます」
と諭吉はジュンに頭を下げた。ジュンは「困ったときはお互い様さ」と笑顔を見せる。
「それにしても、何で剣がこんなにあるんだ?」
「ああ。少し前に他のギルドともめて、そいつ等から分捕ってきた」
甲斐が正直に答え、諭吉は「お、おう」と少し引いた。
「……その人達はどうしてそれだけの剣を持っていたのかな」
雪未の発した疑問の意味が理解できず、甲斐は首をひねった。雪未は「この槍もそうじゃない?」と自分の槍を甲斐達へと見せつける。
「どうしてこんな状態の良い武器がそこら中に転がっているわけ?」
その問いに甲斐は当然答えられず、答えを求めるようにジュンを見つめる。一同の視線を集めたジュンはまず苦笑をした。
「ちょっと興味深いものを見てもらおうか」
そう言ってジュンが一同を連れて移動した先は、砦内の一室だった。窓のないその一室には古びた木箱があるだけである。ジュンがその木箱を空けると中に入っているのは薄汚れた麻袋で、彼女はその口を大きく開いてその中身を一同へと示した。
「……米、じゃない。麦ですか?」
「そう、麦袋だ。たったこれだけだが、わたし達にとっては最後の生命線だよ」
その部屋から出た一同は砦の中庭のような場所へと戻ってくる。
「さて。判るかな?」
ジュンの問いに甲斐は目を瞬かせるだけだ。甲斐の代わりに雪未が憤ったように問う。
「どうしてあんなものが残っているのよ。剣や槍はまだいい、この砦みたいな場所で保管されていたのならあるいは良い状態で残っているかもしれない。でも穀物はあり得ないじゃない」
「そういうことだ――わたし達が放り出されたこの蠱毒壺の結界の中は、無人の荒野だ。わたし達は同じプレイヤー以外の人間に出会ったことがないが、それは君達も同じだろう?」
その確認に甲斐も、諭吉と雪未も「もちろん」と大きく頷いた。
「この世界の現地人――ポータラカ王国の国民はきっとどこかにいるのだろうけど、それはこの結界の外側だ。この砦にしても他の建物にしても、遺棄されてから百年は経っている。じゃあ何でこんなものがある?」
とジュンは自分の剣を甲斐達に示す。甲斐は「何でなんですか?」と打てば響くように問い返した。
「少しは自分でも考えてほしいのだけれどね、別に答えは難しくないのだから――『誰かが置いていったから』。他には考えられないだろう?」
ジュンが肩をすくめ、沢城姉弟は戸惑ったような顔を見合わせた。
「その『誰か』って?」
「情報が少なすぎて判らない。ただその目的についてはある程度推測できる。もし武器がなかったらどうなっていたかを考えてみればいい。わたし達はモンスターとまともに戦うことができず、速やかに全滅していたはずだ」
「俺、最初にモンスターと戦ったときには木の棒しかありませんでしたけど」
「それでギガントサーペントやガーゴイルと戦って勝てたかい?」
甲斐が首を横に振り、諭吉が訝りながらジュンに確認する。
「それじゃその『誰か』は俺達を助けるために」
「そんなわけがない」
ジュンが即座に、断固として否定し、諭吉はその問いを立ち消えさせた。
「その『誰か』が考えているのは蠱毒壺の儀式を成立させることだけだ。わたし達にモンスターと戦える手段を与えてレベルアップできるように図っているのも、ある程度の食料を提供したのも、きっとそれ以上の理由なんかない。……いや、あるいは食料は飢えたわたし達に奪い合いや殺し合いをさせるためのエサなのかもしれない」
ジュンの忌々しげな解説に、甲斐も沢城姉弟も聞き入っている。雪未はその推理に穴がないかを検討するが、他の理屈は成立しないように思われた。
「それじゃまさか、スカーヴァティ社や水樹七瀬が?」
「彼等自身とは限らないけどね。こちら側に水樹七瀬の協力者がいて、食料や武器の配置はその協力者が実行したんだろう。もしくはこちら側にいる人間の方が主体で、水樹七瀬の方がただの協力者、あるいは傀儡ということも考えられる。可能性としては後者の方が高そうだ」
確かにそうかも、と雪未が同意する。
「この世界が『ナラクエ』ってゲームにそっくりなのも、要するにこの世界のあり方を元にあのゲームが作られたから、ってだけこと。じゃあ水樹七瀬がどうやってこの世界のことを知ったのか? 彼が魔法なり科学技術なりを使ってこの世界のことを知ったのか、あるいはこの世界の側から魔法を使っての何らかの働きかけがあったのか」
「どう考えても後者ですよね」
と甲斐。他の面々もそれに同意した。
「水樹七瀬は大学の先輩で、直接の面識はないけどそれがある人を知っている。その人が言うには彼は『研究だけできれば他には何も不要な人で、極端な世間知らずのコミュ障の変人で、マッドサイエンティストタイプの研究者』なんだそうだ。そんな人がどうやって起業して、どうやってそれを世界有数の大企業にまで発展させたのか? PSY通信システムよりもそっちの方がよほどの謎で、オカルトじみた話だ……そんな風に言っていた」
「本当にオカルトが関わっていたと?」
「その可能性は充分にあり得ると考えている。こちら側の『誰か』が魔法によって次元の壁を越えて水樹七瀬に干渉し、彼を支援し、スカーヴァティ社を作らせ、『ナラクエ』を作らせた。水樹七瀬がその『誰か』に積極的・主体的に協力したのか、それとも彼の意志はそこにはなかったのか、それは現時点では何とも言えない」
ジュンはそこで説明を区切り、「ともかく」と接続した。
「主犯なのか共犯なのか、もしかしたら幇助犯なのかは判らないけど、その『誰か』はわたし達をこんな目に遭わせている連中の一部、あるいは全部だ。その『誰か』がこの蠱毒壺の儀式を実行し、管理・運営をしているのだから、便宜的に『儀式管理者』とでも呼んでおこうか」
その説明を聞きながらも甲斐は顎に手を当て、珍しく何かを考えているようだった。
「……要するに地球側じゃなくてこちら側の誰か、その『儀式管理者』がこの結界を成立させ、維持している?」
「そう考えるべきだろう」
「つまりそいつを斬ればいいんですね」
アキラが止める間もなく、甲斐は押っ取り刀で外へと飛び出していく。……が、一分もしないうちに途方に暮れたような顔の甲斐が戻ってきた。
「お帰り、早かったね」
「……あの、どこに行けばそいつを斬れるんでしょうか?」
「うん、そいつを探すための方針を今から立てるから、少し落ち着こうか」
甲斐が一同の輪の中へと戻ってきて、一呼吸置いてジュンが説明を再開した。
「さて、その『儀式管理者』はわたし達をこの世界に引きずり込んだ……少なくともその陰謀に深く関わっている。それならわたし達が元の世界に戻る手段を彼等が知っていると考えてもいいはずだ。結界の中心起点の探索は当分の間お預けだから、次は『儀式管理者』の捜索に元の世界に戻る手がかりを求めたい。ここまではいいかな?」
アキラや甲斐は言うまでもなく、沢城姉弟も無言で頷き同意を示す。それを受けてジュンもまた頷いた。
「じゃあこの『儀式管理者』がどこにいるか? 結界の内か外かで言えば、どう考えても外だ。どうしてもその必要がない限りはそうするに決まっているし、『その必要』という点には今のところ思い当たらない。要するに『次に目指すべきは結界の外側』ということになる。具体的にはここだ」
とジュンは自作の地図のある一点をペンで指し示し、全員がそれをのぞき込んだ。
「……ハスティナープラの町か」
「そうだ。β版のフィールドの南西にあった、一番大きな町。この『蠱毒壺の結界』の外縁、またはその近くに位置している、はずだ。公式ガイドブックに依るとこの世界の関東平野中央部分はカーンダヴァ地方と呼ばれていて、それはつまりβ版のフィールド、及び『蠱毒壺の結界』とほぼ重なる範囲だ。そしてハスティナープラはカーンダヴァ地方とそこから西をつなぐ、交通の要衝として栄えている町だという。ついでに言うなら、元の世界の関東平野で言えば新宿駅の少し西。新宿はその名の通り宿場町として始まった町だ。ハスティナープラもそういう町なんだろうと思われる」
「でも今は無人なんじゃないの?」
雪未の指摘にジュンは「おそらくは」と頷いた。
「百年前、ナラカ王は大陸の国々の半分を滅ぼしたという。β版では普通に人がいる普通の異世界として描写されていたけど、実際のカーンダヴァ地方はナラカ王によって滅ぼされ、以来ずっと無人となったんだろう。もしかしたら百年前もここの『蠱毒壺の結界』を使ってナラカ王が生み出されたのかもしれない」
ジュンは「話が逸れたな」と軌道修正した。
「ハスティナープラにこの世界の人間、ポータラカ王国の市民がいるわけじゃない。でもわたし達と同じプレイヤーが集まっている可能性は非常に高いと考えている。元々新宿に該当する場所で大勢のプレイヤーがその近くのホテルを利用していただろうし、わたしと同じ推測をして他の場所からもプレイヤーがやってきているはずだ。それにこの砦のように雨露をしのげる遺跡も、他の場所よりは多く残っているかもしれない」
「他のプレイヤーと接触しての情報交換もできるか」
「それじゃ今から出発するんですよね」
と気をはやらせる甲斐だが、ジュンは難しい顔をした。
「ハスティナープラまでは直線距離で一五キロメートル足らず。今から出発すれば今日中に往復することも難しくはない……ただそれは『何事もなければ』の話だ。モンスターは言うに及ばず、同じプレイヤーだって危険な相手だ。それに山あり谷あり川もあり、落とし穴みたいな沼地や湿地もそこら中にある。とどめにこの地図が正しい保証はどこにもなく、道もろくに判らない。一日で無事に往復できると考えるのはあまりに楽観が過ぎるだろう」
「それじゃどうするんですか?」
「わたし達にはギルドのメンバーを守る必要もある、この場の全員で結界の外を目指すことはできない」
ジュンの言いたいことを察した雪未が、彼女に言われる前に手を挙げた。
「それならわたし達が偵察に行くわ」
「そうしてもらえるなら助かるなと思っていたんだけど……」
「構わないわ。一日でも早く元の世界に戻りたいと思っているのはわたし達も同じだし」
姉の言葉に諭吉も無言で頷き、同意を示した。
「偵察の第一目標は『儀式管理者』及び結界に関する情報収集。でも他のプレイヤーと力を合わせて結界を突破してもらってもわたしは一向に構わない」
とジュンは腕を組んで笑顔で言う。
「そんなに簡単に協力が得られるか?」
疑わしげな諭吉の言葉に雪未が拳を握り締めて力強く、
「こんな状況なんだから、ちゃんと話し合えば大抵は判り合って協力し合えるわ」
「判り合えなかったら?」
「殴って無理矢理言うことを聞かす」
雪未は当たり前のようにそう言い、諭吉は頭痛を堪えるような顔となった。アキラもドン引きとなりながらも「まあ間違ってるとは言わないけどよ」と理解を示す。ジュンもまた笑顔を引きつらせ、
「積極的に他のプレイヤーを害するつもりはないけど、悪意のあるプレイヤーから身を守るために警戒し、ときには戦うこともやむを得ないだろう。それに先述したように行程自体に様々な危険が潜んでいる。そんな偵察に二人だけを送り出すのだからその前に万全を期したいと考えている」
「具体的には?」
「この近くで手頃なモンスターを狩って、皆でレベルアップを図るのはどうだろうか」
「加速」の魔法を使えるようになったんだ、とジュンが笑い、沢城姉弟にももちろん異存はなかった。
「そうだ。君達も魔法が使えるようになるかもしれない」
とジュンがどこかに行き、戻ってきたときには一冊の本を手にしていた。革で装丁された、古びた、図鑑のように厚く大きな本である。
「それは?」
「魔道書さ。剣や麦袋と同じだよ、『儀式管理者』がわたし達のレベルアップを図るために置いていったものだ」
一同の中心でジュンがそれを広げ、各々がそれをのぞき込む。そこに記されているのは、見たこともない異国の言語だ。判るのは「多分表音文字だろう」ということくらい。もちろん甲斐には一文字も読むことができない。
「読めるんですか、これ」
神様でも見るかのような目を向けられ、ジュンは「いや、まさか」と苦笑した。
「わたしだって読んで意味が理解できるわけじゃないさ。ただ、読むと魔法が使えるようになったんだ」
「まさかそこまでゲームと同じだなんて」
と唖然とする甲斐だが、ジュンは「本当なんだから仕方ない」と肩をすくめた。
「この本を手に入れたとき、わたしはポーの『黄金虫』の手法で解読できないかと思って時間があればひたすらこれとにらめっこをしていたんだ。結局解読の手がかりは何一つ掴めなかったけど。それで、モンスターを倒して最初にレベルアップした後にそれまでと同じようにこの本を開いたとき、頭の中のどこかの回路がこの本とつながった感じがして、何かが流れ込んできたんだ。それが終わると見えない感覚器が一つ増えていて、それを使うと魔法が使えるようになっていた」
滝沢さんも似たようなことを言っていた、と補足をするのは雪未である。
「推測するに、ここに書かれているのはただのURLなんじゃないかと思う。そのリンクを踏むとサーバにつながってアプリケーションがダウンロードされ、インストールされる。昨日わたしはガーゴイルのカルマを獲得して大きくレベルアップした。それで今までマシンスペックが足りずにインストールできなかった『加速』の魔法もインストールでき、使えるようになったんだと思う」
なるほど、と雪未は納得する。甲斐も似たような顔で頷いているが、説明をどこまで理解したかは保証の限りではなかった。
「わたしと滝沢氏との間に大きなレベル差があったわけじゃない。限られた容量の中でどの魔法が優先的にインストールされるかは、そのときの必要性やそれぞれの性格や趣味志向が影響しているんだろう。わたしとアキラとの間にも大きなレベル差はなかったけど、わたしは魔法を使えてアキラは使えなかった。これもまた向き不向きの問題なんだろうと思われる。魔法に向いたわたしがメイジとなり、そうでないアキラは戦士となった。でも、β版では低レベルのうちは魔法が使えなかった戦士もレベルが上がると魔法を使えるようになった。それは多分この世界でも同じなんじゃないかと思う」
「でもメイジ以外に魔法スキルが解放されるのはレベル八からじゃなかった?」
雪未の指摘にジュンは「うん、確かにそうだった」とまず頷いた。その上で、
「β版ではね。この世界の現実もまたそれに近いと思われるが、ゲームのようにプログラムで厳密に制御できるわけじゃない。必要レベルに達していなくても魔法スキルが使えることだってあるはずだ。もちろんそれは一部の例外だけだろうけど」
「その例外がこの中にいる可能性もあるってことか。失敗しても別に損をするわけじゃないし、できることは何でもやってみるべきね」
と雪未が真っ先にその魔道書に挑み、それに諭吉・甲斐・アキラが続いた。約一時間を経て全員が魔道書に目を通し、
「攻撃魔法が良かったんだけど、贅沢を言っても仕方ないか」
と雪未は肩をすくめる。四人の中で魔法を使えるようになったのは雪未一人で、それもごく初歩的な治癒魔法が一つだけだ。大収穫があったわけではないが、
「病院も薬もないこの状況ならそれが使えるのはきっと心強いと思うよ。それにレベルが上がれば使える魔法も増えるだろうし」
収穫があっただけでも充分に望外である。とりあえず今はそれでよしとし、五人は狩りへと出発した。
砦を出発して約一時間後。東に向かって移動していた彼等は名もない沼地に差し掛かる。一同を先導するアキラはそれを迂回しようとしたが、
「待ってください。そこに何かいる」
甲斐が茂みに向かって剣を抜く。諭吉がそれに続き、他の三人も警戒した。
「何か隠れているのか?」
「いや……ジュンさん、あの辺に攻撃魔法を」
甲斐が指し示す場所へと目掛け、ジュンが「雷撃」を撃ち放つ。耳をつんざく奇怪な声はモンスターの悲鳴だった。緑の草むらが動き……そのまま移動する。草むらを背負った、亀のようなモンスターが這って移動しているのだ。その数はざっと五匹だが、あるいはまだ隠れているかもしれなかった。
「ペルーダだ! あれは毒針を飛ばしてくる!」
その言葉を裏付けるように、ペルーダはジュンを狙って草そっくりの毒針を発射。だがそれは全てアキラの剣で切り払われた。
ペルーダの体長は一メートル半ほど。蛇の頭部と尻尾を持った亀のような姿だが、背負っているのは甲羅ではなく草むらだ。だがそれは草むらではなく、草そっくりの毒の羽毛がびっしりと生えているのだ。草むらに擬態し、羽毛を毒針として飛ばして攻撃してくる、それはレベル以上に危険なモンスターである。だが、
「奥義、乾闥婆王剣!」
甲斐が早速一匹の首を刎ね、そのカルマを獲得。擬態を見破られてしまってはその脅威も半減だった。甲斐に続き諭吉も一匹を始末する。さらにそれにアキラが続いた。
雪未はジュンによって「加速」の魔法の支援を受けて四匹目を始末し、ジュンもまた攻撃魔法で一匹を撃破。さらに隠れ潜んでいたもう二匹を甲斐が発見し、甲斐と諭吉がキルスコアを一つずつ増やす。この日の狩りは充分な収穫を得て無事終了した。
August 04 at 14:10 24,729 / 100,013
その翌日にもレベルアップを目的とした狩りが行われた。かなり強力なモンスターを集団戦で何匹か倒し、そのカルマを獲得。そして狩りも三日目となり、
「へ、遅えよノロマ野郎!」
目にも止まらぬ速さでモンスターの背後に回り込んだアキラがその首を断ち切る。豚の頭部が地面に落ち、モンスターは首の断面から血を、その身体からカルマを吐き出して倒れた。アキラは次の獲物を探している。
今、彼等が戦っているのは豚の顔をした人間型モンスター、オークだ。二メートルに達する巨体とゴリラの何倍もの腕力を有する、強力なモンスターである。しかもそれは二〇匹以上の集団となって襲いかかってきたのだ。だが甲斐達はさほど苦戦することなく、次々とそれを倒していった。
諭吉は剣で、オークの棍棒と鍔競り合いをしている。オークは二メートル近い巨体を生かして諭吉を潰そうとした。力負けをし、押される諭吉だが、
「おおっっ!!」
刮目した彼が気合いを入れてオークを一気に押し返す。体勢を崩したオークに諭吉が突撃してその胴体を両断、そのカルマを獲得した。
甲斐や雪未もジュンの支援を受けてオークを倒し、そのカルマを獲得する。大きな収穫のあった狩りを終え、五人は意気揚々と砦へと帰還した。
「いやーお姉さん強い、美人、格好良い! それだけ美人ならさぞモテモテだったんじゃ? 実際今この俺にモテモテですよ!」
アキラは雪未を口説くべく洪水のような勢いで話しかける。雪未は煩わしげな顔をするだけだが、その程度で遠慮するアキラではなかった。
「どうですかこの僕と夜景を楽しみながら食事でも! そしてその後はサタデーナイトフィーバー!」
二枚目を気取りながら前髪を手でかき上げるアキラ。その後ろでは諭吉と甲斐が、
「この世界で夜景って」
「星空はきれいだけど」
等と突っ込みを入れている。
「まあ、食事くらいなら付き合うのはやぶさかじゃないけど」
「え、本当に?!」
「でも構わないわけ?」
と雪未が親指で指し示す先には笑顔のジュンが。アキラはジュンの目の前に瞬間移動した。
「姐さん、誤解しないでください! 俺は姐さん一筋で、姐さんの忠勇なる人生のパートナーで!」
「あ、鳩がいる。美味しそうだなー」
ややわざとらしい雪未の言葉にアキラが反応、風よりも疾く木の幹を駆け上がって梢に止まっていた鳩を手づかみにし、雪未の下へと戻ってきた。「どうぞ!」と差し出されたそれを雪未は「ありがとう」と鷹揚に受け取る。
「あ、ギガントサーペント」
今度はジュンが獲物を見つけ、アキラが「任せてください!」と脊椎反射の速さで反応。一人でギガントサーペントへと吶喊し、アキラに気付いたモンスターが何をする間もなくそれを屠ってしまう。それを担いだアキラがジュンの下へと戻ってきて、
「姐さん!」
「よしよし、よくやったね」
笑顔のジュンに褒められ、アキラは心底嬉しそうだ。甲斐はアキラの尻に、千切れんばかりに振られる尻尾を幻視した。
「いいのかあれで。男として」
「……まあ、本人が納得しているのなら」
諭吉の疑問に甲斐が言えるのはそれだけだった。
「正直矢島さんの気が知れないけどな。あんな外面がいいだけのゴリラ女を口説こうなんて」
槍の鉄柄が諭吉の顔面に叩き込まれる。諭吉は掌で顔を押さえてしゃがみ込んだ。
「誰がゴリラだ、コラ」
「そういうところが……」
「あんたの顔の方がよっぽどゴリラじゃないの。わたしも甲斐君みたいな可愛い弟が欲しかったってえの」
雪未がそう言って甲斐の手を取り、腕を組む。甲斐は困ったような顔を赤くした。
「俺だって門脇んとこみたいな可愛い妹が欲しかったよ。今からでもうちの姉とお前の妹、交換しないか?」
諭吉が切実にそう訴え――雪未と甲斐は揃って諭吉から距離を取って、
「ど、どうしよう甲斐君。うちの諭吉がペドフィリアに」
「落ち着いてください雪未さん、まずは去勢を」
「それだ!」
「それだ、じゃねーよ!!」
諭吉の渾身の突っ込みがその森に轟いた。
「……俺は美的見地からお前の妹がそこらのアイドルなんて目じゃないくらいに可愛いと客観的に評価しているだけであってだな」
諭吉が後ろの方でぶつくさと言い訳を続けているが誰もそれを聞いていない。前を歩くジュン達が、
「甲斐君の妹って?」
「今中学一年です」
ああ、それはねえ、とジュンが苦笑した。
「あと六、七年もすればちょうどいいかもしれないけど」
「亜衣ちゃんは『ナラクエ』に参加しなかったの?」
「抽選に落ちたんです。当選したのが俺だけで本当良かったけど……心配しているだろうな」
甲斐を心配しているであろう妹のことを心配する甲斐。場の空気はやや暗いものとなったが、それを振り払うようにアキラが「何湿気た顔してやがる」と甲斐の頭を叩いた。
「『儀式管理者』だかナラカ王だかをぶっ飛ばして、無事に元の日本に帰る、それで済む話だろうが」
そのおおざっぱな励ましに甲斐は目を丸くするが、
「確かにそうです」
と握った拳と、決意を固めた。
「幸い今日も順調にカルマを獲得できた。この調子でレベルアップしていけば……」
ジュンは声に願望をにじませ、独り言のように言う。
「オークは確かレベル七、それに勝てたということは」
「わたし達もレベル七に達しているってことよね」
沢城姉弟がそう言って頷き合い、甲斐は「そうなんですか?」とジュンに問う。彼女は「多分ね」とそれを肯定した。
「レベル七からは各種スキルが解放される。アキラと諭吉君はもうそのスキルを使っていて、それも目安の一つとなるだろう」
「へえ、何のスキルを使えるようになったんですか?」
その問いにアキラは誇らしげに、
「俺はこれだ」
と瞬間移動のような速度で甲斐の後ろの回り込む。甲斐は驚きに目を丸くした。
「高速機動スキルですか」
「ああ。今ならガーゴイルとだってやり合えるぜ」
「俺は武器強化スキル。それに筋力増幅スキルだ」
と諭吉。甲斐は彼がオークを倒したときのことを思い返し「ああ、なるほど」と頷いた。
「ナラクエ」のβ版で言うスキルを定義するなら、
「現実ではあり得ない能力及び現実ではあり得ないレベルで強化された能力」
となるだろう。スキルは何十と設定されており、魔法はスキルとは別枠でやはり何十と存在しているが、厳密に言えば魔法はスキルの一ジャンルだ。魔法以外のスキルを「一般スキル」と呼ぶこともあるが、普通の会話では一般スキルは「スキル」、魔法スキルは「魔法」と呼んでいる。一般的には「自分の身体に働きかける」のがスキル、「身体の外部に働きかける」のが魔法となるが、例外は多い。両者の区別は難しく、また区別する意味もあまりないのである。
β版においてスキルはレベル七から解放され、獲得したステータスポイントを配分することによって使用可能となる。何のスキルを何種類取得するかは自由に選ぶことができたのだが、
「魔法と同じように、この現実において取得スキルは自分で選ぶものじゃない。そのときの必要性や、向き不向きや趣味志向によって自然と決まるんだろう」
ジュンの推測にアキラと諭吉が頷き、それに同意する。その二人に対し、甲斐は羨ましそうな顔をした。
「俺も早く使えるようにならないと」
「甲斐君も使っているように見えたけどね」
「え、本当ですか」
と目を見開く甲斐。ジュンは「試してみようか?」と笑顔を見せた。
そして「グラーフ・ツェッペリン」の砦が視界に入るようになったとき、甲斐はジュンの指示であることに挑戦する。
「……六人しかいない。一人どこか砦の外に行っていますね」
「この距離でそれが判るのかよ」
「すごいわね」
甲斐が行使できるようになったスキル、それは気配探知スキルだった。元々敵の気配や殺気には敏感だった甲斐だが、それが元の世界ではあり得ないレベルで増幅されている。モンスターだけでなく、何十メートルも離れた見えない場所にいる人間の気配も把握できるようになったのだ。
砦に戻った甲斐達はその夜、偵察任務について改めて相談をした。
「甲斐君を?」
「そう、この子のスキルがあればそれだけ生き延びられる確率が高くなる」
雪未が提案したのは「偵察任務に甲斐にも同行してもらう」ことであり、ジュンは難しい顔をして簡単には承諾しなかった。
「甲斐君の力が貴重で重要なのはこちらも同じだ。スキルだけじゃなく、その戦闘力も」
「そっちには矢島君がいるし、他に七人も残っている。こっちは甲斐君を加えてもたった三人よ」
「戦力として当てになる人間は少ない、この砦を守るには心許ない」
「この砦をずっと守っていて、それで元の世界に戻れるの? 手がかりを掴むための偵察にこそ力を入れるべきなんじゃない?」
雪未の説得にジュンは沈黙してしまう。彼女は迷ったように「甲斐君はどう思う?」と問うた。問われた甲斐は数秒の逡巡を経て、
「……俺は偵察に出たいです。それで元の世界に戻る手がかりが掴めるのなら」
「甲斐君を送り出したところで確実にそれが掴めるわけじゃないが」
「それでも、多少なりとも可能性は上がるはずだわ」
ジュンはため息をつき、小さく肩をすくめた。
「……手がかりが何も掴めなくても、一週間経ったら戻ってくる。それでどうだろうか?」
雪未が「それでいいわ」と頷く。こうして甲斐は沢城姉弟と共に偵察メンバーに加わることとなる。
その翌朝、ジュンやアキラに見送られて甲斐達三人は偵察へと出発した。進路は南西、目的地はハスティナープラ、元の世界では新宿に該当する町である。
August 05 at 08:17 23,382 / 100,013