第一二話 August 20
August 20 at 11:48 4,006 / 100,013
「わたし達にとって喫緊の課題は『ポータラカ王国との接触』になると思う」
ジュンはそう述べて一同を見回し、聴衆は頷いて理解を示した。場所はハスティナープラ城一階の大広間。集まっているのはジュン・アキラ・甲斐の「グラーフ・ツェッペリン」メンバーの他、「アーク・ロイヤル」メンバーが何人か。だがその人数は五人ほどで、神奈も諭吉も不在である。
――ところでジュンやアキラは烈風11との戦闘で負傷したが、その傷は魔法によって治療済みだ。切られて破れた服は魔法では直しようがないが、それは「アーク・ロイヤル」が持っていた服のうちサイズが合うものを譲ってもらうことで解決した。
「何でこいつ等、こんなにたくさんの服を持ってんですかね」
「まあ、そこは追及しないのが紳士淑女というものだよ」
アキラの疑問にジュンはそう言って肩をすくめるだけだった。「グラーフ・ツェッペリン」だって拠点の砦には予備の服や武器が多数あったのである。
「ええっと、この集まりって確か『アーク・ロイヤル』の今後の方針についての話し合いでしたよね」
甲斐に確認にジュンは「その通りだ」と頷いた。
「そしてわたし達は林君に呼ばれたからそれに参加するためにやってきた。本来は内輪だけの話なのかもしれないが、『アーク・ロイヤル』はこの町で主導権を握るギルドだ。彼等の今後の方針は生き残ったプレイヤー全ての命運を左右するかもしれない。一人でも多くが生き残り、一日でも早く元の日本に帰れるようにわたし達も知恵を絞り、力を貸す必要があると思う」
「でも肝心のリーダーがいねえんじゃ話が始まらねえでしょ」
アキラの指摘にジュンは窓の外へと視線を送った。
「集まりは正午からだと連絡を受けた。わたし達は少し早かったようだ」
「時計もないですし、お互い多少のことは大目に見ないと」
甲斐の言葉にジュンが「そうだな」と頷く。だが「アーク・ロイヤル」リーダーである神奈がようやく登場したのはそれから一時間ほどしてからだった。
「あら、早すぎじゃないの?」
遅刻を謝りもせずに放言する神奈は苛立ちを覚えるが、彼女はそれを飲み込んだ。あんたが遅いんだよ、と代わりにアキラが指摘するが神奈は、
「メンバーを集めるのに手間取っちゃってね」
と笑うだけだ。そして神奈は諭吉の他に五人の男女を引き連れていた。うち一人は門番の中年男だが、他の四人は新顔である。
「それじゃ始めましょうか。ジュン、説明を」
神奈はそう話し合いの始まりを告げる。呼び捨てにされるほど親しくはないだろう、と思いながらもジュンは、
「わたし達にとって喫緊の課題は『ポータラカ王国との接触』になると思う」
とそれをくり返して説明を始めた。
「わたし達の究極の目的は一日でも早く、一人でも多くが無事に元の日本に帰ること。そのための手段として日本に帰る方法を見つけなければならず、そのための手段としてそれを知っているに違いない『儀式管理者』ニアリーイコール『ポータラカ王国』と接触しなければならない。ぶちのめして降参させるか、脅迫するか、交渉するか、それとも必要な情報だけを盗み取るか。方法は色々と考えられるがいずれにしても『ポータラカ王国』と接触しなければ話が始まらない。接触して情報を得ないことにはそれ以上の方針は決めようがないだろう」
「でも『アーク・ロイヤル』はポータラカ王国と取引していたんじゃ?」
甲斐の疑問に答えたのは神奈である。
「向こうの連中と接触して取引をしていたのは烈風11だけで、それを手伝っていたのは一人だけ。二人とも昨日の夜に死んでいるわ」
「つまりわたし達は一から接触をやり直さなければならないわけだ」
「当分は黒パンも食えないってことね」
そう言って嘆いてみせるのは門番の中年男だった。ジュンは首を傾げていまいち自信がなさげに、
「カルマと黒パンの交換はあまりに不利な取引だ。生き残ったプレイヤーはレベルが上がり、その数は減っている。食えるモンスターを狩って生き延びることも難しくはないんじゃないか……と思う」
「この町の近くで狩れるモンスターのレベルも上がっている。プレイヤーの被害が増えるだけなんじゃないのか」
そう反論するのは「アーク・ロイヤル」メンバーの一人で、それは比較的低レベルのプレイヤーの代表意見だった。
「でもカルマを手に入れるためには結局モンスターを狩るわけなんじゃ?」
甲斐のもっともな指摘にその彼は気まずそうに沈黙する。
「そうかてめー等、交換で手に入れたパンを横からちょろまかしてやがったのか」
「違う、そうじゃない! これはスタッフに対するギルドからの報酬で!」
アキラの言葉に彼が必死に反論するが、アキラは冷たい目をするだけだ。そのアキラをジュンが目で制した。
「まあ、これまでについては何も言わない。今後のそれは『アーク・ロイヤル』内の問題としておこう。だが今後取引を再開するとしても、ピンハネやぼったくりのような真似が許されないことは、理解してもらわないといけない」
「取引をするには人手がいるわよ。あんた達が夜、モンスターに怯えずに眠れるのも見張りがいるからじゃない。彼等に無報酬で動けと?」
「ある程度のマージンは許容する……だが取引の明細は全て公表してもらおう。商売でやっているわけじゃなし、それくらいは問題ないだろう?」
ジュンが鋭く要求を突きつけ、神奈は面倒そうに「判ったわよ」と頷く。それでこの問題は一応解決、ということになった。
「それじゃ話を戻そうか。それで問題はどうやってポータラカ王国と接触するかだが」
「難しく考える必要はないわ」
神奈が不敵に笑いながらそう言う。ジュンは無言のままに続きを促した。
「わたし達は結界突破に挑戦する。結界の守護者に戦いを挑むのよ」
甲斐が驚きに息を呑んだ。それはジュン達も同じである。
「だが結界の守護者には烈風11も、七大英雄の二人も勝てなかった。それに戦いを挑むと?」
「だからこれだけの面子を集めたんじゃない」
神奈はそう言って笑い、ジュン達に自分が連れてきた四人を見せつけた。ジュンは難しい顔で唸っている。
「ちょっと考えれば判るでしょ? 外の連中と接触するには結界の外に出ないといけない。結界の外に出れば結界の守護者がやってくる。それを倒すなり退けるなりして、それでようやく外の連中と接触なり交渉なりができるのよ」
神奈の説明にジュンはますます唸ったがその正しさは認めざるを得ず、ただその全てを受け容れはしなかった。
「……とりあえず今回は打倒を目的とせず、威力偵察くらいのつもりで。わたし達は結界の守護者のことを何も知らない。今回はそれを知ることを目的とし、生き延びることを最優先としたい」
「別にそれでもいいけどね。でもあまり悠長なことはしてられないわよ」
「判っている」
他人事のような神奈の物言いにジュンは憮然とし、それでもそう頷いた。
August 20 at 14:16 3,932 / 100,013
「それで、何で姐さんが威力偵察のリーダーになってんですかね」
「まあ、適所適材というやつだろう」
非難がましいアキラの呟きにジュンは肩をすくめる。確かに神奈よりもジュンの方がレベルも戦闘力も高く威力偵察向きのプレイヤーだが、それでも便利に使われている観は否めないのだった。
神奈や「アーク・ロイヤル」のメンバーは立ち去り、そこに残っているのは威力偵察に参加するメンバーだけだ。その人数はジュン達も含めて九人で、ジュンは彼等を見回した。
まず「グラーフ・ツェッペリン」から参加するのは諏訪部ジュン、矢島アキラ、そして門脇甲斐。「アーク・ロイヤル」から参加するのは沢城諭吉、それに、
「はあ、何だってこんなことに」
「おっさん元警官なんだろ。それなら気張って市民を守れよ」
身長は高く手足は長いが猫背で、冴えない印象の中年男。門番だった彼の名前は小林画伯という、ちょっと変わったものである。
「警官と言っても昔の話だし、今はただの市民だよ。それに現職警官だったとしても同時に一市民なわけで、俺のことは誰が守ってくれるのかねぇ」
小林という中年男はそう愚痴を言いながら雑草の茎を加えてそれをゆらゆらと揺らす。メンバーの女性が「何してんの?」と呆れたように問うた。
「おじさんヘビースモーカーだったからねぇ。これはイタドリって言ってそこら中に生えている雑草だけど、戦時中は煙草の代用に使われたって話だから」
「げっ、マジかよ」
とその女性は目を輝かせた。後で真似しよう、とその目が物語っている。
彼女の名前は結城ひろみ。年齢は二〇代前半、身長は平均程度で、かなりの痩身。金に脱色された長髪をゴムでまとめ、ポニーテールにしている。前髪も全部後ろでまとめているため広めの額が全開で……眉がないのも隠されてはいなかった。眉を全部脱毛していて、普段は化粧で描いているのだろう。装備は、ゆったりとしたジャージの上着にジーンズ。ジーンズは長さが合っていないのを裾を折って履いていて、それはこの世界で手に入れたものと思われた。
「あの……『ブラック・ウィドウ』ですよね。七大英雄の」
「他人はわたしのことをそう呼ぶぜ」
彼女はそう言って笑い、甲斐は曖昧な顔で「はあ」と答えた。世間でのイメージとの落差に戸惑いを抱かずにはいられないらしい。
「……」
その横でどうでも良さそうにぼーっとしているのは、甲斐と同年代の少年だった。身長は平均程度で、痩身。明るい栗色の髪は天然物で中途半端に長く、くるくるとパーマがかかっている。肌の色は白く、父母のどちらかが白人と思われた。装備は、Tシャツにジーンズの上下。濃いサングラスを掛け、大きく無骨なヘッドホンを首にかけている。そして他の全員の武器が剣または槍なのに対し、彼だけは弓を手にしていた。ただ、矢を持っているようには見えない。
「えっと、冬馬君だっけ」
名前を呼ばれ、一応甲斐の方を向くが返事はない。甲斐は途方に暮れたようにジュンの方を見、ジュンはそれを無視した。
彼の名は冬馬弓人。話によると知る人ぞ知る、結構有名なプレイヤーらしい。
残りメンバーは川澄、下屋という名前の二〇代男性二人だった。二人とも神奈がスカウトしてきた、相当の高レベルプレイヤーだ。
「さて、くり返しになるけどわたし達の目的は情報収集。結界の守護者の撃破は今回の目標じゃない」
「でも倒せるならそうしてもいいんだろう?」
剛胆な態度でそう言い放つのは川澄という男だ。ジュンは「もちろん」と頷きながらも、
「でも、レベル一〇の七大英雄が三人がかりでも勝てなかった相手だ。諭吉君は昨日レベル一一を突破したが、それでも勝てるかどうか判らない。だから戦いになっても勝とうとは思わず、生き延びることを最優先! それをしっかり肝に銘じてほしい」
くどくどと忠告するジュンに川澄達はうるさそうな顔をするが、それ以上反論はしなかった。ジュンは一応満足し、頷く。
「それじゃ今から出発する」
その言葉を号令とし、八人が立ち上がる。彼等は結界の外を目指し、勇ましく歩き出した。
August 20 at 14:30 3,925 / 100,013
「これが結界の外……」
「普通だな」
ハスティナープラ城は関所の城門がそのまま城となったかのような建築物だ。城の中央は本来はトンネルのようになっていて、結界の内と外をつないでいる……だが今は岩や石が山と積まれ、コンクリートで固められ、そのトンネルは塞がれている。だが、完全に塞がっているわけではないのだ。
城壁の一部が崩れて穴が空いており、それが結界の外側への出入り口だった。一メートル弱を這って移動し、外に出たジュン達は城門の前へと集まった。今いる場所はハスティナープラ城の裏手で多少の空き地が広がり、その向こうは深い森である。空き地の中央には獣道ができていて、それは森の奥へとつながっていた。
「甲斐君、人の気配は?」
「感じられる範囲にはいないです……でも何だろう? モンスター……?」
今まで感じたことのない気配に甲斐は首を傾げた。威力偵察メンバーは油断なく周囲を見回している。その中で一人、ぼーっとしているように見えた弓人だが、いきなり矢のないまま弓を構え――魔力が集まり光となって、矢の代わりとなる。彼はそれを撃ち放ち、何かを射落とした。
「おう、すげえな」
「それが複合スキル『魔弾の射手』か」
仲間の賞賛にも弓人は反応しない。彼は射落とした何かの下に向かってそれを拾い上げ、戻ってきてそれをジュンへと手渡した。ありがとう、とジュンがそれを受け取り、しげしげと観察する。
「ふむ、ほう」
「小鳥? 使い魔ってやつ?」
「いや、ちょっと違うかもしれない」
ひろみが言ったように、それはただの小鳥のように見えた。だがジュンが示したそれの頭部には何かの輝石が埋め込まれている。
「触ってみるといい。体温がないだろう?」
言われた通りにそれに触り、「本当だ」と感心する甲斐。
「つまりこいつは最初から生きていなかった。小鳥の死体を使った、魔法のドローンなんじゃないかと思う」
「元の世界じゃ生きた虫やら何やらをサイボーグにする研究が進んでいるな、そう言えば」
「それの魔法版なのかもしれません」
小林の言葉にジュンはそう頷いた。
「でもこれを使ってるのって、要するに結界の守護者……」
「何か来る!」
甲斐が鋭く警告を発し、全員が臨戦態勢となった。下屋が耳を澄ませ、
「これは人の足音か? 二つ聞こえる」
「でもこの気配は人間のそれじゃ……」
それ以上は続ける必要はなかった。足音の持ち主が二つ、彼等の目の前に現れたからだ。それはフードを深々とかぶり、マントをまとって全身を隠した人間……のようだった。その敵にジュンが歯を軋ませる。
「あのマントをはぎ取ってほしい」
ジュンの指示に諭吉達が頷く。彼等は二手に分かれてその敵へと吶喊した。
「奥義、婆藪仙剣!」
「可愛い子ちゃんならいいんだけどな!」
前衛は三人二組に分かれて二人の敵に当たっている。数の暴力を最大限生かして戦いは優位に進み、さらに三人のメイジがそれを支援した。
「くらいな、『蜘蛛女のキス』!」
それは「ブラック・ウィドウ」こと結城ひろみの複合スキル。放たれた光の糸が敵の一人を拘束する。魔力を紡いだその糸はすぐに霧散するが、攻撃を喰らわせるには充分な時間――敵は瞬間移動のような高速機動でその攻撃を躱した。だが剣の切っ先はマントを裂いている。
「うおおっっ!」
諭吉の剣が衝撃波を放ち、敵のマントを吹っ飛ばしたのはその少しだけ後だった。二体の敵の正体がほぼ同時にあらわとなり、
「な……」
「こ、これは」
全員がそれに絶句する。そしてジュンは「やっぱりか」と唇を噛み締めた。
マントの下にいたのは、男と女が一人ずつ。シャツとジーンズというその服装からして甲斐達と同じプレイヤーだった。ただし肌は土色となり、目は白濁し、頭部には大きな輝石がいくつも埋め込まれている。体温は……触って測るまでもないだろう。どう見てもそれは死者の有様だった。
死体の一方、女の方が剣を高々と掲げ、口を開閉させた。その剣が眩い光を放ち、本能で危険を感じたジュン達が散開。次の瞬間、その場所には雷撃が叩き込まれた。その熱量に石が熔け、地面が沸騰している。
「サンダーボルト……」
「確かに雷撃の魔法だが威力が」
「いや、違う! あいつ、七大英雄の『サンダーボルト』だ!」
戦慄が颶風となって彼等の間を突き抜けた。七大英雄の一人、通称「サンダーボルト」は攻撃魔法の一つ「雷撃」しか使わないメイジとして早くからその名が知られていた。カルマとステータスのほとんど全てを「雷撃」の強化に費やした結果として彼女のそれは無双の威力を持つものとなり、それ一つだけを武器とし、力任せに戦い続けてきたのだ。そして「サンダーボルト」という魔法の名前が彼女の二つ名となり、七大英雄の名前の一つとなり……それは今、恐るべき敵の名前となっている。
「それじゃもう一人は」
「ああ、『シューティングスター』だ」
胸糞の悪さが極まった顔で小林が頷き、ジュンもまた全く同じ表情となった。
「傀儡魔法……じゃないのか。死んでいるのか」
「気配が違う。あれは人間じゃなく、モンスターの一種だ」
甲斐は吐き捨てるようにそう言う。
「ゾンビ……いや、死体を利用したゴーレムと見るべきか」
「反吐が出るぜ」
「ああ。彼等を辱める真似をこれ以上許すわけにはいかない」
ジュンの決意に満ちた言葉に全員が頷く。そして前衛がもう一度二手に分かれ、二人の七大英雄へと突撃した。
「くそ、強えなこいつ!」
正体に明らかにしたその敵は決して容易い相手ではなかった。「シューティングスター」は高速機動戦闘を得意とするプレイヤーであり、その二つ名もそれに由来する。彼は目にも止まらぬ速さで飛び回ってアキラ達を翻弄した。アキラはジュンの「加速」の支援を受け、さらに弓人の援護射撃を受けて何とか対抗し続けている。
「サンダーボルト」の攻撃もまた脅威そのものだった。直撃すれば骨すら蒸発し、絶命は必至である。そんな雷撃が雨あられとばかりに撃ち放たれるのだ。甲斐達は必死に走り回って敵の攻撃を避けている。戦況は両方とも芳しくなく、ジュンは「まずいな」と作戦を思案した。そして、
「先に片方を倒す! 甲斐君と小林さんで『サンダーボルト』を抑えてくれ、残りの全員で『シューティングスター』を!」
「ぃえええっっ?!!」
悲鳴を上げる小林だが甲斐は「判りました!」と元気良く頷く。「速攻で潰す!」と諭吉が「シューティングスター」へと吶喊、アキラ達がそれに続いた。
「『蜘蛛女のキス』! 『キス』『キス』『キス』!」
ひろみが複合スキルを連発して「シューティングスター」を拘束し、そこに弓人の「魔弾の射手」が降り注ぐ。手傷を負って後退しようとする敵をアキラ達が足止めし、そして諭吉がとどめを刺さんと剣を振りかざした。
「勝てそうですね」
「こっちは死にそうだよ!」
一方の甲斐と小林は死なないのが不思議なくらいの有様だった。雷撃の着弾地点を直感だけで読んで避け、転げ回って逃げ続ける。甲斐ほど敏捷ではない小林は防御スキルを使い、かろうじて直撃だけは避けている。だが服は焦げ、手足は火傷だらけだった。
ふと、「サンダーボルト」の攻撃が止まった。彼女は追い詰められた「シューティングスター」の方に視線を向けている。味方を助けるつもりか、と甲斐はそれを邪魔しようとし、だがその前に剣を振り上げた「サンダーボルト」はそれを逆手に持ち――自分の心臓を貫いた。
「な……」
何が起こったのか誰にも理解できず、全員が硬直する。「すぐにとどめを!」とジュンが指示を飛ばし、我に返った甲斐がそれに従い、だが一歩遅かった。隙を突いて包囲から抜け出した「シューティングスター」が「サンダーボルト」の首を刎ね飛ばし……彼女のカルマは「シューティングスター」へと回収された。
「まさか……」
「まさかそんな手で来るなんてね。考えが甘かった」
ジュンが悔しげに唇を噛み締める。「サンダーボルト」のカルマを獲得した「シューティングスター」がレベル一一を越えたのは確実だ。カルマ数では諭吉を上回るだろう。
「まずい、撤退を」
だがその前に「シューティングスター」が川澄、下屋の二人を斬殺。何の反応もできないままに二人のカルマは回収され、レベル差はさらに開いてしまった。
「早く撤退を。俺が抑えます」
ジュンが止める間もなく甲斐が突撃し、敵へと斬りかかる。剣が三合ばかりぶつかり合うが四合目の剣が空を切って、甲斐はたたらを踏んだ。体勢を崩した甲斐に、背後へと回り込んだ「シューティングスター」がその剣を――
「門脇!」
そこに割り込んだのは諭吉である。諭吉が剣を横薙ぎし、敵はそれを大きく後退して避ける。驚いた顔の甲斐の横に諭吉が並んだ。
「お前一人で勝てる相手か」
「悪かったな」
甲斐と諭吉は不敵な笑みを交わし合う。そして並んで、「シューティングスター」へと向かって斬りかかった。
「もう魔力は残っていない! できるだけ早く決着を!」
ジュンの支援を受けた甲斐が敵に襲いかかり、諭吉がその背後から攻撃する。だが敵は二人同時の攻撃をあしらい続けた。弓人やひろみの攻撃も片手間で弾き飛ばし、支援にもなっていない。魔力は急速に減り続け、限界はすぐそこだ。そしてそれはメイジだけの話ではなかった。甲斐も諭吉も、体力が間もなく底を突く。そうなればもう戦いにならず、一方的に殺されて終わりとなるだろう。
「こうなったら強引にでも敵の足を止めないと……!」
決意に満ちた甲斐の呟きが諭吉の耳に届き、
「確かにそうだな」
そう言った彼が止める間もなく、無造作に敵の懐へと飛び込んだ。剣を投げ捨てた諭吉が敵の胴体に抱きつくが、それと同時に「シューティングスター」の剣が諭吉の肩に叩きつけられる。だが間合いが近すぎて両断には至らない――即座には。多少の時間があれば諭吉は袈裟懸けに真っ二つとなるだろう。
「諭吉!!」
だがもちろん、甲斐がそんなものを敵に与えるはずがない。甲斐は剣を水平に構え、突きの体勢で全力疾走した。そのとき、「シューティングスター」は嗤ったかもしれない。彼は身体を回して諭吉の身体を盾とした。甲斐の足は止まらずそのまま突進し、剣の切っ先が諭吉の背中に触れる。
「奥義! お前だけ死ね!!」
まるで硝子細工のように剣の刀身が粉々に砕けた。甲斐は剣の柄だけを諭吉の背中に押し当て――その柄から刀身の形をした魔力の塊が放たれた。それは諭吉の身体を傷付けることなく突き抜け、敵の胴体内部で炸裂する。「シューティングスター」の腹には腕が入りそうな風穴が背中まで空いた。
それでも敵は動き続け、戦い続けようとする。だがそれは壊れたロボットのように緩慢なものだった。
「借りるぞ」
諭吉の剣を拾い上げた甲斐が敵の首を刎ね飛ばす。七大英雄の一人「シューティングスター」は大地に倒れ伏し、もう二度と立ち上がることはなかった。そしてその身体が吐き出したカルマは甲斐へと吸収される。
「おおおっ……?!」
その膨大な量に甲斐は驚嘆を禁じ得ない。甲斐はこれまでレベル九にも届いていなかったが、それが一気にレベル一一を突破したのである。だが感慨にふけるような時間は彼にはなかった。
「大丈夫か、諭吉!」
「死にはしない」
強がりを言う諭吉だがその傷はかなり深かった。ジュンとひろみが治癒魔法を行使してひとまずの止血をし、甲斐が安堵する。
「すげえなお前。あの技、お前の複合スキルか?」
「ええっと、多分」
ひろみの問いに甲斐は自信がなさそうに頷いた。ジュンはその甲斐を見つめ、
(「魔法無効」か「物理無効」? でもいずれにしてもレベル差を越えられるわけじゃないのに、甲斐君はそれを無視して攻撃を通している。レベル差を無視するスキル? β版や公式ガイドブックにはそんなものはなかったけど、わたし達が知らないスキルがこの現実にあっても何の不思議もない。甲斐君はそれを使っているのかも)
考察に没頭していたジュンはふと我に返り、慌てだした。
「ここから撤退しよう、早く」
焦るジュンが周囲を急がせ、アキラは首を傾げた。
「でも姐さん。結界の守護者はもう倒したんじゃ」
「あれは結界の守護者じゃない」
その断言に空気が凍り付いたような気がした。でも、と誰かが何かを言おうとするがそれより先に、
「『サンダーボルト』と『シューティングスター』の二人、それに烈風11をまとめて倒した結界の守護者が別にいるはずだ」
ちょっと考えれば当然のことを言われ、甲斐は目を見開いた。
「でもそんなのがいるならどうしてわざわざあの二人をゾンビにして」
「烈風11の物言いから推測するに、結界の守護者は一人だけと思われる。いくら見張りが必要なのがここ一箇所だけでも二四時間たった一人で見張り続け、戦闘待機を維持するのは無理がある。だから適度に強い交代要員としてあの二人を利用したんじゃないだろうか」
「どこぞのコンビニに見習ってほしいっすね」
アキラの冗談にジュンは「確かに」と苦笑、次いで「さあ、早く」と一同を急がせた。
「結界の守護者が来る前に逃げないと、今襲われたら」
フードをかぶり、マントで全身を隠した人影――それが七人の間にいきなり現れた。ジュンも甲斐達も、のけぞって硬直することしかできない。
「ど、どうして。気配は何も」
「気配遮断スキルだ。こいつが結界の守護者……!」
恐怖を色濃くにじませたジュンの感嘆に、甲斐は強く歯を食いしばった。甲斐は剣を構え、その人物に相対する。
「早く逃げてください。俺が時間を稼ぎます」
「判った、甲斐君も無理はしないでくれ」
切望するようなその言葉に甲斐は「努力します」と笑う。そして彼は目の前の敵に、結界の守護者に全神経を集中した。
フードを深くかぶり、全身をマントでかくし、人種も年齢も性別も判らない。かろうじて判るのはその身長だけだ。甲斐よりも若干低い、かなり小柄な体格。そして武器は、
「何も持ってない?」
あるいはマントの下に隠しているのかもしれないが、敵は武器を手に持っていなかった。そしてその構えも空手のそれに近く、無手であることを前提としたものだ。
敵の姿がかき消え、目の前に出現する。息を呑み、驚愕し、無様でも何でもとにかく身体を捻って避けて――甲斐はその三つを同時に行った。ほんの刹那の前に甲斐の首があった空間は、今は敵の手刀に占められている。
「くそっ!」
甲斐は大きく後退して仕切り直しをしようとするが、結界の守護者はそれを許さなかった。甲斐の動きに追随し、触れるほどの距離から離れようとしない。そしてその間合いから鋭い連続攻撃がくり出されるのだ。それは名刀による斬撃に等しく、甲斐の手足と胴体には無数の傷が作られ、その全身は己が血で赤くなった。
甲斐が何とか反撃しても敵はそれをガントレットで受け止め、はね返した。焦った甲斐が敵に体当たりをしようとし、敵はそれを軽やかに躱す。甲斐は地面に突っ込み、血まみれの上に泥まみれとなった。
「こいつ……」
結界の守護者は距離を置いて佇み、甲斐が立ち上がるのを待っている。甲斐もそれを理解して殊更に時間をかけ、わずかでも身体を休めて呼吸を整えた。
一方ジュン達はハスティナープラ城まで後退し、もう城壁の穴に身を隠している。未だ外にいて甲斐の後退を待っているのはジュンとアキラの二人だけだった。甲斐が一方的に打ちのめされるところを、二人は焦燥とともに見つめることしかできない。
「あいつ、遊んでやがるのか」
「いや、多分甲斐君を新しい交代要員にしようとしているんだろう」
「くそっ」
アキラが悔しげに歯を軋ませる。だがジュンはそこに一縷の希望を見出した。
「結界の守護者が甲斐君のカルマにしか用がないのなら、もう勝ち目はゼロだった。でも甲斐君を利用しようとしているのなら、それが油断となるのなら……」
その甲斐は、理屈ではなく戦闘本能だけでジュンと同じ結論に至っている。剣を正眼に構えた甲斐は結界の守護者と対峙、敵もまた空手のような構えを取った。
刮目した甲斐が疾風のように結界の守護者に接近し、だが敵もまた動いている。振りかざした剣が真っ直ぐに振り下ろされ、敵はそれを正拳で迎撃。剣と拳が激突して火花が飛び、剣は拳に砕かれてほとんど柄だけとなった。
「おおおっっ!!」
だがそれは計算通りだ。そのまま敵の懐に飛び込んだ甲斐は柄で敵の腹を抉ろうとし、敵は腕でそれをガード。だがそれもまた計算通りだ。
「奥義!!」
裂帛の気合いと共に、剣の柄から刀身の形をした魔力の塊が撃ち放たれる。それは腕のガードを幽霊のようにすり抜け、腹筋の鉄壁も突き抜け、敵の内臓に直撃。
「かはっ?!!」
結界の守護者は最低でもレベル一二超、そのステータスポイントは一千を優に超える。身体能力・防御力の強化は全身に及んでいることだろう――だがさすがに、内臓そのものの強化は申し訳程度だ。甲斐の攻撃とその威力は敵にとって完全な予想外のそれだった。結界の守護者は血を吹き出し、そのまま崩れ落ちようとする。甲斐はニヒルを気取りながら、
「……峰打ちでござる。生命までは取りはせぬ」
そのときマントが甲斐の剣、その柄に引っかかった。マントとフードは甲斐の手に巻き付けられ、それがはぎ取られた結界の守護者が地面に倒れて仰向けとなり――
「え……」
肩胛骨まで届く長く艶やかな黒髪。肌は白いが顔立ちは東洋人のそれに近い。身にしているのは半袖の上着と膝より上までのズボン。どこのものとも判らないが強いて言うならヨーロッパのそれに近く、ファンタジー風としか言いようがない。おそらくは甲斐と同年代の……女の子だ。
「この子が……結界の守護者?」
元の世界でも見たことがないくらいにきれいな顔立ちで、まるで眠るように安らかに気絶している。彼女を抱き起こした甲斐はそのまま彼女に目を、心を奪われてしまう。ジュンとアキラが駆け寄ってきても、甲斐は彼女に心を囚われたままだった。
結界の守護者――彼女は甲斐達が初めて接触したこの世界の人間だった。この出会いが彼等に何をもたらすのか、知る者はどこにもいない。
August 20 at 15:06 3,907 / 100,013
……ということで、第二部はこれからぼちぼちと執筆していきます。
書き上がるのは多分何ヶ月か先になると思いますが、どうか気長にお待ちください。




