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『ももたろう』
あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山に芝刈りに おばあさんは川に洗濯に
おばあさんが川で洗濯をしていると 川上から大きな桃がながれてきました
持ちかえってみたところ 大きな桃から一人の男の子が出てきました
おじいさんとおばあさんは男の子を「桃太郎」と名付けました
桃太郎はすくすくと育ち立派な若者になりました そして鬼を懲らしめるために旅立ちます
途中で犬と猿と雉を仲間にして 鬼が島へと向かいます
cdwfywyr.
けれど、桃太郎が辿りついたのは鬼が島ではありませんでした。
そこは怪物生命ベムの居住区だったのです。
地球生命体である鬼は全て駆除が済み、その場にあった地球文明圏の名残は全て破壊されました。
鬼が島は立派に、ベムの生息地として生まれ変わったのです。
のこのことやってきた桃太郎は、ベム達の大きな一つ眼に睨まれ、居竦んでしまい、その背中から延びた斬性触手によって首を刎ねられました。
めでたしめでたし
『にんぎょひめ』
ある海の中に、うつくしいにんぎょ達が住んでいました。
ある嵐の夜、船から投げ出された王子様を一人の人魚がたすけます。
王子様を砂浜にとどけて様子をみていましたが、一人の女の人が近付いてきたのでにんぎょは海の底に逃げました。
しばらくして、もういちど会いたいと思ったにんぎょは魔女にお願いをして尾びれを二本の足に変えてもらいます。そのうつくしい歌声を引き換えに。
魔女はいいます
「もし、王子様から愛をもらうことができなければお前は泡になって消えてしまうよ」
人間の姿になったにんぎょは、王子様と出会いますが、王子様は嵐の海で助けてくれたのはあの砂浜で出会った女の人だと思っています。
自分のことを伝えたくても声を失ったにんぎょは答えることができません。
ある日、王子様に結婚のお話が持ちかけられました。
相手のお姫様は あの日の女の人だったのです。
このまま二人が結婚すれば、にんぎょは泡になってしまいます。
にんぎょの姉妹達がやってきて、短剣を差し出して言いました。
cdwfywyr.
「全ての人類に死滅の道を」
海の底は怪物生命ベム達によって蹂躙されてしまいました。
「我ら降臨した限り、すべての人類文明圏に死滅の時を。王子も人魚も区別なく」
人魚の姉妹達の首から上を持って現れた緑色の怪物達は、顔の真ん中に一つだけついた大きくて蒼い眼で、人魚を捉えます。
差し出された短剣は、いつのまにかベムの背中から生えた刺性触手へと変わっていて。
人魚の両足を抉りました。
悲鳴をあげたいけれど、声を失った人魚はただ苦悶の表情を浮かべたまま、首をねじきられ。
その頭蓋を高々とかかげたベム達は海から上がり、人間達の国を攻め滅ぼしました。
めでたしめでたし
『アリババと40人の盗賊』
「開け cdwfywyr.」
するとどうでしょう。洞窟を塞いでいた大岩が勝手に動き、入口が姿を現しました。
アリババが洞窟の中に這入ろうとした瞬間。
無数の怪物生命ベムが現れ、アリババの体をその裂性触手によって無惨な肉塊へと変換したのです。
そして無数のベムが洞窟より世界に溢れ
40人の盗賊達も、欲深いカシムも、カシムの息子も、若く聡明なモルジアナも
皆皆皆皆皆
ベムが殺し、人類文明圏は消失しました。
この星はベムの支配下となりました。
めでたしめでたし
『赤ずきん』
cdwfywyr.
あるところに、小さな女の子がいました。
いつも赤いずきんを被っていることから、「赤ずきん」というあだ名で呼ばれて、皆から可愛がられていました。
でも、彼女の両親はいません。ベムが殺しました。
赤ずきんはある日、森の奥に一人で住んでいる、おばあさんの家に遊びに行くことに。でもおばあさんはいません。ベムが殺しました。
おばあさんへのおみやげに、ワインと干し肉をバスケットにいれて、でもそんなものはありません。あるのはベムが惑星圏外から星に持ちこんだ放射性物質だけです。
赤ずきんが出掛けるのを、物陰で見ているものがいます。ベムです。狼は既に骸となって転がっています。血の臭いが邪魔なので原子レベルで崩壊させています。
この物語を終わらせる資格をもった猟師も、先回りして弾性触手でもって嬲り殺しているのです。
おばあさんに化けたベムが、ベッドの中で身を隠しています。
たっぷりと寄り道をして遅くなってしまった赤ずきんが、おばあさんの家を訪ねます。
「おばあさんごきげんよう」
「b4dyf]e」
「おばあさん、何て言ったの? どうしてそんなに耳障りな声なの?」
「b4dyf]e……アァ、ニンゲンノセイタイノフクセイハムズカシイノサ」
「おばあさん、どうしてそんな大きな眼をしているの?」
「オマエタチジンルイヲイッタイタリトモミノガサナイタメサ」
「おばあさん、どうしてそんなに尖った手をしているの? それに、そんなに薄汚い色をしているの?」
「ワレラハオタガイニケンオヲイダクソンザイユエ……エラー エラー モノガタリ ニナイセリフガハッセイ」
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「てめえらが先に好き勝手物語編集しやがって何がエラーだ」
赤ずきんが、ぼそりと呟きました。
その顔は大きなずきんに隠れて見えません。
おばあさんに化けていたベムは、やっと人類声帯の複製を構築します。
「貴様、何故物語の通りに行動しない? この幻想現実空間には我々侵略プログラム以外がデータを再演するNPCしか存在しないはず」
起き上ったベムはネグリジェもフードもかなぐり捨て、4本の触手を起動させベッドの上で威嚇します。
けれど、赤ずきんは微動だにしません。
「てめえらが<方舟>の文明保護データベースに這入り込んで勝手に人類文学を書き変えてるの、黙って観てるとでも思ったのか? あ? お前らにできることが、なんで俺達にできないと思う」
「わ、我々の電子技術に対抗できるほどの能力が貴様ら如きに」
「ご託はもういい。さっさとやろうや。先がつかえてんだ。てめえを処分したら、次はアラビアンナイトとアンデルセン系列も校正せにゃならん」
「舐めるな、同じ土俵に立ったくらいで、勝負が決したと思うな。物語の登場人物にロールダイブすることしかできぬ貴様らと、自らの形質を変化させ改変技能を再現できる我々に敵うものか!」
「お前ら、不明の化物オーラ出したいみたいだけれど、結構饒舌だよな」
ベムが、赤ずきんに飛びかかります。その2mの巨躯でもって赤ずきんの体を押し潰そうというつもりです。
けれど、赤ずきんは左手一本でベムの体を支えました。
その、鈍色に光る細うででもって。
それを視認したベムが、唸ります。
「バ、バカな?! MPS?! 接着強化膜外装だと?! こんな中世次元空間に、現行時間の星間戦闘兵装をダウンロードすることなど?!」
「混乱していなさるな。そうだよな、この仮想空間は、童話的な存在しか再現できない。触手をもった化物が限界だろうよ。お前らならな。けどな、忘れたのか?」
赤ずきんは、右手に手提げていたバスケットを投げ捨てると、中に忍ばせていた青白く輝く単分子ドスブレードを掴み構えます。
「これは俺達人類の物語だ。書き換えるのはお手の物、だ」
ベムの腹部に蒼い軌跡が煌めいて。
化物は、両断されました。
「司令部聞こえるか? こちらグリムダイバー01。状況は終了した。敵の腹の中に隠されていたバックアップデータも回収した。俺がログアウトするのに合わせてバックアップデータを解凍して、物語の再生を頼む」
『こちら司令部。グリムダイバー01了解した。これよりサルベージを開始する。30秒後、お前は全身メタリックな皮膚をした可愛こちゃんから、ただのおっさんに回帰する』
「うるせえ、好きでこんな格好しているわけじゃねえ」
『だったら最初から猟師に役割受領しておけばよかっただろ』
「……気分悪いじゃねえか。眼の前でこんな小さなナリのガキが首を捩子切られるのを観るなんて」
『……あと15秒待て』
赤ずきんの姿をした、赤ずきんではない誰かは、振りかえりました。
おどろおどろしい空は、もうありません。
美しく、静かな森があって、一人の少女が森の中を歩いているのが見えます。
それを物陰から見やる狼の姿もありました。
そこにはただの、物語があるだけ。
少女がこちらを見たような気がします。
でも、気がするだけで、すでに赤ずきんではない誰かは、この幻想現実空間から消失していました。
※※※
グリム・ビーカー軍曹が意識を取り戻すと、ダイブルームのベッドの上であった。
無機質で、薄暗い部屋の中自分の体中につながれた計器類がオールグリーンを示し、白衣の男女が忙しなく動き回っているのを眼で追う。
事前のレクチャーにあった「ダイブ酔い」も「童話ボケ」もなく、意識ははっきりとしている。
窓のない部屋だが、隣のオペレーションルームとの間だけ透明な板で塞いであるだけで、任務中自分にくだらないことを通信し続けてきたオペレーターのアンダーソン兵長のにやけづらが見えるだけ。
自らの海馬体に増築された義脳に接続されたナノケーブルが抜け、拘束具が外れたのを確認して起き上がる。
突然、天井からあのにやけづらの声がした。
『おい、いきなり立ち上がって大丈夫か? 11時間もデータと融合していたんだぞ? 意識と肉体のズレがあるかもしれない、ちゃんとメディカルチェック受けるまで……』
「便所だよ」
『嘘こけ、ちゃんと通していたカテーテルから排泄液は回収されていたから、尿意なんてねえだろ』
「お前、そんなの大型スピーカーで言うんじゃねえよ」
『て言うか、まだカテーテル抜けてねえだろ、管全部抜くまで動くなよ』
「それは最初に言え!」
くだらないやりとりをしている内に、つながれていた計器各種管は外され、解放される。
ようやくベッドに腰掛ける自由を満喫していると、ダイブルームの中に3人の男女が入ってきた。
グリムにこのひどい任務を与えてくれた、この『艦』の艦長であり、グリムダイバー部隊の運用責任者である、ミヤザワ中佐と取り巻き2人(名前は忘れた)
まだアンダーソンのにやけづらの方が観ていたい、と心の中でぼやきながら、敬礼だけはしておいた。
中佐は、楽にしてくれと敬礼を止めさせ、どうにも胡散臭い満面の笑みで応えた。
「ビーカー軍曹。君のお陰でまた世界は救われた。ありがとう」
「任務ですから。ただデータベースに這入り込んだウイルスの除去です」
「いやいや、謙遜はいらないよ。これはまさに人類の存亡がかかっている戦いだ。奴らは、我々から地球を奪うだけでなく、人類のルーツになる文化から破壊をする気だ。我々人類教育科学文化艦隊に課せられた使命は重い。もし君がしくじれば、人類は自らの寄って立つものを今度こそ失い、滅亡するのだからね」
果たして激励しているのか、脅迫しているのかわからない言葉に内心思うところはあったが、下っ端らしく「心得ております」と返すくらいの処世術は、持ち合わせていた。
ここは、宇宙船である。
侵略宇宙人ベムとの戦いで地球を追われた人類は、今17万112隻の人類艦隊を拠り所にして絶滅戦争に立ち向かっている。
その中にある、人類の文化と呼べるものを保護し、尊厳を守ることを任とする人類教育科学文化艦隊。
艦隊の端に、ただ収蔵されたデータサーバーを管理するだけの部門の、一番人気のない童話収蔵艦。
西暦4088年。
人類の命運を賭けた戦いが、ひっそりと行われていた。