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この世に生を授かりました。  作者: 夜の加藤
3/3

Ⅱ.欠陥

前回の続きです。




どのくらいの時間そうやって見つめ合っていただろうか。


「……あっ」


ずっと彼女の腕を掴んでいたままであったことに気づき、慌てて手を離す。


「………」


依然として彼女は無言のままだ。

すると彼女はそのまま前方の車両の方へと歩いて行ってしまった。



かなり整った顔立ちだった。世間一般からすれば十分美少女と言えるレベルであっただろう。


あの見た目だ。偏見かもしれないが、普通あれだけのルックスの女子なら男も食い放題、パッと見さぞリアルも充実していらっしゃるのだろうが、こと彼女に関して言うのなら、決してそんなことはないように感じられた。


どうしてか。それは、どうしても何か引っかかるものが先程の彼女にはあったからだ。



目に光が無かった。どこまでも昏い目をしていた。



眠そうだとか、疲れだとか、そんな類のものではないように思えた。


いや、もしかしたら単に俺の考えすぎなだけかもしれないし、違うと言われればそれまでなのだが。



しかし彼女の目に宿っていた感情はそんな単純なものではなかったように思える。

言葉で表すなら諦観?とか、絶望?


そんなような言葉が相応しいだろうか。



とにかく、不思議な女性だった。


「あ」


今更になって思い出したが、そんなかなり衝撃的な場面に出くわしてしまったせいで死にそびれてしまった。




「…まぁ、いいか」


別にどうでも死にたかったわけじゃなかったし、さっきたまたまパッと思いついただけのことだ。


そもそも、何というか出鼻を挫かれた感が強くてもう今日はそんなことをする気分ではなくなった。


俺も大人しく帰るとしよう。



「ただいま」

「おぉ、お帰り(のぞみ)


家に帰ると祖母が居間でテレビのニュースを観ていた。


俺も観ると、どうやら今日東京のどっかの線路で人身事故があったそうだ。その場に居合わせた人達の証言によれば、どうやらその事故にあった男性は自分から線路に飛び降りたそうな。


「やだねぇ、まったくよ、 電車で自殺とみられる人身事故だってよ、都会の人たちってのは生きることに疲れてんのかねぇ…」

「……そうかもね」




次の日も特に変わったことはなかった。

今日は大学が午後からだったのでたっぷりと惰眠を貪り、昼前に起きて朝飯兼昼飯を食って家を出た。



今日もだだっ広い教室でよく分からん講義を受けている。

コイツいつもよく分からん講義ばっか受けてんな、と思うかもしれない。だが、本当によく分からんのだ。


ろくにシラバスとかも確認せず、ただ適当に空いているコマに適当な講義を詰め込んだだけだからな。

まぁ仮にちゃんとシラバスを読んでいたとしても、興味を惹かれるような講義があったとも思えないが。


そもそも別に俺は自分から進んで大学に進学したわけではない。本当になんとなく、小学校から中学校、中学校から高校と歩んできたのと同じ感じで高校から大学に来た。


まさに惰性の擬人化とも呼べるこの俺。 けど大抵のやつらだってそうだろう?日々何らかの目的意識を持って生きている人間の方が希少種だ。



そんな凡百な俺は今日も勤めを終えた。


いつも通りの即帰宅。時間も昨日と同じくらいだな。


そんなことを考えながら駅へと向かって歩いた。



大学からしばらく歩き、駅に着いた。


帰りの電車を、景色を見ながらただボーッと待つ。いや、景色を見てはいるが別に意識して見ているわけでもない。英語で表すならlookではなくsee みたいな感じだ。ただボーッとしていた。





だから、"そいつ"が後ろに立っていたことに気づいてなかった。


「あー、やっと来たぁ」



ーーーー 心底ドキリとした。


振り向いて声の主を見る。そして俺はさらに驚くこととなる。


なぜならその声の主は昨日の、線路に飛び降りようとしていた女性だったのだ。


「え、あっ、」


突然の事で色々驚いてロクに声が出なかった。そもそも家以外では基本人と喋らないから、こういう時言葉が出ない。なんて悲しい奴だ。


「君のこと待ってたんだよ。君、昨日私を助けたでしょ?覚えてる?」


忘れるはずがないだろう。あれほど衝撃的なことだったし。なによりーーあぁ、やっぱりこの目だ。


「…いや、流石に印象深かったから覚えてるよ…そっちこそ、よく俺の顔なんて覚えてたな」

「いやぁ、忘れないよ。 だって……その"目"。その目は印象的だったもん」


…目?俺の?


「ね、君、陵林大学の学生だよね。ここの駅を使ってるってことは。名前、何ていうの?」


陵林大学というのは俺の通う大学である。


「…そうだよ。俺の名前は(のぞみ)希原希(きはらのぞみ)って…言います、一応2年…です」

なぜ敬語になった、最後らへん。最後まで頑張れよ。いや、だってしょうがないだろ、女子と喋ったのは久しぶりだったんだ。 いや、誰に言い訳してんだ。


「あ、私も2年なの。私は叶望(かなみ)望月叶望(もちづきかなみ)。よろしくね。」


そう彼女…叶望は俺に淡々と告げた。

先程から思ったが、彼女の声にはまるで感情がこもっていないように聞こえる。いや、口元は穏やかなのだが、なんだかその微笑んでいる口元すら昏く映って見える。


「君と…少し話がしてみたかったの。今日はこれから何か急ぎの用事とかある?」


えっ、何、どういう展開?

「いや、ない…けど…」

「そう、なら少し時間いい?」



そう言った彼女に連れられて、俺達は駅から少し離れた所にある公園に来た。公園の遊具達は夕日に照らされている。



「それで…話ってなにさ?」

彼女にそう問いかけた。


「あぁ…聞きたいことがあったの。昨日…私実は線路に飛び降りて死のうと思ったの。」


唐突な告白だったが別に驚きはなかった。やっぱりか、といった感じだ。


「…あぁ、そうなん」

「そうなん、って。…アハハ、やっぱり。君ならなんとなく、そういう風に言ってくると思った。」


なんだか知らんが彼女は可笑しそうに笑っている。

どこが可笑しかったのだろうか。


「あ、そういや俺も聞きたいことがあったわ。さっき、駅で俺のこと覚えてるって言ってただろ?目がどうとか言って」

「あぁ、それ?うん、君の"目"。君の目はとても印象的だったよ。だって…"私の目"にそっくりだったから。」


は?そっくり?俺の目と彼女の目が?

俺の目は彼女ほど大きくはないと思うのだが。


「あぁ、違うよ。大きさとか見た目じゃなくて…その色。君のその目、 ーーー すごく、"昏い"色してる。

まるでーーー"自分が何で生きているのか分かんない"って言ってるみたい。」



ゾクリとした。なんだか己の心の内を全て見透かされているみたいで不気味な感じがした。


そうか、そう言われてみて、自分の中の引っかかりの答えが分かった気がした。

そうか。自分ではそこまででもないと思っていたが、はたから見れば俺も彼女のように見えるのか。


「昨日君に助けられた時、君の顔、君の目を見た時にさ、 あっ、この人、私の目とそっくりだぁって思ったの。」

彼女はそう語る。


「今までにも何人も、"死にたい"とか言ってる人は腐るほど見てきたけどさ、みんなダメ。本心から言ってる人なんて一人もいなかった。だって彼ら彼女らの目はさ、そんなこと全然言ってなかったもの。私には分かる。目は嘘をつかないよ。」


まぁ『目は口ほどに物を言う』、なんてことわざもあるくらいだもんな。


「けど、君は違った。今まで見てきた人達と、明らかに質が違う。」


そこで彼女は一呼吸置く。


「私さ、 "生きてる理由が分からないの"。」


そう言って、彼女はとても寂しそうに嗤った。その笑みは、なんだかとても痛々しく俺の目に映った。

一体今、彼女はどんな心境でその言葉を言っているのだろうか。


「今日聞きたかったことってのはさ…


君は…どうして生きているの?」


"どうして"、か。

そんなの俺には分からない。分かっていたら死のうとなんて事、そもそも考えたりしない。むしろ俺に教えて欲しいぐらいだ。


「さぁね、分からないよ。」

だから俺は正直に、彼女にそう告げた。


するとまた彼女は可笑しそうに笑い、


「フフッ、やっぱり。 その目だよ。本当に君は今までの人達と違う。」


依然として彼女の口元は笑っている。


「私ね、嬉しかったんだぁ。私と同じくらい、生きながら死んでるような人と出会えて。ね、そんなあなたにさ、お願いがあるんだけど」

「お願い?」


いったい何を要求されるのか。


「うん、私とさ、


"私と一緒に死んでくれない"?」


「………は?」


そう言って、彼女は実に楽しそうに俺にそんなお願いをしてきた。


なんつーフレンドリーな心中のお誘いだ。流石の俺も驚いたぞ。

これだけ楽しそうにそんな猟奇的なお誘いをしてくるやつなんて、世界中探してもそうそういないだろう。


「…ダメ?」

「いや、普通に嫌だ。」

「えー……」


いや、普通に嫌だろう、だって。


「そっか……まぁ、そうだよねぇ。いきなりじゃ心の準備とか色々あるもんね、ごめんごめん。


…じゃあさ、もしまた今度、気が変わったらまた声かけてよ。

しばらくの間はさ、私一人で死のうとは考えないようにするからさ」


……人の話を全く聞いていない。何を言っているんだ、コイツは。全然理解できん。


「私、君に興味あるの。こんなこと生まれて初めてかもしれない。

…じゃ、そういうことで。じゃあね、希。また会いましょ」

「あっ、オイ」


そう一方的に言い残し、彼女は去っていった。




夕暮れの公園に残された俺は、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。







お読みいただきありがとうございます。

良ければ次も見てください。

それでは

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