Ⅰ. 終わりにみえた始まり
プロローグの続きです
良ければ読んでみてください
やっと物語が始まります。
けたたましいアラームが部屋に鳴り響いた。こいつが騒ぎ出したということはもう朝か。
「………」
無言でアラームを止める。俺の朝はこいつを黙らせることから始まる。まだ時間が早いため再び夢の世界に逃げ込もうかと考えたが、本日は一限から講義があるためあえなくその計画は頓挫した。
朝はひたすらに眠い。まして俺は低血圧なので余計、一般人に比べて朝に弱い。悲しい十字架を背負ってこの世に生を授かってしまった。
そんな悲しい宿命を呪いながら今日も俺は目が覚めた―――"覚めてしまった"。
今日も今日とて今日が始まるのだ。
あぁ、心底嫌になる。
たとえここで俺が全力でギャン泣きをかまし、駄々をこねたところで何も変わらない。ただそこにあるのは変わらずある何の変哲も無いクソみたいな日常だ。早速朝っぱらから憂鬱な気分に襲われたが仕方がないので起きるとする。
襖を開け廊下を進むと、居間の方から良い匂いがしてきた。もう祖母が起きて朝ご飯を作ってくれているのだろう。
「起きたか希、今日は朝から大学なんだろ?」
「…相変わらず早いね」
「年寄りは早起きなんだよ、ほら食べな」
「あー…顔洗ってくるわ」
そう言って洗面所に向かいバシャバシャと顔を洗う。幾分かシャッキリしたような気がする。しかし相変わらず目は死んでいる。誰だこの世界全てを呪ってそうな目は。俺か。…俺だな。実に空虚な目をしてる。
居間へと戻り祖母が作ってくれた朝食を摂る。とりあえず味噌汁を飲む。
祖母が作ってくれる味噌汁はこんな荒んだ俺の心にも優しく染み渡っていく。インスタントではこの味は出ない。なんというか深みが違う。これが年の功というやつか、まぁ知らんけど。
その後も機械的に飯を食べているとそろそろ家を出る時間になってきた。
残りを急いで食べ終え、身支度をする。身支度といっても別に大したことはしない。服を着替えるぐらいのものだ。
「じゃばーちゃん 行ってくるわ」
「あいよ、気をつけな」
祖母にそう言い家を出た。
俺はとある田舎の国公立の大学に現在電車で通っている。最寄駅も祖母の家から近いためそこは便利だ。今は五月だが、もうすでに外は少し暑いような気がする。
変わらない風景。昨日までと何も変わっていない。当たり前だ。たかが一日程度でそう劇的な変化など訪れるはずがない。
分かっている。分かっているのだが、何故かそのことがひどくムカついた。 いったい俺は何にこうもムカついているのか。
まぁそんなことを考えていても仕方がない。
そんなことを思いながら、いつものようにいつもの道をヘッドホンで大音量のロックを聴きながら、そう長くない駅までの距離を歩く。
――音楽は良い。音楽を聴いている間は周りの音が、声が、世界の他のあらゆる音が聞こえない。少しの間だけでもこの日常から離れられる、そんな気がするからだ。
そうして世間の一切を拒絶しながら無心でただ歩いているともう駅に着いた。俺が駅に着いてまもなく、女性の声のアナウンスが駅のホームに鳴り響いた
「 ーーーまもなく三番線に電車が参ります」
ちょうど電車が来た。いつもの時間。
電車に乗り込む。いつもと同じ車両。
電車に乗り込み、周りを何気なく見渡す。
俺以外にも、当たり前の事だが電車を利用している人は多い。やはりこの時間だと朝早いこともあってか学生や社会人の割合が多いだろうか。
俺の前の座席には女子高生とみられる二人組が座っている。
二人は一緒に座っているのを見るに、友達同士だと思われるが特に会話をすることもなく、ただお互い自分のスマホをいじっている。周囲の他の学生も同様に自分のスマホをいじっている。
女子高生達の隣にはくたびれた顔のスーツ姿の男性が座っている。その目は手元のスマホの画面を見ているようだったが、その実何も見ていないようにも見えた。
―とても空虚な目をしていた。そしてそれはその男性に限った話ではない。他の乗客全員も同じような目をしている。
そしてその目には見覚えがある。というより今朝も鏡の前で見た。
さながらみな生きているのになんだか死んでいるようだ。
きっと彼ら彼女らも今日も今日とて昨日と何ら変わらない日常をこれから送るのだろう。まぁ俺もそうなのだが。その様子はさしずめ惰性塗れの日常に支配されている亡者のようだ。
電車は今日も今日とてそんな亡者達をそれぞれの日常へと送り届ける。
そんな益体も無いことを考えていると大学の最寄駅に着いた。
その後は特に特筆するようなことも無かった。午前中はいつも通りよく分からん講義を受けた後昼は弁当を買って食い、また午後も講義をいくつか受けた。
なんつーつまらん学生生活だ。文面に起こせば三行で終わるじゃないか。コイツ友達いねぇのか?…いねぇな。別に良いけどな。
そうして本日分の講義を全て受け終わった俺は特に寄り道することもなく足早に駅へと向かった。学校が終わったらすぐ帰る、というスタイルが中学高校時代で染み付いているのだ。
もう夕方のため、駅のホームには学校終わりの学生や仕事帰りのサラリーマン達がちらほらいた。お互い本日のお勤めが終わったようだ。
さて今日はこの後帰ったら何をしようか。考える。
電車に乗って家に帰って、それから晩飯を食って風呂に入って、特にやることもないからとっとと寝て、そしてまた明日起きて………
……………あぁ、俺、なんで生きてるんだろう…。
そんなことを考えていると唐突に巨大な虚無感に襲われた。
"生きている理由が分からない"。
いつものことだ。また明日も、今日と変わりばえのない日常を送るのかと考えると吐きそうな気分になってくる。
分かっている、分かっているさ。
だが今日はなんでか本当に、体の真ん中にまるで巨大なドーナツみたいな穴が空いたような錯覚に襲われた。いい加減、俺の心はもう限界を迎えてしまったのかもしれないな。
そんなことすらも随分他人事のように感じてしまう。あぁいけない、本格的に参ってるな、こりゃ
「ーーー4番線に電車が参ります」
そんなことを考えているとホームにアナウンスが響いた。
遠目に電車がやって来るのが見える。
ーその電車を見た時ふと、先程まで考えていた"何故生きているのか"という答えの分からない問題に対する解決策が思いついたような気がした。
死ぬことに別に恐怖は抱いていない。今までにもなんどか"そう"しようかと思ったことはあるが、結局行動に移したことはなかった。別に土壇場で怖気付いたからって訳じゃない。なんとなく"死のう"と思ったのと同様に、なんとなく死ぬのをやめただけだ。
けど、なんだか今日という今日こそはこの日常を、この無意味なこの人生を終わりにしたいと、本気でそう思った。
そう考えるとなんだか気分が晴れてきた気がする。久々にテンションが少し上がっているのを感じる。こんなマイナスのベクトルにテンションが上がるとは、我ながらまったくなんて残念な奴なんだと思う。
さっきより電車が近づいてきた
ーーー特に、この世に未練もないな。 …あぁ、強いて挙げるならばーちゃんに謝んないとな。ごめんなばーちゃん、一生のうちに"二度も"こんな結末を見させることになっちまって
そんなことを考えていたちょうどその時、先程まで気にも留めていなかった俺の前に立っている一人の女性に目が留まった。
パッと見女子大生ぐらいだろうか。髪は茶色で少しウェーブのかかったセミロングくらい。服装は派手すぎるということはなく、かといって地味なわけでもない。男の俺には女性のファッションはよく分からんが、とても上品によくまとまったファッションだと思う。実にテレビでよく見かける今どきの女子大生っぽい。
だがそんないかにも今どき女子大生感全開な彼女からは、なにか異様な空気を感じた。いや、どこら辺が異様なのかと問われれば正直答えに困るのだが…なにかこう…言葉では表せない"何か"を感じた。
なんつーか、そのままどこかへと消えてしまいそうな、
そんな儚い印象も受けた。
まぁこれからこの世とおさらばする俺にとってはどうでもいいことか。
もう電車はすぐそこだ。
さようなら、クソったれな日常。もし、もしも次があるのなら、今度こそちゃんと…ちゃんと、意味を見つけられるよう頑張るよ。
俺がそんなことを思いながら一歩を踏み出そうとした
ーーその瞬間、前方の彼女の姿が揺らいだ。
「え」
突然、時間がゆっくり流れるような錯覚に襲われた。これが走馬灯ってやつか。いや、違う。現に死にそうになっているのは俺ではなく目の前の彼女だ。
前方の彼女は線路に倒れこもうとしている。 これではちょうど迫り来る電車に吹っ飛ばされることは明らかだ。間違いなく命の保証はない。おい、何だ?立ちくらみか?何かの持病の発作?それともまさか…
様々な思考が凄まじい速度で俺の脳内を駆け巡る。
そんな風にグルグル回っている俺の思考とは裏腹に、俺の体は咄嗟に彼女へ手を伸ばしていた。
「ちょっ…………‼︎‼︎」
電車が走り去る。
結局のところ俺も彼女も無事だった。
「…え?」
彼女はひどく驚いた目で俺を見ている。
俺だって驚いている。女子の腕を掴んだのなんて生まれて初めてだからだ。
いや、違う。そんなことじゃない。
咄嗟に彼女を助けた俺自身の行動に、自分でも驚いているのだ。
「………」
「………」
無言でお互い見つめ合う。
ーーーこれが、俺と彼女の「出会い」だった。
お読み頂きありがとうございます。
今後もちょくちょく更新していくので次も良ければ読んでもらえると嬉しいです。
それでは