082.別れの指切り(セヴィル視点)
夜の部の投稿でーすノシ
こう言うのはエディオスや級友達に昔話として聞かされたことはあったが、まさか自身で実体験する日が来ようとは。
「だって、ゼルお兄ちゃんとさよならしたくないもん!」
そう言って俺が消えるわけでもないのにぎゅっと抱きついてきた。
いや、神二人がいるのだからそう言った術で俺だけを転移させることは可能だろうが、カナタのためを思ってさせないのだろう。
「どうしようか? レイ」
「無理に術かければ、耐性の低い奏樹のような子供じゃ反動が予想しにくいからな」
「……この世界に魔法は?」
「ない。と言うか概念すらないように創り変えたんだ。だから、余計に術で封印なんてしにくい」
それでこれだけ文化が発展しているのか?
加えて、自然に聖気や魔力の流れを感じなかったのも。試しにカナタの魔力を測ろうと術を構築しようにも俺の中の魔力に何も反応が起きなかった。
「わかっただろう? 管理者の俺や兄者はともかく、異邦人のお前じゃこの世界の理を知らないから行使しにくいんだ」
レイアーク神の言うことには頷けれた。
魔力の魔の字もかけらもない異界であるならば、術を扱う必要がない。代わりに何かしらの力が加わっているのだろう。でなければ、魔力を必要とせずにこれだけの発展が起きないわけがない。
服をはじめとして何もかもがかなり使い勝手が良過ぎるものばかりだからな。
「ゼルお兄ちゃん、ここにいちゃダメ?」
こてんと首を傾げる涙目に俺は鼓動が高鳴ってしまうのを抑えきれない。
よくよく見れば、カナタの顔立ちは幼子にしては整い過ぎていた。
この世界に来て目覚めた直後はあまり気にしていなかったが、こうも至近距離で自覚してしまうと困惑が隠せる自信がない。
(とは言っても、是と答えられない)
自身の気持ちを自覚して離れがたくなる寸前のところまで来ていたが、本質を違えてはいけない。
俺も貴族の一員として将来王となる従兄弟を助けねばならない義務はあるんだ。
「カナタ、俺も別れは辛いがやはり帰らなくてはいけないんだ」
「…………そっかぁ」
しゅんと眉を下げ、また泣く寸前にまでの顔になったが我慢しているようだ。
「もう会えない?」
「そう、考えてくれていい」
まさか初恋が自覚してすぐに砕け散るとは予想だにしなかったが、致し方ない。
「ん? んー……なるほど」
「兄者、どうかしたのか?」
神二人はこちらを見守りながら静かにしてくれていたが、ふとクロノソティス神が首を傾いでいた。
「ああ、こっちのことだから心配しないで? さーて、奏樹。セヴィルを着替えさせるからちょっとだけ離れようか?」
「…………はーい」
諦めたのか受け入れたのかはわからないが、カナタはようやく俺から離れた。
「服はその袋の中だよね?」
じゃあ、と言いながらクロノソティス神はフィルザス神のように指を鳴らし出した。
無詠唱での魔法の行使には何かしら所作が必要であるが、神の術は今の俺と姿は差異がない少年の神のように指を鳴らすのが多いのだろうか?
と考えてる間に、俺の服はカナタの用意してくれたものでなく、元どおりの服装になっていた。マントも留め具にしっかりとつけられていたし、靴まで履かされてたので驚いた。
「ゼルお兄ちゃん……」
「カナタ、俺は絶対に忘れない」
ごく僅かであったが、この少女との温かな時間は他の何物にも変えようがない。
何百年経とうとも、絶対に忘れないと誓う。
「うん、僕も忘れない!」
涙ぐんだ笑顔だったが、とても綺麗なものだった。
すると、カナタは俺に向かって小指を立ててきた。
「指切りげんまん!」
「ゆびきり?」
「この世界に古くから伝わる呪いのようなものだ。てか、奏樹? セヴィルの世界じゃ針千本飲ますのおまじないはないぞ?」
「違うよ! ただ僕が指切りしたいだけ!」
よくはわからないが、小指を差し出せばいいのだろうか?
同じように小指を立ててカナタの前に出せば、カナタは自分の小指を俺の小指に絡めた。
「ゆーびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」
童歌のような呪文を唱えたカナタの指から、ほんのりと温かな力が流れてきた。
魔力か?と思ったが、この世界にはレイアーク神が言うように魔力は感知出来ない。
では今のは、と考えているうちにカナタは小指を離した。
「これで約束だよ! 僕、絶対ゼルお兄ちゃんのこと忘れないから!」
「あ、ああ……」
なるほど、約束のための呪いなのか。
だが、俺に流れ込んできた力はいったいなんだったのか? 不調なども特になく、魔力の波長に乱れも感じない。
「じゃ、お別れだね。奏樹」
「………………うん」
クロノソティス神が切り出すと、カナタは目端に涙を溜めながらも小さく頷いた。
「奏樹、もう少し離れててほしい。巻き込まないとは限らないからな」
「はーい」
いつの間にか俺の背後に立っていたレイアーク神の言葉にカナタは頷いて、俺達から少し距離を置く。
「レイ、先に行ってて。僕は奏樹にちょっと言うことがあるから」
「兄者?」
「だーいじょうぶ。時間はかけないよ」
「クロノお兄ちゃん?」
「ちょこっとだけ、ね?」
安心させるようにカナタの頭を撫でてやりながら、クロノソティス神はどうしてか楽しそうな笑みを浮かべていた。その表情は、どことなくフィルザス神を思わせる雰囲気だ。やはり、兄弟と言うからだろうか。
「……承知した。一旦狭間に移るが」
「りょーかい」
「セヴィル、不快に思うだろうがもう少し俺に寄れ」
「あ、ああ」
神とは言え、男に密着するのは少々憚れるが我儘を言っている場合ではないので、出来るだけ寄り添ってみた。
レイアーク神がそれを確認すれば、片手を俺の肩に置いてもう片方は印のようなものを組み始めた。
「%$€#\!&@¥+=*」
神の呪言。
俺のような神の血をわずかに引く者でも、真祖たる彼らの本来の言葉は聞き取れない。
以前、フィルザス神が何度か唱えたことがあったが、あの時も同じように俺やエディオスも聴き取れなかった。
「ゼルお兄ちゃん! ばいばーい!」
カナタの呼び声にはっと意識を切り替えれば、クロノソティス神の隣で懸命にカナタが手を振っていた。
俺が顔を上げた途端、周りに蒼い光が起こって彼女の顔がよく見えなかった。
「カナタっ!」
何か言わねば、と口を開こうとしたが、光が俺とレイアーク神を包み込んでいき、もう彼女とクロノソティア神の姿が見えなくなった。
「……よし、着いたか」
レイアーク神が離れていくと、俺の目の前にカナタとクロノソティス神はもうなく、代わりに一面水底に近いくらい真っ青な空間に立っていることがわかった。
「……ここが、狭間?」
「ああ、普段俺がいるような亜空間に近いが」
さて、とレイアーク神がその場に胡座をかいて座り込むんでから、俺を目の前に座るように手招きしてきた。
「兄者はすぐ来るからここに座れ」
「あ、ああ……」
どう座ればいいか一瞬わからないでいたが、野営のようでいいのかと頭に過ってからレイアーク神の前に腰かけた。
「おっ待たせー!」
俺が座って間も無く、クロノソティス神の声が聞こえてきた。
振り返ったが、彼の隣に当然カナタの姿はない。
「本当にすぐだったな、兄者?」
「僕が嘘つくわけないじゃない?」
「だが、ヒトの子にわざわざ接触することは少ないだろう?」
「あの子はちょっと特別だったからね?」
「「特別?」」
「それより、セヴィルを黑の世界に戻してあげなきゃ?」
「……そうだな」
この空間にも、俺は長居しない方が良いのだろう。
レイアーク神が指を鳴らせば、また視界が揺らいで今度は俺にも見知った風景が目の前に現れた。
「宮城の奥庭?」
滅多に訪れることはないが知らない場所ではない。
エディオスを筆頭に幼馴染みや他の貴族達の子息らと時折隠れ鬼をしていた遊び場だった。
「下手にヒトの子の出入りが多い場所では俺と兄者が目立ち過ぎるからな?」
「今の恰好はレイのとこの世界に合わせたままだしね?」
たしかに、依然として二神の身なりは変わらずでいた。神力は相変わらず抑えているか漏れ出さないようにしているが、平民並みの身軽な服装と神王太子の従兄弟の俺が一緒にいれば不敬罪に問われることだろうな。
その点では、この辺りに降り立ったのは間違いない。
「とりあえず、巻き込んでごめんね? 異界渡りについてはあんまり吹聴しないようにして欲しいな?」
「フィルザス神には告げぬ方がいいのか?」
「やめといてくれ。あいつああ見えても自己嫌悪に陥りやすいから」
「……承知した」
いつも飄々としている風態しかみていないが、兄達の前では違うのだろうな。
元より自分の内だけに納めるつもりでいたので、口外することはしないと決めていた。エディオスや伯父の陛下にも言わないでおこう。
あの似た者親子に言ってしまうと異界の事もだが、カナタについても根掘り葉掘り聞こうとしてくるからな。
「じゃあ、僕とレイはもう行くね?」
「次会う事は当分ないだろうが、フィーのことはよろしく頼む」
「あ、あぁ」
神に会う事など稀有な事態でしかないのに、異界を統べる神と出会うことなどあるのだろうか。
だが、縁はもう出来てしまったのだから、ないとは言い切れない。
クロノソティス神が指を鳴らせば、二神は周囲に溶け込むようにして姿が見えなくなっていった。
「……行ったか」
完全に気配も消え失せてから、俺は胸から大きく息を吐いた。
「………………はぁーっ!」
色々あり過ぎて、ようやく緊張の糸やらなんやらが切れたか解れたりしてその場に座り込んだ。
平素の俺ならば、エディオスやサイノスが平然とするそれをしようとは思わないでいたがこの場合は例外だ。
とにかく、濃密な経験をし過ぎた。
(………………カナタ)
もう二度と会えない、異界の幼き少女。
そして、俺の初恋。
この思いは、決して誰にも口外するまい。
「おーい、ゼルーー!」
「っ、エディ……オス、か」
遠くから聞こえてきた従兄弟の声に俺はまた息を吐いた。
そう言えば、奴が陛下より賜ったブローチを探していたんだったな。
見つかったかはわからないが、俺は何度も聞こえる呼びかけに応えるためにそちらに向かうことにした。
また明日〜ノシノシ