049.爆ぜるパンツェロッティ-①
本日1話目ですノ
◆◇◆
「カティアさん、陛下並びに皆様方が食堂にいらっしゃいましたよ」
「わかりました」
ちょっと細々とした作業をしている最中に、給仕のお姉さんがそう教えてくれた。
けど、お伝えして10分も経ってないのに早い。
たしか、しきふだ?って言う連絡手段だったか。メールじゃないけど、日本でも昔あった電報みたいなものらしい。使用方法には魔力が必要なので、これもまた魔法講義で要練習することになったが。
それよりも、皆さんが来たのならこっちも準備再開しないといけない。
「ふゅ、ふゅー?」
「カティアー、来たんなら早くしようよー」
「はーい」
お腹空かしてるクラウのためなのに、フィーさんまでお腹ぺこぺこな感じらしい。
仕方ないので、僕は濡れ布巾を外して小分けしておいた生地を一つ手に取る。反対の手には、パンのカッターであるスケッパーも準備してます。
「? その大きさにするんじゃないの?」
「クラウ用にはもっと小さくするんですよ」
普通の大きさじゃ食べるのに一苦労しちゃいそうだから、それをクラウの口に入れやすい大きさにすることにしたのだ。
スケッパーで6分割したけれど、どれくらい食べるかわかんないからもう一個の生地も同じようにして、計12個のミニマムサイズが出来上がった。
「これを少し丸めてから平べったくして」
直径10センチ弱にして厚さは1センチ弱。
餃子の皮の分厚い感じに仕上げる。
他の普通の生地は大きく広げる手前の状態に均しておけばいい。
「思ったより小さいねぇ?」
「今日は揚げピッツァなんでこれでいいんですよ」
いつもの薄さにしてたら破けるからこれでいい。
生地が出来たらスプーンでマトゥラーソースを適量塗り、半分にカッツとヘルネ(バジルリーフ)を乗せたら残り半分を折って半月状にする。
そして、中身が漏れてこないように端をギュッギュとくっつけておかないと。
大っきい生地よりも小さく分けた方が難しいんだから慎重に包んでいく。特に、コルブ(ブロッコリー)なんかはみ出さないようにするものなかなか手こずった。
「ふぅん。そうするんだー?」
「ふゅ」
「えーっと、これで最後っと。出来た!」
あとはこれをフライヤーで揚げれば完成。
皆さんやクラウを待たせる訳にはいかないので、バットに収納させたそれを持ってフライヤー前でスタンバイしているマリウスさんの元へ行く。
「ほぅ……そのような形になるのですな」
「じゃあ、小さいのから揚げますね」
冷ますことも考慮して、まずはクラウの分から。
大きなフライヤーに6個投入すれば、ジュワーっと油が爆ぜる音がし出した。
「揚げ方はこの場合ドーナツと同じようになりますかな?」
「あ、はい。そんな感じですね」
ドーナツあるんだ。
料理の名前がだいたい一緒なのは一週間前にも聞いたが、改めて実感すると不思議な感じがした。
ミニマムパンツェロッティの半分がキツネ色になったら、ターナーでひっくり返して同じように揚げる。出来たら、網棚を乗せたバットで油を切っておきます。
「美味しそうー」
「ふゅ、ふゅー!」
「クラウ待っててねー。皆さんの分が出来てから食べよう?」
「ふゅ!」
クラウは右手を上げてから首を左右に振って待つ態勢になった。
フィーさんは食い意地張って手を出しかねないから、火傷しますよと注意して我慢させるようにしておく。
クラウのは割とすぐに出来たけど、僕達の大きいのは少し時間がかかってしまう。
揚げるのをマリウスさんに一旦任せて、僕はさっき準備してたのを調理台に取りに行ってから戻った。
「おや、それは……?」
「この紙に入れて持って食べるんです」
ちょうどいいクッキングシート的なのを見つけたので、ちょいとばっかし加工してみたのです。
クラウの分は小さいのと紙を一緒に食べかねないから作らなかったけど、僕達の分はいると思ってね。
だって、せっかくのジャンクフードだもの。
素手じゃ熱過ぎてとても持てないから、こう言うのが必要になってくるから。
「これで最後ですね」
「ありがとうございます」
美味しそうなキツネ色に揚がったパンツェロッティ。
(ああ、すぐに僕も食べたくなるけど我慢我慢)
油がいい具合に切れたら大きいのを加工した紙に包んで、用意しておいたお皿に2つずつ乗せる。クラウのはそのまま12個をこんもりと乗せれば完了。
「じゃあ、食堂に行きましょう!」
「やっとだねー」
「ふゅー!」
フィーさんはクラウを抱っこ、僕はパンツェロッティを乗せた台車を押しながら食堂に向かう。
「お待たせしましたー!」
「おぉ、ごくろーさん」
着いた早々、エディオスさんがこっちに片手を振ってくれた。アナさんやセヴィルさんも揃ってる。
「識札で聞いたときは驚いたぜ。時間操作するにしたって早過ぎやしねぇか?」
「今日はソースの仕込みがなかった分早く出来たんですよ」
それがなければ予定通りに一時間は必要だったからね。
「ん? カティア、ピッツァと言っていたがそれは?」
「これもピッツァですよ。パンツェロッティって言うんです」
セヴィルさんが疑問に思うのも仕方ない。
見た目半月状のパンみたいなものだから、ド派手ないつものピッツァと比べたら見劣りするもの。
ただ、セヴィルさんの目が一瞬丸くなったように見えたけど気のせいかな?
もう一度見たけど、勘違いなのかいつも通りの冷静な感じではあったけど。
「まあまあ、可愛いお名前のピッツァなのですね。けれど、紙に包まれてるのはどうしてですの?」
「あ。これは揚げてあるんですが……フォークやナイフで食べると食べにくくなるんで、紙の部分を持ってもらうためです」
しゃべりながらも皆さんの席にお皿を置いていく。
クラウのは僕の席に。見た目揚げ餃子に見えなくもないけど、中身は僕らと同じだからね。
「ふゅー!」
「ちょ、クラウ⁉︎」
え、何?、フィーさんとクラウの方を見れば、クラウがジタバタとフィーさんの腕の中でもがいていた。
それからすぽんと抜け出してしまい、背中にある薄金の翼を広げてパタパタと宙に浮かんでしまった。
「お」
「まあ」
「ほぅ……」
「あらら」
「飛んだ⁉︎」
クラウが生まれて二時間も経ってないのにもう飛んだ⁉︎
少しだけふらついてたけど、慣れてきたらテーブルの上をくるくると飛び回り、最後には自分の食べるお皿前にちょこんと座り込んだ。
なんて可愛らし過ぎるんだこの獣ちゃんは。
しかもお行儀よく座りながらも、匂いを嗅いでいるのかふんふんと口上が動いていた。
嗅覚器官があそこなんだ。覚えておこう。
とりあえず、全員に配り終えてから僕も席に着いた。
「んで、この紙の部分を持って上から食うってか? 城下なんかにある屋台でもこんなきっちりしてねぇぜ」
「城下に行かれるんですか?」
「おう。たまーにだがな。一応視察って銘打って変装はしてるぞ」
「褒められたことではありませんわ」
「迎えに行くこちらの身にもなれ。城下の警備兵は姿絵程度のお前くらいしか知らないのだからな」
「へーへー」
城下と言っても、結構離れてる場所にあるんだっけ。
実を言うと行ってみたい。ここの食事に飽きが出たんじゃなくて、民衆の食文化がどんなものかが知りたいからだ。
「カティア、行きたそうな顔してるね?」
「え」
フィーさんにはバレてたみたいだ。
いや、僕の顔がわかりやすいって初日にも言われたからそれなのかも。
エディオスさんはそれを聞くと、にやりと口元を緩めた。
「んじゃ、今度時間作って行ってみるか?」
「待て。ヴァスシードの来訪もあると言うのに……まさか前みたいにあいつも一緒とは言うんじゃないだろうな?」
「うっ……」
「あいつ?」
クラウと一緒に首を傾げていると、セヴィルさんはため息を吐いた。
「ヴァスシードの国王のことだ」
「え」
そんな王様同士で城下に繰り出すことなんかしてたんですか⁉︎
護衛無しに行ってるような雰囲気だけど、変装はしてるからって物騒な。ただ、いい大人が何してるんだってツッコミたくはなってしまうよ。
「ふゅー……」
「あ、お腹空いてるんだよねクラウ。ごめんね?」
今はクラウのお腹の虫を抑えるのが優先なのに。
「まあ、クラウと言うお名前になさいましたの?」
「あ、はい」
そう言えば名前つけたの言うの忘れてました。
エディオスさんやセヴィルさんも僕らの会話が気になったのかこっちを向いてくれた。
「ほぉ、なんでそれにしたんだよ?」
「僕の住んでた国以外の公用語なんですが、空に浮かんでる雲を『クラウド』って言うんですよ。まんまじゃなぁって思って『ド』を抜いてみたんですが」
綿のようなほわほわした雲のような子。
すぐに思い浮かんだんだよね。本人も気に入ってるみたいだし。
「ふゅ、ふゅー」
呼ばれて嬉しいのか翼をピコピコ動かしていた。
「そうかそうか。お前いい名前つけてもらえたのな。こっちの世界でも似た意味があるぜ。『天上の綿帽子』っつーんだ」
「ほぇ……」
なんか僕の『ティア』を含めて結構な意味があるのがちょこちょこあると思う。
日本人の感覚でしかない僕にはキラキラネームにしか聞こえないよ。今の名前だって十分それに値するけど。
それはさておき。
「熱々がいいんで食べましょう!」
「おぉ、そうだったそうだった」
「僕もお腹ぺこぺこー」
じゃあ、いただきますとそれぞれパンツェロッティを手にした。
そうして、
「「熱っ⁉︎」」
「……だから熱々って言いましたよね?」
言ったそばからがっついたのはエディオスさんとフィーさんだった。