042.その頃の執務室(セヴィル視点)
本日最終話でーすノシ
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(セヴィル視点)
(たしか、カティアは勉学も休みだったな?)
執務の合間にふと思い浮かんだ。
まだ一週間程度でしかないが、八つ時の差し入れがほぼ毎日あったせいで今日に限って先触れの識札もなく少し物足りなく感じていた。
彼女の馳走はどれも美味だ。
食事もだが、甘いものでさえ辛い物の方が好きな俺がなんなく受け付けるくらい食べやすい。
砂糖や蜂蜜の加減が絶妙と言えようか、時折欲しくなる味だ。ヴァスシード王妃の手製以外でそう思ったのは初めてだった。むしろ彼女以上か。
エディオスもその虜になった一人であるからか、今日の先触れがないのに少し苛立っていた。だが、毎日毎日彼女を働かせるのは良くない。
いくら聖樹水の効力で体力などは補えても外見は幼子だ。
マリウス達にそれは知らせていない故に、普通の幼子と変わりなく扱うところも見せなくては。
(……だが、中身は成人の女性だ)
文字は習い始めてまだ短いし、今日は休みだからフィルザス神もついてはいないはず。
暇を持て余しているだろうから、八つ時くらいは皆と共に過ごすべきか。
「エディオス、八つ時は皆を集めて食堂に行くか?」
「お、マジ?」
俺が普通に言えばエディオスは少し表情を明るくして書簡などの処理を速めたが、近習や小姓達は唖然とした表情となった。
(……たしかに、以前なら言わなかったな?)
冷徹と恐れられた俺が随分甘えた考えをと思われてもカティアだけは別だ。俺の、御名手だからな。
今この場でエディオス以外この事実を知る者はいないし、伝えるつもりはない。彼女の身体が本来の状態に戻れば色々変わってくるだろうが。
「何をぼさっとしている? 執務はまだまだ来るのだぞ。合間の息抜きが取れなくても良いのか?」
そこだけはいつも通りに対応すれば、突っ立っていた部下はもちろん、何故かエディオスまで勢いを増して執務に打ち込み始めた。
どうやらきつく言い過ぎたようだ。
だが、時と場合によるな。
俺は食堂に識札を送ろうと懐から一枚札を取り出した。
ギィシャァアアア!
「「「な、なんだ⁉︎」」」
「「一体どこから!」」
「慌てるな!」
今の雄叫びは竜種の聖獣のものだった。
少しばかり距離はあるが、これだけ聞こえるとなればかなりの巨体だと言うことが伺える。
だとしたら、この城内でそんな高等種を主人とするものはそう多くない。
「…………エディオス」
「うっ」
俺は逃げ腰に構えかけてたエディオスに詰め寄る。
エディオスは表情全体でありありとまずいと言う風になっていた。
王としては意識的に感情を表に出さないのを造作としないが、俺が半ば怒りを向ければ威厳も何もない。
「今のはお前の『ディシャス』だよな?」
「そ、そうです……」
がくがくと顔を青褪めながら答えた。
エディオスとは臣下とその主と言う関係性よりも先に、従兄弟が際立つ。幼い頃から何かと俺を怒らせるのが多いので、俺はその都度諌める意味を込めて容赦ない態度を取るようにしてきた。
つまり、こいつは俺の怒りに昔から怯みやすいのだ。
近習達もそれを熟知しているのでとやかく言わずに待機している。
「昨日か一昨日に獣舎に行って構ってやったのだろう? 何故、城内であれの雄叫びが聞こえるんだ?」
「俺はなんもしてねぇって‼︎」
全面否定とばかりに顔をぶんぶん振った。
まあ、これは予想の範囲だ。
一週間前はともかく、今日までは厳戒態勢で執務をするように結界や罠を設けて逃げ出さないようにしてきたのだ。最も、間にカティアの差し入れがあったおかげもあるから、それらはあまり意味を成さないでいたが。
とは言え、何故ディシャスが城内に?
「大変ですわ、エディお兄様‼︎」
「「アナ?」」
エディオスと振り返れば、息切れ絶え絶えのアナが扉に手をかけて肩で息をしていた。
「ど、どうしたんだよアナ?」
「カティアさんがいらっしゃいませんの!」
「カティアが?」
嫌な予感がする。
先ほどのディシャスの雄叫びと物凄く関係がありそうだったからだ。
「アナ、何故わかった?」
「お茶をご一緒しましょうとお部屋を訪ねましたけど、お返事がありませんでしたの。その後にあの雄叫びがすぐ近くで聞こえまして慌てて扉を開けましたが、窓が開けっ放しのままお姿がなく……」
「はぁ⁉︎」
「転移の魔法か……」
あの雄叫びはその術を行使する為か。
しかし、これではっきりした事は一つ。
「カティアはディシャスに連れて行かれたのか……」
けれど、何故また?
初日に神域からこちらに来る移動手段として顔を合わせていたのは知っているが、そこまでディシャスの目に留まることがあったのだろうか。
「あんにゃろう……カティアが気になって強行手段取ったのか」
はぁ、と息を吐きながらエディオスは髪を掻いた。
「どういう事だ?」
「あ、お前らには言ってなかったな? ディシャスの野郎、初見でカティアをえらく気に入ってあいつの顔を舐めまくるとか鼻を摺り寄せるとか親愛の証をこれでもかって俺とフィーに見せつけてきた」
「「は?」」
俺や獣舎の輩にでも未だ渋い表情を見せる事で城内でも有名な王の唯一の騎獣。
それがあの異邦人の少女に初見で親愛の証を施す?
あり得ないと思ったのは、俺だけでなくアナもだろう。
「へ、陛下、閣下」
「「「あ」」」
俺まで忘れていた。今この執務室には彼女を知らない者が大勢いることを。
代表して聞いてきたのは近習の中でも側近を務めるアルシャイードだったが、表情は思ったほど驚いていない。
「皆さまが仰いました『カティア』と言う方は……もしや、陛下と創世神様が帰城された時にご一緒だった?」
見かけていたのか。
だとすると、俺に報せて来る前だろうな。
他の者達の前で彼女が幼子だと言うのを明かさずでいるのは、公式に招いた客でないのを不審がっているか単に隠してくれているのか。どちらにせよ、こうも多数に聞かれては答えなくてはならない。
彼らにも手分けして探させる必要があるからだ。
エディオスに目配せすれば、奴も同じなのか頷いた。
「ああ、お前が見た奴だ。正式公表はまだしてなかったがフィーが連れてきた料理人だ。お前もここ何日かで変わった菓子食っただろ? あれの製作者だ」
「マリウス料理長の新作ではなかったのですか⁉︎」
エディオスの告げた事実とアルシャイードの驚きに他の近習達もざわつき出した。
カティアは元の世界にいた頃は料理屋の若手料理人の一人だったらしい。その中でもピッツァとデザートの一端を任されていて、大量に作るのには慣れていたそうだ。そのために上層の給仕や料理人にも賄える以上の量を作ることが多く、それをサシャやコロネ達女中にもだが近習の一部にもと願い出たのだ。
なんでも、初日にエディオスが殴り飛ばした水色の髪の男を不憫に感じたとか……おそらくアルシャイードだろう。痕は残っていないが、この中でその髪色は彼だけだ。
「あの金の髪の方がですか?」
「食事も美味いぞ? まあそっちは機会あればだがな」
「あ、いえ、そうでなく……我々もお探ししますか?」
「そうだな。人手は多い方がいい。が、髪色もだが目の色も特徴的だ。言わねぇのは見りゃ一発でわかるから、口外すんなよ。発表予定は最低ヴァスシードが来てからのつもりでいるからな」
「「「『はっ』」」」
近習一同が最敬礼をして執務室から早足で退室していった。
全員を見送ってから俺達は会話を再開させる。
「っつっても、ディが転移させてまで連れてくってどこだ?」
「獣舎の者が報せを寄越さないからあちらではないだろうが」
「闇雲に探すしかありませんわ! わたくしは獣舎に向かいます!」
「俺は竜種の方に行くぜ」
「俺は自分の騎獣のところへ行こう」
俺達は身形もそのままに獣舎を目指すことにした。
また明日〜ノシノシ