206.罪を打ち消す程の(カイツ視点)
二人がすぐに戻ってくるはずだが、やはり沈黙の間は気まずかった。
俺の一方的と言うか自業自得なのは重々承知でも、副将軍閣下は俺も見ずにただ無言のまま料理長達が入られた方の扉を見てるだけ。
処罰はもう言い渡されたし、これでいいのかと思っていたが。
「……今のうちに言っておくが」
「え、あ、はい」
急に話しかけてきたので返答が慌てたものになった。
だが、閣下は特に気にせずに横目のまま俺を見てくる。
「お前のしたことは、相手が彼女でなくとも許されぬ事だ。それには十分反省しただろうが、この件については厳重に箝口令が敷かれていても……事実は消えはしない」
「……はい」
来る前も思っていたから、素直に頷いた。
知人であろうがなかろうが、罪は罪だ。
今回は本当にお咎めが少な過ぎたので、こう言われねば錯覚してしまいそうになっていた時もあった。
自分のしたことは、罪の中でも大したことがなかったんじゃないかって。
けど反省してる間、あの子が自分が悪いと言ったものだから、俺はどうすればいいのか戸惑ってしまってはいた。
悪いのは、全面的に俺なのに。なんでだ、と。
(けど……城内での出来事にしてでも、方陣を使わずとも同じようにしてたら……)
こんな風に、閣下に忠告されるだけで済まなかったはずだ。
だから、二度とする事がないように自分で自分に誓うしか出来ない。
彼女からティラミスの作り方を教わったら、今後出来るだけ関わらないようにしよう。
完全に出来ないのは、彼女が宮城に滞在しているからまた出会う機会があるので。
この前のように裏庭に守護獣と遊びに出る際に見かけたからだ。
あの機会を得なければ、行動を決断しようと思わなかったが。
「だが、彼女が魔法省と繋がりを得たのならば、お前が仲立ちとして彼女と関わることにはなるだろう」
「……へ、えぇ⁉︎」
いきなり、考えてもみなかった事を告げられたので思わず変な声を上げてしまった。
閣下は特に気にせずに俺を流し目で見たまま、また口を開かれた。
「彼女は孤児が長くても、引き取られるまではお前の実家にようなところで世話になっていたらしい。だが、学園に行けれる状況ではなかったのでまだ魔法については覚えたてだ。ほとんど、調理に必要な程度くらいだそうだ」
「……俺が、まさか彼女に講義を?」
「まだ本決まりではない。彼女の家庭教師殿も理由があって魔法についてはお前以下だ。だから、基礎教養についてはお前を推薦するように宰相閣下や将軍から言われれている」
「な、何故? 彼女の側には、創世神様もいらっしゃるのでは……?」
常時じゃなくとも、この城に長く滞在されてるのならばあの方の方がずっといいのに。
「俺もそう思うが、最近思うようにお時間が取れないそうだ。なら、経緯はともかく、貴族でないお前の方がいいだろうと創世神様も仰られたらしい」
「貴族でないから?」
「彼女は、最近まで貴族じゃなかった。だから、いきなり溶け込むのも難しいだろう? 陛下方は別だ。とは言え、執務もある故に付きっ切りと言うわけにいかない」
だから、謹慎明けに決定となれば覚悟しておけ、と強く言い渡された。
(お、俺が……家庭教師?)
しかも、没落したとは言え王族との御縁戚に?
ある意味出世じゃないだろうか。
何故、上司のハインツ様じゃないんだ?
あの方だって、騎士の家系だから貴族ではない。
爵位も本人は持っていないのに。
「疑問に思ってるだろうが、ハインツ殿では威圧感を与え過ぎると言うことでご自分から辞退された」
ハインツ様、子供の相手が面倒だから押し付けたのか!
宰相閣下程ではないが、あの方も子供はあまり得意ではないのは知っていたが……。
「お待たせしました!」
「待たせたな?」
そうこうしていたら、二人が戻って来られた。
二人分と思いきや、試食会のようにいくつもの器を大きな銀の盆に乗せたのを料理長が抱えていた。
カティアちゃんは、スプーンを入れた籠をしっかり抱えている。
「二人分用意したが、主役はカイツ。お前だぞ」
「あ、はい!」
卓の上に置かれたのは、三つのティラミスだった。
二つは同じように見えるが片方はクリームが黄身がかっていて、残りは粉や層の部分が黒か茶色ではなく緑。
副将軍の前にも同じのが置かれた。
「全部ティラミスですが、お分かりでしょうが使ってる材料がそれぞれ違います。まずは、左からどうぞ」
彼女からスプーンを渡されたので、ここはしっかり味見しないといけない。
なにせ、この味見の結果が親父達の命運を左右してしまうからだ。
「「いただきます」」
副将軍と同時に匙を器に深く入れて、ゆっくりすくい上げる。
材料が違うと言うが、どう見てもこの食堂で出されてるのと同じようにしか見えない。
だが、先入観を持ってはいけないと思い、口に入れたが。
「こ、これ⁉︎」
違う材料のはずなのに、俺がこの食堂で初めて食べた時と同じティラミスの味だった。
嘘だろ、と思ってもう一口二口食べても味は変わらない。
「これは、カティア嬢。こちらで出されてるのと全く同じでは?」
「そう思いますが、クリームに混ぜてる材料が違うんですよ」
「と言うと?」
「これ水気を切ったパルフェを混ぜてあるだけです」
「え⁉︎」
材料の正体がわかって俺はまた驚いた。
あんなごく一般的な材料が、代用とは言え鍵だったなんて思いもよらなかったからだ。
だが、残った最後を味わって食べれば、微かに酸味を舌に感じた。
「真ん中のは、ちょっと凝ったのになります。まずは食べてください」
言われたのは、クリームに黄身がかったように見えるもの。
これには、ひょっとして使われてるのは卵じゃないだろうか?
だが、きっとまた驚かされる味だろうと掬って口に含む。
「クリームが美味い!」
いや、さっきのも美味いがこっちはなんと言うかより濃厚に感じる!
風味からやはり卵は感じ取れたが、ただ混ぜただけじゃこうはならないだろう。
「男だと、こちらが好みかもしれない」
「ただ手間がかかるんですよね」
「やはりか?」
「ここや俺とかならまだしも、城下じゃ作ってるとこ少ないだろうな?」
なのに、彼女には作れた。
さっき少し聞いたが、地域はわからないものの俺の実家と変わりないところにいたらしいのに。
いや、偏見を持つのは良くない。
この城に仕える前から親父によく言われてた事だ。
「あの、手間と言うのは?」
「えーっとですね。卵を使うんですが、黄身と白身に分けて白身を物凄く泡立てるんです。慣れないと、結構時間かかるんで」
なにそれ、親父ならまだしも俺だったら絶対足引っ張るに決まってる!
けど、これを使わせてもらえるなら避けられないよなぁと片隅に置いた。
「じゃあ、最後は先に説明しますがグレイルってお茶の粉末を使ったものです。間のはケーキじゃなくて専用のビスケットに濃いめのグレイルを浸したんですが、これは好き嫌い別れちゃうのは承知です」
「グレイル?」
「この前まで来てたヴァスシード近郊じゃ、さして珍しくねぇ茶葉のことだ。この国じゃ流通されてないわけじゃねぇが、単価は質を落としてもそこそこ高いそうだ」
それこそ、この宮城以外じゃ最低豪族。あるいは、貴族御用達の高級旅館や料亭でなければ手に入らない代物。
何故、最後にこれを出して来たんだこのお嬢ちゃん!
「これを出したのは、コフィー以外の苦いものでもティラミスが出来るってことを知ってもらうためです。いきなりカイツさんのご実家で出されても、また同じことになれば問い合わせは殺到しちゃうでしょう。ただ、今はミービスさんのところを筆頭にある食材が流通し出してる時なので、そちらが話題としては大きいはずです。何故なら、その食材もヴァスシード付近じゃ大して珍しくないからです」
この子、俺が魔法だけでも教育する必要があるのだろうか?
市井で育ったにしたって、年齢詐欺過ぎる。
いったい、どんな教育を受けて来たのか。
(……面白いっ!)
この子の家庭教師の任が決定したら、出来得る限りの魔法を教えてあげたくなってきた。
料理だけでもこれだけの天才であるのに、ただの貴族に仕立て上げるのは惜しい気がしてきたのだ。
「説明はこんな感じですが、とりあえず食べてみてください。……ジェイルさん、結構苦いんで無理しないでくださいね?」
「そんなにもか?」
「どっちかっつーと、女が好きな味だしな?」
さっきのが男向きなら、この緑が女向き。
性別に合わせた食べ物なんて、一択でいいと思っていたが違うようだ。
とりあえず食べてみたが……たしかに、コパト以上に苦かったが後味はすっきりしている!
「ビスケットの甘味でちょうどいい!」
クリームは最初のと同じようだったが、無理に濃くしない方がいい。
これは俺の独断では決めれないが、親父だって悩むだろう。
「どれも美味い。毎日でも食べたいな……」
副将軍も気に入られたようで、すべて完食されていた。
「ここじゃ改良させても真ん中だろうが……手間を考えると毎日は出せんな」
「何故だ?」
「だーから、手間だって。慣れてる俺らでも、クリームの前段階はちぃっとばっかし時間かかるんだよ。グレイルはまだ検討中だ」
お二人は同期らしいから、特に敬語も使わず仲が良い。
側にいたカティアちゃんは、俺と目が合えば何故かこっちにやってきた。
「カイツさん。あともう一つお願いが」
「何だ?」
「お客さんに出す時の値段です。シュレインで出してるのだと安すぎだと思ったので」
「……やっぱ、そうか」
試作した時と手間を思えばあの値段でいけたんだが、ちゃんとしたのやもっと改良されたのを食べた今じゃ納得が出来る。
「ちなみに、カティアちゃんだとどれくらい?」
念のために聞いておこう。
「一番最初のでも、最低1000ラインですね。ほとんど手間賃と思ってください。魔法がないとパルフェの水切りって一日も時間かかるんですよ」
「すっごく参考にさせていただきます!」
俺ほんと甘かった!
では、また明日〜〜ノシノシ