194.問題を解決しように
◆◇◆
「……俺はカイツ。君にはまだわからないだろうが、魔法省と言うところに務めてる者だ」
お兄さんに土下座をやめさせてから向かい合わせで座ることになり、ひとまず自己紹介をしてもらうことに。
誘拐?した人とのんきにお話をって普通は怒られるだろうけど、このお兄さんなんだか必死に僕に助けを求めてきたので。
カイツってお兄さんは、薄い赤茶色の髪を何度か掻いてから大きくため息を吐いた。
「いけない、事だと自覚はしてる。けど、君に近づくには正攻法からじゃ無理だと思ったんだ」
「と言いますと?」
「俺は宮城に仕える身でも、市井……貴族じゃない。だから君が普通に接してる陛下方は雲の上の存在なんだ。謁見の機会だってまず有り得ない」
「…………」
たしかに、僕はフィーさんに見つけてもらって、たまたまエディオスさんとも出会ってお城に連れてこられた。
そのきっかけで、カイツさんの言うように雲の上の存在である方々と知り合って仲良くさせていただいてる。
僕の感覚なら、日本で皇室の方々とフランクにお付き合い出来るかもと同じだろう。
そう言われてしまえば、僕は随分と贅沢な人付き合いをさせていただいてるんだ。
「式典以降中層や下層にも来る機会がなかったから機会を伺ってた。その時に君が王族が集う収穫祭に参加するかもしれないとの噂を聞いたんだ」
「それって、シェイルさんがですか?」
「あの騎士殿はやっぱり知り合いか?」
どう広まったのは大体見当がつくが、まさか僕の護衛についた人が広めるって何してるんだろう。
けどまあ、わざと広めて僕の周辺を探る、フィーさん曰く頭の悪い人達を炙り出すのに利用したかもしれないが。
実際、今日はシェイルさんが近くにいないからかこうして連れ出されちゃったが……カイツさんはそう言う人達ではないみたいだ。
「一応……僕の護衛さんです」
「え? その服装から女の子って思ったんだが?」
「僕は女です!」
噂を聞いてるならその事も伝わってるだろうに。
やっぱり、初対面の人には誤解を招くようだ。
「そ、そうか。悪かった……けど、護衛?」
「えっと……没落してるんですが、僕は陛下方の縁戚なんです」
「え゛⁉︎」
嘘だけど、ここはちゃんと言っておかないと後々が大変だから。
でも、カイツさんには一大事だったようでどんどん顔が青くなっていく。
「そ、それは、ほ、本当か?」
「まだ上の人達にしか公表してないようです」
これは嘘じゃないので、ちゃんと答えた。
途端、カイツさんは頭を抱え出してしまった。
「お、おおおお俺はなんて事を⁉︎」
「え、あ、けど、知らなかったのは無理ないですし?」
「返す! 返すから! あ、けど方陣はもう使えない……⁉︎」
「え」
ここ牢屋ではないけど、倉庫みたいな石造りの壁に囲まれた部屋だった。
まだ僕の座ってる床には黒い線で魔法陣のようなモノは描かれているが、もうそれは使えないようです。
「ここって、お城の中ですか?」
「あ、ああ。簡易方陣……転移の魔法の中でもまだ簡単なのを使ったから、倉庫の一室を借りたんだ」
「じゃあ、お兄さんの問題を解決してから僕を返してください」
「へ?」
カイツさんが拍子抜けするのも当然だが、これは僕の性格と日本人の気質かもしれない。
困った人をはいそうですかと放っておくことが出来ないのだ。
お人好し過ぎと言われるだろうが、初対面でいきなり土下座してまで助けを求める人だもの。
僕が何かしら手を貸さなきゃ後味が悪いと言うのもある。
「い、いいのか……?」
「元より、ちゃんと返してくれるんでしょう?」
「そ、そうだが……」
「ならいいです。怒られる時には僕もなんとか言いますから」
「し、しかし」
「うじうじしてないで、お兄さんが困ってる問題を言ってください」
「う、は……い」
さっさと解決して帰るに限る。
今出来る事はこれしかない。
セヴィルさん達には心配をかけちゃうのは当然だろうけど、こんな事までをして僕を連れ出すこの人には死活問題だろうから。
カイツさんも腹を決めてくれたのか、姿勢を正してから口を開けた。
「じ……実は、なんだが」
「はい」
「君が、式典の前に中層と下層に広めた菓子があるだろう?」
「はい?」
なんで、それが死活問題に?
けど、解決すると決めたからにはちゃんと聞こう。
「……その時の菓子を真似て、実家のバルで売り出したきっかけが俺なんだ」
「あ⁉︎」
シュレインに行った時に、ベーコン串の屋台のおじさんが話してた人!
このお兄さんだったんだ……。
「その様子だと、少しは聞いてたんだな?」
「まあ、ちょっとだけですが……」
シュレインにエディオスさんと行っただなんて言えません。
「俺も食いもん屋の家の人間だ。厨房の者達には劣っても舌はそれなりに肥えてたと思っていた。けど、君が広めてくれたあのティラミスを食べる機会があって、そんなのは大したことないと思ったんだよ」
その点は、認める。
と言うのも、イシャールさん達がフィーさんに頼み込むくらいに、ティラミスはこの世界では革命的なお菓子だったそうなので。
「クリームの部分は全部わからなかったが、俺の舌でわかる範囲の材料で親父に作ってもらったら……君のには劣るけど美味かったんだ。それをまかないから常連に試食を頼んだら、異常に売れたんだよ」
「そう、らしいですね」
けど、それなら悩む程の問題持ってるのは少しおかしい。
罪悪感でもあるにしたって、様子がちょっと違うように思う。
「けど、やっぱり偽もんは偽もんだ。式典で食べて来た連中から思えば、真似ても違うと一発でわかったらしい。それで、今では繁盛してた時に他の店がなってたようにうちも閑古鳥が鳴いてな」
「…………」
少しは予想してたけど、あれだけ繁盛してたのが今度はミービスさん達のようになっちゃったんだ。
ただ、この事態について僕は謝罪しない方がいいと思う。
カイツさんの頼み事も予想はつくが、一応聞こう。
「それで、僕に何をしてほしいんですか?」
「クリームに入れている隠し味、あれはなんなんだ⁉︎」
やっぱり、レシピの完全再現か。
「教えてもいいですけど、多分元のようになるのは無理だと思いますよ?」
「え?」
「あの食材は、この国じゃないところではごく普通の食材なんです。それをあの街のある人に偶然教えちゃったんですが、そこは冒険者ギルドから支援していただいてるようなんで」
「……ミービスさんとこか」
そこも知ってたみたい。
セリカさんから事後報告で聞いた事だけど、ミービスさんは自分なりにクリームチーズを活用して色々なサンドイッチを作って販売したそうだ。
それを、あの時フォックスさんが買って帰ったのをルシャーターさんに食べてもらったことから口コミで広がり、甘いものでも塩っぱいものにでもなんでも合う商品として話題になったんだって。
エディオスさんとサイノスさんが一度話に行く前後はもう大行列だったそうだが、ギルドがちゃんとフォローしてくれたお陰で今も評判は良いらしい。
その評判については、この間フォックスさんから聞いたけど。
だから、いくら同じ食材を使ってティラミスを完成形にしても、カイツさんのご実家がまた勢いを戻すかなんて保証はどこにもない。
調理しか経験のない僕にだって、そこはなんとも言えないからだ。
「……そうだよな。食材を手に入れたからって、元に戻るとは思えないか」
「真似たのは悪い事じゃないんですが、時期が悪かったですね」
「君の言う通りだ。すまない、親父達には俺からなんとか言っておく。会場まで送らせてくれ」
「はい」
なんとか出来ないかなとは思っても、非力な僕じゃどうしようもないもの。
「そこにいるのは誰だ?」
「ぴ?」
「こ、この声、は」
カイツさんの背後にある扉向こうから、聞いたことのない男の人の声がした。
カイツさんは知ってるようだけれど、誰だろう?
誰なのかは、また明日〜〜ノシノシ