164.お互いに知らない
リチェイラさん達は最初のうちはまだ匂いを嗅いでいたけど、クラウが食べ始めるのを見て自分の顔以上に大きいサンドイッチをそれぞれひと口頬張った。
『あら、少し甘いわ』
『けど、ほんのり塩気がする』
『黄色の部分は、面白い味ね』
パンもだけど、卵をマヨネーズと混ぜ合わせた味が始めてなのかも。
美味しいか聞こうとしたが、ちまちまと食べ進めてるから僕も自分のを食べることにした。
(うん、美味しい!)
食べたのはハムとレタスのサラダ風サンドイッチ。
味付けはマヨネーズとちょっとだけマスタードみたいなシノニンって調味料を塗った、美味しいサンドイッチだ。
はむはむと食べ進めていれば、どこからか視線を感じたので顔を上げたら……紅茶を飲んでるセヴィルさんが微笑みながら僕を見ていた。
「え、な、なんでしょう?」
そんな素敵笑顔を向けられるとドキドキだけで済まない!
「……いや、いつもは隣だったなと」
「隣?」
ごくんとちゃんと飲み込んでから質問すると、セヴィルさんも紅茶をひと口飲んだ。
「フィルザス神の提案だったとは言え、俺の隣にさせられただろう?」
「聞いたんですか?」
「アナの着せ替えを止めに行く時に聞かされた」
なるほど、それと今の話の繋がりは見えないけれどまだ続きはありそうだ。
「だから、だいたいは横顔しか見れない。こんな風に真正面からカティアの食事する顔が見れる機会がそうないと思ってな?」
「へ、変な顔してました⁉︎」
「そうは言っていないだろう?」
「ふーゅふゅぅ!」
「あ、ごめん。お代わり?」
「ふゅぅ」
食事状態を間近で見る機会は、いつも隣同士に座ってたら確かにない。
僕もセヴィルさんのは、横顔くらいなのは同じ。
だからって、不躾に見れますかはしたない、のは多分言い訳。
気になっている人の仕草って、気になるもの。今のお茶を飲んでいる動作もティーカップじゃなくて簡素な金属のコップでも様になってる。
服装が冒険者風なのに、なんで王子様っぽく見えちゃうんだろう。
クラウやリチェイラさん達のお代わり分を取り分けながら、ちらちらっと見ながらそう思ってしまう。
ご飯もたくさん食べるし、辛いものは異常に好きで甘いものはあまり得意じゃない。
(あれ、僕それだけしか知らない?)
よくよく考えると、食事中に会話することもほとんどないし、最初のお散歩デート?の時も半分以上は僕との出会いを教えてもらったくらい。
後半だって、下層と中層でイレギュラーにお料理したのを除いてもこの世界の常識を少々教えてもらっただけ。
まったくと言っていいほど、お互いについて聞きあっても知ろうともしてない。
(ダメじゃん!)
恋愛に疎いからって、お互いの交流自体しなくていけないことくらいの最低限な事は一応知っている。
友達だったり家族だったり色々あるが、婚約した相手の事をほとんど知らないと言うのは情け無い。
帰ってうっかりその事をファルミアさん達に言ったら、僕もだけどセヴィルさんも怒られるだろう。
「あ、あの、セヴィル……さん」
「どうした?」
この人は一向に気づいてないのか、単に隠してるかわからないが。野菜のベーコン巻きのようなのを食べてる姿を見ると、どちらかと言えば前者の方が近い。
けど、先延ばしにしてさっき思い浮かんだファルミアさん達の反応を思うとここで解決した方がいいだろう。
「え、っと……一応、今日ってで……じゃなくて、逢引じゃないですか?」
「そう、だな」
「お互いのこと、あんまり知らないのかもって今気付いちゃって」
「……言われてみれば、そうだな」
セヴィルさんが僕に持つ印象とかはどうかわからないけど……僕が覚えてない僕と出会った時の感情を除けばほとんど料理人の面しか見てもらってないはず。
だから、こ、婚約者としての対話って言うのもあまりなかったから。
『あら、番なのにお互いのことを知らないの?』
割り込んできたのは、サンドイッチが一等気に入ったらしい赤茶の髪のリチェイラさんだ。ミービスさんに教えたようなクリームチーズと苺のをマリウスさん達にも教えたから今日入れてくれ、今はそれを小さなお口でもぐもぐと食べ進めていた。
「……まだ番ではないが」
『あら、それだけしっかりと繋がりがあるのに?』
「お前達にはそう見えるかもしれないが、事情がある」
『ヒトの仔は不器用ね』
「つがい?」
リーさんに会う前にも言ってたが、なんか聞いたことがあるようなないような?
『あなた達の言葉で言うと、夫婦だったかしら?』
「ち、ちちち、違います!」
薄緑のリチェイラさんが首を傾げながら言った言葉には即否定した。
だって、成り行きで婚約したとは言っても、まだ結婚のけの字も話題に出たことなんてない。この体のせいが大きいけど。
『では、恋仲?』
「え、え、え」
「その手前、と言っていいべきか。フィルザス神に御名手とは告げられたが」
「「『まあ、素敵!』」」
いやどこに素敵要素がありました⁉︎、とツッコミたいけど、僕はセヴィルさんの前半の言葉が引っかかっていた。
(恋人、とは言えないよね……)
僕の気持ちがはっきりしてないもの。
セヴィルさんは、い、いいい、一応言ってくれたけれどそれっきりだから。
「で、お互いの事だったか。俺もあの時のカティア以外じゃ、調理人としてのお前しか知ってなかったな」
「そうですね」
自分の気持ちは後に回すとして、まずはお互いについて知ろうと頷く。
『なら、私達は席を外すわ』
『神獣様、行きましょう?』
「ふゅ?」
『番の仲を邪魔してはよくなくてよ?』
気をきかせてくれたのか、まだ食べ足りないクラウを連れ出してお花畑の奥に行ってしまった。
「……行っちゃい、ましたね」
「そう、だな」
ここじゃ完全に二人っきりじゃないけど、一応は二人だけの状態になった。
ただ、いざそう言うタイミングになってしまうと、お互いやっぱり黙ってしまうと言うもの。
いやだって、ちょこちょこ意識はしてたもののリーさん救助?と言うイレギュラーが割り込んできたから、デートって目的を一時忘れてしまってた。
でも、そのイレギュラーの一つのリチェイラさん達によって、整えられてしまった現実。
セヴィルさんも自覚しちゃってるから、何を言い出そうか目がきょろきょろしてしまってる。僕もきっとそうだけど。
「……茶はいるか?」
「あ、いただき、ます」
食べてたばかりで飲み物を口にしてなかったからの、ちょっとだけ喉は渇いてた。
別のコップに注いでくださったお茶を受け取るのに少し近づき、受け取ってから元の位置に戻ろうとしたら腕を掴まれた。
「少し、近くに来てくれないか?」
「は、はい」
懇願に近い声音で言われたから、反射で頷いちゃった。
隣が良かったかもしれないが、真正面が良いようなことを言われてたからだいたい1メートルくらいに距離を開けて座ることにした。
これ以上近づくとただでさえ心臓が破裂しそうだから勘弁して欲しいです。
お茶は少し温めだったけど、甘くて美味しかった。
「……カティアは、あの時も言ってたが調理人が夢だったな。何故だったんだ?」
「夢、ですか?」
そう言えば、具体的にどうしてとは誰にも話していなかった。
単に、話す機会がなかったからだけど。
「うちの家系の女性……特に母方は料理上手だったんです。僕も物心つく前から祖母や母の真似事をするのが多かったようで」
あれは保育園に上がっていくらか経った頃だったかな?
では、また明日〜〜ノシノシ