163.自覚の途中
◆◇◆
洞窟を飛び出しても完全に遠くに行く気にはなれなくて、ある程度走ってから立ち止まった。
それと勢いに任せて走り過ぎたので、慣れないことをしたせいか体力とは関係がなく息が切れてしまったのもある。
前みたいにぺたんこパンプスを履いてても、普通の靴とは違って直ぐに痛くなってきた。
大きく深呼吸をしながら息を整えてはいたが、頭を占めているのは依然としてリーさんが告げてきた言葉だった。
「セヴィルさんが、好き……」
好き嫌いを聞かれたら好きとは答えて当然にはなっている。
ただ、リーさんが言ったのは、きっとそうじゃない。
セヴィルさんが、直接的には僕に向けて来なくても、抱いてる方の気持ちと同じことだ。
「ど、どどどうなんだろう……?」
息は整ってきても、気持ちの整理は一向につかない。
あそこまで他人に指摘されたことは……あれ、あったような?
昨日や一昨日の主にセリカさんと重なって告げられたことなんかを振り返ってみたら……スルーしてしまってたのか特に否定していなかった。
(こ、公認?ではあっても、気持ちの確認もほとんどされてた?)
自覚してないだけって理由は言い訳でしかないだろう。
「……好きは好きでも」
likeとloveの違いっていったいなんだ?
家族愛と友愛の違いくらいはさすがにわかってても、再会?していきなり婚約が決定したのは、ほとんど流されるままに受け入れてた。
それで十分じゃないかと多方面に言われてたって、地球と言うか日本育ちじゃ価値感とかが大分違う。
半分政略結婚に近い形にも思えるが、御名手って繋がりがなくなれば僕はセヴィルさんの側にいられない?
「そんなの嫌だ!…………え?」
考えが行き着いたと同時に口に出していた。
「嫌って……」
セヴィルさんと離れることが?
咄嗟に口から出たにしたって、即答くらい早かった。
(記憶は封じられてても、僕は今もセヴィルさんが?)
関わるようになった今も、きっと無意識のうちに……。
「何が、嫌なんだ?」
「ふぇ⁉︎」
答えに行き着こうとした矢先、距離を置いた相手から声をかけられてしまった。
振り返れば、一体いつの間にって距離にまで少し息を切らしてるセヴィルさんが立っていた。
「どどどど、どどどどこから⁉︎」
「い、いや、つい先程だからそれくらいしか……」
だとすると、二度目の『嫌』って言ってた時か。
叫んだ後だったのがわかって、少しほっと出来た。
(だ、だからって、理由言えないよ……)
恋愛のれの字も引っかからないってツッコミ親友にもぼやかれるくらいだった僕が、少し時間が経ったからって婚約してしまった相手に気持ちを打ち明けるなんて。
まだはっきり自覚してるかも怪しいから余計に。
「……聞かない、方がいいか?」
もっと近い距離で聞こえてきたので顔を上げれば、膝をついて視線を合わせてきたセヴィルさんの不安そうなお顔とご対面。
何度見ても、美麗過ぎるご尊顔にはドキドキしてしまうけど、今は聞かれたことを答えなくちゃ。
「も、もう少し……待ってて、ください」
せめて言えることは、それくらいだ。
まだ僕自身、整理させたいことが色々あるもの。
体のサイズ含めて、ほんとに色々……。
「……わかった。お前がそう言うなら、待とう」
と言って、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれました。
(全然、冷徹に見えないや……)
お仕事の顔があるのは当然だけど、それ以外でも僕や他の人に冷たくされるところなんてあんまり見たことがない。
偶々僕が見逃してるだけかもしれな……エディオスさんとかにキレる時は結構怖かった。そこは多分冷徹の面が出てたのかも。
「ふーゅゆゆゆ!」
「え、クラウ?」
上からいきなりクラウの鳴き声が聞こえてきて、ほぼ同時に頭にぽすっとなにかが引っ付いてきた。
触るまでもなく、クラウ本人だろう。
柔らかい感触に『ふゅぅふゅ』って絶えず鳴いてるから。
『あら、やはり主人のところが一番のようね』
『遊び過ぎちゃったかしら?』
『気持ちは落ち着いたかしら?』
リチェイラさん達も飛んできてくれた。
ただ、リーさんの姿はどこにもない。
「リージェカインなら、あちらで待ってくれるそうだ。お前が落ち着いてから戻って来て欲しいと言ってたが」
「あ、そうなんですか?」
それですぐではなくても、セヴィルさんが追いかけて来てくれたんだ。
けど、お話って何だろう?
セヴィルさんに聞いても、そう言われただけで聞かされてないとしか返事はなかった。
「急がなくてはいい感じだったが」
「僕は、もう大丈」
ぐぎゅるぅうううう。
なんてタイミングの悪い。
クラウじゃなくて、僕のお腹がだった。
「ふゅぅ?」
くきゅーーーー。
こっちも遅れ遊ばせな感じで、いつもと違って可愛らしい音が。
なんで逆じゃないんだクラウさんや。
しかも、聞いてる相手が笑い出したリチェイラさん達だけでなく、好きな?相手かもしれないセヴィルさんに聞かれたって言うのが一番恥ずかしい!
穴があったら入りたいくらいに!
「……そうか。移動に時間をかけたからか、もう真昼に近いな?」
軽く苦笑いしてから、セヴィルさんはそう言ってくれました。
◆◇◆
なので、気分転換も兼ねてランチタイムと相成りました。
敷布はセヴィルさんが腰に下げてた魔法の袋、クード・ナップと言う見た目普通の袋から出てきました。
結構なサイズなのに四次元空間ならぬ亜空間に収納してるから、よっぽどのことがない限りあふれ出る心配はないみたい。
やっぱりフィーさんに頼んで、一個作ってもらおうかなと思ってしまう。
何に使うって、厨房での食材集めの時にいちいち行ったり来たりするのが大変だから。ダメかな?
とりあえずは、クラウはリチェイラさん達と遊んでてもらって、セヴィルさんと二人で準備を進めていく。
ランチの入った籐籠に、飲み物が入った金属性のボトルと簡易的な金属のコップなどなど置いていき、出来てからクラウを呼んだ。
「ふーゅふゅう!」
今日はちょっとお行儀よく?僕とセヴィルさんの間に座った。
後に続いてリチェイラさん達もクラウの横に座っちゃったけど。
『ヒトの仔の食事?』
『甘い匂いが少ないわ』
『どちらかと言えば、草か肉の匂い』
「お肉とか卵は食べられないんですか?」
草食と言うより、最初に見かけたような蜜を食事にしてるのしかイメージはない。
僕が聞けば、三人は首を横に振った。
『頻繁にではないけれど、食べるわ』
「聖精もだが、聖獣達は人族とそう変わりない食事をすると聞くな?」
『ええ。と言っても、お前達のように常に必要とするわけではないの。少し、理由があってね?」
「理由?」
『供物よ。あとは、同胞の死を悼む時とか』
なんだか少し怖い理由でした。
『けど、これはいい匂い』
薄緑の髪のリチェイラさんが、卵のサンドイッチを見ながらくんくんと匂いを嗅いでいた。
「……食べてみます?」
「「『いいの⁉︎』」」
食いつきが凄かったことから、食べたい欲求はあるみたい。
ただ、一個がリチェイラさん達の体よりも大きいので、用意しておいたペティナイフで小さく切ってから木皿の上に置いてあげました。
僕やセヴィルさんもつられてサンドイッチを手にし、クラウにも卵のサンドイッチを渡してあげた。
色気があるようでなくて申し訳ないです( ´・ω・`)
では、また明日〜〜ノシノシ