159.神霊が紡ぐ謠(序盤セヴィル視点)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(セヴィル視点)
俺はその光景を目にして、預けられたクラウを落としそうになった。
だが、同じ過ぎたのだ。あの時と。
俺とカティアが御名手と判り、真名を引き出す儀式を取り行った時の彼女の状態が、あまりにも酷似し過ぎていた。
目が光を失って虚ろになり、意識が遠のいているのだろうか身体が不安定に揺れている。ただ神霊の手に少しばかり触れてるだけなのに、何故俺との時のようになるのだろうか。
正直、気分が悪い。
(無防備過ぎる……)
だが、相手が神霊だ。
フィルザス神に次ぐ、俺達人族とは一線を画した聖なる存在。彼らと同じ存在の血をわずかに引いていたところで敵う相手ではない。
歯をくいしばりながらも、カティアから一時たりとも目を逸らさぬようにするしか出来なかった。
「ふーゅ?」
俺に抱かれているクラウが、不安げな声を上げて俺を見てきた。
「……心配しているのは、俺だけではないからな」
昔だったらフェルディスにしかしなかった撫でると言う行為を、初めて他人の守護獣に施してやった。
◆◇◆
(熱い……)
前にあった御名手の儀式と似たような感覚だ。
けど、あの時とは違って体全部がかっかと熱くなってしまってる。風邪のように怠さは感じないが意識が朦朧としてしまうのは儀式の時と同じ。
周囲を気にしようにも、目の前の神霊さんしか見ることが出来ない。
【器と魂が呼応しておるな? 支度はよかろう、我が紡ぐコトを口にせよ】
言葉を口にすればいい?
こんな状態で大丈夫かと思ったが、神霊さんは気にせずに僕の頭へ語りかけてきた。
【吾が祖を繋ぐ、十六夜の月】
「……あがそを繋ぐ、いざよいの月」
口から出た言葉は単調に紡がれるはずが、バラードのような歌を歌い出していた。
【止めるな。それで良いのだ】
一度だけそう言ってきてから、彼はまた紡ぐべき言葉を伝えてきた。
それは一曲分の歌に値する長さだった。
〽︎繋げ繋げ 七尾の箒星
歌え惑え 理の葉音
我が紡ぎ声は 意思を持ち
我が紡ぎ手は 意志を育む
夜の帳 花のかたひら 金の琴平
我が息吹は血潮と同じく
我が欠片は大地を生み出す
さあ 奏でよ
さあ 歌え
我が腕は 愛し子に託す
歌うように言葉を紡ぎ終えれば、熱かった体がすっと冷えていった。
ふわふわした意識も落ち着いてきたけど、態勢が変だったのか何故か後ろに倒れ込みそうになった。
そこをすかさず誰かが受け止めてくださったようで、ちょっと上を見れば黒い艶やかな髪が見えた。
一瞬恥ずかしさが込み上がってきたが、何よりもお礼を言おうと体を起こした。
「あ、ありがとうございます」
「身体に不調はないか?」
「特には」
痺れも怠さもなく健康状態と差異はないと思う。
ぐっぱぐっぱ両手を開いたり閉じたりしても関節痛なんかも感じない。
もう一度頷けば、セヴィルさんはほっとしたのか大きく息を吐いた。
「ふゅふゅぅ!」
「クラウっ」
セヴィルさんの腕の中から無理に抜け出たクラウが、ガシッと勢い良く僕の頭に抱きついてきた。
抱き直そうと離してみたら、ちょっと涙目で水色オパールの目が潤んでいた。
「大丈夫だよ?」
「ふゅ!」
ちゃんと目を合わせて答えてあげれば、クラウはぴこっと右手を上げてくれた。
『良かった!』
『神霊様!』
『お加減はいかがですか?』
リチェイラさん達の歓喜の声が聞こえてきたのでそっちを向けば、伸びをしている神霊さんは自分の周りを元気に飛び回ってる彼女達を見て頷いていた。
「これこれ、慌てるでない。そち等に心配をかけたのもすまなんだが、先にその仔に礼を言わさせておくれ」
頭に響いたのと同じ、低い声。
顔も起き上がって、長い薄青の前髪から端整過ぎる顔立ちがよく見えた。
(と、とっても、綺麗……っ!)
男の人はセヴィルさんがそうだからと思っていたけれど、また違った綺麗さだった。
男性寄りではあるけれど、見方を変えれば女性にも見えなくない。中性的な美貌と言えばいいのだろうか、前髪から現れた薄金の瞳は好奇心を隠してなかった。
「こやつ等の頼みに応じてくれてすまなんだ。金の髪の仔よ、そちの名を聞いて構わぬか?」
「え、あ、か、カティア……です」
「ほぅ……それは真名を組込んだ名か? であるならば、そちらの不機嫌さを体現しておる黒髪の仔がつけたか。良い名だ」
自己紹介した後にしみじみと呟いてから、神霊さんは急に幼い子供のように笑みを浮かべた。
神々しさがぐっと薄まって、一気に親しみやすくなったような。
「堅い言葉はこれきりにしよう。俺を起こしてくれてありがとな!」
「「え?」」
「ふゅぅ?」
思いっ切り言葉が砕けた調子になったので、僕もセヴィルさんも拍子抜けになってしまった。
「ありゃ、俺達らしい語りで続けても緊張感持たせるだろうから、いつも通りにしたのになぁ?」
なんだろう、この感じ。
誰かと物凄く似ている。
「……姿形は違うが、雰囲気がフィルザス神に近くなったな」
「あ」
それだ!
納得していると、神霊さんも聞こえていたのか薄金の瞳を楽しそうに輝かせた。
「うん。俺達神霊はある意味フィー様の化身のようなものだからな? 姿や口調は似せないようにはしてるけど、どーもこの調子でいるとよく言われる」
と言って彼は花の上から立ち上がり、こきこきとあちこちの関節を伸ばすのに体操し始めた。
『いつもの神霊様なの!』
『なのなの!』
『お目覚めになられて良かったわ』
「はいはい。神力不足で休眠していただけなのにな? って、200年も寝こけたらそりゃ心配かけるか?」
「そ、そんなにも⁉︎」
なら、今も続けてるストレッチのような体操がしばらく必要なのも無理ないか?
「カティアと言ったか。お前の魔力は量が少ない代わりに質がとても良い。聖精達が助けを求めたのもよくわかる」
体操し終えた彼は、再び花の絨毯に胡座を掻いて腰掛けた。
「お前達も座りなよ。……ああ、地にそのままは汚れてしまうか。そら、聖精達。礼代わりに敷物みたいなの置いてやってくれ」
「「『はーい』」」
神霊さんが軽く手を振ってから頼むと、リチェイラさん達は一斉に返事をして僕らの方に飛んできた。
『囲いましょう、金の愛し仔を』
『連なる黒の番の真下の真下』
『加護を尽くされる、神獣様のお足元に』
彼女達が口々に歌うように言葉を紡げば、僕らの頭上から緑の粒が現れ降り注ぎ、体はすり抜けて足元に降り積もった。
それはゆっくりかと思えば、雨のように早く足元に積もっていって広がり、一瞬光って絹織物の絨毯に変化していった。
『さあ、腰掛けて』
『お前達が離れていけば消えるから汚して構わないわ』
『さあ、どうぞ』
出来上がるなりそう言ってくれたので、僕とセヴィルさんは顔を合わせてからそれぞれ腰掛けることにした。
座り心地はふわふわの羽毛のように軽くて柔らかい。
「ふーゅゆゆゆ!」
クラウも座りたがってたので降ろしてあげれば、文字通りはしゃぎまくった。
「ははは、神獣殿にも喜んでいただけたのなら何より。だが、フィー様とよく似た黒髪……お前は特に説明して欲しそうだな?」
「……セヴィル、だ」
「ん? その名……ああ、フィー様が昔からちょくちょく話してくれてたライアシャイン様の子達の子孫か? まさか、こんな機会にお目にかかれるとは」
「……俺、と言うか現神王の先祖の?」
「微量だが、あの方の血脈は感じるな? なるほど、その番に異界渡りの幼子。だが魂と器が不釣り合いときたか。面白い」
面白いとまとめてもらっても、僕はちっとも面白くないですが。
また明日〜〜ノシノシ