114.式典祭1日目ー神々の再会ー(フィルザス視点)-前編
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(フィルザス視点)
「……あー……暇」
式典って、僕特にすることないから暇なんだよねぇ。
ご飯食べに食堂行く時以外は部屋でだらころだらころ。
まあ、まったく何にもしてないわけじゃないけど。
「もうひと月くらい経つのに……カティアの体は変化なし、か」
自分で作った冷たい紅茶を飲みながら、首を捻っても僕の頭じゃなかなか思い浮かばないでいた。
本人の意思を無視しての異界渡り。それに伴う体の幼児化。急激な喉の渇きを覚えたことで口にしてしまった、大量の聖樹水。
加えて、僕がすぐにこちらの世界に馴染むように変えさせた物質変換。
このどれかのせいで、きっと元の大きさに戻れないんだろうと思ってたけど、最近は違うと考え直していた。
「僕でも解けない封印……」
レイアーク兄様が施したわけじゃないのは、明白。
ついこの前に会った時には何にも素ぶりを見せなかったもの。だからきっと、あの人に違いないと僕は思う。
「セヴィルの記憶覗いた時はびっくりしたけど、自ら出向くとはね……」
一体何を考えてるのやら。
僕以上に気分屋でマイペースなところがあるあの兄様は、他の兄様や姉様でも手を焼くことが多いことで知られている。
一番仲が良いのはすぐ下のレイ兄様らしいけど、最近は会ったのかな? 僕がレイ兄様と連絡取ってから話し合ったのかなぁ?
キィイイーーーーーーンッ
突如、頭の中に甲高い音が聞こえてきた。
一瞬頭痛がしたけど、すぐに頭を振って追い払う。
僕は寝そべってた体をベッドから起こして、あぐらをかいた。
『我、受諾す』
真言を唱えながら、目を閉じる。
音は相変わらず響くが、この際無視だ。
今は詠唱に集中しなくちゃいけないからね。
『行かず渡らず水面の底板。開かせ渡せ、羽衣の糸。繋ぐは我が黑とその蒼。混濁すべしは、七つの吐息』
繋げるのは何せ、一人じゃないからなぁ。
ちょっと強力な結界も部屋にかけながら詠唱を口ずさんでいく。
『我が前に顕せ、我が同胞よ』
瞬間、カッ、と部屋全体が白い光に包まれる。
目を閉じててもわかるくらい強力な光。どうやら、成功したみたいだ。
収まる頃合いを見て目を開ければ、そこには二人の影があった。
「やぁ、フィー。久しぶりだね?」
「……クロノ兄様」
本当に来たよ、この兄様。
横に立ってるレイ兄様はなんか呆れた様子でいるけど、いつものことだから気にしないでおく。
「400年振りだっけ?」
「クロノ兄様が会合に来ないからでしょ?」
「まったくだ」
今こうしてここにいるのも実体じゃない。
僕が許可したことでそれぞれの世界から幻影を送ってるだけだ。クロノ兄様だけなら、実体で来られなくないけどね。薄っすら透けてるから今回は実体化してないみたい。
「急に来たってことは、レイ兄様が全部話せたの?」
「ついさっきな。やっと捕まえれた……」
こっちの時間じゃ二週間くらいだけど、向こうじゃどれくらいかかったのかな? ものすごーく疲れてる様子から、結構かかったのは僕でも察せた。
「僕はのんびりしてただけだけど?」
「兄者の言うそれは数十年単位だろうが! 狭間を行き来してるせいで、見つけるだけでも骨が折れたぞ!」
「僕は常駐出来ない存在だからねー」
「……今回は何年?」
「ぎりぎり20年でとどめられた……」
お疲れ様だね、レイ兄様。
僕は二人に冷たい紅茶を出してあげた。この幻影からでも飲食は僕らなら可能だ。クロノ兄様ことクロノソティス兄様はにこにこしながら飲み始め、レイ兄様は一気に煽った。
飲み終わったんで念のためにもう一杯淹れた状態で出したらちびちび飲んでいく。よっぽど疲れたんだね。
「で、レイから聞いたけど。異界渡りした子がいるんだって?」
「とぼけないでよ、クロノ兄様」
「ん?」
いくら僕だって、多少は怒ってるよ?
なのに、この兄様ははぐらかそうとしているのか本当に知らないのかのほほんとしたまま。
見た目眼の色が違う以外、僕をレイ兄様くらいに成長させたような青年の姿。僕が産まれた時には瓜二つ過ぎるだろうと騒がれたけど、いつかはこうなるのがやだなーって常々思ってるよ。
だって、僕クロノ兄様が少し苦手だもの。
それはまあいいとして、
「こっちの時間で200年近く前に異界渡りしちゃった子が見つけた人の子を、今度は逆に異界渡りさせたのはクロノ兄様のせいでしょ!」
そんな芸当が出来るのは、この兄様以外にいるわけがない。
僕が失礼とか無視して指を向けると、クロノ兄様はにぃっと口を緩めながら紅茶を一口飲んだ。
「僕と言う証拠は?」
「その子の真名に、一部とは言え兄様の名前を組み込んだんでしょう? レイ兄様のまで」
「それだけで?」
「あとは異界渡りしてしまった子を戻す前に、その子とだけ話してたのは知ってるんだからね!」
「あはは、そこまで記憶読んでるんだったら言い逃れ出来なさそうだね」
「フィーを前に出来ないだろう。記憶探査は兄者に次いで正確だからな」
「ふふ」
あっさり口割ってくれたけど、本当にマイペースだな。ちょっとイライラしちゃう。だけど、カティア達のことを思って我慢だ。
「いやぁ、けど……仕方がなかったんだよ?」
「どう言うことだ?」
レイ兄様何も聞いてないみたい。僕のとこに来るまでそっちでもはぐらかされたのかな?
「んー……奏樹を先読みしたらさ?成人してからすぐに死ぬ運命になってたんだよね」
「「はぁ⁉︎」」
カティアが……死んでた⁉︎
「嘘でしょ⁉︎ こっちに来た時、体の構成物質はレイ兄様の世界のままだったんだよ!」
「それは僕が、使える物質を再構成させたから。魂はとどめられないんで、なんとか出来る範囲でこちらに転移させたんだよ。ほとんどは、転生と言ってもいいかな」
嘘じゃ、ないんだ。
あれだけ笑顔でいたのが一切なくなって、真剣な表情しながら僕を見つめている。その黒が混じった虹の瞳に、嘘の色はない。
「だが兄者、それならそうと何故俺にも言わない? 無断行為だからとは言え、俺の世界の存在をそうまでさせたのは」
「特別扱いとでも言いたいんでしょ? けど、これは僕の仕事の一端でもあるんだよ、レイ」
「クロノ兄様の仕事?」
具体的な仕事内容は、僕には知らされていない。
末弟だからと言うのもあるけど、クロノ兄様は兄弟の中でも特に特殊な立場でいるらしいから。
「フィーにはもう言ってもいいね? 僕の仕事のひとつには魂を繋ぎ合わせる『魂繋ぎ』って言うのがあるんだ。ほとんど縁繋ぎの神と変わらないけどね」
「……え、何? 恋愛成就とか?」
いきなりの方向転換に拍子抜けしちゃったけど。
思わず姿勢崩していたら、クロノ兄様にはくすくす笑われた。
「単純に言えばそうかもしれないね。もちろんそれだけじゃないけど、今はまだ君には言えないかな? 父様達からの許可がないと」
「……わかったよ」
そう言われちゃうと聞くに聞けない。
だけど、方向性は貫こう。
「けど、カティア……さっき言ってた子だけど。あの子が死んでたって何? 兄様の先読みから一体何を読めたの?」
文字通り、未来を予知する能力。
神々にはもちろん備わってる能力の一つだけど、僕はほとんど使わない。個人的に良いことがあった試しがないからね。よっぽどの状況にならない限り使わないようにしてるんだ。
「フィーが記憶を読んだのはどの辺りまで?」
「セヴィルの方?」
「ううん。かな……じゃなくて、今はカティアだっけ?」
「兄様がほとんど封印してたからか、あの子の職業についてとかだね」
まばらだったけど、ピッツァを作ってたりとか料理に関係する記憶ばかり。私生活についてはあんまり読み取れなかったんだよね。
「じゃあ、封印前の記憶はセヴィルから?」
「うん。兄様程じゃないけど、御名手の縁繋ぎとかは僕も携わってるからさ」
御名手の宣旨を出すのも、僕の仕事の一つだしね。
だったらエディ達の方もさっさとしてあげたいけど、神王の立場にいるから簡単には出来ない。
まあ、自由結婚でもいいっちゃいいけど。どうも御名手の重要性が色々複雑になったから、今じゃそれが出来ないんだよね……とまあ、そこは置いといて。
「そう、その御名手。最初は二人を見た時にすぐわかったんだけど、どっちも異界同士の子でしょ? なんでかなーって先読みしたら、奏樹の死ぬ場面が見えた」
「……事故か、他殺か?」
レイ兄様が静かに聞くと、クロノ兄様が小さく息を吐いた。
「通り魔、と言えばいいのかな? でも、無差別だったよ。あの時に死んだのは奏樹だけじゃなくて不特定多数でね。犯行者はすぐに捕らえられたけど」
「なんで、先読みしてたんなら介入しなかったの⁉︎」
「ダメだよ、それは。僕らは神でも個人的な感情だけで動いてはいけない。奏樹がいくら可愛い存在でもそれは同じ」
「……俺も管理者として出来んな」
「そう、だけど」
カティアに教えらないよ、こんなこと。
あの子はごく普通の女の子だ。きっと、教えたらショックが大きいだけですまないだろう。
僕でさえ、こんなにも取り乱すのを抑え込んでるのに。
「だからじゃないけど、僕はその先を読んで魂繋ぎの行方を追ったんだ。その一つが、フィーの世界に身体を再構成させることだった」
「使ったのは死体か?」
「それと、フィーも言う通り僕とレイの名前の一部をね。こっちの人族は蒼の世界と寿命の差が大き過ぎるから、そのための補填として使わせてもらったんだ」
「じゃあ、名前の記憶とかを封印したのは?」
ほとんど転生に等しい転移なら、別に構わないと思ったんだけど。
すると、クロノ兄様は珍しく苦笑いした。
「もう二度と戻れないからね。奏樹には悪いけど、死んだ時の記憶を思い出させないためにも向こうの世界での名前はない方がいいと思ってさ。せめて、楽しかった頃の記憶の一部は残させたけど」
……なんか矛盾点があるぞ?
これにはレイ兄様も気づいたのか、僕と目を合わせてきた。
「フィー。セヴィルは奏樹に昔のことはもう話したんだよな?」
「ついこの間ね? 僕には言わなかったけど、記憶読んだから」
だから、カティアが奏樹だったことは彼女本人も知っている。それでも、記憶は戻ってないようだけど。
「え、そうなの?」
クロノ兄様は本当に知らないようで、すっごく目を丸くさせた。
これには三人で首を捻るしかない。
また明日〜ノシノシ