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雪刃  作者: 琴乃つむぎ
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第八章 襲来

 兵の配置、部隊の構成員を決めた。

 見張りも置いた。少年である。マイアスという名であり、ヨルスの孫である。

 本人は兵になることを望んだが、年齢がそれに満たなかった。

 目がよい。そして利発な子供である。かねの叩き方を教えたところ、ほとんど一度で憶えてしまった。

 鉦はただ叩けばいいわけではない。状況に応じて幾種類もの叩き方がある。

 地上にいるグレシオスやメグレイスがそれを聞き、判断するためだ。

「任せるぞ」

 グレシオスが言うと、しっかりとうなずいた。

 危ないと感じたら、つなを使ってやぐらから逃げ出すように言い含めてある。

 このような子供まで駆り出さねばならぬのが心苦しかった。

 残っていた仕事を片附けると、村人全員、少し早めの夕食をった。

 静かな夕餉ゆうげであった。

 兵になる者は全て神殿に集まっていた。夕食も神殿隣にあるメグレイス達の館で摂った。

 食事をしながら戦い方の流れを確認し、起きそうな事態を想定して討論を交わしていたのである。

 もっとも討論といってもグレシオスとタデアスが話すことを村人達が一方的に聞いているだけだったが。

 質問をしてくるのはイドナとアルテーアだけであった。

 何であれ質問は有用である。アルテーアの質問が切っかけになり、新たな罠が採用された。

 折角待ち伏せているのだから、より戦果を大きくするために広場に綱を張ろうということになったのだ。

 薄くとはいえ雪が積っている。その下に隠れるようにすれば、夕方以降であればほとんど気付くまいということだが、無論それは人間の視力を前提とした話である。ジャグルであれば判らない。

 とはいえ奴らは突進してきているはずである。

 綱に気付いたとしても、十分有効ではないかと考えられた。

 食事は昼に比べると質素なものであった。

 村の倉庫を開くよう命じたので、いくらでも豪勢な食事ができるのだが、この夕食に限っては軽めに済ませるように命じた。この後、戦いが控えているからである。

 酒も禁じた。酒はからだを温めてくれるが、動きの俊敏さや的確さをいちじるしく失わせる。寒い時に一口二口含むのならば良いが、その辺の加減を村人ができるとは思えなかった。

 代わりに各自、干肉などの保存食を持たせた。戦闘の合間に空腹を覚えたら食べられるようにである。無論、安全を確かめてから食うように命じた。

 食事が終わるとグレシオスは兵達と共に神殿の中へと移動した。

 至聖所しせいじょの扉を開き、イスターリスに礼拝した。

 本来ならばメグレイスが中心に立って行なうべきことであるが、グレシオスが取り仕切った。

 供物くもつささげ、祈りをとなえた。

 ヴェルデスの直系のたるグレシオスは、イスターリス崇拝においては別格の存在だからである。

 ゆえに遥かな昔からセウェルス宗家の人間は、イスターリス祭祀の主教としての役割をも受け持つのであった。

 つまりイスターリス神殿の主教は別に存在するが、セウェルス宗家の人間はそれと同格、あるいはより以上の存在として信徒に認識されているのである。

 主教というのは最高位の神官の事であり、イスターリスを始め、各神々について存在する。

 これら主教の頂点に立つのが主神ヴァリアの主教であり、それは総大主教と呼ばれる。

 現在の総大主教はネヴィアロス十二世である。ローゼンディアの全ヴァリア教徒の頂点に立つ聖者である。

 イスターリス神殿に属する者達の中にはグレシオスやヘクトリアスの事を、地上におけるイスターリスの化身と考えている者も少なくない。

 イスターリスの信者にとって、セウェルス宗家の人間は最大の尊敬を払うべき人々だからである。

 メグレイスはイスターリス神殿の神官であるから、グレシオスに己が役割をゆずる事を当然だと考えているのであろう。

 拝礼が済むと何人かずつで円陣を組んだ。それぞれが己の武器を面前にかかげた。それから武器を回旋かいせんさせて地を打った。

 古代ヴォルグヘル族の作法である。

「イスターリス」

「イスターリス!」

 全員がグレシオスにならって唱和し、互いの武器を交差させた。

 ほとんどが槍であるが、弓兵は弓をささげた。ダイオンとその息子達のみが戦斧せんぷであった。

 嵐神の末裔(ドヌスヘーレイ)でもないのに斧を選んだのは、つちに近いからではないかと考えられる。

 鎚ならば日常振るい慣れているだろうからである。

 ゆえに戦斧は槍よりも技術を要する武器ではあるのだが、鍛冶師かじしにとっては扱いやすいのかもしれない。

 まいは省略した。メグレイスとアルテーアはともかく、他の者達が舞えるとは思えなかったからである。

 古代においては戦いの前には熊や狼、あるいはワタリガラスを真似て戦士達が舞ったそうだが、今では祭儀などを除き、舞が行なわれることはあまりない。

 最後にグレシオスが一人一人に祝福を与えて儀式は終わった。

 あとは敵を待つだけである。

 戦いが終わるまでは館へ戻るつもりはなかった。

 兵達も一緒である。この人数が集まるとメグレイスの館では少々手狭(てぜま)になるが仕方あるまい。

 幾人かは神殿の方へと移動したり、門の見回りに行ったりと、ある程度の出入りがあるので、それで我慢してもらうほか無い。

 ジャグルが襲来した時に、即座に広場に集まることができる状態であればいいのだ。

 これだけの人数が集まりながら、会話らしい会話がまるで生じない。

 誰もが緊張していたが、さすがにメグレイスはいつもどおりの様子で、村人の質問に答えたり、火のそばで暖まったりとくつろいでいるようだった。

 いつもどおりの状態を崩さなかったのはグレシオスとタデアス、そしてメグレイスの三人だけであっただろう。

 ジャグルが現れたのは夕陽がテラモン大森林へと沈み込もうとする頃であった。

 かねを叩く音が村内に響き渡った。誰もが動きを止めた。

「現れたか」

「のようですな」

 グレシオスとタデアスは悠然と立ち上がった。臑当すねあては既に身に着けてあったので、リオプをまとい、その上からカトールを羽織はおった。

 火を囲む者たちは皆緊張していた。表情も、肩も強張こわばっている。初陣ういじんだから仕方あるまい。

 反射的にアルテーアが立ち上がった。武器を取りに走り出ようとした。

「待て。まず様子を見てからと言ったであろう?」

「神官殿は長神官様の指揮に従うという話を、お忘れになったか?」

 タデアスもたしなめる。

 メグレイスがアルテーアの肩に手を置いた。

「大殿様にお任せ致しましょう。して、我等は先程のお話通りに配置につけばよろしいのですか?」

「うむ。村内に入ってくるジャグル達を各個に始末してもらいたい」

「かしこまりました」

 グレシオスは矢筒やづつを背負い、弓を取って脇身にかけた。タデアスも同じくした。

 外に出ると兵達が集結していた。

「みな気を抜くな。これからが正念場ぞ!」

 グレシオスは大音声で言った。

 館からメグレイスが出てきた。やはり大声で指示を飛ばした。兵達が配置につき始めた。

 グレシオスはタデアスを連れ、小走りに正門へと向かった。薄く固まった雪を踏んで走る。

 正門の前にはあらかじめ立たせておいた者の他に、配置外の兵二人が槍を持って立っていた。混乱して思わず駆け付けてきたのだろうか。

 だがそれ以外の者達も戸惑うような、どうしていいか判らないような様子である。その場の皆がグレシオスの方を見た。

「お前達は神殿に戻れ!」

 タデアスが鋭く言うと、配置外の二人ははじかれたように駆けていった。

 グレシオスは素速く梯子はしごを登って足場の上に立つと、矢避けの板の隙間から顔を出して外を覗いた。

 道を歩いてくる集団がある。

 小柄な姿が近づいてくる。短く湾曲した足、不恰好な歩き方、その割には妙に力強さを感じさせる歩みである。

 夕陽が背後にあるため、ジャグル達の姿は影にならず、よく見えた。

 黒目と白目の区別がない、南天の実のような赤い瞳、汚い牙をぞろりと口から覗かせた締まりのない顔、禿げ上がった頭、まぎれもなくジャグルである。

 薄汚いよろいなたのような造りの刀、無骨な槍、斧、弓矢、武装がてんでになっているので統一感が全くない。野盗の群のようである。

 だが集団がかもし出す異様な雰囲気は、絶対に人の集団では持ち得ないものだ。

 どれだけ非道な野盗であろうと、この雰囲気は絶対に出せない。

 ジャグル達からは人の気配というものが感じられなかった。人ではないのだから当たり前だが、不吉さが尋常ではない。

 それは獣の気配に近いが、もっと遥かに暗く、邪悪さを感じさせるものだった。

「奴ら考えていたよりも足が速いですな」

 タデアスがつぶやいた。はっとしてグレシオスはその横顔を見た。

 不意に強烈な懐かしさがこみ上げた。

 髪もひげも白い。顔にはいくつものしわがある。タデアスは老いている。

 だが何故か、今は過ぎ去った遠い日に戻ったような気がした。

 あの日の空は青かった。透明な、朝の光が辺りを満たしていた。

 今は夕陽が、薄鼠色うすねずいろの空をかすかに染めているだけだ。

 幾つもの要素が大きく異なっている。にもかかわらずグレシオスには何故か、今の状況はあの日の朝と、重大な決戦の日と同じであるように感じた。

 いや、重大でない戦いなど無いのだ。

 敗北は破滅を意味している。戦いとは、そういうものである。

「どうされました?」

「いや……昔の事を思いだしてな」

「はあ」

 タデアスには分からないようだった。

「ベルガイアの戦いよ。あの時もな、お前は今と同じ事を言った」

「まことでござりまするか」

「まことだ。判っていて言ったのではないのか?」

 タデアスは無言で首を振った。目が真剣である。嘘ではないようだ。

 何やら、世のことわりを超えた力の働きを感じた。タデアスもそうであろう。

「……大神イスターリスのお導きかも知れぬ」

 グレシオスは天を見上げて言った。

「はい」

 タデアスはしっかりとした頷きを返し、そして二人は、再びジャグルの群に視線を据え直した。

 ジャグル達は大分近づいてきていた。大きな丸木が三本見える。柱のようだ。

 何匹かのジャグルでかついでいるのだが、破城槌はじょうついではないらしい。おそらくは梯子の代わりか。

「ゴロドの姿が見えませんな」

 そうである。小柄なジャグルばかりで、ゴロドの姿がない。

 イゴールの姿もなかった。こちらは歩兵戦しか想定していないから有難い。

 妙な言い方だが安心した。

 これから、殺し合いが始まるというのに。

「大分楽になるな」

「はい」

 とはいえ油断するつもりは毛頭無い。その確認をする必要もない。

 己もタデアスも、あとはできる限り冷静に殺し合いをするだけである。

 手慣れた仕事をする職人のように殺し合いを行なうだけである。たとえるならば、靴の具合を見る靴職人のように。

 この距離になると、ジャグルの姿を観察できるようになってきた。

 予想通りの姿だった。村人には見せられぬ。

 腰の周りに、幾つもの首をぶらげているものがある。

 棒を担ぎ、そこから人の手足がひもで吊るされているものがある。

 人の腕と見られる肉の塊を、かじりながら歩いてくるものがある。

 ジャグル達は食糧と一緒にやって来たわけだった。

「タデアス、配置は?」

 短く言った。それで通じると思った。

 タデアスが身を引いて背後を振り返った。グレシオスはジャグルの群から目を離さない。

篝火かがりびは全てともっております。我等の足元に兵三人」

 先程あらかじめ待機させておいた兵である。

 この兵達には槍を持たせず、刀を持たせてあった。

「二人登らせろ。一人は神殿に戻せ。メグレイスに予定通り動くよう伝えさせろ」

「はっ。デリオスとドーロス、上に登ってくるのだ。ハイゼースは長神官様に予定通りだと伝えに行くのだ」

 タデアスが命令を伝えた。ハイゼースの駆け去る音が聞こえ、続いて足場に人が登る振動が伝わってきた。

 デリオスとドーロスがそばに来ると、グレシオスは顔を向けた。

「これからジャグルが攻めて来る。取りついたものをここで殺す」

 グレシオスの言葉に、二人とも緊張した面持ちで頷いた。

 無論、全てのジャグルを殺せるとは思っていない。精々(せいぜい)が二、三匹であろう。

 だがそれでいいのだ。この規模の戦闘では、とにかく効率よく敵の数を減らすことが重要である。

「六……九……」

 タデアスが小さな声でジャグルを数えている。グレシオスも同じように数えた。

「二十二。弓七」

「二十二。槍九」

 二人で確認した。弓と槍の数を引けば、刀ないし斧が六匹ということになる。

 今問題なのは弓である。こちらが放てば、当然射返してくるだろう。

 元から門にって戦うつもりはないが、ここから射ても、あまり数を減らす事はできなさそうである。

「おそらく奴らは梯子をかけて一気に登ってくるはずだ。最初の一匹でいい。叩き落とせ」

 二人に向かってグレシオスは言った。

 この状況でジャグルから目を離すのは危険だが、しっかりと念を押すために敢えてそうしたのだ。

 気持ちが通じたのだろう。再び、二人は硬い顔で頷いた。

 もっともグレシオスが目を離しても、代わりにタデアスが見ているのだが。

「先程も教えたが、ここで食い止めるのが目的ではない。下からは矢も射かけてくるから決して長居してはならぬ。登ってきたジャグルを叩いたら、すぐに飛び降りて広場へ戻るのだ」

 グレシオスとタデアスはさらに一拍遅れて、二人の後を追う予定であった。

 この門の規模と味方の兵力では、それが限界である。

 ある程度戦うといっても、数をかぞえる間もないであろう。登ってくるジャグルを素速く叩き、そのまま逃げ出す。

 弓兵が先に登ることは、まず考えられないからこそ採れる行動である。

 なんとなれば、弓兵は下から味方を援護するだろうからだ。

 城郭じょうかくに取りつくときの定石なので、グレシオスはそう判断したのだが、ジャグルが人間と同じ戦法を採る確信はない。

 不安といえばそこが不安だが、ある程度戦ってみせる事は、広場にジャグルを引き込む上でも有効であろう。

 与えられた状況でどこまで行動できるかは、その時々に瞬間的に決まる面がある。

 戦場では特にそうなのだ。

「そしてあまり前に出るな。弓に狙われる。あくまで登ってきた一匹目に刀を叩き込むか、突き刺すかして、その後はすぐに逃げよ。ぐずぐずしていると死ぬと思え」

「儂と大殿も同じようにするゆえ、細かい指示を与える事はできぬし、とどめを刺したかどうかの確認をする必要もない。叩き落としたらすぐに逃げよ」

 タデアスも加わって、二人に念を押した。無論タデアスはその間もジャグルから目をそらさない。

 デリオスもドーロスも質問はせず、ただ頷くだけだが、その様子にひるみは見えなかった。

「大殿、やつら変ですぞ」

 ジャグルを監視し続けたまま、タデアスが言った。

「どうした?」

 グレシオスは矢避け板の間から目をのぞかせた。

 ジャグル達は足を止め、何やら話し合いながら列を整えている。

 前の方、村に向かって立っているジャグルの背後で、動きがある。何か作業をしているようだ。

 嫌な予感がした。

「背後で何か組み上げておるようです」

 奴らの担いできた丸木柱が動いているのが見えた。

 前列のジャグルが、盾を前にかかげて横に並んでいるため、背後を見る事ができない。

「どうせろくでもない事に決まっておる」

 答えながらグレシオスは考えた。この距離なら矢は届く。

 こちらから手を出してみるべきだろうか?

 だが、それが戦端を開く切っかけになるかもしれぬ。

 だとしたらそれは良いことなのか。つまり、こちらにとって有利になるかどうか。

 このまま何もせずに、ジャグル達に変化が現れるのを待つというのも、一つの手である。

 如何いかにすべきか。

 グレシオスに意見を求めてくる者はない。デリオスとドーロスは、そのようなところまで考えが及ばぬからであろうが、タデアスも何も聞いてこない。

 おそらくタデアスも又、判断がつかないのだろう。

 何もしない、というのは嫌な選択である。動けばいいと言うわけではないが、何もしないのは神経を使う。

 ――しかし、どのみちこちらが採れる手段など決まっているのだ。

 もうすぐ日が沈む。

 太陽神アクシオーンが、その住まう島へと帰還する前に手を打たねばならない。

 篝火が用意してあるとは言っても、夜は夜である。そこには闇がある。そしてジャグルは闇にひそむものどもである。

 ――こちらから手を出してみるしかあるまい。

 グレシオスは決心した。弓を構え、矢筒から矢を一(せき)引き抜いてつがえた。

 軽い。今朝男と登ったやぐらの上で引いたあの弓とは、比べものにならぬ。

 狙いを定めた。弓を引き絞った。呼吸と意識が、体を通して一つに結び合わされてゆく。

 心臓の鼓動を感じる。己の心臓の鼓動を。

 放った。

 左から三列目のジャグルがあおのいた。頭をね上げたと言った方が正しい。

 そのまま後ろに倒れた。右隣のジャグルが、肩をつかんで起こそうとするが無駄だった。

 左のジャグルも覗き込むようにしている。

 だが混乱は生じなかった。何事もないように列を戻すと、今度は心持ち盾の位置を上げてジャグルは並んだ。

 こちらを見ている。

 赤い色石でも嵌め込まれたような瞳、だらしなく開いた口、尖った歯の間からは舌が覗いてる。

 だがそれだけだ。表情というものが感じられない。

 仲間が殺されたというのに、ジャグル達は一向気にしていない様子だった。

 それともそう見えるだけで、実は怒りや恐れを感じているのだろうか?

 どちらなのか判断がつかぬ。

 ここからだと距離が遠すぎるというだけでなく、おそらくは種が違うからだろう。表情が読めない。

 同じ人間ならばともかく、グレシオスにはジャグル達が何を考えているのか、何を感じているのかが判らなかった。

「奴ら動きませんな」

「うむ」

「ならばこのまま射続けてやりましょう」

 タデアスが至極しごくもっともなことを言った。

 反撃もせず、ただ突っ立っているだけの敵ほどありがたいものはない。

 こちらは淡々と作業するだけでいいのだから。

「精々数を減らすとしようか」

「はい」

 タデアスも共に弓を構えた。と、ジャグル達に動きがあった。

 列がかれ、左右に割れた。

 代わって板塀いたべいのようなものが現れた。板塀には、例の柱が固定されていた。

 柱の角度は上を向いている。

「なんですかな、あれは」

 タデアスがつぶやいた。

「梯子の代わりであろうと思っていたが、それだけではないようだな」

 得体のしれない大道具は全部で三つある。

 柱が梯子になるというのは間違いあるまいが、いまいち判らない。

 あの板は何なのか。

 と、ジャグル達が板塀の背後に隠れた。それで判った。

 あの板は矢避けなのだ。つまり、あれは簡略な攻城具である。

「意外に頭がいいのだな」

「悪知恵が回ると言った方がいいかもしれません」

 タデアスも了解したようである。憎々(にくにく)しげにそう言った。

「あれをかつげますか」

「担げるのだろう」

 でなければ作りはしない。

 人間ならば台車に乗せるという手を採るだろう。あの重さの物を運ぶにはそれなりの人数が要るし、その人数を掩蔽えんぺいできるほどには大きくはないからである。

 つまりあの攻城具を用いるには台車が不可欠になる。

 だがジャグルはそうではない。奴らはあれを、あの人数で担げるのだろう。驚くべきことだが、ジャグルの怪力からすれば無理ではないのだろう。

 ナウロス村に近附くまでは分担で材料を運び、到着してから一気に組み上げたわけだ。

 ということは、さすがにあれを長時間持ち運ぶのは無理だということでもある。

 連中が取った距離もそれを証明している。ここから連中までは矢が届く。事実一匹射殺せた。そのことを考えても、距離が近すぎるはずなのだ。

 その疑問も、今までのことを全て合わせて考えれば納得がいく。

 連中はきちんと考えた上で行動している。

 戦いの効率を考えているのだ。

 そこまで気付くと、グレシオスはぞっとした。背筋を嫌な気配が走った。

 あまりある事ではない。何より、戦場では不吉な感触である。

 ジャグルと言えば、人の世界の周辺を荒らすしか能のない、薄汚い獣でしかないと思っていた。

 その認識は改めなければならないようだ。

 ジャグルは人とは異なる、しかし人と同じように考えて行動する存在なのだ。

 父祖達の壮絶な戦いの記録へと心が飛んだ。かつての大戦、幾多いくたの戦い、人間達が死力をくして戦ってきた物語。

 己は、今それを体験しようとしているのか。

 ぐらり、と攻城具が持ち上がった。ジャグルが内側から支えているのだ。板の下から、汚い足が左右に二列ずつ並んでいるのが見える。

 グレシオスの全身が、殺気のようなものを感じ取った。

「来るぞ!」

 大声で警告した。

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