第十四章 休息
少しでも防備を固めるべく見張りを立てつつ作業にあたった。
まずはジャグル共の攻城具を分解し、防壁に加工した。
村人たちは寒さに悴かむ手で必死に作業を進めた。
幸い三つあったので二つを坂の入口に東西に向けて配し、一つを広場の前に置いた。
三つとも広場に配置するという手もあったが、もしも敵にゴロドが居る場合にはこんな防壁など何の役にも立たぬ。ゴロドが襲えばひとたまりもない。
敵がジャグルの群だけならば防壁は取り敢えず一つあれば何とかなる。先程と同じく乱戦になるに決まっているからだ。
雪の中、寒さは厳しく、短い時間で交替をさせながら作業にあたった。
今度は村内を歩き回る必要がないので篝火を幾つか広場に移動させたり、不要な篝火を消したりした。
正門はしっかりと閉じたが、もしもゴロドが攻撃してくれば一撃で破られるだろう。
敵がジャグルのみの場合でも正門に拠って戦う手は採らない。破らせる。
ジャグルがそれを避け、迂回してくる場合にはそちらに布陣を変形させる。
いずれにしても今回はあまり動き回らず拠点守護の作戦で行く。
全滅するか、それとも生き残れるかは神のみぞ知るところである。
村人たちには話していないが援軍が来るのは明日の日没後と考えられる。
男が村を発った時間から逆算しての事である。
どんなに早くとも日が沈んで半刻の時を切ることはないだろう。
そしてジャグルどもが日中に襲いかかってくるとは考えにくい。こちらから戦闘を仕掛けたのなら別であるが、ジャグルどもが好き好んで昼間に戦闘をするとは考えられない。
ゆえにジャグルが襲ってくるのは日が昇る前、今夜の内だと予想できる。
つまり援軍をあてにすることはできない。
先程グレシオスは「この戦いが終われば援軍が来る」と言った。それは嘘ではない。
問題はこの戦いが最後になるであろうこと、最後まで自分たちは援軍無しに戦わなければならないということだ。
グレシオスは神官館の前に立ち、暗闇の中、篝火の光を頼りに働く村人達の様子を見ていた。
「ゴロドは現れますでしょうか?」
メグレイスが呟いた。グレシオスの傍に立って作業の様子を見ていたのだが、周囲に村人が居なくなるのを見計らって口に出したものらしい。
「おそらくな」
グレシオスも呟き返した。メグレイスの方は見なかった。
何か気配が返ってくるかと思ったが、何も感じられなかった。
つまり気負いも恐れもないということだろう。やはり戦場を幾度も踏んでいる者は性根の坐りが違う。
「ともに戦うことをお許しください」
半ば予想していた言葉であった。
「こちらもそのつもりよ。ゴロドがおれば長神官殿の手を借りる他ない」
「光栄でございます」
「……我等の輔佐を除き、村人たちは坂の防備に集中させる」
グレシオスとタデアスが中心になって対ゴロド用の槍投げ隊を編成する予定である。
ゴロドが現れない場合にはそのままジャグルと戦う前衛になるが、その際には連絡を坂の入口を固める部隊に飛ばし、増援を回させるつもりである。
「作業が終わったら村人を半刻交替で休ませてやれ」
「かしこまりました」
タデアスは作業の監督をしている。先の戦いで兵を伏せた小屋から更に木材を持ってきている。なかなか本格的に防壁を構築するつもりのようだ。
坂の入口の方でも作業をしている。ここにまで物音と気配が伝わってくる。
あとどれくらいでジャグルどもが到着するのか判らないが、防壁作りが終わるまでは来ないで欲しいものだ。
「大殿もお休みになってはいかがでしょうか。あとは私が見ておりますゆえ」
メグレイスが控えめに提案した。
「いや――」
グレシオスは反射的に断ろうとし、しかし考え直した。
己がこのままここに立っていたとて何の意味があるものでもない。
敵襲があれば起こしてもらえばいいのだ。
若武者ならば、起きたまま備えるというのもありかもしれぬが己は老人である。虚勢を張って無理をすることはない。
自分なりに最も効率的に戦えばよいのだ。
「そうだな……では一刻経ったら起こしてくれ」
「かしこまりました」
「必ずだぞ」
メグレイスに念を押し、グレシオスはヨルスの館に向かって歩き始めた。
道に出るとたちまち雪が降りかかってくる。
小さな、軽い雪だが一向に降りやむ気配がない。
タデアスは防壁の傍に立ち、白い息を吐きながら指示を飛ばしていた。右手には斧を握りしめている。
「タデアス」
「はっ」
振り向いた顔が白い。気合いは十分だが、身体の方にはかなりの負担が掛かっているのは明らかだった。
「儂はこれから仮眠を摂る。お前も付き合え」
「大殿は是非そうなさって下さい。私はまだ仕事がありますゆえ」
「付き合え、と言ったのだ」
「はあ……」
グレシオスは逡巡している様子のタデアスの肩をつかんだ。
「自分の歳を考えろ。儂など、さっきから背筋が寒くてかなわんぞ」
「ですから大殿はお休み下さい」
グレシオスは溜息を吐いた。
「お前な、儂一人ではばつが悪いではないか。だから「付き合え」と言ったのだ」
耳元で囁いてやると、タデアスはなるほどとばかりに幾度か頷いた。
「かしこまりました。そういうことでしたらお付き合いいたしましょう」
「すまんな」
無論、タデアスを休ませるための言い訳である。
こうでも言わなければタデアスは休み無しに働き続けることだろう。
その結果、いざ戦いが始まったときには体力を使い果たしているかもしれない。
タデアス自身、身体はきついはずである。若い頃とは違うのだ。
にもかかわらず頑張りを見せるのは、意地と責任感、何より戦場に在っての気の高ぶりがあるのだろう。
しかしそれらの中に老いへの抵抗と恐怖が含まれてはいないだろうか?
グレシオスが悟ったようにタデアスもいつかは、それもそう遠くない先に老いの事実を悟り、受け入れることになるだろう。
だが今はそれを語り諭している時間はない。
強引にしてでも、己の方で気遣ってやるしかないのだ。
「村の衆も交替で休むようにな。詳しくは長神官殿に聞け!」
杭を打ち、斧を振るっている村人たちに大声で教えると、グレシオスとタデアスはその場を離れた。
ヨルスの館ではすでに休憩を取りに集まった村人達がいた。火の傍で紅トラナ茶を飲んでいる者や、床に毛皮を敷いて横になっている者がいる。
ごろ寝用の毛皮を貸してくれるようヨルスに言うと、
「大殿様はどうぞ息子の部屋でお休み下さい」
と言われた。グレシオスはここでも意地を張ることなく、すなおに従うことにした。
タデアスはヨルスの部屋を借りることになった。
装飾のないしっかりとした作りの寝台に倒れ込むと猛烈な睡魔が襲ってきた。
慌てて寝台に潜り込み、蒲団を被った。天井に暖炉の火の影が揺れている。
火が燃える音が急速に遠ざかっていく。
身体がふわりと浮かび上がるような心地がしたと思うと、そのまま意識が吸い込まれていった。




