第十一章 戦士
坂の入口にまで来ると、家の陰から幾人かの人影が現れた。
「大殿様」
一際大柄な影が呼びかけてきた。メグレイスである。
「おう。長神官殿」
「はい。お二人とも御無事でありましょうか?」
篝火がやや遠くにあるため、その姿は余り判然としない。
しかし狼の毛皮を頭から被っているのはメグレイス一人であるし、斧槍を持っているのもこの男だけである。
容易に何者であるか知れるのであった。
斧槍というのは槍の穂先に戦斧を加えた長柄の武器である。
振るうにはかなりの膂力を必要とするが、メグレイスならば全く問題はないであろう。
「うむ。儂もタデアスも無事よ」
「それはようございました」
「して、そちらは異常ないか?」
「何もございませぬ。ですが先程イドナ達が西の柵に向かいました」
広場にいた時、西から戦いの音が聞こえてきたが、おそらくそれであろうか。
「笛か?」
グレシオスの問いにメグレイスは黙って頷いた。
最初の攻撃が終了次第、弓隊は遊撃に編入されることになっていた。
広場の戦いは乱戦になるゆえ弓による援護はあまり効率的とは言えないからである。
統率された兵士達ならば敵味方入り交じる中であっても、状勢に応じて弓を投入することは可能であろうが村人の間では無理だ。同士討ちの危険性がある。
ゆえに弓隊は遊撃に回り、正門以外の柵を越えて忍び込んでくるであろうジャグル達を地道に始末する役に回されたのである。
「我等の戦いよりも前ですか?」
タデアスが尋ねた。
「ほとんど同じであろうかと思われます。ジャグル共はどうやら正門以外からも同時に村を襲ってきたようです」
思った通りである。
だがそうなると、ジャグルの数がグレシオスの想定を超えているのかもしれない。
不吉な感じが胸をよぎった。
この戦には始めからどこか妙な不吉さがある。
言葉では上手く言えないが、そう感じるのだ。
そしてグレシオスには長年の経験から、その『感じ』がいかに危険なものであるか判っている。
「……ダイオン達は?」
「いまだ何も」
「そうか」
グレシオスは考え込んだ。
何もないというのは、それはそれで不気味である。
もちろんダイオンとその息子達が何事もなく村内を見廻っているということは考えられる。
だが嫌な予感がした。
「イドナ達は全員で西の柵に向かったのか?」
「はい」
メグレイスは頷いた。
となると先に向かったアルテーア達と合わせ、西の柵にはかなりの兵力があると考えていい。
ジャグルを食い止められれば良し。もし敗退するとしても広場にまでは出てくるであろう。または直接メグレイス達と合流するか。
いずれにしても指揮はメグレイスに任せて良いだろう。
「良し。我等は北東の柵に向かうことにする」
「お宜しいのですか?」
メグレイスが遠慮がちに問いかけてきた。
何を言いたいのかは判った。ダイオン達を確かめに行くのは自分が引き受け、代わりにグレシオスとタデアスはここで守りについてはどうかというのであろう。
今一戦交えてきたばかりである。少し休憩を取ったらどうかということか。
いや、休憩を取る意味も含め何よりも、坂の入口という最重要な場所を守るのはグレシオスであるべきだとの気持ちもあるのではないだろうか。
だがグレシオスにはそんなつもりは更々なかった。
「いや、このままゆくことにする」
「幾人かお連れになりますか?」
グレシオスは哂った。
「そんなことができるはずもなかろう」
坂の入口の兵力は減らせない。たとえ、最後まで休眠兵力となったとしても。
「我等のことはお気になさいませぬよう」
タデアスが言った。
「それと戦斧を一丁いただけませぬか」
「わかりました。ビゼ、タデアス殿に戦斧をお渡ししろ」
「はい」
ビゼが近くの小屋に入り、すぐに戦斧を持って出てきた。
小型であり、片手で扱う大きさだった。ただし手斧ではなく、ちゃんと戦斧の恰好をしていた。
ビゼはタデアスに戦斧を渡すと再び小屋に戻り、今度は角杯を両手に持って現れた。
「あの、これを」
グレシオスとタデアスに角杯を差し出した。林檎酒のようである。
「どうぞ。暖まります」
「すまぬな」
「かたじけない」
それぞれ受け取って一気に飲み干した。グレシオスの流儀からは外れるが悠長に飲んでいる時間はない。
角杯を返そうとしたとき、笛の音が闇を渡ってきた。
「西ですな」
タデアスが呟いた。
笛が二度鳴ったということである。混乱から思わず吹いてしまったのか、それとも実際に危機的な状況にあるのか。
いずれにせよ行ってみなくては判らない。
「いかがいたしますか?」
タデアスが聞いてきた。
このまま北東の柵に向かうのは少し考えものであろう。
二度も鳴った笛が気懸かりである。
少なくとも西の柵で何かがあった、または生じているというのは間違いがないだろうからだ。
はっきりしている方を優先した方が良いかもしれない。
「これで西の柵を無視できなくなったな」
「はい」
タデアスが頷いた。
「取り敢えず確かめに行った方が良いのではないでしょうか」
「うむ」
グレシオスは歩き出した。タデアスが従う。
「お気をつけ下さい」
メグレイスが心配げに言った。
気持ちは急いたが走ることはせずに歩いた。
もし村内にジャグルが進入しており、途中で待ち構えていたりすれば危険だからである。
要所要所に篝火を置いてあるとはいえ、辺りは闇に包まれている。物陰から射かけられないとも限らないのだ。
そうした気配を探るようにしながらグレシオスとタデアスは西の柵へと急いだ。
ここら辺りの道は、まだ白い。
幾つもの足跡が残り、土が混じってはいるがまだ白かった。広場のように一面赤く染まってはいなかった。
角を曲がり西の柵に続く道へと入ってすぐ、家の軒先にうずくまっている影を見つけた。一瞬ジャグルかと思ったがそうではない。村人だった。
幸い場所が道の角にあたるので近くに篝火があり、すぐに人と判ったのだ。
村人は家の壁に背中をつけ、胸を抱くようにして坐っていた。
近くに行くと、怯えた様子でグレシオス達を見上げた。
「フィオレではないか」
弓隊の娘である。イドナの指揮下にあったはずだが。
凄い汗を掻いていた。額に髪を貼りつかせている。
「ご、ごりょうしゅさま……」
「何があった?」
左手で右手を包むようにして胸の前に抱えこんでいる。暗くてよく見えないが傷を負っていることは判った。
「見せてくれるか」
タデアスが傍にしゃがみ込んだ。
グレシオスは篝火から一本抜いてきてタデアスの手元を照らした。途端に胸から腹まで血まみれになったフィオレが目に入った。
重傷だと思った。肝が冷えたが、すぐに出血は胸でも腹でもなく、右手からのものだと判別がついた。
「開くぞ」
丁寧な仕草でタデアスが、しっかりと握られた左手を開かせてゆく。
千切れかかった指が見えた。骨と筋が飛び出しているところを見ると、鈍器で叩き折られたものだろう。
元に戻る傷ではない。
「いいいっっっ!!!」
フィオレが体を突っ張らせた。
「大丈夫だぞ」
力強く言うとタデアスは、まず紐でフィオレの腕を縛った。それから包帯を取り出してフィオレの右手を巻いていった。
急場凌ぎの、治療とは言えないようなものではあるが血止めにはなる。
「良いか? この角を曲がって真っ直ぐ進めば長神官様がいらっしゃる。そこで治療をしてもらうのだ。一人で行けるな?」
フィオレは歯を食いしばって頷いた。
「西の柵からジャグルが入って来たのだな?」
確認するためにタデアスが尋ねたが、痛みのあまりフィオレは声が出せぬらしい。無言で頷いた。
タデアスがグレシオスに振り返った。何も言わなかったが、グレシオスにはタデアスの言いたいことが判った。
「我等はこれから西の柵に向かう。ジャグルどもは一匹残らず始末するゆえ、安心いたせ」
グレシオスは言った。
フィオレはタデアスの手を借りて立ち上がった。顔中に脂汗が噴き出していた。
「……神官様が」
「大丈夫だ。我等に任せよ」
今度はタデアスが言った。
弱々しい足取りでフィオレが去っていくのを見送ってから、グレシオスとタデアスは再び歩き出した。
「まずいですな」
「うむ」
言葉はそれだけだったが、事態はお互い判っていた。
フィオレは増援で向かった弓隊の一員である。
それがあのような所で傷を負って倒れていたとなると……。
先に向かったアルテーア達の安否が心配であった。
ここから先、西の柵まで道は真っ直ぐである。
辺りの気配に注意しながらグレシオス達は進んだ。
柵の傍の篝火が消えている。篝火のあった辺りには闇が拡がっていた。
嫌な予感がした。
盾を構えながら慎重に進んだ。
燈りが完全にとどかない場所にまで足を進めるつもりはない。
まずは柵の手前にある篝火を頼りに、燈りのとどく範囲で周辺を見極める。
それから松明を一本を持って闇の中を調べて回るつもりであった。その頃には誰か他の者もやって来るかもしれない。
人手が増えれば安全も増すし、現状の精確な把握も可能になる。
消えてしまった篝火の周辺に倒れている人影がいくつも見いだされた。暗くてよく判らないが、小柄な影はジャグルだろうか。
まだ体格の定まっていない、若い村人だという可能性もあったが、それは考えたくなかった。
そして驚くべきことには柵が無くなっていた。
境界に沿って並び、影を作っているべきはずの柵がないのだ。
つまりジャグルに破壊されたということである。
地面近くに長い影が横たわっているようだから、おそらくは倒されたのだろう。柵の姿は闇に沈んでしまっており、しかとは見えなかった。
背後から燈りを受けつつ、グレシオスとタデアスは歩いた。
燈りが大分遠ざかったと感じた頃、影の判別がつき始めた。だが村人とジャグルの見分けがつく程度には燈りは届いていた。
雪は踏み荒らされ、土と混じって泥と化し、しかも至る所に血が拡がっている。
村人の中にも矢が突き立った屍体があった。
ジャグルが弓を用いたというのは意外だったが、村人とジャグルとで互いに射たということになれば、村人側の犠牲が大きくなるだろうことは予想がつく。
倒れている者の中には神官衣の姿が見えた。
「神官殿!」
タデアスが駆け寄った。グレシオスも後を追った。
アルテーアの亡骸には首がなかった。
最後まで戦ったのだろう。その体は俯伏せに倒れていた。神官衣の裾からは力を失った二本の足が覗いていた。右腕の下には振るっていたであろう槍があった。
左手はなかった。神官衣は左肩から先が血まみれになっていた。
首を落とされた時もであろうが、夥しい血が流されており、文字通り血の海に沈んでいた。
近くには村人の死骸が二体あったが、恥ずかしいことに誰のものかは判らなかった。
ジャグルの屍体もあった。
「……燈りを」
タデアスに命じた時、突然近くで笛の音が鳴った。
笛のした方を素速く見ると幾つか歩いてくる影が目に入った。
小柄である。歩き方に、どうしようもない獣臭さのようなものがある。
ジャグルである。
赤い目が闇の中に光っている。影は全部で六体あった。
燈りがぼんやりと届く辺りにまで、ジャグルの群は歩いてきた。
一匹のジャグルが笛を持っている……あれは、トゥーサに持たせた笛ではないのか。
口の回りを血まみれにしたジャグルがいる。その手には人の首があった。長い銀髪を引っつかんでぶら提げている。
他にも口の周りを血まみれにしたジャグルが二匹いた。
笛を持ったジャグルが再び笛を吹いた。高い音が間近で鳴った。
首を持ったジャグルが腕を振りかぶり、グレシオス達に向けて首を投げつけてきた。
それほどの勢いをつけて投じられたのではないため、首は小さな弧を描いて雪上に落ち、ぼそぼそとグレシオスの足元にまで転がってきた。
アルテーアの首であった。片目を失っている。刳り抜かれた目玉の回りから頬、あごの辺りにかけてまで皮膚がむしり取られていた。いや、齧り取られたのであろう。
「大殿」
タデアスが注意を促す口調で囁いた。
「判っている」
もしアルテーアの首を拾おうとすれば、その途端にジャグルどもは襲いかかってくるだろう。
だから拾い上げるわけにはいかない。
「意外と頭が良いのですな」
「悪知恵が回ると言うべきだな」
云ってからグレシオスは、先程正門の前でタデアスと交わした言葉を思いだした。
あの時とは言葉が逆になっているが。
ジャグルどもはこちらの様子を窺っているようだった。
相変わらず表情が読めないので何を考えているかは判らない。だが攻撃の機会を待ち受けているという感じは伝わってきた。
おかしな話ではある。
その考えを、心を理解することなどできぬ相手であるのに、戦いにおいてのみは察しがつくというのは。
戦うことを恥じたことはない。大神の裔として、戦いは神聖なものだと自覚している。
たとえどれほど恐るべき光景、醜悪な光景が現出したとしても、戦いそれ自体には胡麻化しようのない純粋さがあると確信している。そこには真実があるのだ。
真実は尊ぶに値するものだし、それから目を逸すべきではない。
そう考えることこそが、己もまた、戦いに取り憑かれた亡者であるという証であるにしてもだ。
グレシオスには間違いなくジャグルがこちらの隙に乗じてくるであろうと思えた。タデアスも同様である。
ジャグルの獰悪さは、しかし戦いにおいては己等と共通する何かがあるということなのか。
おもしろい話ではない。だが無視してよい話でもない。しかし今考えるべき話でもない。
グレシオスは金具の外れる音を聞いた。できるだけ顔を動かさずに見ると、タデアスが腰の後ろに手を回して槍投げ機を取っていた。
ジャグルの数は六匹である。先程の戦いの感じからして、己とタデアスならば三、四匹までなら同時に相手にできると思えた。
五匹を超えると危ないだろう。六匹なら相打ち、七匹以上になるともういけない。全滅の危険があると見ていい。
とはいえ戦闘における兵力差というのは実に微妙なものだから、一概には云えないのであるが。
僅かな差が彼我の立場を一変させてしまう。ゆえにこそ戦況の見極めには細心を要する必要がある。
グレシオスも槍投げ機を取った。それはイスターリスの姿が浮彫りにしてある物で、グレシオスの父の、そのまた父も使っていたという古い武具である。
「暢気な奴等だ」
ジャグルたちを刺戟しないように静かで自然な動作を心がけた。槍を返し、鐺に槍投げ機を噛ませる。
「そうですな」
答えながらタデアスも同じことをする。
襲いかかるならすぐにそうすれば良いのだ。
敵は二人、味方は六体となれば必ず斃せよう。犠牲は出るにしてもだ。
なのにそれをせず、隙を作るような真似をしている。
ジャグルどもは判っていない。
敵に隙を作るために施した行為は、同時に自分達にとっても隙を作る行為であるということを。
戦場ではあらゆることが流動的であり、時にはしばしば両義的なのだ。
これを教えてくれたのはクレオラだった。
槍を肩に担ぎ上げた時、ようやくジャグルの群に動きが見えた。「カッ」とか「ゲッ」とか、例の呻きとも叫びともつかぬ声を上げながら、雪を踏んで走ってくる。
いや、もはやその足元は溢れ流れた血で、霙のような状態になっている。
だからじゃくじゃくと音がした。ジャグルの鉄の靴が、融けかけた赤い霙を撥ね散らしながら迫ってくる。
時間にすれば一呼吸二呼吸の間である。しかし、グレシオスには十分な長さを持って感じられた。
槍を放った。
斧を振り上げていたジャグルの胸に突き刺さった。穂先が背中に飛び出す。ジャグルは仰け反りながら蹌踉き、横倒しに倒れていく。その体を押しのけるようにして、後ろにいたジャグルが前に飛び出してくる。
右手ではタデアスの槍を受けたジャグルが同じように倒れていく。
「イーザイッ!」
タデアスが叫んだ。戦斧を左手に、右手に刀を抜き放つと自分から駆けていった。
グレシオスも刀を抜いた。左肩に担ぎ上げるようにして大きく半身になる。タデアスとは違い、駆けることはしない。ここで迎え撃つ構えである。
二人で同時に飛び込めば、互いの武器で仲間を傷つける虞があるからだ。
包囲されているのならいざ知らず、この状況では適度な距離を取って縦横に戦った方が良い。
どうせ時間は長くはない。刀槍を持っての殺し合いは文字通り一撃必殺である。
敵よりも早く己が刃を相手に叩き込み、すぐさま次の相手に向かう。それが全てである。
ゆえに複数相手の時には辺り構わず武器を振り回せる状況が望ましい。
最初の当たりで敵の数を減らし、大きく味方に有利に持っていく、二人目を斃す頃には五分になる、そういう状況を作るためである。
ジャグルの顔が目の前に迫った。
「イーザイッ!」
グレシオスも叫んだ。身を沈めつつ、引き斬りにジャグルの脇を抜ける。刃がジャグルの首筋を捉え、皮膚と肉を断つ手応えがあった。証拠とばかりに左の頬に返り血が飛んできた。
すぐ目の前に別のジャグルの胴。肘を翳し体当たりの要領で突き飛ばした。
そのまま素速く身を反し盾を掲げた。相手の確認などしていない。勘である。
盾に激突する感触。刀か? それとも斧? 一瞬思ったが判断はしなかった。それよりも先に足が出た。
「グヴァッ」
ジャグルが呻いて吹き飛んだ。背中に体が当たる感触があった。タデアスである。
「何匹やった?」
「二匹! 大殿は?」
「お前の勝ちだ!」
互いに背中合せに立ったまま周囲を見回した。思わずいつもの癖でそうしたが、ジャグルはもう一匹しか残っていなかった。今グレシオスが蹴倒したジャグルである。
先に突き飛ばしたジャグルは、すでにタデアスが仕留めたようだった。
当たり所が悪かったのか、ジャグルは咳き込みながら雪の上を転がった。無論それでも起きあがろうとはしている。
タデアスが槍を拾ってきた。
「大殿」
アルテーアの槍であった。
グレシオスは槍を受け取ると、地面に倒れたジャグルの元へ歩いていった。
「ジャグルよ」
声をかけた。ジャグルがグレシオスを見た。赤い目がこちらを見上げる。
その目玉に向けて槍を突き刺した。
「ギィイヤァアアッッ!!」
ジャグルが藻掻く。その手足が勢いよく動く。
「お前がやったかどうかは判らぬが――」
食べた、という言葉は使いたくなかった。
「同じことであろう」
槍を深く突き刺してゆく。ジャグルの体が痙攣し始める。頭蓋の奥に穂先が達した感触があったが、グレシオスはさらに槍を突き刺した。だが頭骨が頑丈なため、穂先が内側を滑って流れた。その結果、ジャグルの頭を槍で吊り上げるような恰好になってしまった。
グレシオスは槍を離した。
タデアスがアルテーアの遺骸の傍に膝をついている。
遺骸は既に仰向けに返されており、右手が胸の前に置かれていた。
グレシオスはアルテーアの首を拾い上げた。雪を払い落とし、残された目を閉じてやった。
「立派だったぞ」
労りをもって話しかけた。
「神官は立派だった」
戦いの現場を見たわけではない。
だが死体を見れば判る。アルテーアは勇敢に戦い、そして命を落としたのだ。
戦神に仕える神官として義務を果たしたのだ。
タデアスが丁寧な仕草で首を受け取り、もと在った場所へと戻した。
無残な姿ではあったが、勇敢なる戦士の姿でもあった。




