緑陵高校魔術研究会部長、烏丸桔梗1
緑陵高校魔術研究会部長であるこの私、烏丸桔梗に偶然にも依頼をする事になったこの学生はある種の運に恵まれていると言っても良い。
「で、君は好きな女の子と恋人同士になりたいと……そういうことで良いかな?」
「は、はい! その通りです! 是非よろしくお願いします! 先輩!」
やや詰まりながらもハキハキと答える依頼者、山瀬直義と自己紹介した二年生からは痛いほど必死な思いが伝わってくる。
というか、どこか痛々しいと感じたのは依頼者には内緒だ。
正直な感想を述べさせてもらうなら、恋愛成就くらい自分の力で何とかしろと言ってやりたい所ではある。
何より部活より受験を優先すべく部室に荷物だけ取りに来たつもりが、たまたま下級生が全員出払っていて私一人しか居ない時にやって来たのが、この依頼人である。
よってその当人に対し多少なりとも悪意が湧いてしまっても誰も私を責めたりはしないと思う。
と言うか、私を責める誰かが居ないから私が応対する事になったんだがな……。
「ふむ、ところで山瀬君……魔術というものはそれなりにリスクが発生する場合がある……それは解っているかね?」
「リスク……ですか?」
ゴクリ……と恐怖と共に生唾を飲む音が魔術研究会部室に響き渡る。
そう、魔術行使には何らかのリスクが伴う。
そもそもがより小さな努力で最大の効果を得ようという欲望が儀式という形になったものだ。
分不相応なまでの大きな望みともなれば己の命と引き替えになることだってある。
もっとも……恋愛成就程度であれば大したリスクは無いのだが、本人の覚悟を確認する意味でも必ず問うことにしている。
「あの……具体的にはどの様な……」
「ふむ、例えば手順を正しく行わなかった場合、不運に見舞われたり、突然意味も無く他人に避けられたりすることがあるな……まあ、あくまで手順を間違った場合だ」
実はこれは別に魔術に限った話では無い。
機械などを扱う場合にも手順というものは非常に重要になる。
手順をミスすることで余計な損害を被ることになるのは魔術もそこらの機械も同じだ。
慣れていない機械なら誰もがおっかなびっくりスイッチを入れるが、慣れてしまえば特に何かを気にすること無く扱うことが出来る。
それはよほど大がかりな儀式でも無い限り魔術も同じなのだ。
山瀬君はしばし黙った後、意を決した様にコクリと頷いた。
「よし、ならば儀式を始めよう。ただし先程も言ったように儀式には手順が必要となる。まずは君の想い人の本名を教えて貰おうか?」
「知りません」
「は?」
予想外の答えに私としたことが間の抜けた声を上げてしまった。
「あー……ゴホン……知らないだと? 君は名前も知らない子を好きになったのか?」
「SNSで知り合ったもので……ハンドルネームじゃだめですかね?」
ああ、なるほど。
つまり、ネットで知り合った相手を好きになったと言うことか。
最近はこの手の相談が多い。
昨日の依頼もネット関連の問題だったため、魔術儀式の条件が整わず未達成のまま放置されている。
「ふむ、少し質問させて貰っても良いか? 君はその相手に会ったことはあるのか?」
これは非常に重要なことだ。
会ったことも無い相手となると異性で無い可能性もあるのだ。
私は別に同性同士の恋愛を否定するつもりは無いが、かといって本人の望まない同性愛を成就させるつもりも無い。
「あ、いえ……会ったことはないんですが……で、でも素敵な女性なんです! 僕には解るんです!」
いや、今の彼に何が解るのか私には解らないのだが……。
兎も角、こうなると焦りは禁物だ。まずはいくつかの条件を先に整える必要がある。
私は懸念点とリスク(魔術的なリスクでは無く同性愛的なリスクの方だ)を山瀬君に説明する。
「まずは相手の本名だ。それが解れば他人が対象となる魔術はほぼ成功したと言って良い。」
同性である可能性については納得いっていないようだったが、それでも成功率の話を聞いて山瀬君は不承不承ではあるが本名の確認を了承した。
私だって別段意地悪を言っているのでは無い。
むしろ、早く叶えられるのであればその方が良いと思っている。
だが世の中は往々にして上手く行かないことの方が多いのだ。
依頼者が帰った後、他の部員達とともに帰宅の準備をしていた時、ポケットの中の携帯がメールを着信してブルブルと震えた。
携帯を開いて内容を確認すると、先程の山瀬君……ではなく昨日の依頼者からの連絡であり、その内容は相手の本名が解ったとの報告だった。
その依頼者はネット上でストーカーまがいの人物に付き纏われていたらしい。
流石に相手の情報が何も無いので、本名くらいは解らないかと思っていたのだが、今日、しかも先程、頼みもしないのに本名を教えてきて代わりに依頼者の本名を教えて欲しいと聞いてきたとのことだった。
これで保留状態だった昨日の案件……そのストーカーから依頼者に関する記憶を消去すること……は達成できそうだ。
偶然にも本名どころか相手の顔まで先程把握できたのだ。
手順さえ間違えなければ必ず成功すると私は確信した。