母の日のプレゼント
滅多に連絡のない姉から電話がかかってきた。
「なに?なんかあったん」
あたしは、億劫な声をだす。実際、面倒なんだ。この人は。
『母の日どうするの?』
「どうもしないよ。なんで急にそんなこといいよんな?」
『……ちょっと、会わせたい人がいるのよ』
「へ?……え?何?どういう意味?」
まさか!!ついに!!
『えっと……その、同棲も三年目だし、結婚しようかなぁって……』
「ちょ、ちょっとまて!それを母の日のプレゼントとか言う気じゃ」
『うんそう。言うつもり。さすがにあんた勘がいいわね』
「勘がいいとか悪いとかじゃなくて……」
『とりあえず、一席おねがい。お代はだすからさ』
あたしは、頭を抱える。面倒なことになった。姉は言ったことは実行する。
(片棒かつげってかぁ……)
「母の日っていつだっけ……」
『来週の日曜日』
あたしは受話器を手に天井をみあげぼやく。
「個室とれるかなぁ」
『ああ、それならさぁ前にいったお食事処。みよしだったけ、あそこなら大丈夫じゃない?』
「あ……個室三つだったけど……じゃあ、とりあえず予約いれてみるから」
『ありがとう。あ、当然、同席してくれるわよね』
「えー……送迎じゃダメなの?」
『あたしだけじゃねぇ……あんたのほうが落とせると思うの。ね、お願い』
「……三枚で手を打ってもいいかなぁ」
『えー二枚にしてよ。こっちは往復大変なんだから』
「三枚!!」
『二枚』
「じゃあ、二枚半、それ以上はまけない。あと、当日処置が必要の場合は追加」
『……わ、わかったわよ。うっし、がんばるぞっと。じゃ、そういうことでよろしくね』
あたしは受話器を置いて深いため息をついた。ついでに渋谷区も軽く呪ってみた。いや、それはお門違いだな。とりあえず、予約だ。当日、送迎はやめてタクシーでいこう。
(二枚半じゃぁわりにあわないもんね)
高い酒、全種呑んでやろうとあたしは密かに誓った。
そして、とうとう母の日。
母には食事に行こうと言っておいた。姉たちが来ることは伏せている。お酒が飲みたいから、タクシー使うと言ったら、もったいないあたしが運転すると言う母に、それじゃあ母の日のお祝いにならないからと説得して【お食事処 みよし】にでかけた。
予約の名前をいうとすでに姉たちが着いていることが判明。なので、そこで姉も来てるからと母に一言いうとサンライズねと笑うので、サプライズと突っ込んでおく。通された二階の個室には、姉と姉の恋人、そして見慣れない小さな子供の靴がある。
あたしは嫌な予感がした。たしか、姉の恋人の兄夫婦には息子が一人いたはずだ。そして、去年の年末にその夫婦は事故でなくなり、幼い息子だけが助かったとか……。
母はうれしそうに襖をあけた。
「あらまあ、お友達のお子さん」
そう言いながら、席につく。あたしは……
(この野郎……二枚半で足りんわ!!五枚じゃ五枚っ)
と思いながら、姉を睨む。
「坊や、お名前は?」
母は子どもに夢中だ。
「はい、箕中透です。三歳です!」
「そう、おばちゃんは三枝千春よ」
「え?おばちゃん?おばあちゃんじゃないの?」
透くんは姉を見た。
「これから説明するから、ちょっとまっててね」
そして、母と透くんは首をかしげた。
あたしは、ようやく席に着く。
「もう、何か頼んだの?」
「あ、いえまだです」
「あ、じゃあ、とりあえずビールでいいですよね?光さん」
「はい、すみません」
光さんは、申し訳ないという顔をする。とりあえず、生ビール小四つとアップルジュースを一つ。食べ物は盛り合わせをふた品頼む。注文を終えると、いきなり光さんが土下座した。
(やべ、いきなりかよ!)
まあ、そうした方がいいかとあたしは思った。
「お母さん、黙っててすみません。千恵子さんはわたしがお嫁にもらいました。事後承諾になってしまいまして申し訳ございません」
母は、さすがに度胆を抜かれたようで、言葉を失くしている。あたしも多少の動揺はあった。
「ちょっと……お姉さま……あんた大事なことをだまってたわね」
「だって、結婚したの。あっちゃんのお兄さんたちが亡くなる前だし、向こうはOKだったから。うちは事後承諾でいいとおもったんだもん」
そのタイミングで全員に飲み物がわたる。
母は、ビールを一気に呑んだ。そりゃそうだ。それぐらいの動揺はするだろうさ。何せ結婚相手が女性だもんね。母には理解しがたい話だろう。
「どういうことなの!ちゃんと説明しなさい!千恵子!真奈美も知ってたの!!」
「結婚は知らなかったよ。恋人が同性なのは知ってたけどね」
あたしはしれっと言ってビールを一口呑む。姉は姉でにこにこしながら言う。
「だって、お母さん誰でもいいから結婚しなさいっていったじゃない?だから、一番好きな人と結婚したの。式は海外で二人であげたから、呼べなくてごめんね。でも、ウエディングの写真だけは冊子にしたからあげる。はい」
そういってピンクのふわふわした紙に包まれたアルバムらしきものを、母に差し出した。母が受け取ろうとしないので、姉は怪訝な顔をする。
(こいつ……言うとおりに結婚したから許されたと思ってるな)
姉よ。母の性格を思い出せ。そんなファンシーに包まれた贈り物の中身が娘の同性婚のアルバムだとわかっていて受け取れるような人じゃないぞとあたしは密かに思った。
「要りません。だいたい、結婚て言ったら男性とに決まってるでしょ!なのに、女性ですって前に紹介してくれたときには、友達だっていってたじゃない。それともこれも母の日を盛り上げるための冗談なの!」
「そんなわけないでしょ。お母さん、あたしね。男の人と付き合ったけど、全部ダメだったの。だけど、あっちゃんには何されても平気だし、好きだし、ずっと一緒にいてくれるって約束してってあたしのお願いまできいて結婚してくれたんだから。こんな素敵な人、世界に一人よ。それにほら、欲しがってた孫もできたのよ。透くんはお母さんの孫になるの。あっちゃんのお兄さん夫婦は去年事故で亡くなったから……。あたしたちが育てるの。ね、あたし、お母さんのいったこと全部、はたしたわよ」
姉は全部母の言いつけを守ったのだから、性別くらいきにしないでよと言った。
「いいわけないでしょ。そんな他人みたいな家族で、透くんがちゃんと育つと思ってるの!!」
透君は自分の名前がでて、びっくりした様子なので、大丈夫だよとあたしは笑った。
「何が大丈夫なのよ。真奈美」
「親は無くても子は育つ。だけど子供がいなけりゃ親にはなれない。お母さん、姉さんたちのことは別にゆるさなくていいからさ、その代り非難するのもなしね。夫婦だって他人でしょ。そこから始まった家族なんだから、お姉ちゃんたちだって家族になれるよ。もし、お母さんがお姉ちゃんたちを否定したら、里子や再婚家庭の子供たちに対しても、正しくないっていわなきゃならないわよ」
「そ、そんなよそ様のことなんか……」
「関係なくないよ。今の世の中、いくらでも血のつながらない家族が増えてる。それに、待望のお孫さんだよ。両親を亡くして可愛そうだっていってたよね。その可愛そうな子が新しい家族と生きていくんだから、お祝いしてあげるのが筋じゃない?」
あたしは、母に逃げ道をあげないよう、卑怯ではあるが透君の存在を利用した。
「透は私の籍にいれました。千恵子さんと二人で育てます。ですから、怒るならわたしに怒ってください。二人は悪くありません!」
光さんは土下座したまま、そう言った。
「光さん、顔あげなよ。それじゃあ、顔がみえないよ。お母さんもちゃんと光さんの目をみてやんなよ。こんなに真剣な目を、あたしは見たことないよ」
あたしはできるだけ、ゆるく話す。だが、母は席をたった。そしてアルバムだけうけとると、悪いけど今日は帰るわといって店を出て言った。
「心配ないよ。あれは考えようとしてるお母さんの癖だから」
あたしはそういい、とりあえず食事しようと言った。姉は気楽そうにそうねと笑った。
後日、母は姉たちについてあたしに言った。
「あの二人が結婚したのは、透君のため。そうよ。透君が大人になるための金づるよ!!真奈美、あとで千恵子に言っておいて、盆と正月は三人で返ってきなさいって。あたしが透君のおばあちゃんになってあげるんだから」
「はいはい。伝えておきますよ」
とんでもない母の日のプレゼント。とりあえず、丸く収まったってことでいいんだろうなとあたしはおもった。母は母なりに理解したのだ。それなら、それでいいとあたしは思った。
【終わり】