紙芝居屋の宝石商
僕は宝石商を営んでいます。といっても、店を構えているわけではありません。普段は紙芝居屋として公園で子供たちにお話をしています。ときおり、ふと足を止めてくださるのが、僕の宝石を作るのに最適な方々。今日は逢魔が時のゆれる赤紫の空の下、一人の高校生くらいの少女が足を止めてくれました。
さてさて、彼女が生み出す宝石は……。
◆
友達なんてみんな口先だけ。お互いに牽制しあって、つつきまわす憂さ晴らしの人形を探しているのだ。あたしはあんなやつらと関わりたくない。だから、こちらから近づかないように、関わらないように細心の注意を払っていたのに……。
あたしは今クラス中のいじめのターゲットにされている。あまりにひどいありさまだったから「やめれば?」って言ってしまったのが原因だった。
もともといじめられている子が何かしたわけではない。少しおとなしくて、わりと頼まれると断れないおひとよしのようなところがあっただけ。彼女はそこに付け込まれ、最初はパシリに使われた。間違ったものを買ってきたり、遅かったりしても初めはみんな笑ってゆるしていたけれど、それがだんだんと『愚図だね』とか『頭悪いよ』とか暴言が増えていった。エスカレートするのにそれほど時間はかからなかった。グループ外の人間もだんだんと彼女を軽視するようになった。
(高校生にもなってくだらない)
あたしは幼稚な彼らを、彼女も含めて軽蔑していた。高校生になってまで、いじめなんてつまらないことがよくできるものだと思った。そして、いじめられていた彼女に対しても、降りかかる火の粉くらい払いのけろと内心で思っていたのだ。
あの日は、さすがに目に余った。いつものようにパシリにされ、何かを失敗したらしい彼女は、罰として雑巾を口に入れられそうになったのだ。それに抵抗した彼女に対して、更なる破廉恥な行動を彼女を囲んだ男女がやろうとしていた。
さすがのあたしも、目の前でレイプがおこりそうなのを黙ってみていることはできなかった。だから、言ってしまった。
「やめれば。それ強姦よ」
その瞬間、彼らの中の何かが切り替わったのだ。それから、あたしはまず無視された。これは別に気にもしなかった。あたしはいつも一人だったから。けれど、トイレに入っているときに上から水をかけられた。夏場だったからよかったのか、わるかったのか。着替えるための体操服はどこかに持ち去られていた。しかたなくずぶぬれのまま、授業を受けた。先生は何も言わない。大人はそういう生き物だ。自分の授業さえ滞りなくすめば、それでいいのだ。そうやっているうちに、何度か校舎裏に呼び出しをうけた。もちろん無視した。そんなところにいけば、相手の思うつぼだ。
リンチもレイプもやりたい放題だろう。わかりきった危険な罠にわざわざ行くバカはいない。数日後、以前にいじめられていた子があたしを呼びだした。あたしは、用があるならここで言えばと彼女にいったら、彼女はいきなり泣き出した。
(なんなの?あたしはあんたの身代わりに、今、いじめの被害にあってるんだけど)
ほんの少し怒りがおもてへでてしまった。何かあったとしても、泣くほどのことでもないとあたしは思っていた。けれど、彼女は鬼のような形相であたしの首を絞めはじめた。
「な……なに……」
「あんたのせいで!あんたのせいで!!」
苦しくて、彼女の手を振り払おうとしたけれど、なかなか振り払えない。こんな力があるなら、最初からいじめになんて屈しなければいいじゃないかとあたしはもがきながら思った。
あたしたちはもつれ合うようにして、窓際で止まる。けれど、彼女の手の力は緩まない。そして、衆人環視の中、彼女はつぶやいた。
「あんたがこなかったから、あたしがレイプされた。もうおしまよ。あたしの人生おしまいよ」
怒りと悲しみで醜い形相の彼女をみて、ああとあたしは納得した。この子をいじめていた奴らは、なかなか相手をしないあたしに腹をたてて、この子に八つ当りしたのだと。そしてこの子もまた的外れなあたしに害をなしている。
(どうしてそんなにバカなのよ)
あきれてものも言えないというより、首をしめられて苦しくて文句も言えない。あたしは苦しさからのがれようとして、手を突いた先に何もないことにきずかなかった。
そう、窓が開いていたのだ。そして落ちた。三階の窓から……。
「お嬢さん、水あめはいかがですか」
不意に声がかかってあたしはびっくりして振り向く。そこには古いイギリス映画に出てくるような、ハンティングの衣装をまとった青年がいた。側には時代ががかった古い型の自転車が止めてある。荷台には箱と額のようなものが付いていた。
「ああ、僕は紙芝居をしていたんです。水あめが余っているのでいかがかなと思って。甘いものはお嫌いですか?」
あたしはいいえと棒読みで答えた。そして、人と話すのが久しぶりな気がした。青年は、手際よく箱から水あめを出して、くねくねと二本の棒で、たぶん割り箸だとおもうけれど、それを練ってあたしにくれた。あたしはありがとうございますと礼をいって一口食べる。
口の中に不思議な甘さがひろがった。
(水あめってこんなにおいしかったかしら)
そう思いながら、気が付くと目からとめどなく涙があふれた。それを拭おうとしたとき、青年は失礼と言ってあたしの右目からこぼれた涙をすっと指先ですくい取るように拭った。そして、拭った涙は何故だかわからないけれど赤紫色の石になっていた。
「な……んで……」
「ああ、僕の本業は宝石商でして。それもお客様はちょっと変わった方々なのですよ。それにしても、これは素敵だ。きっと高値がつきますね」
青年は紫色の空にそれを掲げてしげしげと見つめながら言った。
「よくもまあ、こんなに耐え忍ぶ力があるものですね。それでもあなたは憎しみよりあわれみの方がずっとつよいらしい」
そういうと青年はにこりと微笑み、ありがとうございますと言っていつのまにか消えてしまった。あたしは夢でも見たのかと思ったけれど、手には水あめが握られていた。もう一口たべると炭酸でもはいっているようにシュワリと口の中でとけていく。綺麗に食べ終わるとあたりはすっかり暗くなっていた。
翌日、学校は大騒ぎだった。
あたしと彼女が三階の教室から落ちたとき、あたしは右手の骨折と右足の捻挫ですんだけれど、彼女は頭を打ったらしくしばらく意識がもどらなかった。あたしたちは同じ病院へ搬送され、精密検査をうけた。あたしは一週間で退院したが、効き手が使えない状態で学校へ行った。彼女の方は外傷はなかったが、頭をうったせいか、あたしが退院した翌日まで意識がもどらなかったらしい。
学校ではそのはなしでもちきりだった。みんなは好奇の目であたしを見ている。あれは完全に事故だったが、自分の机には人殺しと落書きがあった。
(どこまでも、卑怯で、バカで、どうしようもない)
そう思っていたところに、突然先生に伴われて警察が来た。女性が一人、背広の男が二人。女性はあたしのところへ来て、机をみるなり、器物破損とつぶやいた。そして、あたしを席に座らせると、まるでみんなから守るようにあたしのとなりに立った。
「これから呼ばれたものは、暴行および恐喝の容疑者として同行してもらう」
怖そうな刑事ががつんという。
全員が息をのんだのがわかる。そしてクラスの半分が名前をよばれ、連れて行かれたが、女性警官はあたしの側にいた。しばらく警護につかせていただきますという。何がどうなったのか、尋ねると彼女はにっこりと優しく微笑んだ。
「あなたといっしょに落ちた子が、全部話してくれました。学校ではあなたが彼女を道連れに飛び降りたという話だったんですけど、本人が違うと言ったんです。自分がいじめに会ってレイプされたこと、怒りをあなたにぶつけて首をしめたこと、そして落下したことを。彼女が頭以外無傷だったのは、あなたの体がクッションになったの。幸い落下した場所も土のうえだったから。あなたも彼女も命に別状はなかったというわけ」
「あの子たちはどうなるんですか」
「事情聴取の上で、何人かは家庭裁判所で審判をうけることになると思います。証言の通り、主犯格の女の子の家から彼女をレイプしている画像がでてきました。幸いネットで拡散されていなかったので、すべては匿名報道となるでしょう。ただ、しばらくはあなたに対して過剰な報道の動きがあるかもしれないということで、私が登下校に介添え人のふりをしてお付き合いします。どうぞ、安心してくださいね」
あたしは一気に体の力がぬけたようなきがした。
(彼女は助かったんだ……)
そう思ったら、何か心の重たいものが無くなった気がした。言われたとおり、一週間ほど婦警さんにつきそわれて学校へ通った。学校の方も雰囲気は落ち着いてきた。そして、あたしの生活はいつもの静かな日常へと戻っていった。
◆
「おや、これはまたいい石だね」
「そうでしょう。この間手に入れましてね。どうです。かなり硬度の高い代物ですよ」
陰陽師は手の上で赤紫の石をもてあそぶ。
「よし、買おう」
「毎度あり~」
【終わり】
診断メーカーにて以下からの着想です。
『寂しさや悲しみを集めて作った宝石』を売る商人です。代価は月影の欠片。暇なときは子供に紙芝居をしてあげているようです。お客さんと話すことが好きです。 #幻想商人 http://shindanmaker.com/530426