揺れる行方
連投です。
静かな音楽室でふたり、昼食というシチュエーションはなかなかないんじゃないか。
俺はここ数日、昼休みを満喫していた。
「上杉さんはいつもお母様にお弁当を作ってもらってのですか?」
「んー、いつもってわけじゃないけど大体だね。忙しいときは金渡される感じ」
「私はいつもお弁当だから食堂で食べる機会がないからうらやましいな」
「藤本さんもお袋さんに作ってもらってるの?」
「はい。いつも忙しいんですけど欠かさずに作ってくれてます」
「てっきりシェフとかそんなんに作らせてるのかと思ったよ」
「母は料理得意じゃないんですけど絶対に家族のご飯は私が作るって人で新しいレシピとか失敗したりして毎日はらはらしてます」
そう言って藤本さんは笑う。
「いいじゃんか。俺なんて冷凍食品ばっかりの弁当で手抜きだぜ」
「じゃあこれは私の自慢できるところですね」
「ああ、なかなかできることじゃないから藤本さんはそれだけ大切にされてるんだな」
「少し過保護な気もするんですけどね」
藤本さんは困った顔をする。
「普段は家でなにしてるの?」
「本を読んだり、ピアノを練習してます」
「本っていうとやっぱり漫画とか読まない?」
「あんまり漫画とか読まないですけど好きですよ」
「おお、なら俺のお勧めの漫画とか貸そうか? ハードボイルドものだけど」
「上杉さんが進めてくれるならぜひ読みたい」
「よし次もってくるよ。マジで面白いんだこれが」
「楽しみにしてます」
「ってそろそろ時間があれだしやる?」
最近はぐだぐだと喋っているとあっという間に時間が過ぎてしまう。
俺が気にしないと藤本さんは気をつかってなのかピアノ練習を開始しないので注意している。
まぁ喋ってるほうが楽しいんだけどね。
「やりますか」
藤本さんは残っている弁当を急いで食べ始める。
その姿がハムスターみたいにもしゃもしゃと食べるので思わず俺は笑ってしまった。
「最近。お前どこいってるんだ?」
教室に帰ると竜は少しいらついた声だった。
「お前がいないから俺ひとりで飯が最近多いんだぞ?」
「そんな友達いなかったっけ」
「いつもいっしょに飯食ってた奴がいなくなると普段関わらない奴等のところに絡みに行かなきゃいけないのも大変なんだぞ」
「確かにいきなりお前が入られても困るかもな」
「困るかもなじゃねぇ。どこいってんだお前」
このタイミングで藤本さんとのこと話したら怒るんだろうな。
ここ数日の昼は藤本さんとふたり、音楽室で飯を食べて俺は藤本さんの練習を見ていた。
学園の隠れアイドルとも言える藤本さんとふたりでいたなんて話したら女好きの竜のことだからどうなるか分かったものじゃない。
「ぶらぶら散歩してんだよ」
「嘘だな」
即答だ。
「いやマジで腹へってないからいろいろ歩いてるんだよマジで」
「なんで弁当箱もってるんだよじゃあ」
墓穴った。
「さてお前はなにしてるか話してもらおうか」
ここまで来るとどう誤魔化そうが竜はしつこい。
しかたないから俺はここ数日の出来事を話すことにした。
最初はイライラして聞いていたがだんだん話すうちに顔が無表情になっていく。
怒ってるのか、興味がないのか分からない、
「って感じで最近の昼は過ごしてる」
まとめてある程度話し終えると竜は
「お前、藤本さんが好きなのか?」
まじめな顔して言った。
「いや、気になる子ではあるけど好きかどうかまでは分からない」
すると竜は満面の笑みで
「お前にも春がきたか」
背中をおもいっきり叩いてきた。
「俺はまだしも、お前に浮いた話がないのも寂しすぎたんだよ」
「いや、まだそんなんじゃねーって」
「照れるな、照れるな。完璧にお前、好意よせてんじゃねーか」
べしべしと俺を小突く竜。
非常にうざい。
「まずだな、学園の隠れアイドルである藤本さんとお前がそういう間柄になっていたとはなぁ。というか他の男子が知ったらお前どうなるか分かったもんじゃないぜ?」
確かにファンが多いのは知っているがみなあのお嬢様っぷりに近寄りがたくアプローチしている男子はみたことがない。ただひとりした奴は数秒でノックアウトをくらったらしいが。
「何度も言うがまだ好きかどうかは分からない。というかそこまでいってない」
事実だ。
「いやまぁ俺は見てないからなんとも言えないけど羨ましいぜ。この色男」
竜はよっぽどうれしいのかこの日の帰りもハイテンションだった。
「おっ」
「あっ」
ばったりと廊下で体操服の藤本さんと出会った。
うーん、ジャージ姿だがかなりかわいい。
「これから体育か」
「はい。っていっても見学なんですけどね」
「体調悪いの?」
「ちょっとだけ悪いみたいで」
藤本さんは少しさびしそうな顔をしている。
「そっか。また次に元気でやれるといいね」
「はい」
「合同授業で藤本さんと被ればいいのにな」
「文系のクラスと理系のクラスは被らないですからね」
「いっちょかっこいいところでも見せたいもんなんだけどね」
「ぜひ見たいですね」
「ってもこの時期はマラソンだから俺ダメかも」
「ダメじゃないですか」
藤本さんは笑う。
やっぱり笑った顔は可愛い。
「んじゃあ、またあとで」
「はい、またあとで」
俺たちは別れた。
クソ、よりによって雨かよ。
下校となっていきなり夕立。
頼りにしてた竜は今日に限って家とは逆方向の碁会所に行くと傘を貸してもらえず。
傘をもっていない俺は下駄箱で足止めをくらっているわけだった。
「あれ、上杉さん?」
後ろから呼び止められる。
「藤本さん」
「こんにちは」
藤本さんは横に首を傾ける。
「やあ」
「帰りですか?」
「見てのとおり、傘が無くて帰れないんだけどね」
「この雨ですもんね……」
藤本さんは外の様子をみると雷がなる。
実際、傘があってもずぶ濡れになるぐらいの雨だ。
少し藤本さんは考えているようで、しばらくして
「私、車で帰るんですけど……一緒に帰ります?」
凄いお誘いを受けた。
「ええっ。いいの?」
「上杉さんがよければですけど」
そういえば藤本さんが車で登下校してるのは俺も見たことがあった。
そのときは流石お嬢様と思ったもんだ。
「ぜひともお願いします」
これはありがたいが、しかし俺なんかがいいのだろうか?
「じゃあいきましょ?」
藤本さんは傘をさすと手招きする。
相合傘だ。
これを誰か知り合いにでも見られたら俺いよいよやばいな。
けど関係ねぇ!
「よっしゃ行こう」
気合を入れて俺は藤本さんに寄り添った。
「校門に車が待機してますからちょっと濡れてしまうでしょうけど我慢してくださいね」
「いやいや、むしろ幸せです!」
藤本さんは少し笑うと歩き出す。
あー、なんかいい匂いがするな。
雨の匂いよりずっと藤本さんの甘い匂いが勝って、俺はいままでにない幸福を感じている。
「上杉さんの家ってどこなんですか?」
「え、ああ。町田駅から徒歩数分のところだよ」
「電車登校なんですか?」
「いや自転車。今日はもう自転車じゃあ無理だから本当に助かったよ」
ちなみに俺の学校は私立で近くに駅があるため登校は電車でする人が多い。
俺は30分ぐらいかけて自転車登校をしている。
電車でも通えるが定期代を浮かせているかわりに小遣いを多くもらってるわけだ。
「私のとなりの駅ですね」
「手前の古淵?」
「はい。駅からちょっと離れてるのと親が心配性なので車登校してるんですけどね」
「案外知ってる家なのかもしれないな」
「ふふっ、デカイ家ですからひょっとしたら見たことあるかもしれませんね」
「遠回りになっちゃうけど、平気?」
「車ですし、そんな距離ないのでぜんぜん気にしなくていいんですよ」
「助かるよ」
気がつくと校門までたどり着いていた。
校門の前には高級そうな車がとまっている。
そこには執事姿の男が傘をさしていて俺たちに気がつくと会釈した。
とても様になっている。
しかもぜんぜん若くて顔はかっこいい。
「持田。彼を家まで送ってもいいかしら」
「かしこまりました」
持田と呼ばれた男は頭を下げると後部座席のドアを空ける。
「さぁ、上杉さん乗ってください」
こんな車に乗ったことがないからかちょっと緊張するができるだけ水気を払って俺は乗り込んだ。
うーん、落ち着かない。
隣に藤本さんが乗り込み、持田さんが運転席に座り車は発進する。
「私、こういうふうに誰かと一緒に帰るの初めてなんです。だからなんだかそわそわしますね」
「俺も初めてで同じだよ」
女の子とふたりで下校とかこの学生生活でもうないと思っていたからか落ち着かない。
まぁ高級車でっていうのもあるんだろうが。
「彼は同じクラスの方で?」
ふと持田さんが話しかけてくる。
「いえ、違います」
なんかこの持田って男に警戒されてる気がする。
まぁこんな令嬢だ。そりゃあ当然か。
「彼は大事な友人です。持田は気にしなくていいのよ」
藤本さんはフォローする。
それに対して
「はい」
と返事をするとそれ以降、俺と藤本さんの会話に入ってくることはなかった。
「本当に助かったよ。ありがとう。持田さんもありがとうございます」
無事、俺の自宅までたどり着いた。
「困ったときはお互い様です。それに私も助けられてますし」
「俺なんかしたっけ?」
「いえいえ、気にしないでください。ではまた月曜日に」
藤本さんはそう言って手を振る。
「うん。また」
ああ、いいなこれ。
俺が車から降りると車は発進する。
俺は車が見えなくなるまで見送ったのだった。
次もはやく来週には書き上げたいです