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10月4日~豊橋祭①

「...きっつ」


大学の学園祭なんて楽勝と思っていた時期が私にもありました。

あまりの人の多さに酔いそうだ。

というか、現在進行形で酔ってきている。

気持ち悪い、うっぷ。

豊橋大学に入るまでは順調だった、だったんだ。

豊橋大学のメインストリートであろう大通りは出店と人で埋め尽くされ前に行くのも後ろに下がるのも困難な状況になっている。

回り込もうとメインストリートを避けても人の多さは大差ない。

逆に人の流れが統一されていない分、こっちの方が歩きにくくて仕方がない。

素直にメインストリートを進むんだった。

もがきながらも佳奈姉に指定された場所までたどり着くことができたが、ここまで来るのに体力をそこそこ使ってしまった。

まだ何も始まっていないのに。

取り合えず、佳奈姉に連絡を入れておくか。


~3分後~


「恭くん、お待たせしました」


「思ったよりも早くてビックリだよ」


何処にいたのか分からないが、連絡してからカップラーメンが出来る時間以内で待ち合わせ場所に来るって中々早いほうだと思う。

それに、この人ごみを通ってきたとなるとジオンの赤い水星も驚きの早さだ。

奥村家の長女は化け物か...化け物に近い存在ではあるな。


「さぁ、恭くん、行きましょう」


「行くってどこに?」


「私の所属しているサークルの部室です。財布の入ったカバンを部室に置いているので取りに行かないと...。一緒についてきてもらってもよろしいですか?」


「別にそれはいいけど、部室には俺みたいな部外者が入ってもいいの?」


「私が家族と説明すれば問題ないでしょう」


「そういうもんなの?」


「そういうものです。こういうものは意外と適当...もとい、融通が利くものですから」


佳奈姉、それは融通とは言わない。

ため息を吐きながら佳奈姉の後を追う。

先ほどとは違い佳奈姉といるとスムーズに移動が出来た。

というより、いつも通り佳奈姉の前には開けた道が出来ているおかげだろう。

もう、これに驚かなくなってきた。

俺も佳奈姉に毒されてきた証拠だろう。

そんな嫌な自己分析を行なっている間にサークルの部室前に到着していた。

手芸サークルらしく扉の前には刺繍の入った布...いや、ハンカチが飾ってある。

ってか、佳奈姉手芸サークルに入ってたのか、初耳だ。

というか、ただ俺が佳奈姉に聞かなかったからか。


「さぁ、恭くん、中に入りましょう」


佳奈姉がドアを開けて中へと入っていく。

俺も続いて中に入ると前方から「キャー」という黄色い歓声が上がっているのが聞こえた。

予想はしていたが、やはりここでも佳奈姉は人気らしい。

部員達と一通り話し終え場が落ち着くと佳奈姉が俺の方に向き直り手招きをしてきた。

嫌な予感しかしないが行かないわけにはいかない。

不機嫌そうな顔をしつつ佳奈姉の横に行く。

もちろん部員の皆さんは困惑顔だ。

中には俺のことを睨み付けるように見てくる人たちもいる、まだ何もして無いのに...何かするつもりも無いが。


「佳奈先輩、その人って...もしかして彼氏ですか?」


意を決したように1人の部員が佳奈姉に聞いてきた。

その瞬間、部室に緊張が走った...ような気がした。

というか、よりによって彼氏に間違われるのか。

ここはちゃんと訂正しておかないと誤解を招きかねない。

というのは建前で、俺の身に危険が及びそうなので早く訂正して欲しい。


「ええ、よく分かりましたね。ここにいる恭くんこそが私の彼氏です」


佳奈姉がそういった瞬間、部室の中に嵐が起こった。

泣き出す部員、俺に詰め寄ろうとする部員、どうすれば良いかオロオロする部員、酷い有様だ。

この状況を解決するには佳奈姉に頼るしかない。


「ちょっと佳奈姉、早くさっきのは嘘でしたって言ってよ」


「いいじゃないですか、遅かれ早かれの問題ですよ」


「俺は佳奈姉と付き合う気はないから」


「恭くん、私たちは付き合いが長いですけどいきなり結婚は早すぎる気がします。恋人という掛け替えのない時間を楽しんだ後でも...」


「そういう話をしてるんじゃないから」


「子供は何人欲しいですか?私は最低でも...」


「話を勝手に進めないで、現実に戻ってきて」


「大丈夫です。私は恭くんさえいてくれれば収入面は何とかしますから」


「いい加減なこと言ってるともう俺帰るよ」


「皆さん、聞いてください。一刻を争う事態です」


その後何とか部員たちの誤解を解いて危機を脱出した。

佳奈姉、頼むから初めから真面目にしてくれよ。




「佳奈先輩、今年はミスコン出ないんですか?」

騒ぎが収まり、部室内でお茶を頂いていた最中、部員の一人が佳奈姉にそう尋ねた。

ミスコン、文化祭のショーとしてはメジャーな部類に入るものだろう。

佳奈姉だったら出れば優勝できそうだし、部員の口ぶりからすると去年は出たのだろう。


「うーん、そうですね...」


尋ねられた佳奈姉の返事はあまり歯切れの良くないものだった。

佳奈姉にしては珍しい光景を不思議に見ているとそんな俺を見た佳奈姉が説明してくれた。


「ミスコンといっても今年のは...少し特殊なんですよね」


「特殊?」


佳奈姉から手渡された紙を見てみるとそれは今日行なわれるミスコンについて書かれたものだった。

ミスコンは大学の中央付近にある広場の特別ステージで行なわれるらしい。

その特別ステージでは、ミスコンの他にも学生によるライブや芸人による漫才など様々なパフォーマンスがなされるらしく、ミスコンはそのパフォーマンスを締めくくる最後の演目となっている。


「見て欲しいのは...ここです、ここ」


佳奈姉が指差す項目を見てみると、それはミスコンの参加条件だった。

『男女1名ずつがペアであること』


「これは...つまり...」


「私一人では参加できないんですよね。かといって、特定の誰かを選ぶとそれはそれで角が立ちますし...」


なるほど、今理解した。

佳奈姉は男女共に人気の高い人だ。

そんな人が誰か特定の人とペアを組んでイベントに参加するということは、男性はもちろん、同姓である女性でも角が立ってしまう。

今回はペアを組む者が男性に限定されているため、特に気を使ったのだろう。

佳奈姉は争いを起こすことを好む性格ではないからな。


「けど、何人かの人には声をかけられたんじゃないの?」


佳奈姉の性格を知りつつもこんな美味しいイベントを逃す男性も少ないだろう。

何人かの無謀かつ勇気あるものがいたに違いない。


「そうですね。いるにはいたんですが...」


「いたんですが?」


「50人を越えた辺りから数えるのを止めたので、最終的な数は分かりません」


「50人以上もいたのか...」


「学外の方からも声をかけられました」


「学外の人も参加できるんだ?」


「えぇ、ペアの一人がここの学生...な...ら...」


佳奈姉が突然神妙な顔つきになって俺のことを見始めた。

まるで、ニュートンが万有引力を発見した時のようだ。

知らないけれども...。

けど、こういう場合の佳奈姉は大抵よくないことを言い出す。

長年の付き合いから得た知識と経験がそう語っている。


「佳奈姉...」


「そうですよ、学外の人でも一方が学生なら参加出来るんです。私は何という思い過ごしをしていたんでしょう。えぇ、そうですとも、私が学生ならば恭くんとも参加可能。つまり、家族とペアになることで男性からの角も立たず、女性の期待に応えつつ、私がしたいことも出来る。まさに一石三鳥ではありませんか。我ながら素晴らしい考えです」


「...仮に、男性からの角が立って、女性の期待にも応えられなかったとしたら?」


「だとしても、恭くんと共にイベントに参加できます。一石一鳥、問題なしです」


佳奈姉、そんな慣用句はないし、色々な問題を内包してる気がするんだけど。


「参加するとして、衣装はどうするの?」


ミスコンに参加するなんて思ってもいなかったため、俺も佳奈姉も普段着のままだ。

佳奈姉はそれで良いのかもしれないが、俺が普段着でステージに出ようものなら場違い感が半端ではない。


「問題ありません。こんなこともあろうかと2年前から準備していました」


「どんなことがあれば、こんなことが予想できたんだよ」


ウチの姉が超能力者だった件について...恐い、ただ単純に恐い。


「忙しくなってきました。まずは、あそこに連絡を入れて...」


佳奈姉はもうこっちのことなんかお構いなしに計画を練っている。

これはもう俺と佳奈姉でミスコン出場決定なんですか!?

やっぱり、友也を犠牲にしてでも来なければよかったかもしれない。

いや、その場合、俺が安住によって犠牲者と化すであろう。

...初めから詰んでんじゃねえか。

まだ、豊橋祭は始まったばかりだ。

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