9月25日~笑顔が一番...
「恭くん、恭くん、恭くん」
朝から佳奈姉がおかしい。
いや、ちょっと訂正しよう。
おかしいのは昔からだが今日は普段よりも一段とおかしい。
朝、佳奈姉の恭くんコールで目が覚め食事中も普段の3倍多く話しかけてくる。
いつもなら涼姉あたりが止めてくれるのだが、俺と佳奈姉を除く他3名は徹底して空気になっている。
めんどくさいのは俺に任す気か...冷たすぎるぜ。
あまりにもしつこいので一時的に本屋に出かけ佳奈姉と距離をとることにした。
追ってくるかとも考えたが家事があるためそれはなさそうだ。
最近評判になっていたミステリー小説を買い、近くの図書館で時間をかけてゆっくりと読み進めていく。
今、家に帰ると佳奈姉に絡まれること間違いなしだからな。
家に居場所がないって俺は定年後のサラリーマンかよ、と自嘲しながら時間を潰していると時計の針は16時を指していた。
そろそろ戻るか、そうしないと佳奈姉からの大量メールが届きかねないからな。
友也と18時頃まで連絡無しで遊んで、帰り際にスマホに大量のメールが届いてた時は焦ったな。
ホラー映画並みに焦った。
今回はそんなことは起こらずに家に着くことができた。
さてと...入るの嫌だな。
いつも寝起き食事をする自宅だが今日は一段と入りたくない。
ってか、佳奈姉に会いたくない。
勘違いしてる人もいるかもしれないので言っておくと俺は佳奈姉が嫌いなわけじゃない。
ただ、今日の佳奈姉のテンションは迷惑だ。
何が迷惑かって絡まれる度に俺の体力と精神力を持っていかれるのが迷惑だ。
あー、どうするかな。
このままギリギリまでここで待つ方がいいのかも...
「あっ、恭くん」
「ただいまー」
聞き間違いだと思いたい。
まさか後ろから佳奈姉の声がするなんて。
反射的に家の中に逃げ込んじゃったよ。
恐る恐る後ろを振り返ると買い物袋を手提げた佳奈姉の目が合った。
うわぁー、夕日が霞むほどの眩しい笑顔だ。
「今、お帰りですか」
「そうそう、今帰って来たばっかなんだよ。いやさ、本を買ったのはいいんだけど内容が気になっちゃってさ。我慢できなくて近くの図書館で読んでたんだよ。まだ半分くらいしか読んでないけど先が気になって仕方ないね」
自分でも驚くくらい早口で佳奈姉に話しかけていた。
これは...あれだ。
佳奈姉に話されるくらいならそんな隙を与える暇なく俺が話し続ける戦法だ。
話し続けるのは疲れるが、佳奈姉に話し続けられるより遥かにましだ。
このままあとは自分の部屋まで逃げ切ればミッションコンプリート、俺の勝ちだ。
「晩御飯までまだ時間あるよね、それまで部屋で続きでも読んどくよ」
「分かりました、7時くらいになったら降りてきてくださいね」
「う、うん」
拍子抜けするくらい佳奈姉はあっさりと夕食の準備に行ってしまった。
朝のは俺の気にしすぎだったのか?
女というものは分からん。
取りあえず、回避できたことを喜ぶか。
何を回避したのか分からんが、俺にとって喜ばしくないものを回避できたことは分かる。
今はこの安堵を享受することにしよう。
ああー、生きてるって素晴らしい。
ああー、生きてるって苦しい。
夕食後、目の前に出されたパンフレットを見つめながら先ほどの平和は嵐の前の静けさだと思い知らされた。
パンフレットには、大きな文字で豊橋祭と書かれ周りには色とりどりのイラストがパンフレットに華々しさを演出している。
豊橋とは佳奈姉が通っている大学の名前でありそこから導き出される答えは...。
「恭くん、今年は来てくれますよね?」
ニコニコ顔の佳奈姉が俺に容赦のないプレッシャーを与えてくる。
今年は、と佳奈姉が言っているのは去年は行かなかったからだ。
どんな理由で行かなかったっけ...。
ああ、友也と遊びに行くとか言ってたんだ。
今年もそれ使うと...友也が殺されちゃうかもな、佳奈姉の手によって。
「豊橋祭...いつにあるの?」
「10月2日、3日、4日ですよ」
3日間か...ダメもとで交渉してみるか。
「3日間の中、1日だけじゃダメ?」
佳奈姉は俺の言葉に暫く思案顔をする。
さて...どうなる。
「まぁ、いいでしょう。逃げられたら元も子もないですしね。では、最終日の4日に来てください」
や、やったぞ。
3日間から1日に減らすことができた。
今年の運を全て使い切ったかもしれないがそれでも構わない。
それだけの価値があるのだから。
「それでは、10月4日ちゃんと覚えておいてくださいよ?」
「絶対に覚えておく」
佳奈姉の笑顔が怖いが良しとしよう。
佳奈姉のプレッシャーに俺は勝ったのだ。
10月4日、その日さえ乗り切ればいいだけだ。
大学の学園祭なんて怖くもなんともないぜ。
...今のフラグっぽいかな?