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9月16日~Let`s Start Cultural Festival.弐日目

 今、俺はどんな顔をしているのだろうか。

答えは簡単だ、鏡を見るまでも無い。

...多分、死んだ魚の目をしているのだろう。

昨日の疲れが全然取れない。

今日はしっかり8時間の睡眠を取ってきたし朝には栄養ドリンクも飲んできたのに体の芯が重く感じられる。

それだけ愛が重いのですか、正直笑えないんですけど...。

だが、そんな俺にも仲間がいる。

俺と同じような立場に置かれ同じような死んだ魚のような目を持つ唯一無二の存在。

大友修也、クラスの中で唯一嫁を持つ男だ。

彼も俺と同じく疲れ切った眼で虚空を見つめている。

まだ、劇すら始まっていないのに...。


「修也...昨日はどうだった?」


「...お前はどうなんだよ?」


「......聞かないでくれ」


「...俺も同じ気持ちだ」


心に闇を抱えた人間が2人も誕生してしまった。

いや、考えてみればずっと心の闇を抱えてたわ。

そして、一生抱え続けるだろう。

それは予想ですか?

いいえ、確信です。


「もうすぐ劇の準備ができるので2人とも準備してください」


安住がそう言いつつ修也を無理やり立たせ引っ張っていってしまった。

もう抵抗する気も体力も残っていないらしい。

俺はともかくあいつは仮にも主役だぞ。


「大丈夫なのかよ...」


2人の後を追いながら今更な言葉を呟かずにはいられなかった。





「多いな」


「ああ、思ってたよりも...な」


舞台袖から修也と観客席を覗き見ていたが、これは予想以上に多い。

暗くてよく見えないが後ろの席まで埋まっているようだ。

そして、案の定というか、予想通りというか...。


「佳奈さん、めちゃくちゃいい位置に陣取ってるな」


会場の真ん中よりもちょっと前、映画館なら一番映像と音声が楽しめそうな場所に飛鳥を引き連れて座っていた。

2人の周りは生徒ばかりだ。

だってさ、2人の座ってる場所って。


「あそこは生徒専用の席のはずなんだが...」


何故、あそこに座って誰のお咎めもないんだろうか。

周りの生徒はどうして平静でいられるのだろうか。

あと、何でビデオカメラが2台に増えているのだろうか。

聞きたいことばかりが募る一方だ。


「やばい、ちょっと緊張してきたかも」


主役の修也は体を少し強張らせながら最後の台詞打ち合わせを俺にはまったくといっていいほど関係がない。

緊張も何も台詞が1つしかないんだからな。

ただ一つ、心配ごとがあるとすれば...。


「佳奈姉が暴走しないことを祈るしかないな」


俺の心配を他所にブザーの音が俺たちの劇の開幕をさせた。






『これは、どこにでもあるような学校とどこにでもいそうな少年少女たちが送る日常を...』


と、言うナレーションの声とともに舞台に出来上がった教室へと役者が一人づつ入っていく。

俺も前の人に続き舞台へと足を踏み出し指定された机に座って友達と話をする演技を始める。

最後に安住が教室に入り暫くすると先生役の生徒が学生簿を持って舞台に現れた。


「えー、静かに。今日は転校生を紹介する...入ってきなさい」


そして何故か、口に食パンを咥えながら修也が颯爽と舞台に現れた。

登校中に食パンを咥えた女の子と曲がり角でぶつかる、といったシチュレーションは使い古されているが転校生が食パンを咥えながら教室に入ってくるなんて誰が予想できようか、否出来ず。


「それじゃあ、早速だが自己紹介をしてくれ」


「ふぉい」


ふぉいって...。


「おおふぉもひゅうまでふ、もえふぉふぁっふぉうへぇあふぁふぅうぶふぃほぉほぉふふぃふぇふぁふぃふぁ」


何を言っているのかさっぱり分からん。

ほとんど同じ言葉しか言ってないのでは思えてしまう。

しかし、クラスの生徒役の皆さんは様々なリアクションを取って友也の自己紹介を見ていた。

演技に力が入ってるな、俺も取りあえず頷いておこう。


「あ、あなたは...」


安住が立ち上がり修也を指差す。

曲がり角でぶつかったとか下着を見られた、みたいなラブコメ的展開に...。


「朝、校舎裏で『俺なら出来る、最初が肝心だ。出来る出来る出来る...』って言ってた人」


主人公、残念すぎる。

その食パンは天然じゃなくてネタかよ。

不自然だと分かっててやったなら凄い度胸だな。


「すいません、だれかジャム持ってる人はいませんか?出来ればブルーベリーがいいんですが...」


まだ、そのキャラで押していくのかよ。

もうキャラ付けと知られながらも突き進むその精神力はどこから湧き出てくるのやら。

しかも、ジャムって...持ってるやつなんているわけないだろう。


「それなら...ちょうどここに」


持ってた、安住が持ってた。

何で制服の内ポケットからブルーベリージャムが出て来るんだよ。

しかも、都合よくマーガリンとセットの1食分のやつ。

絶対温いだろ、人肌で温められたジャムなんて誰が欲しいんだよ。


「すいません...僕、マーガリン嫌いなんです」


そこは貰っとけよ。

いくらマーガリンが嫌いでセットでマーガリンが付いてきたとしても好意を無下にすんなよ。

厚かまし過ぎるぞ、この転校生。


『これが2人の最初の出会いだった』


終わったあああああああああああ。

第1部これで終わったあああああああああああああ。

最悪の出会いだろ、ここからどうやっても盛り返せないよ。

しかも、最初の出会いは校舎裏だし。

俺の心の叫びは届くはずもなく照明が暗転し、場面が移り変わっていく。

俺も台本どおり移動し今は舞台裏にいる。

後で教室に入っていくが暫くはここで待機だ。

全員が移動し終わるのを確認すると再びナレーションが言葉を発した。


『それから色々あって...2人は恋人同士になりました』


そこを描けよおおおおおおおおお。

一番気になるところだろうが。

尺の都合上、削らないといけないのは分かるが少しは描写しとかないと観客が置いてけぼり喰らうだろうが。

ほら、見てみろ。

既に観客の3割はポカン状態だぞ。

ってか、7割は付いてこられてるのか。

それはそれで凄いな。


『恋人同士になってから3ヶ月...季節はアスファルトから陽炎が立つほどの熱量が降り注ぐ2月』


季節感を統一させろよおおお。

前と後ろで真逆のことをいってるじゃねーか。

何だ、陽炎が立つほどの熱量が降り注ぐ2月って。

絶対にここ日本じゃねーだろ。

明らかに南半球か赤道直下の国だよ。

明らかに話が入ってこない状況だが再び舞台がライトアップされ、劇が再開される。


「昨日食べた豚足が...」


「大友君、ちょっといいかな?」


安住に呼ばれて教室の端、舞台の上座へと移動する修也。

豚足の件、私、気になります。


「実は私......転校することになりそうなの」


「えっ...」


修也の顔から笑顔が消え表情が固くなった。

それを見て切なそうに目を伏せる安住。

何気に二人とも演技が上手い。

俺や桐原だったらあそこまで上手くはできないだろう。


「じ...じゃあ......」


「うん、引っ越すんだ。ここから遠いところに...」


重い空気が舞台、そして観客席へと流れ込む。

今までが軽いテンポとノリだった分、ここでの重さが想定していたよりも遥かに引き立っている。

いい感じじゃないか。


「そ、それでいつ引っ越すんだ、1週間、1ヶ月後?」


安住は修也の問いかけに無言で首を横に振る。

修也の顔からさらに血の気が失せていく。


「ま、まさか...」


こういう場合は明日とかが相場だよな。

鈴葉が見てるドラマでよくあるシーンだ。

主人公のことを思うがあまり言えずにいる。

鈴葉曰く、乙女心は分からんがそういうもんらしい。

この場合も例には漏れず、そのような展開なのだろう。


「うん、私......あと1年で引っ越さなきゃいけないの」


1...年?

余裕だった、結構余裕持ってたあああああ。

この劇にセオリーは皆無ってことを忘れてた。


「そ、そんな...」


何でそんなショック大きいんだよ。

1年は長いよ、365日もあるんだぞ。

これから思い出を作っていけばいいんだし。

えっ、何で暗転すんの。

何この寂しげな音楽。


『そして、1年が過ぎた』


だから、その区間を演技にしろよおおおおおおお。

脚本、これただ単にめんどくさくなっただけだろう。

きゃ...脚本んんんんんんんんん。。

無性に叫びたくなった、反省はしていない。

台詞1個だったから読み込んでなかったけどこんな台本で進行してたのかよ。

驚きだわ、荒々しさを通り越して1種のジャンルになりかけていることに驚きだわ。

一見、子供の落書きのようなピカソの絵が芸術品として見られるように、この劇もそういうセンスを含んでいると思わずにはいられない。


『卒業式当日』


2年生だった。

何も触れられてなかったから特に考えてなかったけど俺たちの役2年生だったのか。

今、明かされる衝撃の真実。

そして、もはや違和感が無くなりつつある期間のすっ飛ばし。

慣れが恐いです。

舞台の場所は変わらず教室。

けれど、卒業式ということもあり制服の胸には造花が安全ピンで止められている。

暗転のうちに安住は舞台袖に行っていたらしく舞台上には何人かの生徒と修也が談笑をしている場面になっていた。


「でさ、家の裏のニラが...」


「マジかよ、それはEeccentricだったな」


その会話成立してるのか。

っていうかお前、英語の発音物凄くいいな。

流れるような発声だったぞ。

おっと、もうそろそろ俺の出番か。

...よし、行くぞ。


「た、大変だ」


下座からスライディングで颯爽と俺がエントリーする。

...何も言うな、俺は台本どおりにしているだけだ。


「安住がどうしたんだよ?」


「安住が今日の10時の電車で引っ越すってさっき先生が...」


「今何時だ!?」


「9時...33分」


「ここから走っても30分じゃ着かねえぞ」


「俺の自転車を使え」


「君はクラスでもちょっと浮き気味だった桜林くん」


「俺にかまわず早く」


「意味は分からないけど分かった」


修也が桜林から自転車の鍵を受け取り下座へと走っていく。

俺の台詞...最初の2つだけで他のは全部違う役の人の台詞なんだよな。

これくらいなら全部俺に任せてもらってもよかったんじゃないですかねー。

俺の気持ちなんか綺麗に無視して場面は駅へと移り変わっていく。

ここの場面は修也と安住の2人だけのシーンとなっているので他の役者は舞台袖に引っ込んでいる。


「俺に何も言わないで行くなんて酷いじゃないか」


「修也さん」


言ってたけどね、1年前に。

詳細については触れられてなかったしおかしい台詞では...ないのか。

もう何がおかしくてどれがおかしくないのか分からなくなってきた。


「俺...俺まだあの時の...あの時のジャムのお礼何も出来てないんだ、だから行くな」


弱い、圧倒的に呼び止める理由が弱すぎる。

2年間お前は一体何をやっていたのだと...。


「修也さん...でも、私行かないと」


「俺が直ぐに会いに行く、何処に引っ越すんだ?北海道か、沖縄か」


「...ジャマイカよ」


海外だったあああああ。

しかも、コメントに詰まるような場所だ。


「知ってる?ジャマイカってジャガイモの語源よ?」


別れ際に何を言い出すかと思えば豆知識かよ。

ここでそんな豆知識の披露は要らないよ。


「し、知らなかった」


お前も衝撃を受けてる場合じゃないんだぞ。

早く彼女の手を取るなり抱きついたりして無理やりにでも止めろ。


「でも、俺はお前なしじゃ生きていけない。」


流れるような動作で安住の腕を取り、そしてそのまま...。

安住を倒すと、安住の上腕部を自分の両脚で挟んで固定し、同時に手首を掴み、自分の体に密着させ...この技は!?

腕挫十字固だ、こいつ自分の彼女に腕挫十字固を掛けやがった。


「説明しよう、腕挫十字固とは...」


解説まで始まっている。

本気では掛けていないはずだがあれは痛い。

安住もこれには降参するしかない。


「でも、私はお父さんを一人に出来ない」


こんな状況でも演技する安住さん、半端ないっす。

だけど、タップはするんですね。

ちょっと、残念です。


「...どうしても行くんだな」


「...えぇ」


「さよならは...言わないからな」


「私もです」



『2番ホームに列車が参ります、白線の...』



「もう、行かなくちゃ...」


「安住、いや...遥、気をつけてな」


「修也さん...それじゃあ」


「あぁ...」


最後の抱擁をすると安住が上座の方に歩いていく。

悲しいBGMと共に照明が落とされていく。

まさか、これで終わりなのか。

バットエンドではないが、何とも後味が悪い終わり方である。

どうせならハッピーエンドで終わって欲しかったぜ。


『それから5年後...』


!?

あった、まだ続きあった。

神はこの物語を見捨ててはいなかった。

だんだんと照明が明るくなっていきスポットライトの中心にいた役者は...。

オーバーオールを着た安住だった。

...待って、脳が状況を処理し切れてない。

早着替え、背景の絵、陽気なBGM、言いたいことは山ほどある。

が、そんな暇はないらしい。

下座から安住と同じオーバーオールを着た修也が来たからだ。

ここで俺は確信した。

あぁ、神は初めからいなかったんだと。


「遥、やっと追いついたよ」


「修也さん、一体こんなところで何を!?」


「何って、お前を追いかけてきたんだよ」


「えっ...」


「遥、ここで...俺と一緒にこいつを育ててくれないか?」


と言い、修也が差し出したものは


「じゃがいも?」


「そう、じゃがいも。遥、言ってたじゃないか、ジャマイカがジャガイモの由来だって。だからさ、ここでこれをお前と一緒に育てて行けたら幸せだなって...思ってさ」


「修也さん...私、願い事がかなっちゃった」


嘘付けええええええええ。

どこにジャマイカでジャガイモを育てることを夢見る女子がいるんだよ。


「遥、これからはずっと一緒だぞ」


「うん、絶対離れたりなんてしないよ」


えっ、まさか...。


『こうして、修也と遥は遠い地でまた共に暮らすこととなった。2人が大地主になるのはまた別の話...』


終わったああああああ。

オチがあったのかも分からないくらい微妙な終わり方だ。

ああ、幕が下りてくる。

終わっちゃらめぇえええええ。




俺たちはこうして2日目の劇を終えた。

達成感などなく俺に残ったのは累乗していく疲れだけだった。

はぁ、来年はもっと静かに過ごしたい。

...できないでしょうけどね。






「佳奈姉、新しいカメラ買ったの?」


「いえ、買ってませんよ」


「けど、1台増えてたような...」


「あぁ、このカメラは安住さんのです」


「......」


「大友さんの映像を残してくれって、妬けちゃいますね」


どうやら、佳奈姉と安住は同じ属性持ちらしい。

いよいよ、修也の逃げ道がなくなったな。

腕に抱きついてくる佳奈姉を見ながら、俺ももう詰んでるけどなと思わずにはいられない俺であった。


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