9月15日~Let`s Start Cultural Festival.壱日目③
「佳奈姉もう少し頑張って」
肩を貸しながらよたよたと歩く佳奈姉を励ましながら歩くこと10分、ようやく空いているベンチを見つけられた。
佳奈姉をゆっくりとベンチに座らせ鈴葉に水を買いに行かせる。
水を飲むだけでいつもの状態に戻れるとは思わないがやらないよりはマシだろう。
「...大きな星がついたり消えたりしている。...彗星かな......」
「佳奈姉、それだけはやっちゃダメだ」
精神崩壊寸前だと!?
どこまで涼姉に精神を追い詰められたんだ。
一刻の猶予もない状態だ、早く鈴葉のやつ戻ってこないのか。
「お兄ちゃん、水買って来たよ」
「ナイスタイミングだ、鈴葉。早く佳奈姉に水を...」
「分かったよ」
鈴葉はペットボトルの蓋を勢いよく外し水を一切の躊躇なく佳奈姉の頭にぶちまけた。
あっという間にペットボトルに入っていた水は無くなり、代わりに水も滴る佳奈姉ができあがった。
鈴葉の取った行動に絶句である、ドン引きである。
夏ならまだしも(夏だからといって水をかけてもいい道理はないが)今は秋だ。
水を被るには少し季節が遅すぎる。
怒るかと思われたが、意外にも佳奈姉は笑っていた。
濡れた髪をかき上げ、ベンチから立ち上がると「付いて来て下さい」と言って1人歩き出した。
・・・これってかなりやばいんじゃ。
「鈴葉、悪いことは言わない。今すぐ謝りに行くんだ」
「何で、お姉ちゃん笑っていたよ?」
「だからだよ」
佳奈姉の笑顔ほど怖いものは無い。
それが特に、佳奈姉自身に何か害があった場合には目も当てられないことになる。
俺が冷蔵庫に入っていた佳奈姉のプリンを食べた時なんか1時間の膝枕を強要された。
もちろん、俺に拒否権などない。
あの時以来、俺は誰のものか分からないものは食べないようになったのだ。
「お兄ちゃんは心配しすぎだよ、佳奈お姉ちゃんも妹相手にそんな酷いことしないよ」
「お前の目は節穴か!?」
佳奈姉を含めた家の姉妹は相手が誰であれ容赦なく攻撃するような人たちだぞ。
どこかの原住民も真っ青の攻撃性を持った佳奈姉が行き着いた先が・・・。
「・・・プール?」
丹波高校のグラウンドの建設されたプールだった。
25mのコースが6つあるどこにでもあるような一般的な大きさのプールだ。
ここは水泳部員の貸切となっていて基本的に俺たちは入ることはない。
体育で水泳の授業はないし、夏休みも一般に開放されているわけではないので実際に入るのはこれが初めてだ。
いつもは南京錠が掛かっており中に入るのは不可能なのだが、今日は南京錠が掛かっていなかった。
先生が掛け忘れたのかな、と思いながら佳奈姉の手元を見ると外れた南京錠と市販のヘアピンを手にしていた。
・・・もう何も言うまい。
2人の後に続いて入ると塩素の臭いが鼻についた。
もう9月だが比較的に暖かいせいか、まだ水泳部員達はここで泳いでいるようだ。
プールは若干の汚れが見えるものの目立った汚れが無いあたり毎日掃除しているのだろう。
部員の皆さんお疲れ様です。
そんな部員達の努力の結晶に土足で上がりこんでいる俺たちは殴られても文句は言えないな。
俺の思いを知ってか知らずか(多分知らないだろう)佳奈姉たちはどんどんプールの方へと歩いていき、2と書かれた飛び込み台の前で立ち止まるとようやくこちらに振り返った。
その顔は依然として笑顔のままだ。
鈴葉はどこ吹く風のように落ち着き払っているが俺は気が気じゃない。
ああ、俺の寿命が縮んでいく...。
「鈴葉ちゃん、ちょっとこちらへ」
手招きされた鈴葉は何の疑いもなく佳奈姉の元に行く。
その無防備な姿は明日店に出すためにお肉にされるが、それに気づかず飼い主の元へと向かう豚さんのようだった。
立派に生きろよ、鈴葉。
その後、鈴葉の叫び声と少し遅れて大きな着水音が俺の耳に届き、そっと涙を流した。
「うぅ~、下着までビチョビチョだよ」
「自業自得です」
「こればっかりは俺も佳奈姉と同じ意見だ」
「鬼、悪魔、人でな...ハクシュ」
鈴葉の罵倒は自身の盛大なくしゃみによって掻き消された。
「さすがに濡れたままは体が冷えますね」
「だな、風も少し出てきたし」
このままの格好でいれば2人は風邪を引いてしまうだろう。
さて、どうしたものか。
「恭くん、こういう時は人肌同士で暖め合うのが最も良いと聞いたことがあります」
「そうか、じゃあ今すぐに佳奈姉は鈴葉と暖め合うんだ」
「この方法はたぶん間違っています」
心変わり早すぎるだろ。
女同士なんだから別に良いだろう。
けど、改めて考えると俺の場合男同士になるわけか。
...ないな、死んでもないな。
1人で吐き気を催しながら鈴葉のくしゃみで現実へと引き戻された。
「とにかく2人とも着替えないと、俺の教室に体操服が置いてあるから今から持ってくる」
「お兄ちゃん、私のロッカーの中に体操服が入ってるから持ってきて」
「了解した、佳奈姉たちは水泳部の部室をピッキングで開けて入っといて、多分タオル類もあると思うからをれで体でも拭くといいよ」
2人を残し急いで校舎へと向かう。
人ごみの中を縫うように進んで自分の教室まで辿り着くと机の横に掛けてあった体操袋を手に取り、鈴葉の教室へと走った。
教室に飛び込んできた上級生に鈴葉のクラスメイト達は驚いていたがそんなことはお構いなしに『奥村鈴葉』と書かれたネームプレートが貼り付けてあるロッカーを開ける。
「汚っ」
乙女のロッカーを開けて出た一言だと誰が思うだろうか。
だがしかし、これを汚いと言わずして何を汚いと言うのか。
乱雑に積まれた教科書、クシャクシャになったプリント、しわしわの体操服に飴の包み紙まである。
鈴葉のロッカーには小さな混沌が生まれつつあった。
俺はしわしわになった体操服をどうにか取り出しロッカーを閉めた。
中で何かが崩れる音がするが俺には関係の無い話だ。
2人分の体操服を持ち水泳部の部室目指して再び疾走する。
「ほら、2人とも体操服持ってきたぞ」
部室の扉を少し開け2人分の体操服を投げ入れる。
途中で貰ってきた25ℓの黒いゴミ袋も同時に投げ入れたので濡れた服はその中に入れれば良いだろう。
問題があるとすれば...
「鈴葉ちゃん、恭くんの体操服は私が着るんです」
「いやいや、お姉ちゃんに男臭いお兄ちゃんの体操服は着させられないよ。代わりに私の着といて」
「恭くんの匂いがある方がいいんです。それに鈴葉ちゃんの体操服は制汗剤の匂いが強過ぎますし胸がパッツンパッツンになるんで嫌です」
「にゃにおーーー!!」
など、中で佳奈姉と鈴葉の死闘が繰り広げられている。
内容はとても幼稚なものだったが2人は真剣そのものだ。
だって声のトーンがマジだもん。
それから10分後、恍惚の表情を浮かべながら俺の体操服を着た佳奈姉と悔しそうに目に涙を浮かべながらうな垂れる鈴葉が部室から出て来た。
佳奈姉、すっかり元気になったな。
対照的に鈴葉は暗く沈んでしまったが、上手くいかないものだな。
「あぁ、恭くんに包まれているようです」
「発言が変態チックだよ...」
「これ頂いてもいいですか、いいですよね」
「ダメに決まってるでしょ!!」
「心配しなくても大丈夫です、私が使っていたのと交換でいいですから」
「全然大丈夫じゃないよ」
「もしかして...使用済みじゃないと嫌ですか?」
「話を聞いてくれえええ」
最高にハイになった佳奈姉の暴走はいつもより何倍も力に満ち溢れていた。
相手にしてられないと鈴葉の方を向くと思案顔を浮かべていた。
「どうしたんだ?」
「何か忘れてない?」
「何って何ですか?」
「俺も何か思い出しそうなんだけど...」
「「「あっ!!」」」
飛鳥のことすっかり忘れてた。
急いでベンチに戻ると空になった容器と空を見上げる飛鳥と鬼の角を生やした涼姉がいて再度、締め上げられたのは言うまでもない。
こうして、俺の1日目の文化祭は幕を閉じた。
感想?
ああ...本当に疲れたよ。
「今さらだけど、私着替えてからノーブラノーパンだったよ」
「本当に今さらだな」
鈴葉のカミングアウトに冷たく返す俺だった。