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9月15日~Let`s Start Cultural Festival.壱日目②

文化祭が始まり各自がそれぞれの行動に移り始めた。

修也と安住はすでに何処かへ行ってしまい片桐はいつも一緒にいる女子達と回るようだ。

気は進まないが俺も早いところ佳奈姉たちと合流しないといけないな。

佳奈姉に電話をしてみると高等部と中等部を繋ぐ中庭にいるらしい。

そこで待っているように伝えると急いで佳奈姉のもとに向かった。

早く行かないと何を仕出かすか分からないからな、飛鳥じゃ佳奈姉を止められそうに無いし。

中庭に出るとそこは人込みという名の海が広がっていた。


「お...遅かったか」


多分、この人の塊の大半は佳奈姉目当ての人たちだろう。

所々から佳奈様、と呼ぶ声が聞こえてくる。

これは探すのも苦労しそうだが佳奈姉の近くに行くことすら難しいかもしれない。

人ごみを前に立ち尽くしていた時、急に人ごみが動き出し1本の道が目の前に出来た。

何だろうか、と思っているとその道を悠々とした姿でこちらに手を振りながら佳奈姉と飛鳥が歩いてくる。

完全に王様だよ、支配者様だよ。

腰に抱きついてきた飛鳥の頭を撫でながら佳奈姉に対して苦笑いを浮かべる。


「佳奈姉、一瞬モーゼみたいだったよ」


「何です?私の高校時代のあだ名ですか?」


「実際に呼ばれてたの?」


「ええ、一部からは。その後、その人たちがどうなったか知りたいですか」


「いえ、全然、ぜんぜぜぜ全然知りたく無いです」


「そうですか、賢明な判断ですね」


光をなくした目を一転させて元に戻すと俺の腕を取り中等部へと歩を進めていく。


「まずは鈴葉ちゃんの展示でも見に行きましょうか」


妙にご機嫌な佳奈姉に多少の疑問を持ちながらも後に付いていくことにした。

頼むから大人しくしてくれよ、2人とも。





「おっ、3人ともお揃いでいらっしゃい」


鈴葉が所属する教室の前に行くと入り口で受付をしていた鈴葉と居合わせた。

正直、何か問題が起こるかと思っていたけどそんなことは無かったようだ。

文化祭だもんな、誰だって楽しみたい。

無益な争いは何も生まないしな。

佳奈姉たちと教室内に入り鈴葉たちの展示を見学する。


「「「・・・・・・」」」


3人とも声を失った。

飛鳥は元より俺と佳奈姉まで声を出すのを忘れていた。

それは展示内容が素晴らしかったからではなくその逆でとんでもないものだったからである。

展示内容『奥村家のスベテ』

コーナーは大きく分けて3つに分けられており1つ目が奥村家の歴史。

何年に結婚離婚し誰が生まれなどが書かれている。

ここはまあ...まだ許さんでもない。

問題は次だ。

奥村家のプロフィール、個人個人しかもかなり詳細に書かれている。

俺の好きなものがレインボーマウンテンってピンポイント過ぎるんだよ、大好きだけどさ。

さらに次だ!!

何だ、思い出の一枚って。

ただの家族写真じゃねぇか。

あれ、これって俺の赤ちゃんの時の写真じゃね。

......うあああああああああああああああ。

俺が心の中で悶え苦しんでいる隣で怒りを隠しきれないのか佳奈姉がプルプルと震えていた。

飛鳥はどこ吹く風だがこの年は別にこんなの気にしないか。

この展示って俺たちにとっての被害尋常じゃなく大きいんだけど。


「恭くん、ちょっと席を外すので飛鳥ちゃんをよろしくお願いしますね」


「佳奈姉、あれでも妹なんだ...半分くらいで頼む」


「80%の私を見せてきます」


そう言い残し出口へと向かう佳奈姉を見送った。

受付の辺りが騒がしくなったのを俺は聞いていたが無視を決め込んだ。

飛鳥が興味津々で出て行こうとするのを必死に押さえ込んでいると入り口の方から佳奈姉が再入場してきた。

死に体の鈴葉を引きずりながら...笑顔が気持ちいくらいに爽やかだね、佳奈姉。





逝ってしまった鈴葉を俺が背負い佳奈姉に付いていくと校庭に出た。

校庭では高3の人たちが出店する出店が数多くある。

クラス単位で店を出すのではなくグループで出すので1人でも多くのお客を店に呼び込もうとする声で非常に盛り上がりを見せていた。

その中を歩く佳奈姉の周りは案の定人ごみは無く鈴葉を運ぶ身としては非常に楽だがこの注目は勘弁して欲しい。

羞恥プレイはお好きじゃないです。

当人と飛鳥はどこ吹く風だけどな。

本当に...メンタルが鋼以上に硬い人たちですね。

嘘だと思うだろ、あれ俺の家族なんだぜ。


「恭くん、たこ焼きがありますよ。食べませんか?」


「佳奈姉が食べたいのなら買ってきなよ、俺は鈴葉背負ってるからここで待ってるけど」


「分かりました、じゃあ飛鳥ちゃん一緒に行きましょう」


嫌そうな顔をする飛鳥を強引につれて行き数分後、無事たこ焼きを片手に持ちながら帰ってきた。

飛鳥はたこ焼きの屋台の近くにあったのかフランクフルトを頬張りながら戻ってきた。


「どこか座る場所は無いかな?」


ベンチがどこかにあったはずだがこの人ごみの中を食べ物片手に歩き回るのは得策ではない。

折角の熱々のたこ焼きが冷めてしまっては意味が無いからな。

さて...どうするべきか。


「お行儀が悪いですがここで食べちゃいましょうか、偶然にも近くに人がいませんし」


それは多分偶然じゃ無いと思うよ。

そんな俺の思いを知ってか知らずか佳奈姉も飛鳥に劣らないマイペースでたこ焼きを食べ始めた。

たこ焼きから放たれるソースの香りを嗅いでたら俺も食べたくなってきた。

だけど、今は両手が塞がってしまっている。

後で買いに来ればいいか。


「恭くん、あ~ん」


「あ~ん」


んー、このカリトロとソースが食欲をそそるな。

鰹節がコクを出し青海苔の風味が鼻から抜けマヨネーズがいいアクセントになっている。

朝飯は食べてきたがこれなら何個でも食べられそうだ。


「...はっ」


俺は今何をされた。

考え事をしていたあまり他の事に気が回らなかった。

これは...ソースか。

両手が塞がっている俺がソース、つまりたこ焼きを食べる為には...

顔を上げると笑顔のまま爪楊枝を持ったまま固まっている佳奈姉の姿があった。

佳奈姉だけ時が止まっているかのようだ。


「か...佳奈姉?」


反応が無い、生きているのかすら怪しくなってきた。

取りあえず、冷静に対処しよう。

佳奈姉の手からたこ焼きを回収し余っていたもう1つの爪楊枝でたこ焼きを食べる。

うん、やっぱり美味い。

飛鳥も食べたそうにこっちを見ていたので佳奈姉と同じく、あーんで食べさせてやった。

相変わらずの無表情だが多分美味いだろう。


「...恭くんがキュート過ぎて生きるのが辛い」


台詞はともかく佳奈姉も無事生還してきた。

あーんで生死の境目を漂う人は地球広しと言えど佳奈姉くらいではないのだろうか。

色々な意味で人間を止めてるね。


「あー、飛鳥ちゃんだけずるいです。私にもあーんして下さい」


帰ってきたと思ったら今度は駄々をこね始めた。

本当に忙しい人だな。


「佳奈姉はもう大学生でしょ、ほらたこ焼き返すから」


「何ですかそれ、年上差別です。姉としてこの処置に対して断固として撤回と謝罪という名のあーんを要求します」


「差別って何だよ、大体佳奈姉は...って爪楊枝を的確に手の甲に刺すの止めて」


血の出ないくらいな絶妙な力加減という謎技術を惜しみも無く使ってくる佳奈姉に負けた俺は泣く泣く佳奈姉にあーんをすることにした。

俺は文化祭で何をやってるんだろうな。


「はい、あーん」


「あーん」


早っ。

気づいたときにはもうたこ焼きがなくなってたぞ。

どんな反射神経してんだよ。

けど、これで終わりだ。

俺への試練は終わったのだ。


「あーん」


「もう1回なんて聞いて無いんですけどおおおおお」


おお、ブッダよ寝ているのですか。

こんな所業見逃してもいいのですか。

佳奈姉が目を閉じこちらに向かって口をあけて待っているが俺は動けない。

それは佳奈姉のその姿が可愛らしく見とれてしまって動けないという意味ではない。

制服の裾を握られているので動けないのだ。

多分、動くためにはこの制服を破らないとこの佳奈姉の握力からの脱出は不可能だろう。

だって...佳奈姉、余裕でリンゴを握りつぶすんだぜ。

そんな化物からどうやって逃げろというのか。

俺は...無力だ。

吐血しそうな気持ちを抑え佳奈姉に2つ目のたこ焼きを食べさせる。

も、もう無理だ、限界だ。

俺の精神力は既にレッドゾーンを突破している。

これ以上の攻撃は...


「あーん」


オーバーキルだああああああああああ。

何の躊躇もなく死体に銃弾を打ち込んできやがる。

このままじゃ文化祭が終わる前に俺の中の大切な何かが終わりを告げる。

守ったら負けだ、攻めろ。

佳奈姉が目を閉じた隙に残りのたこ焼きを全て自分の口へと運んだ。

口の中が熱さと苦しさで蹂躙されたが佳奈姉へのあーんと比べれば軽いものだ。


「ごめん佳奈姉、たこ焼き全部食べちゃった」


これならいくら佳奈姉といえど手も足も出まい。

何たってたこ焼きそのものが無いんだからな。


「仕方ないですね...」


よっしゃあああああ、佳奈姉が諦めたぞ。

これで佳奈姉へのエンドレスあーんから解放される。


「代わりのたこ焼きをもう1つ買ってきましょうか」


手も足も出ないと思ったら財布から英世さんが出て来た。

佳奈姉、大人気ないよ。

こればっかりは俺も全力で止めにかかる。

このまま行ったら1日たこ焼きを食べて終わってしまう。


「佳奈姉、考え直してお願いだから」


「行かせて下さい、私は恭くんにいっぱい甘えると心に誓ったんです」


「そんな誓いは今すぐ破り捨てろおおおおお」


「嫌ですうううううううう」


「......何をやっているんだ2人とも」


冷ややかな声と共に現れたのは腕に生徒会と書かれた腕章を身につけた涼姉だった。

涼姉の後ろにはお供と思われる生徒会役員が2人いた。

文化祭の見回りの時に偶然見つけたんだろう。

涼姉の出現は俺にとっては地獄に仏だ。


「涼姉、佳奈姉を止めて」


「ん?さっぱり事情が飲み込めないのだが...」


涼姉に今までの経緯を説明すると涼姉の顔が徐々に渋いものとなって行き聞き終えるやいなや俺に向かって言葉を発した。


「それは恭平が悪いな」


「何でえええええええ」


まさかの裏切りだった。

涼姉なら佳奈姉を止めてくれると信じていたのに。


「姉さんにそんなことしたらどうなるか目に見えているだろう」


た、確かに...。

これには俺も反論が出来ない。

俺の不注意で起こったことだしな。

涼姉の言葉を受けて、しょぼーんとしている俺の姿を見た涼姉は顔を赤らめながら「し、仕方ないな...まったく」と言って後ろに待機していた2人を佳奈姉鎮圧に向かわせてくれた。

よく分からないが佳奈姉を止めることができるので涼姉にお礼は言っておこう。

お礼を言ったら顔を真っ赤にしながらモジモジし始めた。

小声で何かブツブツと言っているが小さすぎて聞こえない。

...聞かないんじゃないぞ、聞こえないんだぞ。


「会長、鎮圧終了しました」


佳奈姉の説得(物理)を終えた役員の1人が涼姉の元に帰って来ると赤らめていた顔を引き締めいつも通りのキリッとした表情に戻した。

この間0.7秒の出来事である。


「よし、では姉さんをここまで連行してきてくれ」


「了解です」


役員が走り去り程なくして佳奈姉が連行されてきた。

佳奈姉は先ほどと比べかなり落ち着いた様子で役員の指示に従っている。

俺の口から言わせて貰えばまったくの別人になっていた。


「よし、ごくろう。私は姉さんに事情を聞くためここに残る、お前達は予定通り決められたルートの見回りを頼む」


「「了解しました」」


役員2人がこの場を去ったことを念入りに確認すると涼姉による説教が始まりを告げた。


「姉さん、時と場所を選んでください。盛りのついた犬でももう少しは慎み深く行動しますよ」


「でも、涼ちゃん...」


「口答えしない!!」


「...はい」


それから10分間説教は続き終わることには佳奈姉の精神力は底を尽きかけていた。

佳奈姉キラー涼の誕生だ。

ふらふらとこちらに戻ってくる佳奈姉の姿を見ていると同情すら覚えてしまうくらい足取りが不安定だ。

しばらく休憩が必要そうだ。

だけど、これで佳奈姉の暴走を心配せずに文化祭を回れそうだ。

これにて一件落着だな。


「恭平、お前にも言いたいことがあるから帰ったら覚悟しておくんだな」


全然落着してなかった。

火の粉が降りかかるどころじゃない。

火の玉が俺に襲い掛かってくるレベルだ。

ははは...はぁー。

俺と佳奈姉に攻撃を済ませた涼姉は見回りに戻るらしくずれた腕章を直しながら最後に俺に向かって一言発した。


「背負っている鈴葉だが...既に起きているぞ」


そう言い残すと涼姉は人ごみの中へと姿を消した。


「......」


涼姉の言葉を受け暫らく考えた後、背負っていた鈴葉を容赦なく地面へと落とした。

直後に「ぐへぇ」という鈴葉の声が聞こえてきた。

涼姉の言っていた通り起きていたらしい。

まったく油断も隙も無いやつだぜ。

地面に倒れている鈴葉は無視して今は佳奈姉の介護が先だ。

佳奈姉に肩を貸しながらベンチを探す旅に出かける。




まだ時計は12時を回ったばかりだった。

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