9月14日~文化祭準備始めました②
前に俺の立場は楽だとか言ったよな、あれは嘘だ。
実際にやってみるとこれが超が付くほど忙しい。
基本的には大道具のための手伝い、主に力仕事を行いそして劇の練習が始まると急いでそっちに向かって走り一言だけ台詞を言い後は立ちっぱなしの日々。
家に帰る頃には体は悲鳴を上げており夕飯までソファに倒れこんでいる。
そしてその上に鈴葉が容赦なく圧し掛かってくるので冥土に行くのも秒読み段階だ。
だがそれも今日までの話、明日から文化祭が始まる。
つまり今日でこの作業からも解放されるのだ。
といっても殆ど作り終えているので作業としてはチェックを各自で行っているだけだ。
鼻歌を歌いながらでも余裕の作業だ。
大道具担当が作ったチェック表の最後の枠に確認済みのチェックを入れた時、ポケットの中でスマホのバイブが震え始めた。
この振動は電話か、誰だろう。
ディスプレイを見ると鈴葉という名前と無理やり設定された自画撮りの写真が浮かび上がっていた。
どうして数ある写真の中からダブルピースを選んだのか、未だに謎な一枚だ。
因みに、スマホを持っていない飛鳥以外全員写真付きの連絡先が登録されている。
察しの通り無理やり設定されました。
佳奈姉のだけいつの間にか入ってました。
パスワードロック掛けているはずなのに...。
おっと、そんなことより電話電話。
画面の通話のボタンを押して鈴葉に応答する。
「遅いーーー、妹の電話には3コールまでに取るっていう...」
ブチッ、ツーツーツー。
さてと、チェックも済んだことだし下にある自動販売機で飲み物でも買ってこようかな。
ブーブーと手の中にあるスマホが絶え間なくバイブレーションを引き起こしている。
画面を見るとやはり鈴葉からだ。
嫌々ながら再度通話に応じる。
「何で切るの!?」
「えっ...何となく?」
「疑問系で返してこないでよ」
「うざかったから」
「言い切らないでよ、正直傷つく」
ここでさらに通話を切るという落ちも用意してあったがさすがに可哀想だったのと切ったところでまた掛け直してくるのが目に見えているので止めておこう。
「で、何のようだ?」
俺が話題を切り出すと待ってましたといわんばかりに意気揚々と話し出す。
「ねぇ、お兄ちゃんのところって木材余ってない?」
「木材?こんな時にか」
明日から文化祭が始まるっていうのに...。
「うん、ちょっとだけ木材が足らなくてまだ完成して無いんだ。買いに行く時間も無いし、だがら余ってたら貰おうと思ったんだけど」
「んー、どうだろうな、聞いてみないと分からないけどかなりの確率で無理だと思うぞ」
俺のクラスも中々にギリギリのところでやってるからな。
代表に聞いてみないことには俺にも分からない。
取りあえず聞くだけ聞いてみよう。
「橋本ー、いるか?」
クラス内で名前を呼ぶと端のほうからここだーと言う声と手が見えた。
結構遠いな。
人ごみを掻き分けてようやく大道具代表の橋本のいる所に辿り着いた。
そして、鈴葉との会話の内容を掻い摘んで橋本に話すと渋い顔になりながら唸るような声で話し始めた。
「俺としても佳奈様と涼様の妹君の頼みとあらば全力を持ってお答えしたいのだが時期が時期だ。クラスで余っている木材なんて切れ端みたいなのばっかりでとてもじゃないが使えたのものじゃない」
...様?
この学校には俺の姉や妹を神にでもするという風習でもあるのだろうか。
気になる点はいくつもあるが今は流そう。
後で問いただすからな、橋本。
「そうか、じゃあ仕方ないな」
すまないな、と謝る橋本にお礼を言いながら廊下に出て鈴葉との会話を再開する。
「木材は余って無いそうだ」
「んー、困ったな」
声色からも電話の向こうで困り顔の鈴葉の表情が浮かぶ。
でも、こればっかりはどうしようもないからな。
「ねぇ、お兄ちゃん、その代表って人と1回話がしたいんだけど」
「話なんかしてどうするんだ?」
「いいから、いいから」
渋々ながら鈴葉の言うとおり橋本を廊下に呼び出し電話を渡した。
最初は困惑していた橋本だったが鈴葉と話し出した瞬間、顔色が変わった。
まるで、これから戦場へ向かう戦士の様な勇ましい顔だ。
「...ですが、もう我がクラスには材木が......確かに、可能です。...なるほど、それならばいけるかもしれません。.........分かりました、その願い我が命が燃え尽きるまで尽くすと誓いましょう。...報酬は」
など、年下の鈴葉に向かっての敬語や怪しげな言葉のやり取りを交わした橋本は電話を切ると戦士顔のまま他のクラスへと走っていってしまった。
どうしたというのだろうか。
「あっ...俺のスマホが」
橋本に返してもらうの忘れてた、何だろうこの言葉に出来ない喪失感は。
時間にして30分で橋本は帰ってきた...5人くらい生徒を引き連れて。
「橋本、誰だ後ろの人たちは?」
「こいつらは各クラスの大道具の代表だ...いや、今は戦士といった方が妥当だな」
橋本めちゃくちゃ良い顔してんな。
ついでに後ろのやつらも橋本に負けないくらい戦歴の風格を漂わせて笑っている。
映画のラストシーンみたいだ。
「材木の手はずが済んだ、早速妹君に電話をしてもらいたい」
「電話くらい自分達ですればよかったのに」
今はロック掛けて無いから誰でも自由に使うことが出来るはずだ。
鈴葉の電話番号は既に登録済みなので電話帳からワンプッシュで鈴葉に繋がる。
小学生の飛鳥にさえできる簡単な操作だ。
「我々から電話だなんて恐れ多いことできるわけがない」
高が電話だよ!?
しかし、俺の思いとは裏腹にそんな橋本の言葉に共感してか後ろのやつやが「できるやつは化け物か神に違いない」「か、考えただけでも膝が震えてきやがったぜ」などと言う始末だ。
これは一種の宗教化してしまっている。
俺は今カルト教団が出来ていく工程を見ているのかもしれない。
「おお、凄い凄い」
着いたなり鈴葉は引き連れてきた男子と共に驚いていた。
それもそのはずだ。
文化祭を前日に木材、正確には3本の角材が揃っている。
少し大きさが違うがそれでもよくこの状態を最終日まで保っていられたとしみじみと思う。
「これで問題なさそうですか?」
橋本が俺たちから1歩進み出て鈴葉に問い掛けた。
額には汗が浮き出ておりここからでも橋本の緊張が窺える。
何回も念を押してさらに押し込むようにして言うけど年下だからな。
「うん、バッチリだよ。ありがとー」
満面の笑みでそう言うと引き連れてきた男子と1,2回会話を交わすとテキパキと要領よく自分達のクラスへと運び出していく。
最後の1本が運び出され鈴葉もようやく自分のクラスへと帰ると思っていたが反対にこちらへと寄ってきた。
俺だけがよく分からないといった顔をする中、橋本を含めた6人はこの後に起こることを知っているのかさほど取り乱してはいなかった。
「本当に忙しい中ありがとうね」
「いえ、鈴葉様の頼みとあらば私達はどんな場所へも赴きそしてどのような試練にも立ち向かう所存です」
「「「「「我々は忠実な部下であり従順なる信徒であります」」」」」
なんか...この第三者視点から見るとミュージカルでも見てるみたいだ。
一つ一つが芝居がかっていてどれが本当のことだかよく分からなくなっている。
全部本当の事なんだけどね、現実逃避失敗。
「お礼に例の品持って来たよ、今回は特別にBランクのだよ」
鈴葉の言葉に今まで冷静を保っていた5人がざわめき始める。
「B...Bランクだと」
「俺は夢でも見ているのか」
「くそっ、涙が...涙が止まらねぇ」
もうこうなっては俺にはまったく理解できない、さっきから理解できてなかったけどさ。
もう何も考えたく無いなー、早く終わらないかなー。
俺が無気力症候群になりかけている間に橋本が震える手で鈴葉から茶色の封筒を受け取っていた。
何が入っているのだろうか?
金とも考えたがそんなことでこいつらが動くわけが無い。
果たして何を餌にこいつらを吊り上げたんだ。
興味が沸いた俺は橋本の背後に回りこみ橋本が中身を確認しているのを後ろで盗み見た。
封筒の中身は写真だった。
ただの写真ならまだしも明らかに盗撮写真だった。
っていうか家の家族の写真だった。
「.........」
声が出ないとは正にこのことを言うのだろう。
頭は既にオーバーヒートしており思考が出来ない。
取りあえず、鈴葉の近くに行って...頭を殴った、もちろんグーだ。
「痛い、お兄ちゃん何すんの!?」
「お前は何してんの!?」
家族の写真を餌にするとか正気の沙汰じゃねぇよ。
もうお前の中じゃ何でもありだな。
「だってBランクだよ?」
「そのBランクってのも分かんねぇよ、何だよランクって」
「ランクってのは簡単に言えば写真の希少性だよ。一番下はDでちっちゃく写ったのがそれだね、Cは顔が分かるくらい大きいの、Bが目線がしっかりとカメラの方を向いているのだね、Aは普段目に出来ない写真だよ、水着とかパジャマとか、Sは寝顔だね、これは私含めて3枚しか持って無いんだよおおおおお」
無いん、の時点で鈴葉にヘッドロックを決めた。
こいつは逮捕ものだ、厳重処罰だ。
「つ、ついでにお兄ちゃんのもあるよおおおおおお」
「需要無いだろおおおおおおおおお」
叫び声と共に再度、ヘッドロックを鈴葉に掛ける。
倍プッシュだ、容赦なんてしない。
鈴葉が堪りかねて俺の腕をタップしてきたので仕方なく離してやる。
まだまだ俺の気は晴れてないけどな。
「痛たたた...もうお兄ちゃんは早とちりしすぎだよ。いくらなんでも学校の人にお兄ちゃんの写真をあげないよ」
俺の写真もそうだけど家族の写真を他人に譲渡するなよな。
「だったら何のために持ってんだよ」
「お姉ちゃん達との交渉道具としてええええええええええ」
これには我慢できず鈴葉に対してドロップキックを炸裂させる。
学校の中だろうと相手が女で妹だとしてもこれだけは我慢ならねぇ。
こいつは絶対的な悪の権化だ。
「ふざけんな、今すぐ俺の写真を廃棄しろ。でなければ俺が直々に処分してやる」
「ふっふっふっ、いくら探しても無駄だよお兄ちゃん。お兄ちゃんの写真はお姉ちゃん達の写真以上にバックアップを取って絶対に分からない場所に保管してあるからね」
こ、こいつ...用意が周到すぎる。
まさかここまで読んでいたというのか。
ヤバイ、鈴葉が急に賢く思えてきた。
「というわけで......さらばだ、お兄ちゃん」
陸上部エースの脚力を余すことなく使いきり鈴葉はこの場から去っていった。
もう俺には追いかける気力も体力も残されてはいなかった。
何だろうか、今すぐあの家から出たい。
出たところで俺の居場所を突き止めて住み着くんだろうけど。
あれ...俺の人生詰んでないか。
こうなればもうあれに頼るしかない。
秘儀『ドウニデモナアレー』
俺は考えるのを止めた...。
後日、鈴葉が撮った写真を教師までもが持っていたときにはドン引きを超えた何かになったのは言うまでも無い。