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8月31日~遥かなる記憶⑤

「・・・うっ・・・ん」


柔らかな風と優しい香りで夢から覚めた俺が居たのは寂れた神社だった。

ああ・・・そうか、寝ちまったんだっけ。

今何時だ、とポケットに入っていたスマートフォンを取り出し見ると既に17時を回ろうとしていた。

かなり長い時間寝てしまったらしい、おかげで体中がバッキバッキに凝っている。

それにしても何て夢を見てしまったのだろうか。

遥との出会い、そして今に至る原因を作った夢を何で見てしまったのだろうか。

疲れがピークに達したか・・・。

そう思いながらやっと現実と向き合うことにした。

これも夢なら最高に良いんだが神様はそこまでお人好しじゃないらしい。

端的に今の状況を言おう。

俺が遥に膝枕をされている。

何を言っているのかと思われるかもしれないが実際にそうなのだからこう言うしかない。

遥の笑顔がマジで恐い、本能的に恐怖を感じてしまう。


「よく眠れましたか?修也さん」


「もっと、できれば永遠と眠り続けたかったよ」


「それは私の膝枕が気持ちよかったということで良いんでしょうか?」


「イイデス、ソレデイイデス」


もう遥との会話一つするだけで手汗握る展開だ。

だってこの状況で選択肢1つ間違えるだけでフラグが立つ、もちろん俺を待ち受けるのはデットエンドだけです。

さてと・・・ここからが最大にして最後の難関。

どうやって遥の膝枕から逃れるか、これを成功させるかどうかで俺の生死が決まる。

冗談じゃなく割りと本気で。

精神面の方は見るに堪えないズタボロ状態、これは一刻を争う事態だ。

思ったが吉日、すぐさま俺は行動に移す。


「さて、そろそろ起きるよ」


「もっと寝ていても良いんですよ?」


「いや、本当にもう眠くないし・・・」


「修也さん・・・まだ眠気がありますよね?」


「あ・・・ソウダナ、ネムケガヒドイナ」


作戦失敗、大惨事一歩手前。

どこぞの国の大気汚染問題だとか核兵器問題よりも俺にとってはこっちの方が脅威的過ぎる事この上ない。

この状況で一番最悪と言えるのは解決策が見つからないの一点に尽きるだろう。

時間経過でお茶を濁す手は使えないし実力行使で逃げ出す手段も絶たれているといっても過言ではない。

八方塞という言葉が綺麗に当てはまる形だ。

死刑が執行される前の囚人ってこんな気持ちなのかな、と思考を空の彼方へと逃避させていると遥の手が俺の頬を撫でてきた。

遥の突然の行為に思わず体が竦んでしまう、条件反射って恐いね。


「修也さん、素敵な夢は見られましたか?」


「いきなりどうしたんだよ、夢の話なんて」


「お昼寝している時に表情がコロコロと変わっていたのでもしかしたら夢でも見ているのかな、と思いまして」


やっぱりここ一番は物凄い洞察力を発揮してくるな。

ドンピシャで当たりだよ。


「小学校の時の夢をちょっとだけ」


「そうですか」


そう言うと、遥は遠くを見ながら昔に思いをはせるように目を細めた。

遥もあの時の光景を思い浮かべているのかもしれない。


「今だから聞けるんだけどさ、俺のどこに惚れたの?」


俺がそう聞くと意外そうな顔をして俺のほうへと向き直った。


「前にも言ったじゃありませんか、私のために戦った姿に惚れたと」


「いやさ・・・本当にそれだけなのかと思ってさ」


俺の言葉に遥は少し悩んだ後、言葉を返してきた。


「そうですね、今から思うと出会ったときから少し修也さんに引かれていたのかもしれませんね。それに人を好きと自分で認識できることにはもう恋に落ちているんですよ、それを気づかせてくれたのがあの喧嘩だったわけです」


「人を好きに・・・ね」


俺には物理や化学なんかよりももっと難しい問題だな。

一生掛かっても分かるかどうか分からない。

それだけ人は複雑な生き物だってことかな。


「ところで修也さんは私のこと好きですか?」


「ああ、好きだよ」


「「・・・・・・えっ?」」


今、俺なんて言った?

遥の話半分に聞いてたからよく考えずに言っちまった。

何だろう、すごく間違った答えを返したような気がする。


「修也さん、私・・・今、凄く感動しています」


遥は頬を赤くして涙を流しながら天を仰ぎ見るように両手を空へと掲げた。

まるで目の前にキリストが姿を現したときの信者のようにその瞳は希望と幸福で満たされている。

何を言ったのか分からないがこれだけははっきりしている。

俺はとんでもない事を言ってしまったようだ。

遥の警戒が弱くなっているうちに脱出するしかない。

ガバッと身を起こすとそのまま神社裏から逃走を始める。

チラッと後ろを見るが遥が追ってくる気配は無い。

どうしたというのだろうか、いつもならここですぐさま追ってきてもいいんだけど。

気にするだけ無駄か、取りあえず時間も時間だし家の方向に向かうか。

走って帰った後、しばらくして遥が帰ってきた。

その顔は未だ幸せそうな顔だ。

遥は帰ると直ぐに自分の部屋に行きゴソゴソと何かと取り出してくると俺の部屋までやって来た。


「修也さん、これを受け取ってください」


「ん、何だ?」


何気なく受け取ったものを見てみると久しく見ていなかった紙切れだった。

というか、俺が書けば全てが恙無く終了する婚姻届だった。

ご丁寧に判子まで添えられてやがる、遥ダメな方向に出来る子。


「修也さんが一生愛してくれるって言ってくれたので気は早いですが今のうちに渡しておこうと」


えっ、俺ってそんなこと言ってたの。

遥の目のキラキラ具合が少女マンガの比じゃないぐらい輝いている。

目を凝らせば瞳の中に星が見えそうなくらいだ。


「うっ、一応貰うだけ貰っとくよ」


ここで断ったら遥に何をされるか分かったもんじゃないので自己保身のために一旦この危険物はこちらの方で丁重に保管もとい廃棄させてもらおう。

さらば、何枚目か分からない婚姻届よ。




こうして俺の長くも短い苦痛を大いに伴った夏休みが終わりを告げた。

だけど、遥との共同生活はまだ始まったばかりだ。

これからの生活を考えると胃がキリキリする思いに駆られるが慣れるしか無いだろう。

堪えられる自信が無いがその時には良い医者でも紹介してもらおう。

山奥の遥が来れないような場所をな。


「修也さん、子供は何人欲しいですか?私はですね・・・」



うん、今からでも入院しようかな。

遥の人生設計を聞きながら夏休み最後の夜は更けていった。

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