8月31日~遥かなる記憶④
初めて1万文字も書いた・・・かなりの量になるもんだな~。
安住に学校の裏山の秘密基地を知られてから毎日のようにそこに呼び出されていた。
他の女子の誘いを断ってまでどうして俺に嫌がらせをしてくるのか。
俺と安住との間には前世の因縁的なものがあるのではないかと思うくらいだ。
「で、今日は何すんの?」
ハンモックに揺られながら安住の方を見る。
安住はいつも通り椅子と机を引っ張り出し優雅にティータイム中だ。
今日はカモミールらしい、さっき聞きたくも無いのに散々説明された。
心身の不定愁訴の解消に役立つらしい、そんなもんを飲むくらいなら俺との交友と絶った方が何倍も効能がありそうだ。
「えっと・・・昨日は何をしましたっけ?」
「1人カンフーだよ!!」
某映画スターのようにカンフーを1人でやらされていた。
カンフーなんてやったこともなかったし某映画だって1度も見たことがないのにカンフーをさせるとはこいつは悪魔か。
カンフーを頑張ってやろうとする俺の姿はさぞ滑稽だっただろうよ。
めちゃくちゃ笑ってたもん。
こいつは本当に俺の心に容赦なくナイフを突き立てて来るよな、将来が恐いよ。
「じゃあ、今日は1人相撲を・・・」
「一人相撲って何をすればいいんだよ」
「まずはまわしを穿くところから」
「本格的過ぎるだろ!?」
「そして力水と塩を用意して」
「待て待て待て、俺がするとでも思ってんのか?」
「しないんですか?」
「しないよ、そもそも力水って良く分からないし」
「あれはただの水道水です」
「出鱈目なことを言うな!!」
今すぐに日本相撲協会に謝りに行け。
日本の国技をバカにするな。
「でも、最近相撲協会の汚職が・・・」
「ストーーーーーップ、この話は終わりだ。行き着く先が見えた上にどう足掻いてもいい結果にならない」
安住には恐いものなんてないのだろうか。
・・・・・・無いだろうな。
「そうですね、それでは・・・ん?」
「どうした?」
安住が不自然な話の切り方をしたので俺も気になって安住の視線を追う。
安住が見ている方向は俺たちが来たあの大きな木から通じる獣道だった。
もちろんその獣道に変な所は見当たらない。
いったいどうしたと言うのか。
「静かにしてください、話し声が聞こえます」
「・・・話し声?」
音量を抑えて耳を澄ますと確かに話し声のようなものが聞こえる。
1人ではない、2人・・・いや、もっとか。
声が聞こえてくることも考えるとちょうどあの木の辺りにいるようだ。
ここから距離的にあまり離れていないとはいえよく聞こえたな。
注意してようやく分かる程度なのに。
相変わらず底知れない女だよ。
「こっちに来るみたいです」
「こっちに?」
こっちってことは・・・この秘密基地にか!?
安住以外には誰にも知られていないはずなのに。
「隠れるか?」
幸いここは森の中だ。
隠れられそうな茂みくらいいくらでもある。
相手が誰なのか分からない今、下手に顔を合わせないほうが得策だ。
俺の提案には安住も賛成のようで首を縦に振ると近くの茂みに2人で隠れた。
程なくして秘密基地に現れたのは5人の男子だった。
俺たちと同じく学校帰りのようでまだ胸に名前が書かれたバッチが付けられている。
ただし、バッチの色は白の俺たちと違い赤色だった。
「赤色ってことは・・・6年か」
俺たちの学校ではバッチを見るだけでその生徒が何年生なのか分かるように学年別で色が変えられている。
赤色は6年を表すもので遠目のここから見てもそれは良く分かった。
「多分ですけど付けられてましたね」
「俺たちがか?」
「ええ、そう考えて間違いないかと」
安住の言うとおりあいつらが俺たちを付けて来たとして・・・だ。
6年が俺たちをつける理由は何だ。
俺は6年に喧嘩を売るようなことはして無いし恨まれるようなこともした覚えは無い。
相手の思惑が分からん。
「ボスの登場ですね」
安住の声に顔を上げ茂みから秘密基地の方を見ると奥のほうから他の生徒とは明らかに雰囲気が違うやつが1人出て来た。
体系は大雑把に言えばデブだ。
だが、どこか戦いなれている感がある。
見た目に惑わされて手を抜いたらこっちが痛い目に合うパターンだな。
「アイツが仕切ってんのか」
「そうみたいですね、お知り合いですか?」
「いや・・・初めて見る顔だ」
「では、何の目的でここに来たんでしょうか?」
「さぁ?・・・っと」
リーダー格のデブはここまで来るのに疲れたのか出してあった椅子にドカッと深くまで座るとふぅー、と大きく息をついた。
ここからでも分かるくらい大量の汗をかいている。
まだ、夏が少し過ぎたくらいだがあの汗の量はどうだろうかと思う。
「おい、まだランドセルがここにあるってことは遠くには行ってないはずだ。近くを徹底的に探せ」
息を整えたリーダーはハンモック付近にあった俺たちのランドセルを見ながら取り巻きたちに命令する。
すると取り巻き達が近くの茂みに近づいていき近くにあった棒で茂みの中をガサガサと調べ始めるが俺たちのいる茂みとは見当違いなところなのでしばらくは安心だろう。
「あのデブの言い方からして完全に俺たちを狙ってるな」
「それには同意ですが少し訂正をさせてもらうと俺たちとは言い切れないということです」
「どう言うことだ?」
「あの人たちが探しているのは3パターンあるということです。1つ目が目的があなただけ、2つ目は目的が私だけ、そして3つ目が目的が私達というパターンですね」
なるほど、あいつらが探しているのが必ずしも俺たちでは無いということか。
「それじゃあ、しばらくは様子見だな」
「そうですね、それが安定でしょう」
そう決めて状況を見守っていると、ふとリーダーが机に置いてあった安住のお茶に気づいた。
そして水筒のコップに入っていたお茶を何の躊躇いもなく飲んだ。
・・・飲んだ!?
えっ、あのコップってさっき安住が飲んでたやつだよね。
ってことは、安住とあのデブは今間接キスを・・・。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
はっ、殺気!?
慌てて隣を見ると安住が言葉では表現できないような顔になっていた。
何と言うか・・・混沌としている。
怒り、苦しみ、憎悪などこの世の全ての悪いものを一つに纏めて濃縮させた表情だ。
人類には早すぎた表情だった。
「・・・大友さん」
「ひゃ、ひゃい」
噛んだがこれは仕方が無い。
だって安住の声がいつもと違ってかなりドスの聞いた声になっているのだ。
これとあの顔で言われたら大人でもビビると思う。
「あのデブは山と海・・・どちらにしましょうか?」
「山と海って何の話・・・まさか処分か、処分の話をしているのか!?」
安住のやつ、このままだと本気であのデブを抹殺しに行くぞ。
俺には分かる、この人ならざるプレッシャーはまさに覚悟を決めた者が出せるものだ。
何としてでも安住を止めなければ。
「安住・・・お、落ち着け」
「大丈夫ですよ・・・今なら落ち着いてあいつを消せます」
「それ大丈夫じゃねぇだろ!?」
完全に安住の目が据わっている。
あかん、この女本気やで。
「安住、マジで止めろって、今ならまだ間にあ・・・ぶふっ」
羽交い絞めにしようと飛び掛った俺に安住の肘鉄が鳩尾にクリーンヒットしそのまま倒れこむ。
い、息ができねぇ。
俺が倒れている隙に安住が茂みから飛び出し秘密基地に躍り出た。
・・・近くに落ちてた割と大き目の木の棒を持ちながら。
これには男子生徒たちも驚いたようで時間が止まったかのように動かなくなった。
そりゃそうだろう。
目の据わった美少女が木の棒片手に茂みから躍り出てきたら誰でもそうなる。
安住の攻撃から何とか復活した俺もよろよろとした足取りで安住を追って茂みから出る。
すると今まで安住にうろたえていた男子生徒たちの目の色が変わった。
えっ、何、いきなりどうしたの。
「探したぜぇ、大友修也」
ボスのデブが椅子に座り踏ん反りながら俺の名を呼んだ。
言い方がねちっこいし独特の声色も相まって不愉快極まりない。
隣にいる安住も俺と同じ気持ちらしく端整な顔を歪めている。
「あー・・・俺に何か用ですか?」
取りあえず間を取り繕うと言葉を発した俺だったがその言葉に今度は向こうの方が顔を歪ませた。
特に問題になるようなことは言ってないし声色も普通のつもりだ。
何が気に障ったんだろうか。
「用も何もあるに決まってんじゃねぇか」
デブは立ち上がりながら俺を指差す。
人に向かって指を指すな、俺が先端恐怖症だったらどうする。
・・・そんなことはないんだけどさ。
「最近、転校してきた女子と仲がいいそうじゃねぇか。聞いたぜ、毎日一緒にいるんだってな。おまけにその女子はめちゃくちゃ可愛いんだろ?」
デブの話を聞きながらチラッと安住の方を見ると可愛いと言われてどこか誇らしげだ。
こいつは自分に自信ありすぎるだろう、実際可愛いけどさ。
そんなことを思いながら話を聞き流しているとデブの話が段々とおかしなものになっていった。
「知ってのとおり、俺はこの学校の番長だ、ボスだ、トップだ。だったらさ、お前みたいな弱いやつは強い俺の言うことを聞く義務があるわけなんだよ。・・・だからさ、今すぐその美少女ってやつをここに連れて来い。いるんだろ?まだランドセルがあるんだからな、隠しても無駄だ、さっさと出せ!!」
もしかして安住の事を言ってるのか?
そうだとしたら出せも何も既にお前達の前にいるわけなんだが。
あいつらが気づいてないんだったらわざわざこっちが教えてやる必要も無いか。
そこまで俺は親切じゃないからな。
「何でその転校生を連れてこなきゃいけないんだよ、訳が分からないぜ」
「簡単なことだ。俺は学校一強い男だ、じゃあ、そんな強い男の横には誰が相応しいか考えた。その結果、可愛くて愛想が良くて男を立てて俺を陰ながら支えてくれる女になったって訳だ。その女を転校生にさせようってことだ」
呆れを通り越して同情を覚える。
学校一強いかどうかは知らないが安住はお前が思っているようなやつじゃない。
可愛いのは認めるがそれ以外は全部お前の妄想に過ぎない。
あいつは愛想も良くないし男も立てないし陰ながら支えるような人間じゃない、どっちかというと真逆の女だ。
だが、その真逆の女こと安住は今のデブの発言に恐怖を覚えたらしく俺の後ろへと隠れてしまった。
あんなこと言われたらな、誰でも恐くなるってもんだ。
そんな安住を見たデブは口元をニヤリと歪ませるとさらにこう言った。
「後ろにいるやつも中々可愛いな、お前も俺の付き人になってもらおうかな」
その言葉を聞いた瞬間、安住の体がビクッと跳ねた。
これには俺も怒りに似た感情が胸の中に渦巻いた。
こいつを今すぐにでも黙らせたい。
そんな考えが頭を過ぎった時、付き人の1人がいきなり襲い掛かってきた。
あまりにも突然だったことと咄嗟に安住を守ろうと体が動いたことが重なったため俺は相手の攻撃を顔面で受け止めてしまった。
口の中に鉄の味が広がり口を切ったと自覚する。
取り巻きの攻撃はデブが指示したものらしく「よくやった」とそいつの肩を乱暴に叩いていた。
この瞬間、俺の中の導火線に激怒という名の火がついた。
「安住、茂みに隠れてろ。終わったら呼ぶ」
「えっ、な・・・何をするつもりですか」
「いいから早く行け」
困惑する安住を無理やり茂みに押し込むとデブを含めた6人と相対する。
人数的にはこっちが圧倒的に不利だがその分俺には格闘技の経験がある。
5分5分というところかな。
「そっちが先に手を出したんだ、これは正当防衛だよな?だったら手加減は無しだぜ」
腰を落とし左手を前に突き出し手のひらを相手に向けた状態にする。
その時、右手は極限まで引き拳を作っておく。
まるで矢が発射される前の弓のような力の溜めに相手側は動揺し始める。
あっちには武道に通ずるやつが1人もいないらしい。
それは好都合だ。
武道に限らず勝負事において一番大事なことは初撃を決めることだと俺は思っている。
その初撃がどんなに汚いものでも・・・だ。
「えっ・・・」
取り巻きの一人が指示を仰ぐためかデブの方を向いた瞬間、一気に距離を詰めるとそのまま右手に溜めていた力を相手の鳩尾に向かって何の躊躇いもなく打ち抜いた。
もちろん受身も威力を殺すことも出来なかった相手は地面に倒れそのまま動かなくなった。
失神か気絶でもしたのだろう。
だが、そこで俺の攻撃が終わるわけではなかった。
そのまま近くにいたもう1人の取り巻きの顔に向かって裏拳を叩き込む。
裏拳を叩き込まれた奴は吹っ飛び近くの木にぶつかり目を回してしまった。
これで残りは4人だ。
1人目の不意打ちに驚いていた4人も2人目がやられる頃には落ち着きを取り戻し迎撃体制を整えていた。
デブを中心に扇形に陣形を取った形で俺の出方を窺っている。
この場合だと中央のデブに攻撃した瞬間、左右にいるやつらに囲まれてフルボッコにされるのが分かっているので狙うなら両端のどちらかだ。
どっちを狙う・・・よし、右だ。
さっき不意打ちで2人をノックダウンしたことによって扇形の陣形にバラつきが出ている。
デブの左側には2人いるのに対して右側には1人しかいない。
こっちを狙った方が成功する確率が高いのは言うまでも無いだろう。
あとはどう攻めるかだ。
もう不意打ちは使えない。
だが、正々堂々と正面から行くのは無謀すぎる。
何か使える物は無いか・・・おっ。
俺が見つけたのはいつも安住が愛用している椅子と机だった。
ちょうどその2つは俺とデブたちに挟まれるような状態で置いてある。
これを使わない手は無いぞ。
狙う敵、攻める方法が決まった後はタイミングの問題だ。
今からする作戦は絶対に後に回っちゃ成功しない。
だが焦るな・・・焦りは隙を生み負けに直結する。
集中だ、集中。
「・・・・・・」
「・・・今」
デブが指示を出そうとした瞬間に今いる位置から飛び出すと机に駆け寄りちゃぶ台返しのようにひっくり返した。
そして、机の脚を持ち盾のように構えるとそのまま右にいたやつに向かって躊躇なく突っ込む。
ガッツンと机と何かが衝突した音が聞こえたが構わず押し続ける。
「うおおおおおおおおお」
そしてそのまま木に衝突した机と木に挟まれた何かは「ぐえぇ」と言うと動かなくなった。
その何かとは人間でもちろん生きてます。
「尻尾巻いて逃げるなら今のうちだぞ」
ここまで何とか3人を倒してきた俺だが既に息は上がっておりこれ以上戦うのは中々骨の折れることだった。
なので、一番いい解決策としてこのまま帰ってくれたら一番いいのだが相手の様子からして引きそうにない。
ああ、もうめんどくさい。
リーダーのデブさえやってしまえば後は烏合の衆だ。
ちょちょいのちょいで終わらせてやるぜ。
一人目を倒した時と同じ型を作りリーダーであるデブに向かって一気に距離を詰めると腹に重い一撃をくらわせた・・・はずだった。
デブはよろめきはしたが倒れることはなくそれどころか小学生にしては大きな腕を横薙ぎに振り反撃をしてきた。
これには思わず腕で防御を試みたがガードごと吹っ飛ばされ地面を転がった。
この時に俺は遅すぎた過ちを悟った。
さっきの攻撃は勝負を急ぐがあまり雑すぎた。
型は少し崩れていたし息も上がっていた、集中も切れていたし何より拳が狙った場所に確実に入っていなかった。
全てが中途半端な攻撃があの脂肪の壁を越えられるはずが無いのだ。
だが、今はそんな事を考えてる暇は無い。
早く・・・立たないと。
生まれたての小鹿のように足を震えさせながら立ち上がろうとした時、目の前にスニーカーの先端が映りこんだ。
何も考えず咄嗟の判断で体を後ろに反らすがスニーカーは俺の顎を蹴り上げ俺の体は空中へと浮きそのまま地面へと叩きつけられた。
幸いにも骨は折れていないようだが体中が痛い。
今にも意識が飛びそうだ。
「ほら立てよ、まだ終わりじゃねぇぞ」
取り巻きの二人に無理やり立たされるとそのままデブのサンドバック状態になる。
このままじゃ・・・マジで死んじまう。
死の恐怖が俺の体を包み込んだ瞬間、ぼやけていた意識が覚醒しだした。
こんなやつに・・・一方的にやられていいのかよ。
答えは・・・NOだ!!
デブがもう何発目か分からない拳を振り上げた瞬間に俺を拘束していた一人の脚を踵で思い切り踏み抜いた。
「痛っ!?」
突然走った足の痛みに拘束を緩めた瞬間、拘束から素早く抜け出すと俺を拘束していたやつの腕をそのまま引っ張り元々俺がいた場所に立たせた。
「えっ・・・ぶふぁ」
もちろんデブは急には止まれない。
そのまま拳を取り巻きに浴びせノックダウンさせてしまう。
俺が足を踏んだ取り巻きは今の惨劇を見て震え上がっている。
こいつの援護は絶望的と言えるだろう。
ここからが本当の一対一の勝負だ。
状況は圧倒的に俺が不利だ。
俺がデブの腹に1発だけ入れたのに対しデブは俺に容赦無いフルボッコを仕掛けてきた。
おかげで右目は腫れ上がってよく見えないし体は鉛を流し込まれたかのように重く感じる。
口に溜まった血を唾と一緒に地面に吐き集中力を高める。
同じ過ちは二度と起こさない。
一回殴って分かったがあいつの胴回りに攻撃を入れるのは得策じゃない。
どんなにいいパンチが入ってもその威力をあの脂肪の鎧で軽減されてしまうからだ。
次の攻撃が失敗してあいつから1発貰うようなことがあればその時は俺の完全な敗北だ。
今だって立ってるのがやっとなくらいだからな。
なら・・・狙うのは顔だ。
だかここで顔を狙うに当たって1つ問題が発生した。
拳がどうやってもデブに届かないのだ。
俺の身長は150後半なのに対してあのデブは170は超えているだろう。
この身長差では例え届いたとしても決定打にはなりえない。
何とかしてこの身長差を埋めなければ・・・。
「うおおおおおお」
先に仕掛けてきたのはデブの方だった。
クソッ考えすぎて動きが鈍ったか。
デブの攻撃を転がりながら避けながら足に蹴りを入れるがあまり効果は無いようだ。
やはり顔に一撃入れないと勝てようにないな。
その後も俺はデブの攻撃を避けることに専念し防戦一方の展開になっていく。
あいつを怯ませることができたら・・・。
避けながらも周りに使えそうなものがないか探していると視界にピンク色の物が映った。
あれは確か・・・安住の水筒。
中にはカモミールティが入っていたはずだ。
「・・・やってみるか」
デブの攻撃を紙一重で避けるとそのまま勢いを乗せて地面に転がっていた水筒を拾い上げ蓋を開けるとほんのりとカモミールの香りと湯気が立ち上った。
これからこいつでティータイムといきたいところだが今回はお預けだ。
中身が零れないように細心の注意を払いながらデブへと突っ込んでいく。
「いい加減、くたばれやあああああ」
デブの巨木のような腕を紙一重で避けるとそのまま水筒の中身をデブの顔に目掛けてぶちまけた。
お茶は見事顔に命中しデブは熱さのあまり膝を折り顔を手で覆い隠している。
あらあら何てことでしょう。
ちょうど良い位置にデブの顔が、それに相手は何も見えていないご様子。
これはもう決まったな。
水筒を地面に置くとゆっくりと右腕を引いていく。
こいつには渾身の一撃を入れないと気が済まない。
デブがやっと目が見える程度にまで回復した瞬間、俺の溜めも完了した。
デブの目には今の俺の姿がどんな風に映っているだろうか。
・・・考えるだけ無駄か。
今から直ぐにまた見えなくなるんだから。
「これにて終了だ」
鋭い一撃がデブの顎にヒットし、そのまま脳震盪で後ろに倒れていく。
追撃も出来たが止めておいた。
これだけやれば2度と俺に喧嘩を吹っかけることもないだろう。
「おーい、そこの人」
震え上がっていた取り巻きに話しかけると明らかにビビッた様子でこちらを見てきた。
仕方ないとは自負してるけどちょっと傷つくな。
「寝てる人たち起こしてこのデブ連れて帰ってくんない?」
俺がそう言うと首が千切れるかと思うほどのスピードで上下させると伸びていた取り巻き4人を起こしズルズルと引きずる形でデブを連れ帰っていった。
ふう・・・終わったか。
デブ御一行の姿が秘密基地から消えると同時に体に上手く力が入らなくなってきた。
緊張が解けて体が上手く動かなくなってきたのか。
我慢できず地面に腰を下ろすと顔に何か冷たいものが当たるのを感じた。
「・・・嘘だろ」
空を見上げると鉛色の空から水滴が次々と落ちてきている。
そういえば午後から天気は下り坂だって天気予報が言っていた気がする。
酷くならないうちに雨の当たらない場所まで避難しないと。
よろよろとした足取りで自分と安住の分のランドセルを持ち小屋もどきに投げ入れると自分自身も倒れこむように小屋へと入った。
倒れこむとドッと疲れが体中から噴出し眠気が俺を襲ってきた。
少し雨に濡れてしまったがこれくらいなら精々風邪を引くくらいだろう。
ここは本能に任せて一眠りするか。
雨がブルーシートを叩く心地よい音に眠気を誘われながら俺は深い眠りへと落ちていった。
ポポポポポポ
何やら耳心地の良い音が聞こえてくる。
ああ、そうか俺は喧嘩に勝った後、小屋に入って寝たんだった。
けど、何か柔らかいものが頭に当たってるな・・・それに良い香りも。
「・・・・・・」
まだぼやける目を開けるとそこには安住の顔があった。
っていうか膝枕されてた。
慌てて飛び起きようとしたが体の痛みに耐え切れずもう一度安住の膝に頭を乗せる羽目となった。
「茂みの奥から見てましたよ、修也さんの雄姿」
今、微妙に安住の話し方に違和感を感じる。
何だろうか。
「正直・・・格好良かったです」
ほんのりと頬を赤く染めながら言う安住は凄く・・・可愛く思えた。
そこからしばらく2人の間に沈黙が続き雨音だけが聞こえてくる。
最初に口を開いたのは安住だった。
「修也さんはあの番長?を倒したんですよね?」
「まあ、一応な。正々堂々とは程遠いけど」
「それは向こうも同じです」
大人数で来たことを思い出し少し憤慨する安住に対して苦笑いをしながら宥める。
安住って意外に感情に左右されやすいのな。
「それもそうだな・・・じゃあ、俺の勝ちってことでいいか」
これにて一件落着だな。
負った傷はでかいけど安住に何事も無かっただけ良しとするか。
「ところで修也さん」
「ん?」
「修也さんがあの番長に勝ったって事は次の番長は修也さんですね」
「・・・はい?」
どっからそんな話になったのだろうか。
確かに俺はあの番長(自称)に勝ったが番長の座を賭けて戦ってたわけじゃない。
だから俺が勝とうがあいつが負けようが誰が番長どうこうには関係ないはずだ。
すかさず安住に反論する。
「それとこれとは関係ないだろ?」
「ですけどきっともうあの人は自分を番長なんて言わなくなると思いますよ。それに直ぐに修也さんが元番長を倒したって話も出てくるでしょうし、そうなると修也さんの意思に関係なく修也さんが番長を引き継ぐことになります」
「いやいや、そんなことは・・・」
「無いと言い切れますか?」
・・・言い切れない。
というか、多分安住の思うとおりになる。
噂とかって確信が無くても妙な信憑性があるからな。
俺にその気が無くても番町を倒したから次は俺が番長になるって噂が流れればそれを止める手段は俺には無い。
つまりこれは・・・・・・詰んだ。
「そして2代目番長の修也さんの隣には私が付いています、修也さんの身の回りのことは私にお任せ下さい」
「ちょっと待てもらえますか、安住さん!?」
「安住さんだなんて・・・遥でいいですよ」
「じゃあ、遥・・・じゃなくて、俺の隣にいるってどういうことだ」
「どうもこうもさっき番長が言ってたじゃないですか」
安住・・・いや、遥の周りに花が咲き誇っているかのように満開の笑みを浮かべて
「番長さんの隣には私みたいな彼女が相応しいと・・・」
爆弾発言を降下してきた。
「そんなことは言ってなかったよね!?」
「私のような妻が相応しいと・・・」
「訂正するのはそこじゃないいいいい」
「私のような嫁が・・・」
「全部同じようなもんじゃねぇか!!」
遥はさっきまで敵対していたはずなのに今は一転して俺の未来の嫁になったらしい。
何だこの心の変わりよう。
遥の好感度は100か0なのか。
何と迷惑なキャラなのだろう。
「不束者ですがよろしくお願いします」
「勝手に話が進んでる!?」
こいつは俺の手には負えない。
レベルが違いすぎるぜ。
「お、お前俺のこと嫌いなんじゃなかったのかよ」
慌てて俺は切り札である『俺のこと嫌い』を切り出した。
これなら遥も少しは堪えるはずだ。
冗談ならこれくらいで止めてくれ、頼むから。
「確かに、さっきまでは修也さんのことは好きではありませんでしたが・・・」
遥はそこで一旦言葉を切ると目を俺から外さずにこう言ってきた。
「あんな戦いっぷりを見たら好きになりますよ。だって、修也さんは私のために戦ってくれたんですから」
俺が遥のために戦ったって・・・何だ?
俺は自分の身が危ないと思って遥を茂みの奥に逃げさせて。
遥を茂みの奥に逃げさせて・・・。
逃げさせて・・・庇う?
「確かにそうとも取れるうううううう」
俺は戦いに邪魔だと思って遥を逃げさせたのだが遥かは俺が遥を守るために逃げさせたのだと勘違いしているのだ。
これは不味い、非常に不味い。
この場ではっきりと言わないと後々、めんどくさいことになる。
確信は無いが俺の中の何かがそう俺に告げている。
これが最後のチャンスだぞ、と。
「遥、聞いてくれ」
「分かってますよ、まずは両親に挨拶ですよね」
「ぜんぜん違ううううう」
「あと7年ですか・・・待ち遠しいです」
「7年って何が・・・はっ、俺が18歳になるのがか!?」
「はい、既に人生設計はバッチリです」
「無駄に用意周到だあああああああああああああ」
その後、マジで遥は俺の両親に挨拶をしお返しとばかりに今度は俺が遥の両親に挨拶をしに行く羽目になった。
行動力がありすぎる。
それに何なんだ、俺と遥の両親の態度・・・。
理解良すぎるだろ!!。
話して文句とか反論とか出ると思ったのに「頑張れよ」とか「幸せにするのよ」とか「娘を頼む」とかさ。
大人が小学生にするような会話じゃねぇよ。
もっと全力で止めてくれ。
そして、そこから俺の家と遥の家とが家族ぐるみの付き合いをするようになった。
特に問題という問題はなかったのだが遥の両親に一言だけ言いたいことがある。
毎回会うたびに婚姻届をチラつかせるのは勘弁して下さい。