8月31日~遥かなる記憶③
「では、さっそくお願いします」
安住との勝負に負けたその昼休み、俺は学校を案内しなければならなくなってしまった。
安住は俺に勝ってからというもの超ご機嫌だ。
安住の周りに花が咲き誇っているかのような笑顔を周囲に振りまいているが俺にとっては不愉快の象徴に過ぎない。
美しい花には棘があると言うが安住の棘は俺に深々と物凄い何かを突き立てていったようだ。
だが1回、たった1回安住の言うことを聞けば俺は晴れて解放されるのだ。
自由の身、フリーダムな人生、何と魅惑の言葉だろう。
その為にも今はさっさとこんな茶番を終わらせることが先決だ。
「まずは音楽室から」
「確か東棟の3階ですよね」
「・・・じゃ、じゃあ図書室にでも」
「西棟の二階ですよね、昨日図書カード作りに行って来ました」
「・・・・・・ほけ」
「職員室の隣ですよね」
切れてもいいよね、今なら誰に聞いてもOKと言われる自信がある。
ってか、もう教えることねぇじゃん。
何この理不尽な人。
嫌がらせを超えた嫌がらせだぞ。
「何処を教えて欲しいんだよ、お前は!!」
半ば切れ気味に聞くと安住はご機嫌な声色で
「秘密基地とか他の人は知らない穴場とか知らないんですか?」
と聞いてきた。
「・・・そ、そんなのあるわけないじゃん」
一瞬言葉に詰まったのがいけなかったのか安住は疑い深い目で俺を見てくる。
そんな目で見てくるな。
気分はさながら取調室で取調べを行われてる容疑者の気分だ。
これは嘘の1つも付きたくなる。
「本当のことを言ってください」
「ない!そんな場所この学校には無い!!」
「本当ですか?」
「ああ、嘘付いたら針千本飲んでもいいね」
「いいえ、嘘をついたら海の藻屑になってもらいます」
「嘘付いたときの処罰が現実味を帯びすぎている!?」
どこの闇の組織の手法だよ。
嘘っていうか任務に失敗した時のやられ方だよ。
「とにかく、そんな秘密基地みたいなのなんてないから」
「・・・分かりました、あなたを信じましょう」
紆余曲折はあったものの何とか俺の話を信じてくれるようだ。
それにしても疲れた。
安住と話してると体力を抉られるようにもって行かれる気がする。
激しい運動をしたわけでもないのに体中がダルイ。
昼休みももう10分もないしこれで罰ゲーム終了だ。
今日はさっさと帰ってゆっくりしたいぜ。
教室に戻る途中、安住が見せた嫌な笑顔を俺は見ていなかった。
放課後、俺はすぐに家には戻らなかった。
この時間に帰ると必ずと言っていいほどの頻度で父さんとの修行が始まるからだ。
父さんの仕事は道場を開いて子供や大人相手に格闘技を教えることだが半分は趣味でやっているようなものだ。
親に向かってこんなこと言うのは褒められたことじゃないが言わせてもらおう。
あの人は筋肉バカなのだ。
暇さえあれば腕立て伏せや腹筋をしてるくらいだからな。
おかけで40歳近くになっても体は筋骨隆々のままだ。
運動会で親子参加競技に出た時のあの目立ちっぷりは今でも鮮明に思い出せる。
・・・・・・二度と出てやるもんか。
安住によって憔悴しきった心で帰って父さんの修行と言う名の拷問に耐えられる自信が無い。
なのでここ学校の裏山にやってきた。
地面は舗装されてなく凸凹でちょっと道を外れると木々が乱立するこの場所が俺は好きだ。
夏なんかにはここでセミやカブトムシを探しに来たりするのだがちょっと季節が過ぎた今の時期は鈴虫が時々綺麗な音色を奏でている。
その音色を聞きながら山の頂上を目指し駆けていくと目の前に大きな木が顔を出した。
何の木だったか忘れたが夏頃に咲かす小さな花が綺麗だ。
その木を基点として右奥の獣道に入っていくと開けた広場のような場所に出た。
広さはさほど無いが人目につかない場所と適度な木陰があり俺にとっては十分なくらいのくつろぎ空間になっている。
さらに今年の春ごろからこの場所をさらに心地よくするために家からロープと網を持ってきて簡易性のハンモックや適当に拾ってきた保存状態のいい椅子や机を拾って来たこともあってかこの場所はかなり居心地のいい場所になった。
今日は机や椅子が雨が降ったときに濡れてしまわないようにするため屋根付の物置を作ろうと思っている。
物置といってもそこは小学生ができる範囲内でだ。
ブルーシートを4枚用意しその中の3つをそれぞれ木に括り付けカタカナのコのようにする。
そして最後に残った1枚で上部を隠すと多少の雨風なら防げるくらいの小屋もどきが完成した。
早速そこに椅子と机を入れてみると余裕で入れることができた。
念のため大きめに作ったのが良かったな。
机と椅子はそのまま小屋に入れておき後の時間はハンモックで揺られることにしよう。
さて、今度は何を作ろうか、そんなことを考えながら放課後は過ぎていったのだった。
「静かでいい場所ですね、少し備品が少ないですが気に入りました」
次の日、俺が秘密基地に行くと何故か安住が先に着いていて椅子に座っていた。
隣には机も出されており自前の水筒に入った紅茶を置き優雅に寛いでいる。
この状況には俺も呆然とするしかない。
安住に対して何でここを知ってるんだとか勝手に使うんじゃねぇとか言いたいのだが言葉が喉で引っかかり上手く言葉に出来ない。
しかし、ここで何か言葉を発してもやぶ蛇だと思い思い切って回れ右をし来た道を引き返そうと歩き始めた時、案の定と言うかやはりと言うか安住に止められてしまった。
こいつはあれだな・・・俺の嫌がらせをさせたら日本一、いや世界を狙えるだろう。
「・・・何?」
俺は不機嫌さを隠そうともしないで安住の近くまで行くと安住がまるで怒っているかのような顔をしている。
何故お前がそんな顔するんだよ、怒りたいのはこっちの方だっていうのに。
「秘密基地あるじゃありませんか、この前は無いって言ってたのに。言い訳があるのなら聞きましょう」
「ここは学校の敷地内じゃないだろ?」
「そんな言い訳聞きたくありません」
自分勝手を通り越してただのヒステリックな少女になっていた。
「嘘をついた罰としてもう1回言うことを聞いてもらいます」
「はぁ!?それとこれとは話は別だろ」
「五月蝿いですよ」
安住はどこからともなく木の棒を取り出し俺の足を勢い良く叩いた。
もちろん叩かれた俺は叫びながら地面を転がっている。
もう安住は俺の前では別人だな、もちろん悪い意味で。
「返事は?」
こんなところでNOと言えば再度棒が振り下ろされそして「返事は?」の永遠ループになるに違いない。
確信がある、絶対なる。
「お・・・おけー」
俺の返事に満足した様子の安住は棒を椅子の肘掛に持たれ掛けさせ優雅に紅茶を水筒から汲みなおしていた。
俺の唯一の楽園までもが安住に侵略されてしまった。
俺の自由は何処へ。
結局、安住が帰るまで付き合わされた俺は心身ともにもうボロボロになりながら家へとたどり着く。
今日はさっさと風呂に入って寝よう。
マジで体がもたねぇ。
リビングを開けると父さんが腕立て伏せを行い汗を流しているのが目に飛び込んできた。
父さんの方も俺が帰ってきたのに気づいたらしくこちらを向きながら笑顔でこう言ってきた。
「おっ、修也どうだお前も」
「今日はマジで勘弁してください」
心からの訴えだった。