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8月31日~遥かなる記憶②

うおっ、誰この熱血的な目をした小学5年くらいのショタは。

どこかで見たことがある・・・ってか俺だった。

うわ~子供の時の俺ってこんなんだったのか、何か新鮮だな。

うっ、急に眠気が酷くなってきた。

目の前も靄が掛かったように見えなくなってくるしこれで夢は終わりってことか。

まだ俺はショタの俺を心行くまで見てな・・・zzz。




「安住 遥です。これからよろしくお願いしますね」


黒板に遠くの席の俺からでも分かるくらい綺麗な字で名前を書いた女子は今日転校してきた所謂転校生だった。

最近では子供モデルがあるらしいが転校生の見た目はそんなモデルにも負けずとも劣らないものだった。

艶のある黒髪に上品な言葉遣い、大きな黒目に澄み切った白い肌。

その女子を作り出しているもの全てが一級品であり触れるのすら躊躇らわれるほどだ。

当然のことだがクラス中、男子も女子も関係なくその転校生に黄色い声を上げていた。

彼女も黄色い声に慣れているのか慣れた動作で質問の受け答えをし答えたく無い部分についてははぐらかしたりしている。

彼女はクラス中を見渡しながら俺と目が合うとにっこりと微笑んだ。

理由は簡単だろう。

俺だけが彼女に興味を示していなかったからだ。

俺が転校生が質問攻めにあっていた時考えていたのは昼休みにサッカーをしようか野球をしようかだったからであり今考えているのは給食のデザートは何だっただろうかとまったくもって転校生の彼女のことについて考えていなかったからだ。

彼女にとってみればかなりの屈辱だろう。

きっといたる所で彼女はちやほやされていたことだろう。

いや、きっとなんかじゃない、絶対にされていた。

されていなければ咄嗟にさっきのような受け答えはできない。

つまりこいつはテレビで言うところのスターの立場にいる。

そんなスターが俺の様なただの庶民にこんな態度を取られれば腹の一つ立たなければ気がすまないだろう。

周りのやつらは気づかないかもしれないが俺には痛いくらいに前からプレッシャーを感じる。

チラッと前を見るとやはり俺のほうを見ながら笑顔を崩していなかった。

笑顔のくせに迫力だけは般若のような女だ。

ああ、もうめんどくせぇ。

これ以上、変に腹を立てられても困るので俺は机に突っ伏し寝た振りをすることにした。

触らぬ転校生に祟りなしだ。




「学校を案内してくれませんか?」


給食を食べ終え待ちに待った昼休みが始まる直前、安住が俺の近くにやってきてそう言ってきた。

触らなくても祟りは発動するらしい。

回避不可能攻撃だった。

持っていたサッカーボールを床に落としてしまうほどに衝撃的展開だったことは言うまでも無い。

俺の周りにいる友達も俺と安住を遠巻きに見るばかりだ。

助けは・・・見込めないか。

ここはどうやら自分で道を切り開くしか無いらしい。

覚悟した俺は一言だけ安住に言うことにした。


「嫌だ」


そう言い放った後、遠巻きに見ていた友達に向かって「校庭行こうぜ」、と言って廊下を駆け出そうすると安住が慌てた様子で俺の服を掴んできた。

心底嫌そうな顔をしながら安住のほうを振り返ると安住は唖然とした表情を浮かべていた。

言葉にするなら「えっ、何で私のお願いを聞いてくれないの」顔だ。

きっと今までお願いしたら周りの人間は全部聞いてくれてたんだろうな。

だが、俺はそう簡単にはいかないぞ。


「案内なら俺よりももっと適任のやつがいるだろ?それに俺は今からサッカーしに行くの、だからその手離して」


「嫌です、私はあなたがいいんです」


双方共に引く様子は見られない。

もうここは強行手段を取るしかない。


「うりゃあああああ!!」


服を掴んでいた安住の手を払い床に落ちていたサッカーボールを拾うと学年トップの俊足で廊下を走りぬけた。

俺の行動があまりにも素早くそして大胆だったため教室にいた全員が動けずただただ俺の小さくなっていく後姿を見ることしか出来なかった。

俺の姿が消えてようやくサッカーをしに行こうとしていた男子生徒が動き出したが安住 遥はいつまで経っても動けなかった。



この時の俺はまだ本当の意味で安住の事を分かっていなかった。

安住のプライドの高さを・・・。




その安住のプライドをへし折った1日後・・・。


「勝負です!!」


ビシッと安住に指を指された俺たち、主に俺はポカーン状態だった。

今は体育の時間で担任の急な用事のため自習となった。

なので、クラスの男子はサッカーをし女子は・・・知らない。

多分、どっかの陰で休憩でもしてるんだろう。

・・・でだ。

何故こいつここに来たし。

お前以外女子の姿なんて皆無なんだが。

いや、いることはいるんだがブランコとかそういった遊具の方でこのグラウンド方面には本当に男子しかいない。

よって安住はかなり浮いた状態になっている。

取りあえず、まずは聞かないといけないことがある。


「勝負って何を・・・ってか何で?」


意味の分からない勝負ほど恐いものは無いからな。

ちゃんと納得の行く説明をしてもらわないと。


「もちろんサッカーですよ、サッカーであなたに勝負します。理由としては・・・そうですね、意地ですね」


「意地?」


「はい、ここまで私を貶めたのですから相応の仕返しをさせてもらわないと割に合いません」


全力で言わせて貰おう・・・知らんがな。

完全にそっちの都合じゃねぇか。

俺悪いこと何もしてないよな。


「良く考えて見れば俺はこの勝負に必ずしも乗る必要はないんだよな」


「なっ!?」


これには流石の安住も驚いた。

安住のことだから当然勝負に乗ってくると思ってたんだろう。

嫌だよ、だってこれ絶対めんどくさいじゃん。

やらなくても分かるよ、これは絶対にめんどくさい。


「じゃ、じゃあ罰ゲームを決めましょう」


慌てた安住が放った発言が頓珍漢な発言だったことに俺は顔をしかめる。


「罰ゲーム?」


「そうです。この試合、勝った方が負けたほうに何でも1回命令できるというのはどうでしょうか?」


「えー、それはそれでめんどくさそうだな」


罰ゲームを考えなければいけないのは意外と手間がかかるのだ。

しかも相手はこの安住だ。

下手な罰ゲームを与えたら結局回りまわって俺に攻撃が帰ってくる。

主に女子達の手によって。

安住さん可哀想、とか言って俺を追い込むに違いない。

そんなのは御免こうむる。


「・・・何でも命令していいんだな?」


「公序良俗に反しなければ」


小学5年が公序良俗なんて言葉を使うな。

ほとんどのやつが分からないだろ。


「じゃあ、俺が勝ったら今後一切俺に関わるな」


これなら俺にもプラスに働く罰ゲームだ。

女子達による報復も最低限に済むことだろう。

良く考えた、偉いぞ俺。


「では、それでいいでしょう。早速チーム分けをしませんか?時間が惜しいので」


近くにいたやつとグッパーをして赤チーム対青チームに分かれる。

赤チームは体操服の上からバスケットボール選手が着るような赤色のタンクトップを着る。

青チームは赤色が青色になっただけものを同じように着る。

これで準備は完了だ。

じゃんけんの結果、最初にボールを蹴るのは俺たちのチームになった。

このサッカーでは後半やロスタイムがないのでこの中心から蹴るのは今とゴールを決められた時の2回となる。


「安住には悪いが今回は勝ったな」


そう言いながら俺がキックオフと同時にパスをしたのは俺と最も相性が良い菊池だ。

こいつはサイドから駆け上がるのが上手い。

さらにそこからインにいる俺にパス出しや自分で攻めることも出来るのでこいつ1人がチームにいるだけで戦略がかなり増える。

さらにディフェンスには佐藤、ミットフィルダーには高橋もいる。

俺のクラスでのオールメンバーがこれだけ揃っていて負けるはずがない。

今だったら菊池が上がるはずなのでそれに会わせて俺と高橋が上がり菊池の動き次第で俺たちも動き始めると言ったところか。

菊池が1人2人と抜きインにいる俺にパスを出したその時、今までどこにいたのか気づかなかった安住が姿を現し菊池のパスをカットした。


「なっ・・・」


パスカットに成功した安住はクルリと回り単身でゴール目掛けて走りこんできた。

しまった。

今いる場所からじゃすぐに安住に追いつけない。

少しでも時間を稼いでもらわないと。


「高橋、止めろ」


急いで自陣へと戻りながら俺よりも後ろを走っていた高橋に声を掛けるが安住に追いつけそうにない。

高橋は確かにあまり足が早いほうではないがそれでもだ。

あいつはドリブルしてるんだぞ。

なんて足の早さだ、女子の脚じゃねぇぞ。

ダメだ、高橋の援護は見込めそうに無い。


「佐藤、絶対に抜かせるな!!」


安住VS佐藤の一騎打ち。

安住は左に行くと見せかけるフェイントをし右を抜こうとするが佐藤に阻まれボールを奪われてしまった。

ナイスだ、佐藤。

佐藤は地元のクラブに所属しているので技術はトップクラスだ。

そんな佐藤を抜けるわけがない。

俺たちだって1対1で抜いたことがないんだから。


「カウンターだ、高橋、菊池」


佐藤からボールを受け取りドリブルで中央突破を図る。

安住も自分のゴールを守ろうと走って帰ってくるがもう手遅れだ。

その位置からじゃ完全に間に合わない。

俺、菊池、高橋、俺の順番でパスを回しゴール前までたどり着いた。

あとは枠内に決めるだけだ。


「修也、後ろ!!」


菊池の声にハッと後ろを振り返ると絶対に追いつけないだろうと思っていた安住が直ぐ傍までやってきていた。

ヤバイ、このままじゃ追いつかれる。

安住の運動能力にビビッた俺は半ば無理やりにシュートを放つ。

ボールはガゥンという音を立てゴール上のバーに直撃しゴールには入らなかった。

しかも、最悪なことにバーに弾かれたボールが転がった先が安住の方だった。

これを逃さない安住ではない。


「クソッ・・・」


焦りのためゴールを外した悔しさを顔に滲ませながら安住の背中を追いかける。

が・・・縮まらない。

辛うじて・・・少しずつではあるが距離は縮まっている。

けれど、届かない。

後1歩が遠い、そんな安住の背中を必死に追いかけるがもう半分を切った。


「佐藤、挟み撃ちにするぞ」


佐藤が止め、足が止まったところを俺が掻っ攫う。

これしかない。

安住と佐藤との距離が段々と短くなっていく。

さあ、足を止めろ安住。

そんな俺の思惑とは正反対に安住はスピードを落とさない。

逆に上げて佐藤に迫ろうとしている。

これには佐藤も驚いた。

相手は女子でしかもアイドルのような顔立ちだ。

もし力任せのチャージをして怪我でもさせたら大変なことになる。

それを見越した上でのスピードアップだ。


「さっきと違って隙だらけですよ、佐藤さん」


ふふふ、と令嬢のように笑いながら横を風のように通り過ぎていく安住を佐藤は追いかけることもできなかった。

そして、崩壊した守備陣を尻目に安住は1人で敵陣へと切り込み堂々とゴールをもぎ取ったのだった。





体育の終わりを告げるチャイムが俺にとっての死刑宣告だったのは言うまでもないだろう。

俺は安住という女子の底知れなさをこの時、本当の意味で理解したのだった。

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