8月20日~飛鳥とデート③
水族館の中を一通り見て回った後時計を見るとイベント開始30分前くらいになっていた。
ここからイベントが行われる場所まで10分くらいは掛かりそうなので今ぐらいから動き出してちょうど良いくらいだろう。
「飛鳥、イベントが始まるみたいだから行くぞ」
深海魚に釘付けの飛鳥を半ば引きずるようにして歩かせる。
・・・重っ!!
あまりの重さに驚き後ろを振り返ると飛鳥が全力でイベント会場へ向かうのを拒んでいた。
どんだけ深海魚好きなんだよ。
「後で・・・後でイベント終わったらもう1回見に来よう、な?」
この一言で何とか飛鳥を納得させイベント会場へと行くことができた。
飛鳥の趣味が分からん。
さて、ここでイベント会場について少し説明しておこう。
イベントは水族館の一番奥に設置されている特別ステージで行われることになっている。
このステージは180度どこからでも見える水槽とその上に設置されている白い陸地で構成されている。
そして、このステージ・・・何と外にあるのだ。
水族館のこのスペースには屋根がなく上を見上げれば青い空が堪能できるようになっている。
そのおかげで・・・いや、そのせいで俺たちの肌が絶賛焼かれている。
こんがり上手に焼かれてしまっている。
これだけの暑さだ、飛鳥も相当へばってきてる事だろう。
「・・・ショー、早く見たい」
超絶元気だ。
もう待ちきれないのが手にとって分かるくらい腕をブンブンと上下に振っている。
その度に座っている俺の足に腕が当たり痛いくらいなのだが飛鳥は痛くないのだろうかなどと考えている間にショーが始まった。
「本日は樫百合水族館にお越しくださいましてありがとうございざす。これからの30分間のショー存分にお楽しみくださいませ」
ウェットスーツに身を包んだ女性がマイクを片手に持ちこちらに向かって手を振っている。
その奥ではすでにアシカがスタンバイしておりいつでもショーができる状態だ。
よく見れば水槽の中にイルカらしき影も見える。
準備万端って感じだな。
「それではまずはアシカのアッシーくんとルルちゃんによるボールを使ったショーです」
マイクを持っていないほうの手でボールを掴むとそのままアッシーくんと思われる方へと投げた。
すると、アッシーくんはいとも簡単にその投げられたボールを鼻の先で受け止めその状態を保っている。
おお~、と言う声が観客席から漏れ出すのを聞いたトレーナーがパンと手を叩くとボールを鼻の先で安定させていたアッシーくんが体を上手く使いボールをルルちゃんへと投げた。
もちろん、ルルちゃんもアッシーくんと同じように鼻の先で受け止めその状態を保っている。
それをトレーナーが手を叩く度に交互に行うのを見て俺たち観客は割れんばかりの拍手をした。
飛鳥は興奮のあまり腕を今まで以上に振り下ろしてくる。
これ正直、殴られてるとしか思えない痛さだ。
帰ったらシップでも張っておこう。
その後も、アッシーくん達によるフラフープを使った芸にまた拍手し、トレーナーとのコミカルな芸に笑ったりした。
「さて、続きましてはこのショーのメインイベント、5匹のイルカによる曲芸です」
アシカが完全に裏に下がったのを確認したトレーナーは首元に掛けていた笛を吹いた。
すると、今まで自由に泳いでいたイルカ達がトレーナーが笛を吹いた瞬間、トレーナーの元へと近づいていった。
水の中にいるのにどうやったらあんな小さな笛の音が聞こえるのだろうか?
イルカは超音波で他のイルカとのコミュニケーションを取っていると聞いたことがあるがそれと関係してくるのかな。
トレーナーが5匹全員が集まったことを確認すると後ろに置いてあった箱から少し大きめのフラフープを取り出してきた。
そして、あと1歩踏み出せば水の中に落ちるというところまでいくとそのフラフープを水の上で固定した。
空いている方の手で笛を銜えるとピッと短く音を出した。
音に反応したイルカは5匹とも一斉に水の中へと潜って言った。
観客達が固唾を呑んで見る中、頃合だと思ったのかトレーナーが再度、短く笛を吹く。
すると、1匹1匹順番にフラフープの中を水の中から飛び出し潜って行く。
全てが綺麗にフラフープを潜り終えるとアシカの時とは比べ物にならないくらい大きな拍手と歓声に感情は包まれた。
飛鳥の感情の高まりもピークを向かえる。
バスバスバスバス
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
俺1人だけが拍手も歓声も上げなかったに違いない。
仕方がなかったんだ。
耐え切れないくらい痛いんだ。
足に限らないが一箇所を集中攻撃されるのは体全体をやられるのよりも来るものがあることをこの時に知った。
できれば一生知りたくなかった。
イルカのショー他にもビーチボールを使ったなんちゃってバレーボールやトレーナーとのアクションを披露したりなど飽きが来ない内容となっていた。
そのせいで終始俺への拷問が続いたのは言うまでも無いだろう。
ショーもこれで終わりかと思ったところいきなり軽快な音楽が会場に鳴り出した。
なんだなんだ、と俺たちを含めた観客がステージへと目を向けるとマイクを持ったトレーナーが舞台袖から出て来た。
何が始まるというのだろうか?
「さて、ここでスペシャルイベントです。入場される際に買われたチケットをお持ちでしょうか?」
チケット?
確か・・・財布の中に入れたはずだ。
ポケットから財布を取り出しその中からチケットを探し出す。
あったあった。
これがどうしたというのだろうか?
「チケットの裏をご確認ください。今から私に言われた番号のチケットを持っていらっしゃるお客様は前方に居る係員にまで持ってきてください」
トレーナーが早速手元の小さな紙切れに目を落とし番号を読み上げていく。
0012,1211,2319,3214,3759,5610,7755,8040,9011,9900
・・・・・・あった。
飛鳥のチケットの裏に書かれていた数字が今、トレーナーが言った数字とドンピシャだ。
俺のは惜しくも十の位が違ったが飛鳥のは間違いなく同じだ。
飛鳥もチケットを見て目を丸くしている。
まさか当たるとは思っても見なかったのだろう。
俺も同じだ、飛鳥。
「と、取りあえず前に行くとするか」
周りを見てみると何人か係員の元に集まりかけている。
俺たちも急がないとな。
係員の元へ行くと早速チケットに書かれた番号を確認される。
「・・・はい、番号をお確かめしました。あちらの階段からステージへとお上がりください」
係員の目線を辿ると確かに水槽の端のほうに陸に繋がる1人分の道と階段があった。
座っていた位置からじゃ見えなかったけどあんな風になっていたのか。
係員の指示通りその階段と道を通りついさっきまでショーが行われていた陸へと足を踏み入れた。
水の上にあるがこの陸かなり安定してるな。
・・・そうか、水の上にあるからといって固定されていないとは限らないからか。
そりゃそうだよな。
安定してない上でショーなんてできないよな。
1人納得していると舞台袖の奥からさっきとは違うトレーナーが出て来た。
ただし1人ではない。
トレーナーの後ろからトコトコと歩いてきたのはペンギンだ。
しかも、1匹ではない。
5,6,7,8,9,10匹もいる。
かわいい~、と観客席の人たちも俺たちと同じようにステージにいる人たちも目をハートマークにしている。
「さて、今からステージ上の10組のお客様方には10匹のペンギン達と記念撮影を行ってもらいます」
記念撮影か。
それは最高に付いてたな。
写真という形に残るものがあれば今回の飛鳥の誕生日プレゼントにはもってこいだろう。
あれ、10組に10匹・・・もしかしてこれが10周年記念のイベントなのか。
そうだとすればますますラッキーだな。
間違いなく今年はもうここには来ないだろう。
だとすればこのイベントを受けられるのはこの1回限りとなってしまう。
そんな中1発で当てる飛鳥の運は本当に凄いと思う。
ちょっとでいいから分けて欲しいぜ。
「次の方どうぞ~」
そんな他愛無いことを考えている間に俺たちの番になっていた。
写真の構成としてはペンギン達に囲まれている中の撮影となるらしい。
「飛鳥、何かポーズをとったら?」
無表情のまま棒立ちになっていても写真としては出来栄えはあまり良いものではなくなるだろう。
なので、無表情ながらでも何かしらポージングしていれば少しはマシなものが出来上がるのではないかという淡い期待を込めて言ってみた次第だ。
さて、飛鳥はどんなポーズを取るのやら・・・。
飛鳥はいつも通り仏頂面のまま腕を胸の位置まで上げボクサー選手のように・・・。
「何で、記念撮影のポーズがファイティングポーズなの!?」
ペンギンに周りを囲まれながら中央でファイティングポーズをする小学二年生。
シュールすぎる絵図らだ。
ほら見ろ、写真を撮ってくれるお姉さんも苦笑いじゃないか。
「飛鳥、他のポーズは無いのか?」
ピースとかでいいんだよ。
それ以上は何も望まないよ。
だからお願い、ピースを。
俺の願いが飛鳥に届いたのか右手を顔の位置まで持ってきた。
おお、そのまま人差し指と中指を上げろ。
これまた、俺の願いが届いたのか飛鳥の指がスススと上へと上がっていった。
一つだけ訂正があるとすれば・・・俺の願いは半分までしか届かなかったということだけだ。
「飛鳥、中指だけ上げちゃダメ!!」
どこの不良学生の記念撮影だよ。
しかも、古い。
ネタが古いよ、飛鳥。
何とか飛鳥にピースの形にまで持ってこさせ無事記念撮影を終わらせることができた。
写真は受付の所で帰りにもらえるらしくこのチケットと引き換えに写真がもらえるそうだ。
それまではちゃんと閉まっておかないとな。
財布にチケットを入れたことを確認した後、残り1時間水族館を満喫することにした。
飛鳥との約束どおり時間いっぱいまで深海魚を堪能した後、夕食に間に合うように電車に乗り込んだ。
飛鳥はバスの中で眠ってしまい今は俺にもたれ掛かる形で隣に寝ていた。
今日一日凄くはしゃいでたもんな。
朝もそこそこ早かったし疲れるのは当然か。
受付で貰った写真を見るとなかなか凄いことになっていた。
あの時はあんまり気にならなかったけどこんなにペンギンがいたんだ。
飛鳥の無愛想な顔も相変わらずだな。
いろいろ、主に俺の足が大変だったけどまた飛鳥と2人っきりでどこかに出かけるのも良いかもしれない。
そう思えた1日だった。
「あだだだだだだ・・・」
昨日、念には念をということで特に目立った外傷の無い足に湿布を張って寝たのだが飛鳥の攻撃は思ったよりも強いものだった。
何だこれ、呪いの一種か!?
中身がとてつもないダメージを受けている。
今度から飛鳥を乗せる時はサポーター的なものが必要になるかもしれない。
ってか、今日無事に歩くことができるのだろうか。
早速、日常生活に支障が出た俺であった。