8月4日~夏と言えば・・・
事件は今日の夕方に起こった。
何の変哲も無い夕方。
リビングにはクーラーが掛かっており外の鬱陶しいくらいの暑さを感じさせない。
佳奈姉は大学、涼姉は生徒会の仕事で高校へ、鈴葉は友達とどこかへ遊びに行ってしまった。
リビングのソファで俺が昼寝、飛鳥がテレビを見ているだけなので静かだ。
昼寝をするには申し分ない環境だ。
ああ、最高。
最近、忙しいというか家族に振り回されてばっかだったのでこういった休息も必要だろう。
シエスタ、シエスタっと・・・。
まどろみから本格的に眠りに入ろうとしたところで玄関の開く音がした。
誰だろうか・・・佳奈姉かな。
涼姉は時間が掛かりそうだったし、鈴葉はさっき出て行ったばっかだから消去法でそうにしかならない。
まあ、今から寝る俺からしてみれば誰が帰ってこようが関係ないんだけどね。
それでは・・・お休みなさい。
「恭くん、見てください」
昼寝すら自由にさせてもらえないんですか。
完全に寝ようと思っていたので体中がダルさで満たされている。
これは・・・あれだ。
寝たふりをしよう。
スースーと迫真の寝たふりをする俺に佳奈姉が近づいてくるのが見なくても気配で分かる。
「あれ、寝てるんですか?」
ええ、寝ています。
だから、俺を無闇に起こしたり俺の眠りを邪魔するのだけは勘弁してくださ・・・。
「・・・えい」
「ぐほっ」
まさか・・・思わないじゃないか。
佳奈姉がいきなり俺に飛び乗ってくるなんてさ。
めちゃくちゃビックリした。
眠気が一気に覚めるほどに。
「あれ・・痛かったですか、それほど体重があるわけではないんですが」
痛くは無いがいきなり腹部に衝撃が来たら誰でも飛び起きると思うぞ。
実際、俺が飛び起きてるわけだし。
目を擦りながら馬乗りになっている佳奈姉の顔を見る。
頬が赤いのは外が暑かったからだと信じたい。
息が荒いのは走ってきたからだと思いたい。
眼がトロンとしているのは眠たいんだと断言してもらいたい。
「いつも思ってましたけど、やっぱり馬乗りって色々とくすぐられるものがありますね」
本能的に危機を悟った俺の体は意思とは無関係に佳奈姉から距離を取った。
佳奈姉の馬乗りから抜け出しソファから立ち上がり5mの距離と取るまでの速さ、何と5秒。
俺も何かと進化してるのね。
原因が家族ってのが気がかりなところだけど・・・。
「もう、恭くん、冗談ですよ、じょ・う・だ・ん」
「何が、どれが!?」
馬乗り、発言、雰囲気、どれを取ってもガチでマジだったじゃねえか。
「信じてませんね」
佳奈姉はジト目で俺のことを見てくる。
そんな発言と行動をしておいて信じろと言う方が無理な話だろう。
「で、本当に何の話?」
「ああ、そうです、忘れるところでした」
忘れるなよ、5分も経ってないだろう。
ゴソゴソとカバンの中から取り出してきたのは1枚のチラシだった。
大安売りがあるから俺に買いに行けとでも言うつもりだろうか。
もしそんなこと言ったらチラシを引きちぎってやる。
けど、結局は行かされるんだけどね。
「これを見てくださいよ」
佳奈姉が渡してきたチラシには花火をバックに大きな文字で芥川神社夏祭りと書かれていた。
芥川神社は確か・・・芥川の近くにある神社だったはずだ。
芥川はここから徒歩で15分もかからない。
夏祭りか、去年は修也と行ったんだっけ。
ナンパするぜ、とかいき込んでた割には1人も捕まらなくてがっかりしてたな。
今年はあいつは大丈夫だろう。
彼女どころか妻がいるんだからな。
良かったな、修也。
今年は寂しい思いをすることはないようだぜ。
「今年は私達と行きましょうよ、夏祭り」
んー、どうしようか。
別に予定があるわけじゃないし、どっちでもいいんだけどな。
・・・さっきからニコニコしてる佳奈姉が恐いんだけど。
何だよ、このプレッシャー。
9回2アウト満塁、一打サヨナラのチャンス並みに心の臓を潰しにかかる。
ここら辺で一回、家族の機嫌を取るべきだろうか。
下手に放って置いて暴走されても困るしな。
ガス抜きと思えばいいだろう。
「分かった、取り合えず俺はいいけど涼姉達にも聞いといてくれよ」
「分かってますよ、飛鳥ちゃんはいいよね」
佳奈姉の言葉にテレビを見ながらコクコクと頷く飛鳥。
この分だと涼姉も鈴葉も良いと言うだろうな。
「恭くんと夏祭り、恭くんと夏祭り」
やたらテンションの高い佳奈姉が二階に上がっていくのを見て改めてソファに寝転がり眠りに付く。
眠気は少し覚めてしまったがこうしているだけでも体力は回復する。
夕飯までここで休息としよう。
それじゃあ、改めてお休みなさい。
夕食時、夏祭りの話を聞いた2人ははち切れんばかりの喜びに包まれていた。
鈴葉は「やったー」と体全体で、涼姉は「よし」と握りこぶしを作って。
判断・・・早すぎたかな。
だが、結局伸ばしても押し切られることが必然なんだよな。
俺に逃げ場なんて最初から存在しなかったのさ。