7月22日~そうだ、海へ行こう④
「さて、そろそろ戻るか」
ソフトクリームを食べ終え、椅子から立ち上がる。
トイレに行ってからもう15分以上も経ってしまった。
これ以上ゆっくりしてたら佳奈姉達が心配するだろう。
飛鳥と手を繋ぎ戻っていくと喧嘩のような話し声が聞こえてきた。
喧嘩するほど仲が良いという言葉があるけどやっぱり喧嘩は良くないよな。
飛鳥もいることだし、迂回しようか。
そう考えていると何だか喧嘩の話し声が聞き覚えのある声だと気づいた。
あれ・・・誰だっけな、もう少しで思い出せそうなんだけど。
モヤモヤするな・・・よし、見に行こう。
チラッと見ていくことにした、俺は喧嘩の声がする方へと進むとすぐそこで喧嘩しているらしい。
どれどれ・・・チラッ。
「だから、気のせいだって言ってるだろ」
「いいえ、絶対見てました。私の目を侮らないでください」
何で、ここにいるの?
いや、確かにここは電車でも来れるよ。
けどさ、こんな偶然ってあるもんなの?
俺の目線の先にいたのは親友と言っても過言では・・・過言か。
まあ、友達以上親友以下の男、大友修也とその妻の安住遥だった。
奇跡過ぎるだろ。
何も打ち合わせとかしてないのに海に来る日が一緒って。
修也は俺と同じタイプの赤い水着を着ていた。
しかし、俺とは違い腹筋が割れていて見るだけで腕や脚にも均等に筋肉が付いているのが分かる。
あまりにも水着が似合っているのでムカつく。
もう少し筋トレとかしとけば良かったかな。
弛んでるわけでも割れているわけでもないどっちつかずの自分の腹を見てため息しか出ない。
そのまま目線をずらすと安住の水着が目に飛び込んできた。
漆黒のビキニ・・・・・・衝撃的だった。
普段、奥ゆかしい大和撫子の振る舞いを見せる安住からは想像もできない水着だ。
修也と同じくらいキツイ運動をしているはずなのにその足は修也のように筋肉質ではなくむしろ白いマシュマロのように柔らかそうだ。
これが男と女の違いだろうか。
俺が見ているとは知らずに2人の喧嘩はさらにヒートアップしていく。
「他の女性の水着を見てたじゃないですか」
「偶々だって、本当に」
「本当ですか?」
「お、おう、当たり前だろ」
修也・・・目が・・・目が泳いでるぞ。
それも尋常じゃないぐらいに右往左往している。
嘘が苦手過ぎるだろ。
ほら、さすがの安住も気づいてるぞ。
俺には見える。
俺の視力1.5が捉える。
安住の額に血管が浮き出していることに。
逃げて、修也、超逃げて。
もちろん、声は出せずに心の中で叫ぶ。
「修也さん、私のこと・・・どう思っています?」
「も・・・もちろん、愛してるぜ」
キョロキョロ
・・・ブチッ
あっ、今、不吉な音が聞こえた。
「修也さん、お話があります。向こうの方でじっくりと話し合いましょう」
「嫌だ、ここまで来てそれは嫌だ」
逃げ出そうとする修也の足首を安住が素早く払いバランスを崩させる。
でも、そこは格闘技経験者、修也も素早く対応しバランスを取り戻すが一瞬の間に安住が射程距離に入った。
「しまっ・・・」
修也が気づいた時には目の前に安住の手のひらが映っていたことだろう。
一撃必殺のアイアンクローが修也に牙を剥いた。
「ぐああああああああ」
浜辺に響き渡る叫び声。
空しく崩れ落ちる悲しき戦士の背中。
そこに佇むは最凶の嫁。
おお、無関係の俺まで震えるほどの迫力だぜ。
戦闘力は佳奈姉とほぼ互角と見た。
「さあ、これからの2人の将来についてじっくり話し合いましょう」
今回も俺は修也が引きづられて行くところを見てることしかできなかった。
あの有名人の一言をお借りして俺の今の心情を表すとすれば・・・。
俺はいつも傍観者よ、何もできねぇ、何もしてやれねぇ・・・かな。
修也という尊い命が散った様を見た俺たちは今度こそ佳奈姉たちの元へと戻る。
それにしても、かなり時間が掛かってしまった。
30分以上もトイレに行っていたら佳奈姉たちが心配して無いだろうか。
それだけが気がかりだ。
「確か、この辺に・・・おっ」
あの赤と白と青のパラソルは家のものだ。
やっと帰ってこれたか。
「・・・あれ、佳奈姉と涼姉は?」
レジャーシートに座っていたのは鈴葉1人だけだった。
佳奈姉と涼姉はどこへ行ったのだろうか。
「佳奈お姉ちゃんと涼お姉ちゃんなら車に荷物を置きに行ったよ」
なるほど、だからレジャーシートの上が片付いているのか。
さっきまであった着替えの服や弁当箱などがなくなり今あるのはクーラーボックスとケータイや財布などが入ったカバンだけになっている。
これなら最低、荷物番がいなくて何かを盗まれても被害は最小限だ。
ケータイや財布が盗まれるのは痛いがもし着替えが盗まれたとしたら・・・考えたくねぇ。
盗んだやつが佳奈姉や涼姉に見つかったとすれば処刑だけじゃ済まされないだろう。
獄門、打ち首、魚の餌のジェットストリームアタックだ。
本当にやりそうだから恐い。
「んー、じゃあ、何しようか」
荷物が減ったことで荷物番をしなくてもいいことになり何をしようか考えていると飛鳥がまた俺の水着の裾を引っ張った。
だから、それ止めろよ・・・マジで。
「・・・泳ぐ」
「泳ぐって・・・お前、泳げないんじゃないのか?」
飛鳥はまだ上手く泳ぐことができない。
運動神経は良いほうだから練習したらすぐに上手くなるはずなのだが家の近くには海どころか川だって無い。
市民プール夏になれば込み合うので行かないようにしていたがそのせいで飛鳥の泳ぎはいまいち上手くならなかったのだ。
「教えてもらうなら鈴葉の方が良いと思うぞ、あいつ運動全般得意だし」
「・・・教えるの下手」
飛鳥は首をブンブンと横に振り嫌がった。
そうだった。
鈴葉は人に教えるのが壊滅的に下手くそだった。
前に飛鳥に早く走るコツを教えてた時も、「始めにバンって行って、次にギューンって足を回して、最後に止めのズッパーンってやるの」とか言ってた。
俺でも分からねえよ。
何だよ、止めのズッパーンって。
鈴葉は感覚派だからな。
体で感じたことを上手く表現できないんだろう。
プロ的な感覚だよな、本当に。
「じゃあ、俺が教えるしかないか」
俺もあんまり教えるの上手くないんだけどな。
鈴葉に任せるよりはマシだろう。
理論的に教えられる涼姉がベストなんだけど今いないしな。
「ちょっと、待ったああああ!!」
鈴葉と海へ泳ぎの練習をしに行こうとした時、鈴葉が立ち上がり俺たちの行く手を阻んだ。
某モンスターバトル風に言うと、鈴葉が現れた。
恭平はどうする。
コマンド・・・逃げる。
「何故、逃げる!?」
鈴葉の隣を通ろうとした俺たちに再度、鈴葉が立ちふさがった。
だって、絶対にめんどくさいもん。
「ほらほら、鈴葉は仲間になりたそうな目でお兄ちゃんを見ている」
「飛鳥、行け、鈴葉にダイレクトアタックだ」
「・・・おー」
飛鳥の捨て身の特攻に鈴葉は避けることができず、「ぐぎゃああああ」と言いながら飛鳥に倒される。
鈴葉のノリの良さは未だ健在だな。
俺なら倒れずに突っ込んできた飛鳥を高い高いするだろう。
そしてそのまま飛鳥の渾身の蹴りを顔面に浴びせられるだろうな。
あれは痛かった。
痛みで飛鳥を落とさなかった俺を褒めてやりたい。
「何もしないって、ただ暇だから付いて行くだけだって」
飛鳥にマウントポジションを取られながら必死の説得をする鈴葉の姿は何故か修也と被った。
似てるのかな・・・不幸具合が。
「飛鳥、もう攻撃を止めていいぞ」
俺の号令に渋々従う飛鳥。
ゼーゼーと息を切らせながら立ち上がる砂まみれの鈴葉。
これが小学2年生と中学2年生の実力差である。
鈴葉・・・マジ憐れ。
「じゃあ、鈴葉も付いて来いよ」
あまりの不憫さに俺も同情せざる終えない。
飛鳥をけしかけたのは俺なんだけどね。
「ありがとう、お兄ちゃん」
鈴葉はここぞと言わんばかりに正面から抱きついてきた。
中学2年といえど鈴葉も女だ。
そこそこある胸を押し付けられるとこっちとしても少し意識してしまう。
・・・はっ、いけない。
相手は中学生だぞ。
法律的にもアウトゾーンだろ。
だが、さっき飛鳥で襲わせたことが俺の良心にグサリと突き刺さる。
うっ・・・無理やり引き剥がせねえ。
ここで無理やり引き剥がして嘘泣きでもされたらコンボ決まってさらにきつい要求を出されかねん。
だ・・・誰かヘルプを。
そんな時一陣の風が俺の前を吹き抜ける。
同時に吹き飛ばさせる鈴葉。
「ウグヘッ」
「・・・・・・くっ付きすぎ」
一陣の風の正体は飛鳥だった。
飛鳥のドロップキックが見事に鈴葉の横ッ腹に炸裂。
これには鈴葉も堪らず俺から離れる。
効果はバツグンだ。
鈴葉は「うおおおお、お腹が・・・お腹がああああ」ともがき苦しんでいる。
本当に涙が出るほど不憫なやつだ。
飛鳥は綺麗な着地をした後、俺の足にくっ付く。
正直、動きづらい。
動けたとしてもこんな状態の鈴葉をここに残してはいけない。
結局、海に泳ぎの練習をしに行ったのはその5分後だった。
もちろん、俺と飛鳥はパラソルの下でゆっくりと鈴葉を見物していた。
鈴葉は太陽にウルトラ上手に焼かれました。
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