7月21日~電撃作戦
「明日、海に行きます」
夕食後、洗い物を終えた佳奈姉がエプロンを外しながらそんなことを言い出した。
「何、私は聞いてないぞ!?」
佳奈姉の言葉に真っ先に反応したのは涼姉だった。
逆に鈴葉と飛鳥は何も反応しなかった。
まるで佳奈姉が海に行くと言うと知っていたみたいだ。
さすがに考えすぎか・・・。
いくら仲が良くても他人の思考が読み取れるわけないしな。
たまに・・・というか結構な確立で俺の思考は4人に読みと取られるけど偶然だろう。
偶然だと思いたい。
「何か用事でもあるんですか?」
「いや・・・明日は何も無いが」
「じゃあ、大丈夫ですね」
「えっ!?あう・・・」
佳奈姉が涼姉を今まさに押し切らんとする瞬間、俺は大事なことに気が付いた。
「あっ・・・俺、水着無いわ」
「わ、私もだ、これでは明日海へは行けないな」
ここだと言わんばかりに涼姉が抗議をする。
けど、こればっかりはどうしようもないよな。
水着が無いんだし。
「明日にでも買いに行くから海はまた今度でいいんじゃないか」
「そうだな、恭平の言う通りだ」
涼姉はホッと安心し温くなったお茶をお茶をゆっくりと飲み始めた。
まあ、これにて1件落着・・・。
「そんなこともあろうかとジャジャーン」
「ブーーー」
「グギャーーーー」
鈴葉が階段から持ってきたものを見るなり涼姉がプロレスラーの毒霧のようにお茶を噴出した。
涼姉の前に座っているのは俺なので言うことも無く顔面にお茶が直撃する。
受ける人が人ならご褒美なのだろうけど俺にとってはただの罰ゲームだ。
「何、どうしたんだよ」
服で手早く顔を拭い鈴葉の方を見ると俺も噴出しそうになった。
鈴葉が嬉しそうに持っているのは女物の水着と男物の水着だった。
見たことがないのでたぶん買ってきたのだろう。
「な、な、な」
涼姉は言葉もまともに発して無い。
指先を水着の方に向けてワナワナと震わせているだけだ。
俺に関してはもう溜息しか出ない。
「どうしたの、これ」
近くにいた佳奈姉に聞くと嬉しそうに答えてくれた。
「昨日、私達の水着を買いに行くついでに買ってきたんですよ」
「涼姉のは分かるけど・・・なんで俺のまで?」
「恭くんも一緒に行くんですから当然じゃないですか」
「・・・それにしてもよく男物の水着なんて買えたね」
俺からしてみれば俺が女物の水着を買いに行くようなものだ。
罰ゲームを優に通り越してただの虐めだぞ。
だが、佳奈姉は満面の笑みで
「恭くんと海に行けると思えばこれくらい朝飯前ですよ」
と言ってきた。
佳奈姉に返す言葉も無いよ。
佳奈姉の中で女性が男性用の水着を買うことがどれだけ大変か今一分かって無いらしい。
これは由々しき事態だ。
弟としてここはビシッと言っておかないと。
「佳奈姉、大学生にもなって男物の水着を買うのは・・・」
「恭くんのためだったら私は何でもできますよ」
100点の姉笑顔、眩し過ぎます。
後光が、佳奈姉から後光が見える。
弟思い(行き過ぎ)はそんなことですら簡単にさせてしまうのか。
恐ろしき佳奈姉のスペック。
もっと他のところでその力を発揮して欲しい。
「因みにその水着買うときに何かなかった?」
「ん~、お店の中で店員にジロジロと見られたくらいですかね。デリカシー無いですよね」
そりゃ、大学生の女が男性用のコーナーでウロウロしてたら店員だって怪しむよ。
俺だって他人だったら怪しむもん。
「あと、会計の時に目を合わしてくれなかったです。失礼ですよね」
それは当たり前だろ。
大学生の女が男性用の水着買ったら店員の立場から見るとめちゃくちゃ恐いと思うよ。
佳奈姉が美女だからよけいに関わっちゃいけない人だと思われてるよ。
そんなことを知らずに(知っていたとしても結果的には変わりはしないだろうが)買ってきたのか。
バカを超越しすぎてもはや拍手だわ。
さすが佳奈姉、俺達にやれないいことを平然とやってのける。
そこに痺れる憧れる。
惚れはしないけどな。
「私は別に買ってきて欲しいと言った覚えは・・・」
「いいから、これ着ないと明日置いてくよ」
「ぐぬぬぬぬ」
向こうでは鈴葉が涼姉を打ち負かし明日海に行くことがほぼ確定していた。
だが、ここで俺が頑張らないと。
海に行きたくない訳ではないがいくら何でも急すぎる。
怪しい匂いがプンプンとするのだ。
佳奈姉達には悪いけど、意地でも明日の海に行く計画を断念させてやる。
「流石に急じゃないかな」
「恭くんは明日別に何も予定は無いんですよね、じゃあ、問題ないじゃないですか」
「明日の天気は・・・」
「・・・・・・降水確率5%、快晴」
「涼姉は・・・」
「涼お姉ちゃん、行くってさ」
何てコンビネーションだ。
これが姉妹の力ってやつか。
もう俺に立ち向かう力は無かった。
恭平、完全敗北。
「恭くんも行ってもいいと言うことで明日海に行きます」
「8時に出発くらいでいいよね」
「・・・大丈夫だと思う」
もうどうにでもなれとヤケクソの俺は力の無い手でテレビのリモコンを操作し電源を入れる。
『明日の天気は全国的に晴れでしょう。降水確率は・・・』
今日のうちにテルテル坊主でも作っておこうか。
もちろん最後は逆さに吊るすけど。