6月11日~奥村家の静かな昼下がり
さて、コメディーを始めるぞ
あれから病院に戻った俺は看護師にめちゃくちゃ怒られた。
病院を抜け出したため退院が1日延びてしまった。
精密検査をするとか言ってたけどいらないと思うんだけどな。
涼姉は一応受けといた方がいいって言ってたから受けるけどさ・・・。
精密検査の結果は特に問題なしだった。
当たり前と言えば当たり前だけどやっぱりちょっとホッとするな。
何はともあれ俺は病院を昨日退院してきた。
これからは1週間自宅療養だ。
絶対安静は病院と変わらないがやっぱり我が家が一番落ち着く。
病院の飯は不味くはないがどこか味気ないし。
あの飯はもうちょっとどうにかならないものだろうか。
今の俺には関係ない話だが。
まぁ、あと1週間静かに大人しくしとこう。
本棚から適当なマンガを取ろうとした時ドアの隙間から佳奈姉が顔を出してきた。
正直かなりびっくりした。
「恭くん、お腹は減ってませんか?」
「さっき昼飯食べたばっかだよ」
「汗かいてませんか、今ならお姉ちゃんが拭いてあげますよ」
「かいてないから結構です」
「恭くんが冷たい、もしかして反抗期!?」
違うと思う。
ただありのままを言ってるだけだし。
それよりも今日の佳奈姉はどこか不自然だ。
朝から俺の周りをうろうろしてばっかだし、話しかけてくる回数が尋常じゃないし。
挙動不審だ。
どれくらい挙動不審かというと絶対に警察から職務質問をされるくらいに落ち着きがない。
あの佳奈姉がいったいどうしたのだろうか。
「恭くん、最近涼ちゃんと仲がいいですよね」
「そうか?別に普通だと思うけど」
「入院する前よりも格段に会話が増えています」
確かに涼姉との会話は増えた。
けど、それが何か問題でもあるのだろうか。
「私ともっと話してくださいよ」
「話せって言われても・・・」
具体的に何を話せばいいんだよ。
涼姉とは勉強のこととか学校のことで話をしているが佳奈姉とは共通の話題が無いのだ。
「言い方を変えます・・・・・・私にもっと構って下さいよ。寂しくて死んでしまいます」
「佳奈姉はいつから兎になったんだ」
それに兎は寂しくても死ぬことは無いらしい。
ストレスは与えるかもしれないけどな。
・・・といつかのテレビで言っていたような気がする。
それにしても、もっと構ってか・・・。
佳奈姉に何をすればいいのかまったく分からない。
けど、ここで機嫌取っとかないと後で面倒だしな。
ちょっと待てよ。
別に俺が佳奈姉に何かをしなくちゃいけないわけじゃない。
逆に佳奈姉に何かをしてもらうのもありだ。
佳奈姉は俺を期待の篭った目で見てくる。
無言の催促、恐いです。
「じゃあ・・・耳かきでもやってもらおうかな」
「分かりました、ちょっと待ってくださいね」
俺が耳かきを頼んだだけでめちゃくちゃいい笑顔になって下へと降りていった。
そんな佳奈姉の笑顔を見て俺は昔のことを思い出す。
~回想~
「恭くん、抱きついていいですか」
「嫌だよ、いきなり何言ってるの!?」
部屋にいきなり入ってきたと思ったらとんでもない要求をされてしまった。
貞操の危機を感じるぞ。
「最近、生徒会とか部活とかでストレスが溜まりに溜まってるんですよ」
「それと俺に抱きつくことと何の関係があるの?」
「もちろんストレス解消です」
「俺がストレス溜まるわ!!」
結局俺が嫌な役回りじゃんか。
抱きつくだけでストレスが解消されるんだったらこのストレス社会はこんなにも深刻化してないだろう。
「私は1週間に1度適度な弟パワーを貰わないとダメなんですよ」
「何だよ弟パワーって、聞いたことねえぞ」
「弟から放出される姉を癒す力のことです。その力はアロマセラピーやマッサージよりも強力な物なのです」
「何それ・・・純粋に恐いんだけど」
そんな事を言っている間にもジリジリと佳奈姉は俺に迫ってくる。
「落ち着こう、佳奈姉、ストレスなんて寝れば無くなるって」
壁際まで追い詰められた俺は何とか佳奈姉の説得を試みる。
これで成功したら俺は神様を信じるから・・・。
「恭くん、考えてみてください。無くならない目の前の書類、使えない生徒会役員、言うことを聞かない部員・・・私の許容範囲はすでにオーバーランしています」
ガシッと肩を掴まれ身動きが取れなくなる。
佳奈姉は確かに不憫だと思うけどそれを俺で発散させるってのはどうなのさ。
そんな心の声は佳奈姉には当然伝わらず・・・。
「恭くんーーーー」
「ぎゃあああああああああ」
~回想終了~
あの後1時間くらい抱きつかれてたんだっけ。
抱きついた後の佳奈姉の肌は見違えるほど艶が良かったな。
目にも生気が戻ってたし。
それじゃあ、今も何かストレス的なものが溜まってるのだろうか。
大学に行ってからストレスは溜まりにくくなったものの未だに月に1回くらいは佳奈姉の言う弟パワーを注入しないといけないんだよな。
もうそろそろ1ヶ月だっけ・・・。
そんな事を思い出しているうちに佳奈姉は下の階から耳かき棒を持ってきた。
「はい、じゃあ・・・恭くんここに寝転んで」
ひ、膝枕ですか。
それは・・・。
「どうしたの、恭くん?」
「何でもない」
とりあえずここは佳奈姉に従っておくのが得策だろう。
大人しく佳奈姉の太ももを枕代わりに寝転がる。
俺が膝枕をしたのを確認すると佳奈姉はすぐに耳かきを始める。
「どうですか」
「おぉ、佳奈姉上手だね」
「姉は弟のためになら不可能なことなんて無いのですよ」
それは1,2個はあるだろう。
いや、佳奈姉ならありえるかもしれない。
今思えば佳奈姉ができなかったことが思いつかない。
基本的に何でもできる人だしできないことでも数日あればマスターするからな。
案外佳奈姉の言うことは間違いじゃないのかもしれない。
そうだったら・・・佳奈姉を姉としてみれない。
ただのびっくり人間だよ。
「恭くん、反対側を掃除したいので顔の向きを変えてくれますか」
「分かった」
寝返りをうつと目の前には佳奈姉のお腹がある。
服からは女性独特の甘い匂いがしてきており俺の鼻をくすぐってくる。
いつも不思議に思うんだけどこの匂いはどこから出てくるんだろうか。
同じ洗剤を使ってるのに俺の服からはこんないい匂いしてこないぞ。
飛鳥でさえほのかに女の匂いがし始めてきているのを知った時はちょっとショックだったな。
生命の神秘、恐るべし・・・。
「はい、耳かき終了です」
「ありがと・・・」
今、俺はありがとうと言って起き上がろうとしたんだ。
なのに何故起き上がれないのか。
答えは簡単佳奈姉に押さえつけられてるから。
えっ、何で佳奈姉は俺を押さえつけてるの。
何で俺をベットに押し倒したの。
何で運動もしてないのにそんなに息が荒いの。
あれ、これって俺・・・性的な意味で襲われる。
弟が姉になんてさ。
ハハハハハハ・・・・笑えない。
「佳奈姉、何これ」
「弟パワーの補給です」
「今したんじゃないの!?」
「弟パワーは摂取するごとに次回からの補給分が増えていくんです」
「麻薬か」
たちの悪い成分でも入ってるのか。
一回警察にでも行って調べてきてもらってくれ。
「と言うわけで・・・」
「いつものは・・・」
「ダメです、今回も抱きつきです」
「誰かあああああああ」
俺の叫びは奥村家に響いたがその声は空しく消えていった。