6月4日・9日~敵前逃亡
思ったよりも早くできたので投稿します。ここからシリアス展開です。
目を覚ますとそこは見慣れない天井だった。
レースで仕切られた空間に薬品臭が充満している。
家から車で20分くらいの場所にある病院だろう。
俺が気を失ってから誰かが俺をここまで連れてきてくれたのか。
腕には針が刺さっており管を辿って目線を上へと動かしていくと点滴だと分かった。
腕、腹、顔が包帯でグルグル巻きにされているのでうまく動かせない。
近くの机には花瓶があり花が1輪飾ってあった。
喉が渇いた、それに腹も減った。
俺はいったいどのくらい眠っていたのだろうか。
とりあえず体を起こそう。
「いっ・・・」
痛てぇ・・・。
まだ坂上に殴られた腹や腕が痛い。
特に腹は起き上がるときに力を入れるので尚更痛い。
泣けてくる。
右目にはガーゼが張ってあるから見えないし不便なことこの上ない。
窓から見た空模様からして今は昼だろうか。
時計が無いので正確な時間が分からない。
何もすることがなく手持ち無沙汰なので空を見て時間を潰すことにしよう。
あっ・・・あの雲の形飛行機に似てる。
「恭くん、起きたんですか」
空を眺めてから1時間くらい経った後、佳奈姉がレースを潜って現れた。
手にはお見舞いの定番のフルーツが乗ったバスケットがあった。
ナイスタイミング、腹が減ってたんだ。
早速剥いてもら・・・。
「良かった、良かったです」
「いだだだだだだだだ」
佳奈姉が涙を流して俺に抱きついてきた。
走る激痛、当然俺も涙を流す。
「大丈夫ですか、どこも異常は無いですか」
大丈夫じゃない、佳奈姉が抱きついてくるから物凄く痛い。
もちろんそんなことは口には出さず笑顔で「大丈夫、大丈夫」と言っている。
あぁ、涙が止まらないわ。
感動じゃないよ、痛みでだからな。
「お腹空きましたよね、今からリンゴを剥いてあげます」
佳奈姉はリンゴを剥きながら事の詳細を教えてくれた。
俺が倒れてから涼姉と2人で車に乗せて病院に連れてきたということ。
俺が気絶してから今日で2日目だということ。
体に異常はなく1週間で家に戻れ2週間で学校に行ってもいいということらしい。
佳奈姉は晩飯を作らなければならず帰ることとなってしまった。
明日も来ますからねという言葉を残して病室を去っていく佳奈姉の後姿を見るとやっぱり寂しいものだと思う。
この部屋は4人部屋らしいのだが俺以外居ないため個室同然の扱いになっている。
この広い空間に1人っていうのも贅沢ってよりかどこか寂しげに俺の目には映ってしまう。
心が弱ってる証拠だろうか。
さっきから涼姉のことばかり考えてしまう。
あの泣いた涼姉の顔、自分で自分を追い込む涼姉、それをさせている自分。
考えれば考えるほど深みに足を取られていく。
そんな感じがした。
たまらず俺は布団を頭まで被り意識を意図的に消そうとする。
消そうとすれば消そうとするほど涼姉の顔が浮かんでくる。
俺はどうすればいいんだ。
私が恭平の見舞いに来れたのは最初の日だけだった。
まだその時は恭平は目を覚ましておらず3時間待ったが結局目を覚ますことは無かった。
2日目の夜に姉さんから恭平が目を覚ましたと聞いた時は涙が出そうになるくらい嬉しかった。
私のせいで恭平を巻き込んでしまったのだから責任を感じていないわけが無い。
このまま目を覚まさなかったらどうしようとずっと考えていたくらいだ。
私は強い姉でいなければいけないのにまた恭平に傷を負わせてしまった。
今度お見舞いに行くときは恭平に謝らなければいけない。
2回目お見舞いに来れたのは恭平の退院日だった。
これはお見舞いと言ってはいけないような気がするな。
生憎と今日は雨が降っている。
帰りはタクシーで帰ることにしよう。
病人にこの雨の中歩かせるのは刻というものだろう。
姉さんが車で迎えにこれたらいいのだが大学で用事があるらしく来れない。
姉さんなら大学を抜けてでも迎えに来るだろうが今日は本当に大事な用事らしいな。
だがこれで恭平と2人きりで話せる時が来たというのは私にとって僥倖だろう。
学校でも家でも私と恭平は会話が少ない。
なのでまだ互いに距離を取っている節が多々ある。
今日はそれを少しでも縮められたらと思い鈴葉に飛鳥のことを任せて1人で来た。
さて、恭平の病室はこっちだったはずだ。
「奥村恭平様のご家族の方ですか」
息を切らせたナースが私に話しかけてきた。
何か急ぎの用事でもあるのだろうか。
「確かに私は恭平の姉で間違いない」
そう答えるとナースは息を整える前に急いで私に言った。
「ーーーーーーーー」
「えっ・・・」
ドサッと私が持っていた鞄が落ちる音がしたが今はそんなことはどうでもい。
今ナースは何と言った。
信じられない。
信じたくない。
何故何故・・・頭の中で自問自答を繰り返す。
絶対に答えの出ない行為だとしてもそれを行わずにはいられなかった。
ナースは・・・こう言ったんだ。
「奥村恭平様が病院から居なくなりました」