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第7話:廃都

アジトを出てから、彼女達は旧王都に向かっていた。

「なあ、昔の王都に行ったって何もないだろ?」

あそこは既に荒廃しきっている。住人も数人いるらしいが、ほとんどが何か良からぬことをしでかして村や町から追い出され、隠れている者がほとんどと聞く。

「まだ中央図書館は残っているはずだ」

彼女はそう言った。

「? 図書館になんの用だよ。読書が趣味なのか?」

「嫌いではないが特別好きというわけではない」

「じゃあ何さ」

「…………」

(?)

アシュアが黙り込んだ。いや、黙り込むのはよくあることだが、今の感じはなんだかいつもと違う、とクオは感じた。彼女はどことなく目を逸らして、言いにくそうにしている。だがその言いにくそうな顔が歳相応、というより子供っぽくて、クオはどこか面白かった。普段が態度、口調まで老成しているためだろうか。

「もしかしてアシュアが旅してる理由に繋がること?」

と彼は訊いてみた。その瞬間、う、と彼女はたじろいだ。

「変なところだけ鋭いな、お前は」

「それ褒めてる?照れるなあ」

と彼が頬をかくと、鋭い一言が。

「いやむしろ煙たい。そういうのは」

「え」

(それはちょっとショックかなあ……)

「まあいい。いずれは言わなきゃ駄目だとは思っていたんだが……中央図書館の本は、恐らくもうほとんど持ち去られているだろう、賊に」

「ああ、そういえばそうだよなあ。だって王都が崩壊したのって俺たちが生まれる前の話だよな。……えーと、じゃあ何しに行くんだ?」

はあ、とあからさまに溜め息をつくアシュア。

(え、そんなに俺、至らない剣士ですか?)

「だ、か、ら! 私が探しているのは賊も盗らんような本だと言ってるんだ!」

少々顔を赤らめて言うアシュア。

「ふうん? 何の本?」

これが本題だ。

「…………『太陽の楽園』に関する書籍……」

小さな声で、彼女は言った。

「……ええと? わんすもあぷりーず?」

いや、彼に悪気はないのだ。本気で聞き取れなかっただけ。そこまで彼女は小さな声で言ったのだ。

「〜〜〜〜! 太陽の楽園、だっ!!!」

彼女は叫んだ。顔を真っ赤にして。

「太陽の楽園? っていうとあのおとぎ話の?」

正直なところ、クオには彼女とおとぎ話がどうも結びつかなかった。だって彼女は見た目現実主義者……

(じゃなかった、そういえば)

先日の竜の件。彼女は最初から竜を信じていた。あのアッシュを知っていたから、というのもあるだろうが、真の現実主義者なら、目の前で不可思議が起ころうとも全くそれを信じないはずだ。

「そうだ! 何か悪いか目的地がおとぎ話の楽園で!」

なんだか彼女はいじけてしまっているようだが……

「いや、別に悪くないよ。お前のことだ、あるって確証があるんだろ?」

そう、素直に彼は思えた。

「…………」

その返答に少なからず、いや、かなり彼女は驚いているようだった。

「……ある。絶対にあるんだ。太陽の楽園は」

それでも彼女はしっかりと答えた。

「なら俺も信じる。竜のこともあるしな」

「……そうか。意外だ。お前は絶対笑うと思った」

彼女の顔から緊張が抜けた。表情が柔らかくなる。それが少し嬉しくて、クオもどこかゆったりした気分になる。

「む、俺はそんなに軽薄な男じゃないぞ。俺はお前のこと、買ってるからな。嘘はつけないタイプだろ? アシュアは」

「それはお前も同じだろう。顔に出るタイプだ」

「それもお互い様だ」

はは、とクオが笑うと、彼女にも少し、笑みがこぼれた。

恐らくこれが、彼に向けられた彼女の最初の笑顔。

前に思っていた通り、いやそれ以上に、彼女の笑顔にクオはどきりとさせられた。まるで、じっと静止していた桜の枝が風に揺られて花弁を散らした瞬間を目撃したような感じ。

(だっていつも仏頂面だし……)

 ばふっ!!!

「ぐあ!! つ……ってまたお前か!!」

空気が投げつけられる音と共にものすごい熱気がクオの顔面を襲った。アシュアの肩に乗っている青い竜のことをすっかり忘れていた。

「どうしたアッシュ。腹でも減ったのか?」

とアシュアは尋ねているが、アッシュの目は、クオにはこう言っている様にしか見えない。

『ちょっと打ち解けたからって図に乗るんじゃねえぞ、この小僧』

ぷいっと竜はそっぽを向いた。




 かつて王都と呼ばれていた場所・ユートピア。その名前さえ、今では忘れ去られている。ここまで荒廃した街を、彼女達は初めて見た。この地では、2代目の暴君が、無理な都市化をはかり、建物はほとんど高層建築。それが仇となったのだが、かつて大地震が起きたとき、かなりの被害が出た。その対処が悪かったせいで、普段から積もり積もった王への不満も加わり、民は反乱を起こしたのだ。その戦火は周辺の町にも広がる大規模のものとなり、王は逃亡。王都はすっかり荒れ果てた。さらには王都崩壊と同時に黒い雲が出現するようになり、影の国が空席の王座をあざ笑うかのように侵略を始めた。それが18年も前の話。

「影の国、それはこの世界と同じ次元には存在しない国だ。その使者であるカタストロファーがなぜ、この地に現れることができるようになったのか。その辺は分からない。まあその話は置いといて、太陽の楽園は、恐らく影の国と同じ次元にあるんじゃないかと思うんだ」

アシュアはコンクリート塀の残骸らしきものの上に座ってそう語った。

「? なんかよく分かんないけど。違う次元って、行けるもんなのか?」

クオも乾いた土の上に腰を下ろす。

「カタストロファーがこっちに来てるんだ。恐らく行ける。それにこっちには、太陽の楽園にあったっていう石があるんだからな」

そう言って彼女はポケットから小さな石を取り出す。青白く光るその石。彼はそれを知っている。

(え……と、確か……)

「メリ……ークリスマスの石だっけ?」

「違う。メ・リ・ク・リ・ウ・スの石! だ」

「え、あ、惜しかっただろ? って、それって確か初代王が持ってたっていう守護石じゃないのか?」

この石を持っていた初代の王は、一度たりとも戦に負けなかったという。この石のおかげで、彼は王になれたのだと言う人もいた。

「ああ。この石を預かった。私はこれを太陽の楽園に返さなければいけないんだ」

「? 王様に? いや無理だよなあ、だって初代王が亡くなったのって結構前だし」

「正確には、王に頼まれた人物からその役目を引き継いだ。その人は楽園にたどり着けなかったから」

そう言うアシュアはどことなく悲しそうだった。

「その石を楽園に返したら、なにか起こるのか?」

「恐らく、影の国の侵攻を止めることが出来る」

彼女は、恐らく、と付けたが、確信を持った声でそう言った。

「え?」

(影の国の侵攻を止める? それって、なんていうか、天災を食い止めるっていうくらい、すごいことなんじゃ……)

「本当に!? それができるのか!?」

スケールの大きさにクオの意気も上がる。

「多分。でも一つ問題があってだな……」

そういうアシュアは急に、しゅん、としぼんだ感じになった。

「問題?」

クオの問いに答えようと、彼女が口を開こうとしたその時。

「大問題だろうな。その石が不完全、ってことは」

低くて、どこか不気味なわりに、いやによく通る声が、それを阻んだ。


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