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第6話:再会

 時は少し遡る。クオと別れた後、アシュアは目の前にある宿に入ろうとはしなかった。

「……なんだ、さっきから嫌な視線を感じるんだが」

そう呟いた。はっきり、怒りの念をこめて。

 するとその声に呼応したかのように、前の魔女狩り軍団と同じように、だが今度の奴らはちゃんとした黒い制服みたいなものを着ていたが、どちらにしろ人相の悪い男達が彼女の周りを取り囲んだ。

(……やはり、か)

少年を竜探しにやっておいて正解だったと彼女は心中で静かに思う。これ以上彼に貸しを作ると、なんとなく、彼の力に甘えてしまいそうな気がしたのだ。

「ターゲット、かっくにーん! あんただよなあ? 赤髪の魔女って。想像よりも若いぜこりゃ。まだ年端もいかねえ女の子ってか?」

ひひひ、と下品な笑い方をする男達。それでさらに怒りが増す。

「ここのところ連続で貴様らみたいな輩に狙われる。誰が雇ってるんだ? 言え」

怒りを押し込めた声で、尋ねる。こう頻繁に狙われるのでは、おちおち宿にも入れないのだ。

「ああ? そりゃ言えねえな。シュヒギム、ってやつだよ。分かる? お嬢ちゃん?」

目に余る相手の態度の悪さに、彼女の頭の中で何かが切れた。

「なら死ね、この下衆共」

断っておこう。殺すつもりはない。だが今の彼女は最悪的に気分が悪かった。事故ということは……無きにしも非ず、だ。



 騒ぎが広まったのはこの直後、外の騒がしさを嗅ぎつけた宿の従業員が外に出ると、大乱闘騒ぎだったというわけだ。なにせ気丈に歩いていたというものの、アシュアの脚の怪我はまだ完治していない。よっていつもの切れのよい蹴り技は繰り出せないでいた。そのせいで長期戦になったのは事実。また、想像以上に相手の数が多く、この宿の前のちょっとした広場を戦場に選んだことを後悔した彼女は、一旦この街一番の大広場へと逃げた。そこへ至るまでに街の大通りを走りぬけたので騒ぎが拡大してしまったのだ。

(……しくじったな)

苦い顔をしつつも辿り着いた広場では、彼女は大人の軍人顔負けの、自信に満ちた余裕溢れる表情で、追ってきた傭兵集団、ブルーアイズを待ち構えた。

肩で息をしながらも先頭に立つ男は言う。

「こ、の、逃げ回りやがって! 大人しく捕まれば、悪いようには、しねえっての! ふう……」

(……捕まれば? 私の命を狙っているわけではないのか?)

「ならなおさら捕まるわけにはいかないな。お前らの主の名、嫌でも吐かせてやろう」

と、戦闘態勢に入ったときだった。

「ちょーーーっと待てええええ!!!」

空から、頭上から、あの少年の声がした。広場が、晴れているにも関わらず何かで陰る。

「な、なんだ!?」

ブルーアイズの男達は目をぱちくりさせて空を見ている。アシュアにはなんとなく分かった。

 彼は、竜、噂のドラゴンに乗っていた。

「ちょっと! あれなんだ!? 竜か!? 竜なのか!?」

男達は騒ぎ始める。広場の周りの野次馬も、その竜に見入っていた。

「あ! あれだよ! 俺が裏の林で見た竜ってのは!!!」

そんな声も聞こえる。

そんなに巨体ではないが、ある種の獣型のカタストロファーに匹敵するほどの大きさ。まあ、象ぐらいの大きさだろうか。だがこの竜は晴天のように青かった。

「アシュア! 大丈夫か!? つーかお前知っててわざと俺を蚊帳の外に置いただろ!!」

少年が叫ぶ。

「さあ。それにしてもやっぱり噂は本当だったようだな」

「ああ! お前の言ったとおりだった! 竜はほんとにいたんだな! それにこいつ、お前のこと知ってるっぽい……」

と、彼の意味深な言葉は新たな参戦者の怒号によって掻き消えた。

「ブルーアイズよ!! 今こそ積年の恨み、晴らしてくれようぞ!!」

なんだか顔の濃いメンツの男達が広場に入ってきた。

「レッドアイズの山賊だ!」

街の誰かが叫んだ。

「な! なんでよりによってこのタイミングに!! 畜生! 野郎共、やっちまえ!!」

……言ってしまうと。この後の乱闘は山賊と、もと山賊の奴らの抗争で、赤髪の魔女と黄金色の剣士の出る幕はなかった。竜もぷかぷかと空に浮かんでいるだけで、炎を吐いたりしなかった。そもそも吐くんだろうか、火なんて、と他愛のないことを背に乗った少年は考えていた。


結局もと山賊のブルーアイズが、現役山賊のレッドアイズに敗れた。やはり現役は強い、というところだろうか。

「さあ、教えてもらおうか。誰に頼まれた」

そんな顛末になってもアシュアは目的を果たす。どうも自分を『捕らえ』ようとしたこの男達の行動が気になるのだ。

「く……名前は知らねえよ! 全身黒づくめで! 顔に傷のある男だ!!」

(…………顔に、傷……?)

アシュアの顔が、なんとなく青ざめる。

「アシュア? 大丈夫か?」

クオが尋ねても、彼女は答えなかった。実際、精神的に大丈夫でなかった。

「お前を捕まえたら三億くれるって言うから……宝くじ買うより確実だと思ったのによ!! お前らが余計なことするから!!」

と、縛られたブルーアイズの頭らしき男は恨めしげにレッドアイズの長、オルフェを睨みつける。

「ははん。ざまあ見ろだ。大人しく宝くじでも買ってりゃ可愛いもんなのによ」

オルフェは、山賊らしくない顔立ちをしていた。無精ひげこそ生やしているが、高貴な顔だ。あのアルフォードの主らしいし、もともとは貴族だったのかもしれない。

 と、それは置いておいて、クオはアシュアの様子が気になった。彼女はさきほどからじっと押し黙っている。

「あ、なあアシュア。お前、あの竜知らないか?」

「……ん?」

やっと彼女は顔を上げた。広場に寝そべっている竜を見る。まだ広場の周りに野次馬がいるが、誰も怖がってそれに近づこうとしない。喜んで駆け寄ろうとする子供を引き止める母親は何人かいるが。

竜がこちらを見た。なにかを期待しているような目で。

「……アッシュ?」

アシュアは半信半疑でその名を呼んだ。心なしか、竜の目に光るものが見えた気がした。

「アッシュ!」

クオはこの時初めて、彼女が喜んでいる顔を見た。笑顔というよりは、驚きから来る表情だったが、ここまで怒り以外の感情を表に出す彼女は初めてだった。

彼女は竜に近づいてその額を撫でる。クオはその背に乗ったから気付いたのだが、あの竜の体はかなり傷だらけだった。

額にも特に目立つ傷があった。

「お前、生きてたのか。よかった……。ごめん、あんな別れ方しか出来なくて」

ふるふると首を振る竜がいじらしい。これであの竜がアシュアの知り合いだということは分かったが、あの竜、言葉が通じるのだろうか。いや、通じるのだろう。雑木林で彼があれに会ったとき、自分はアシュアを助けたい、だから背中に乗せてくれ、と頼んだのだ。竜はアシュア、という単語に反応したように思った。そして快く承諾してくれたのだ。……これもクオの勘だが、あの竜、普段なら絶対人を背に乗せないだろう。

 ぼんっ!と、なにか軽く破裂するような音がしたかと思うと、竜の姿が消えて

(……てええええええ!?)

象並みの大きさの竜は、今、彼女の肩に乗っかっていた。

「え!? そんな不思議スキルがあるのか!?」

これには街の人々も驚いている。子供達がもう我慢できないといわんばかりに何人も広場に飛び出してきた。


 いわずもがな、この後しばらく、人間と竜とのふれあいの場が(否応なく)開かれた。




 目の前に、人ごみにまかれてげっそりとした彼女と、その肩に同じくげっそりした竜がいた。

「あー、いやあんたのおかげで今日はいい気分になれたよありがとな、アシュアちゃん。竜も見れたしな」

屈託のない笑顔で山賊の頭、オルフェは木のジョッキでビールを飲み干した。

 アシュアとクオはさんざん街で騒ぎを起こしてしまったので滞在することもできず、今、かの山賊のアジトでお世話になっている。

「今日はここに泊まるといい。何、なんもしないよ。あんたらは客だ。なあ皆!」

後ろで同じく飲んでいるレッドアイズの皆さんは威勢よく『ういっす!』と答えた。とりわけにこにこしているのはあの剣士、アルフォードだ。

「なあ少年。時間があったら剣の続きをせんか? いいとこで邪魔が入っちまったからなあ」

クオにもう一度会えたのが嬉しいらしい。

「ああ。うん。明日の朝とか」

「おう! ところでそこのお嬢さんと契約したんか。お前さんはもしや変り種か?」

遠慮なしの質問だがむしろそれが心地いいのは邪気のない笑顔からであろう。

「ああ。普通は貴族と契約するもんなあ。あのお頭、前は貴族だった?」

「ああ。まあ家でごたごたがあってな。今は山賊。まあそのうちこのメンツで事業起こそうって話が出てるんだがな。まあ黒い雲が消えてからの話になるだろうが」

(……それはまたなんともすごい野望だな……)

とクオは感心していたが

「盗った金品で事業起こしてもつまらんぞ」

と、すかさずアシュアが言った。

「ははは。そうだな。だが心配するな。俺らは確かに山賊だが、とるのは無駄に豪華そうなもんだけ。旅人から水などを奪ったりはせん。まあ、今日はお主の剣が気に入ったから声をかけたんだがな」

「おい、これはやらないぞ! これ一本しかないんだからな」

ぎゅっと剣を抱えるクオ。

「わかっとるわかっとる」

ははは、とアルフォードは笑う。まあ確かにここには賊特有の殺伐とした空気がない。

彼らが無事会社を起こして、普通に暮らせる日が来るのを願いたいところだった。

 そのためには、黒い雲、すなわち影の国の侵攻をやめさせなければならないのだが。


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