第5話:竜と山賊とチンピラと
この近くに、ドラゴンがいる。……と噂されていた。
カラザの街に負けず劣らず賑やかな街・タバンナ。隣が旧王都なだけあって、今も行商の出入りが激しい。噂話もそこそこだ。
「ドラゴンなんてホントにいるのかねえ?」
歩き疲れてどこか投げやりな金髪の少年は、同じ距離を共に歩いているにも関わらず、全く疲れた様子を見せずに歩く赤い髪の少女に尋ねた。
「いる」
(……へ?)
「いるって言った?」
思わず彼は聞き返した。聞き返すのが普通だ。加えてこの少女、射るようなまなざしからして現実主義者だ……と、彼はさっきまで思い込んでいたのだから。
「お前の耳は節穴か。いる、以外に何て聞こえるんだ」
平然と、それも非難を付け加えて彼女はそう断言した。
「見たことあるような言い方だな」
「竜使いを知ってるからな」
(……は?)
「りゅ、竜使いだあ!?」
思わず少年は叫ぶ。
「なんなんだいちいち! 信じたくなければ最初から尋ねるな馬鹿!」
正論だ。もしかすると彼のほうがよっぽど現実主義者なのかもしれない。
(……でもそれにしたって……)
「そもそもだな、カタストロファーなんてでたらめなモノがいるんだから竜くらいいたって不思議じゃないだろ」
「あ、うん。それさっき思った」
と、少年は答えつつ彼女がどこかむきになっているのは気のせいだろうか、とも思い始める。まあ、本当なのに信じてもらえない時はつらいものだ。
「よし。信じる。竜はいるんだな」
「……いっぺん見てみたらどうだ」
なんとなく不信そうに半眼で言うアシュア。
(いっぺん見てみる……って)
「竜を? どうやって」
「火のないところに煙は立たない。噂は本当かもしれないってことだ」
「え!? マジ!?」
「あー、マジマジ。まあ竜型のカタストロファーの可能性に一票を入れたいところだが」
とアシュアは面倒くさげにそう言った。
(……全然マジじゃねえじゃねえか! もしかしてこいつ俺で遊んでいないか!?)
「分かったよ! 噂辿って見てくればいいんだろ!そんでカタストロファーだったら退治して賞金もらえばいいんだな!?」
「ほう、物分りがいいな。じゃあ私はあの宿で休憩してるから事が終わったら帰って来い」
(えーーーー!? 自分は休むのか!?)
正直そのあからさまな放置プレイにショックを受けるクオだったが
(……いやいや、ここで誠意を見せるべきだ。ここが剣士の腕の見せ所だと思えばいい)
と思い直し、
「わかった。絶対俺のこと、認めさせてやるからな」
そう言ってクオは先ほど噂が流れていた市場のほうへ駆け出した。その背中を見送る少女の顔は、今から休憩しようというものとは程遠い、緊張したものであることに、彼は気付かなかった。
いろんな人から話を聞いた結果、その竜とやらは町のはずれの雑木林に潜んでいるとかいないとか。
(それにしてもあいつのこと全然わかんないなあ……)
ゆっくり一人でこういうことを考える時間も必要だ、と感じるひと時だった。
そもそも、彼女の旅の目的さえ、知らされていないのだ。……あと、今日のこの任務はどうかと思うが、人を見る目はあると彼は自負している。彼女は悪い人間ではない。それに賢い。……するとこの申しつけにも何か意味があるのだろうか。
とそんな考えに至ったとき、がさがさ、と近くで何かが動いた。
「!?」
竜か!?と思ったがそのわりに音が小さい。
「誰だ?」
なんとなしの確信を持って少年は茂みに向かって問うた。人影があらわになる。ビンゴだ。
「おうおうそこの派手な少年。その高そうな剣を置いていきな」
ひげをたっぷり蓄えた、大男が出てきた。いでたちからして間違いなく山賊だ。おそらく、仲間も近くにいる。
「いやだね。これは俺の剣なんだからな」
それでも怖気づかずに彼はきっぱり断る。剣士として、その剣だけは絶対に渡せないものなのだ。
「は! その根性だけは認めてやるわ! だが俺とて口だけで山賊やってねえからな、ここはひとつ真剣勝負でどうだ? 俺が負けたら道譲ってやるよ。他のやつらにも見逃すよう言ってやる」
本当か嘘か分からないところだが、とにかくそう言ってくるなら従うことにした。
「分かった。若いからって侮るなよ」
クオは剣を抜く。光る刃に山賊は目を細めた。眩しさよりも、何か感慨深げな喜悦の色を浮かべる。
「ほう、お主、本物の剣士らしいな」
そう言いつつ男も腰の剣を抜く。
「! お前……」
透き通る長身の刃。幾重もの光を閉じ込めたように煌くその姿に、目を奪われる。
(あれは……)
間違いなく『水晶の剣』。生まれつきの剣士だけが持てる剣の一種だ。
「俺もおんなじだ。主が賊の長でな、今はこんなことしてるが、剣士の誇りは忘れとらんぞ」
そう言いつつ浴びせる剣はとてつもなく重かった。大男なだけあって腕力も並外れている。
かといってそう簡単に屈するクオではない。力で負けるなら技で勝負をかける。クオはもともとそういう類の剣士だ。
「若いわりになかなかやるのう」
男は心からそう思っていた。そしてしばらく忘れていた剣の戦いを心から愉しんでいた。それはクオも同じだ。 剣を手に入れてから戦った相手はあの獣型カタストロファーのみ。戦狂ではないが、たまにはこんな、剣士としての腕を競い合うような戦いもしたい。が、そこに邪魔が入った。
「アルフォードさん! 緊急集令です!」
なんとなくひ弱な感じの男が茂みから出てきた。格好からして山賊の一味らしいが、クオの勘からすると、こいつは下働きっぽい気がする。料理とかが上手そうだ。
「ああ!? 今いいとこなのに!!」
さも残念そうに、それでも主から集令が出たとなると戻らずにはいられないのだろう。ざっと後退する。
「で、なんで集まるんだ?」
「そ、それがですね、あのブルーアイズ共が街で騒動起こしてるらしくって、これを好機に殴りこんで奴らをやっちまおうって……」
一瞬沈黙する大男。目を丸くするとはああいうのを言うんだなあと、クオは思った。
「アルフォードさん?」
「ふははははは! 流石はオルフェ! 俺の見込んだ男だ!! そうでなくては面白くない! さあ行こう、今すぐにだ!」
そう言って大男、アルフォードは背中を向け、駆け出した。
「あ、ちょっと待ってくださいよアルフォードさん! まずはアジトに集合ですよ、分かってます!?」
と慌てて追いかけようとする料理の上手そうな男を、悪いかなと思いつつクオは呼び止めた。
「あ、ちょっと。ブルーアイズって何? 街のほう大変なことになってるのか?」
「あ、え、えーとですね、奴らは雇われ傭兵の集団なんですけどぶっちゃけ僕らとそう違いなくて……っていうか街で暴れるだけ向こうのほうがタチ悪いっていうか……と、とにかく僕らレッドアイズの宿敵なんです。名前も微妙に似てるしね」
焦りながらもしっかり説明してくれるあたり、この人はどうして山賊なんかやってるんだろうとか思えてくる。
「街であの赤髪の魔女と交戦してるとか何とか……ってあ!早く行かなきゃ! じゃあね! しばらく街には行かないほうがいいよ!」
と、明らかにお人好し発言をして彼は去っていった。が、その忠告は頂けない。
「あいつ、何やってんだ!?」
『赤髪の魔女と交戦中』……まだ、脚の傷が痛むはずなのに。
急いで街に戻ろうと振り返ったとき、彼は何かに激突した。
「ぶはっ!?」
(鼻痛っっ!! 鼻血……は出てない……な? あああああああ!?)
目の前に現れた青い障害物。それは。