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第37話:砕かれる絆

 妙な感覚だった。

 体が軽かった。

 浮いているような気分だ。

 あたりには何もなく、ただ、真っ白な世界が広がっているだけだった。

(…………?)

 彼女は歩を進める。

 けれど歩いても周りが全て同じ白ならそれも無意味だった。

「……ここは、どこだ?」

 困ってしまった。

(……まさか天国じゃないだろうな? それとも地獄か?)

 そんな冗談を思いついたが、冗談になっていないことに気が付いて彼女は沈む。

 確かにこの身は貫かれたはずだった。

 それでも今は、腹部に痛みを感じない。

(…………)

 急に不安になってきた。まだ色々とやり遂げていないのだ。

こんなにあっさり死んでしまっては、本当に、悲しい。

 すると、目の前に黒い影が現れた。

「…………?」

 段々輪郭がはっきりしてくる。

 よく見るとその黒い影は

「レイドリーグ……」

 その人だった。

 彼はいつもの、嫌味な笑みを浮かべながら声を発する。

「早く戻ってやれ。メリクリウスの底石が絶望で染まってしまったぞ」

 やれやれ、と彼は首を振った。

「な……。あの馬鹿……」

 アシュアは自らの剣士の短絡さに呆れつつも、少しばかり何かに安心していた。

 そんな彼女の内心を、微妙な表情の変化で読み取ったのか

「喜んでいる暇があったらさっさと俺を取り込め。お前の『闇を抱擁する力』を使えば、俺の力を取り込めるだろう」

 レイドリーグは皮肉げに笑いながら、急かした。

「……そのために死んだふりをしてたのか?」

 アシュアは尋ねる。

「あの男、シシイアボーグは一筋縄じゃいかない。ここに来たのがお前のほうで何よりだ。まだ手の打ちようが出るからな」

 レイドリーグはそう言って、手を伸ばした。

「俺の力……といってもあまり残ってはいないが、それでも使えばお前はもうしばらくは動けるだろう。その間に奴を倒せ」

 アシュアはその手を取る前に、尋ねた。

「レイドリーグ、そうするとお前はどうなるんだ?」

 彼は呆れたように笑う。

「さあ。そも、この身は遥か昔、本来なら朽ちていたもの。今更なくなったところでどうということはない」

 それを聞いてアシュアはどことなく顔をしかめた。

 それを見てレイドリーグはまた笑う。

「おかしな奴だな。俺はお前の祖父の仇だろう?」

 アシュアは頷く。

「ああ。そのことは忘れないし、これからも許すことはない」

 レイドリーグもそれは当然だと言うように頷いた。

 しかしアシュアは続けた。

「でもお前は私の友達を助けてくれたんだろ?」

 その真っ直ぐな真紅の眼を見て、レイドリーグは懐かしさを覚えた。

 

……あの女神もそう。

敵すら真っ直ぐに射抜けるその強い眼差しに、彼は遥か昔から、惹かれていたのかもしれない。


「……そんなことは忘れた。俺はお前にこの命を返す。それだけだ」

 レイドリーグは手を開いて促す。

 そのときの顔が、あまりにも潔く、悔いなど一片もないようなものだったので、アシュアはこくりと頷いた。

「感謝する、レイドリーグ・カタストロフ」

 そう言って、彼女は彼の手を取った。







 騎士は、全滅した。

 あたりには騎士の残骸が影となってさらさらと舞っている。

 その荒涼とした景色を眺めながら、シシイアボーグは歯噛みした。

「なんてことだ! 王から直々に頂いた軍だったんだぞ……!?」

 その視線の先には、剣で身体を必死に支える剣士の姿があった。

 1人で騎士を壊滅させた力量には目を見張るが、それでも既に限界を超えているのだろう。

「ふ……はは! もういい! 石は穢れた! あいつを殺して石を手に入れれば、僕の勝ちだ!」

 そう言って、彼が剣士の前へ下ろうとしたとき、彼は有り得ない光景を見た。



 ……喉が焼けるように熱かった。

 頭が壊れたように痛かった。

 視界はなくなったかのように濁り、

 瞼は涙を流しすぎて重く、

 心はもっと重かった。

 剣で支えていた身体はついに崩れ、その場にへたり込む形になった。

「…………ゅあ……」

 泣き叫びすぎて声は枯れ、主人の名前すら呼べない。

「…………あっ」

 それでも喉は鳴く。

「……あしゅあ……っ」

 

すると、彼の身体は急に軽くなった。

意識が飛んでしまうのかと一瞬思った。

 しかしそれは違った。

前から、抱きしめられたのだ。


「馬鹿クオ。ぼろぼろになりやがって。それでも私の剣士か?」


 彼女の匂い。

 彼女の声。

 彼女の温度。


「アシュ……ア?」

 クオの視界が一気に広がる。

 目の前に、彼女がいた。

「なん……で?」

 クオは彼女を見る。

 腹部に刺さっていた剣は消えていて、血も止まっていた。

「レイドリーグの奴が力を分けてくれた。さっさと奴を倒すぞ」

 アシュアはそう言って立ち上がった。

 クオはしばし呆けていたが、足に力を入れて立ち上がった。

 そのときには、メリクリウスの底石の穢れは既に浄化されていた。


「……レイドの仕業か……っ!」

 シシイアボーグは神殿跡に転がっていたはずのレイドリーグの姿が見当たらないことに気が付いて察し、顔を歪ませた。

「は! 女1人生き返ったって何も変わらないよ!」

 そう言ってシシイアボーグは2人の前に降り立った。


「クオ。あれ、使うぞ」

 そう言って、アシュアは2丁の銃を取り出す。

 そしてメリクリウスの本石を融合させ、砲を創る。

 それからクオが底石を既に融合させている太陽の剣を近づけた。

 暗闇の中、まばゆい蒼白の光を発して、巨大な銃槍は完成した。

「ふん、そんな馬鹿でかい武器で僕を捉えるって?」

 そう言ってシシイアボーグは跳躍した。

「アッシュ!!!」

 アシュアがそう呼ぶと、地面に倒れふしていた青い竜は目を覚まし、再び巨大化して体当たりし、シシイアボーグの着地を妨げた。

「ちっ!」

 彼が空中に留まる間に、2人は照準を定める。

(僕が人間ごときにやられるか!)

 シシイアボーグは空中から、衣服に隠し持っていた投げナイフを持てる分だけ投げつける。

 しかし、投げナイフは2人の前で黒い光に弾かれた。

「っ!?」

 シシイアボーグにはそれが何なのか理解できた。

「レイドリーグ!! 貴様ッ!!」

 同胞の完全なる裏切りに憎悪するシシイアボーグは、着地することすら忘れていた。

「今だ!」

 クオが叫ぶ。

 アシュアは頷いて、トリガーを引いた。


 暗黒の天を裂く轟音と閃光。

 それはまさに神鳴かみなりだった。

 闇を愛する影の国最強の騎士は、過去に見たこともないほどの光を、最期の瞼に焼き付けることとなった。






 石の融合が解け、武器が地面に散らばった。

 シシイアボーグの消滅により、空を覆っていた黒い雲は次第に北へ流れていくようだった。

「……やった、か」

 アシュアは空気を吐き出すようにそう言って、その場に崩れ落ちた。

「アシュア!?」

 クオがとっさに抱きとめる。

 気が付けば、彼女の腹部からまた血が流れていた。

「……もう限界か、意外と、早かったな……」

 アシュアは自嘲するように笑った。

「待てよアシュア! 石持って楽園に行くんだろ!? 限界とか言うなよ!」

 クオが叫ぶ。

「……なら、お前が行け。私は、もう、いいや……」

 アシュアの声が段々小さくなっていく。

「何がいいんだよ! お前が行くって言ったんだ! お前が行かないでどうするんだよッ!」

 クオは声を震わせる。

 また、涙がこぼれていた。

 それを見てアシュアは困った顔をした。

「……泣くなよ馬鹿。私は世界を救うって言ったんだ。あれを倒せば少しはカタがついただろ……。だから、後は、任せた」

 クオは首を振る。

「嫌だ! お前はそれでいいのかよ! お前は他にないのかよ! やりたいこととかっ……他にあるだろ!?」

 顔を真っ赤にして叫ぶ剣士の顔を見て、アシュアはそれでも笑おうとした。

 もうやりたいことはやったんだと、言おうとした。

 けれど

 けれど、笑えなかった。

 言えなかった。

「……そんなこと、最後に言うなよ。……後悔、するだろ……」

 アシュアは目を閉じながら、涙を流した。

 それを見て、クオは決意する。


「だったら、俺は……!」


 彼は彼女をそっと地面に寝かせて、傍らに落ちていた太陽の剣を手に持った。

 その切っ先を、彼女の右耳にある、契約のイヤリングに向ける。


「俺は、お前を、守る…………!」


 力を込めて、彼はイヤリングを突き刺した。


・・・。

次回、最終回です。エピローグもありますが。

どうぞ最後までお付き合いください。

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