神話3〜その願い、その誓い〜
フェリア=ローズが参戦して以降、戦況はみるみる変わっていった。
「フェリア様! 3番隊が影の国フェルシアルークの軍を退けました!」
情報伝達係の天使が本陣に構えるフェリアに一報を入れる。
「そうか。よくやったと伝えておいてくれ。私は今から西側を叩きに行く。3番隊には天界に帰還するよう命じてくれ」
「え!? お1人で行かれるのですかフェリア様!? 危険です、先日受けたお怪我も完治していないのに……!」
フェリアは笑った。
「あとは私が行けばこちらの『勝ち』だ。テリル、お前ももう天界に帰還せよ」
「……そんな! 私はフェリア様の御許におりとうございます! 最期まで!」
情報伝達係の天使、テリルはフェリアに縋る。
「テリル、それは出来ない。私についてきても、その能、無駄にするだけだからな。お前の働きには感謝している。その力、これからもきっと天界の役に立とう」
フェリアは優しくテリルを離して、天幕をくぐった。
テリルはその後姿を瞼に焼き付ける。
赤い髪の、月の戦女神。
位は低いがその実力は軍神タレスをも凌いだことが、この戦果で明らかになった。
戦に出た者も、本当はここまで勝てるとは誰も思っていなかったに違いない。
もう少し早く彼女がここに来ていれば、あるいは別の勝ち方も出来ただろう。
そう、今日、楽園の西側からカタストロファーの援軍が送られてくるという情報が入ったのだ。
既にこの地にいたカタストロファー軍は彼女の指揮で何とかねじ伏せたというのに、援軍を送られては疲弊しきったこちらの軍では対抗できない。
そして彼女はやはり、軍神達上部の思惑通り、この地で戦死することになるのだ。
神が死したその土地は、聖域となって影の者が踏み込めない場所となるからだ。
西側の空から、黒い騎士達が舞い降りた。
赤髪の女神は1人それに立ち向かう。
「……これが、最後だ」
自分に言い聞かせるようにして、彼女は剣を抜いた。
太陽の楽園へと繋がる天界の中央神殿の奥にある扉から、続々と戦士が帰還してきていた。
アイアスはその扉の傍らで、ずっと彼女を待っていた。
けれど最後の1人が扉をくぐっても、赤い髪の女神は現れなかった。
最後に扉をくぐった天使、テリルはそんなアイアスを見て涙を流した。
「アイアス様、フェリア様は……」
そんな彼女の言葉を最後まで聞く前に、アイアスは扉の中に駆け込んだ。
「アイアス様! まだあちらは危険です! アイアス様!!」
そんなテリルの言葉は、アイアスの耳に届いていなかった。
最後の人型のカタストロファーと対峙してから、彼女はただずるずると身体を引きずるようにして歩いていた。
すでに身体は限界だった。
以前受けた傷が開いたり、さきほどの戦闘でも随分と傷を負った。
それでも歩いていたのは
『帰ってこなかったら私は君を嫌いになるかもしれない、それでもいいんだな!?』
そんな彼の言葉のせいかもしれない、と彼女は苦笑した。
けれど、それもそろそろ限界だった。
足が動かなくなってくる。
目も霞んできた。
途端、何かにつまずいて彼女の身体はいとも簡単に倒れてしまった。
「………ぁ」
見上げる空には黒い煙が昇っていて、鳥の鳴き声すらしない。
あんなに花が香っていた空気も、今では土、草花の焼け焦げた匂いしかしない。
(……綺麗な場所だったのに……)
彼女が目を瞑りかけた、その時。
「フェリア……っ」
ぼやけた視界に、愛しい男の影が映った。
「……アイアス殿……」
彼女は、なぜだかよく分からないけれど、彼が来てくれるような気がしていた。
ぽたぽたと温かいものが降ってくる。
(この方はまた、泣いているのか……)
「……私を、嫌いになるん、じゃなかったのか?」
フェリアはどこかおどけ気味に、そう尋ねた。
「嫌いになんてなるはずないだろっ……」
彼は即答する。
フェリアは笑った。
(なら最初からそう言えばいいのに。結構痛かったんだから、あの言葉……)
「……じゃあ、キス……して」
彼女からせがむのは、これが初めてだった。
その奇怪さにアイアスは不安を隠せない。
「……フェリア?」
「……約束、の……」
「あれは別れるときのだろ……っ」
アイアスは言い張った。
しかしフェリアは手を伸ばした。肩も負傷していて、満足に伸びなかったが、それでもその白い手は、アイアスの頬に届いた。
「……愛してる……」
今まで怖くて言えなかった言葉を、彼女は紡いだ。
「……フェリア……」
そっと、唇が重なる。
彼女は願う。
これで、想いが全て伝わればいいのに、と。
――こんな結末しか選べなかった私を、貴方は責める資格がある。
いつも何かと理由をつけて、貴方を突き放してきたけれど。
本当は、自信がなかっただけなのだ。
『戦女神』の名を捨てて、ただの女になる勇気が、私にはなかった。
だから、ずっと現状をどうにかしようとしていた貴方のほうが、よっぽど勇気があった。
貴方との未来を私は諦めてしまったから、今私はこんなところで倒れているのだけれど。
もし、もう1度チャンスがあるのなら、今度は。
今度は諦めないでいたい。
だから、
だから
「また逢おう、アイアス=シャイン……」
実際、彼は心のどこかで信じていたのかもしれない。
彼女なら帰ってきてくれる、と。
けれど彼女はやはり帰ってきてはくれなかった。
1度決めたことは覆さない。
彼女らしいといえば彼女らしい。
けれど彼は悔しかった。
そんな彼女を知っていながら、心のどこかで甘えて、止められなかった自分が恨めしい。
何も出来ない自分が歯がゆい。
戦うことすら出来ない弱いこの身が憎らしい。
彼女を守れなかった自分が情けない。
未だ嗚咽を漏らしつつ、彼は愛しい女神の亡骸に誓う。
「約束だ、フェリア……今よりずっと強くなって、私が必ず君を見つけてみせる……! だからっ……」
その時は、今度こそ
「ずっと、君の側に置いてくれ」
それは遥か昔の、違う世界での出来事。
1人の女神が願った願い。
1人の神が誓った誓い。
その願いとその誓いは叶うのでしょうか。
次回からは元に戻ってほんとのほんとにクライマックスです。どうぞ最後までお付き合いください。