表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/48

第36話:狩人の矢

 にじり寄る漆黒の騎士達。

 数では圧倒的に不利だった。

「……く」

 アシュアは苦い息を漏らす。

しかしここで石を奪われてしまっては本当に世界が終わってしまう。そんな気がしていた。

「まだ、諦めない。クオ、行くぞ」

 アシュアがそう言って地を蹴る。

「ああ!」

 そう答えてクオも剣を抜いた。

 アッシュも巨大化し、囲んできていた騎士達を蹴散らした。


 アシュアはメリクリウスの本石を祖父の形見の銃と融合させた。しかし今回は砲ではなく手に収まる銃の形を保たせた。素早い動きをする騎士型にはそのほうが都合が良い。

 襲い来る騎士達を見事なまでの正確さで撃っていく。

 しかし石で強化しているにも関わらず、騎士達は1発当たっただけでは消えず、数発当ててやっと体勢が崩れる程度だった。

(こいつら、いつものより手ごわい……)

 

同じくクオも、それを感じ取っていた。

 クオは太陽の剣にメリクリウスの底石を融合させたが、彼の技量をもってしても騎士型のカタストロファー1体1体が彼とほぼ互角の力量で攻めてくる。

「くっ!」

 少し隙を突かれると、他の騎士に攻められる。

 何度もそんな危機を繰り返し、戦いは長期戦に入っていた。


(……ふーん、石は2人がばらばらに持ってるのか)

 シシイアボーグは遠目で傍観していたが

(回収が面倒だな。まずは1つ、頂くか)

 長引いてきた観戦に飽きたのか、彼は手のひらから漆黒の矢を生み出した。

 それを静かに、アシュアのほうに向かって放った。

 音すら立てないで飛翔した矢は、真っ直ぐ彼女の背後へ近づいていた。

(終わりだな)

 シシイアボーグはあっけなさを感じつつも、冷ややかに笑う。

 しかし。

「!?」

 アシュアがその矢に気付いた瞬間に、その矢は折れた。

(な!?)

 これにはシシイアボーグも目を見張った。

(あの女、何をした!?)

 そう言って目を凝らしつつ、先ほどの光景を頭に浮かべても、シシイアボーグは理解できなかった。

(何の素振りもなかったのに……!)


「アシュア! 大丈夫か!?」

 クオがその異変に気付いてアシュアに叫ぶ。

「問題ない」

 そう言いつつアシュア自身も腑に落ちない顔だった。

(こういうの……前にもあったか……?)

 確かレイドリーグの矢を受け止めて、折ったときだ。


(解せない。何だっていうんだ。闇の矢はあの女には効かない? じゃああの男のほうは? 女に効かないんだったらあっちにも効かないのか? ああ、人間は分からない。分かりたくもない。……こうなったら……!)

 シシイアボーグは腰の剣を抜く。その剣は闇の力で創られた物ではなく、紛れもないただの刃物だった。

 しかしただの刃物というには物騒な得物である。

 シシイアボーグが本来得意とするのは『投擲』。

 衣服の中には投げナイフを幾つも忍ばせているほどだ。

 まるで狩人のように遠くから、逃げ回る得物を仕留めるのを彼は好む。

 ゆえに彼の腰に携えられた剣も、『投げて刺す』のに特化した独特の形をしていた。

 柄は矢羽のように、切っ先は槍のように。

 その剣は矢より速く目標へ飛び、槍よりも深く目標を刺す。

 彼は獲物を観察する。

 隙が出来ればこの1投で終わらせられる自信も技量も、彼は兼ね備えていた。


 アッシュの助けもあり、騎士達の数はようやく減ってきていた。

 しかし油断は許されなかった。

 接近戦しか出来ないクオは既に満身創痍で、段々と剣さばきが鈍ってきていた。


(あれにしよう)

 シシイアボーグは冷ややかに笑う。

 狩人の鋭い眼は、獲物を捉えた。


 アシュアは見た。

 神殿跡から見下ろす鋭い眼光と、鋭い剣を。

(まずい……!)

 嫌な予感がした。

 傍らを見ると、クオは騎士との戦いに夢中で、上方に構える人型のカタストロファーにまで注意が行っていない様子だった。

 そして、その嫌な予感に突き動かされるように、彼女の身体は自然に動いていた。


 風を切る鋭い音。

 最初それがクオには何か分からなかった。

 ただ背後から近づいてくる、とてつもなく凶暴な音だった。

 剣を交えていた騎士を何とか引き離して、彼が振り返ると――……


 何かが刺さる鈍い音と共に、少女の背中がそこにあった。


 痛みより衝撃がまず彼女の身体を襲った。

「ごほっ……」

 肺から空気を吐き出すように咳き込むと、こぼれたのは真っ赤な血だった。

 それが自分の口からこぼれたものだと理解すると同時に、激しい痛みが腹部を襲う。

 意識は真っ白に塗りつぶされ、そのまま身体は地に倒れた。

「……あ、しゅあ……?」

 クオは目の前で倒れた少女を目で追う。

 地面に広がっていく赤い色。

「アシュアっ……!」

 クオは倒れた少女を抱き起こすが、その動作だけで自分の手すらも真っ赤に染まった。

 見れば、彼女の腹部には妙な形をした剣が深々と刺さっていた。

「ぁ……」

 

生温かい、それ。

「あしゅ……」

 逆に冷えていく彼女の頬。

「……ュア……っ」

 赤い色。赤い色。赤い色。

「アシュアっ……!」


守レナカッタ、

守レナカッタ、

守ラセテシマッタ、

守レナカッタ

 

「あ……ァぁア」

 痺れていく自分の手、腕、首、頭。

 心臓の音だけがやけに大きくなって、彼の頭は真っ赤に塗りつぶされていく。

――――そして、何かが、外れた。


 ここぞとばかりに騎士型カタストロファーの残党はクオに向かって襲い掛かった。

多数の爪や刃が向けられた瞬間、

全てが一瞬で掻き消えた。


「――な!?」

 その様子を見ていたシシイアボーグは、射程外の獲物を仕留めたことの皮肉を笑う間もなく目を見張った。

 あの剣士は既に十分疲労しているはずで、ゆえにシシイアボーグが放った剣にすら気付かず、気付いた少女が盾となったのだ。

 それなのに。

「どうして、あんな力が……」


 少年は剣を握りなおす。

 眼は既に鬼のそれ。

 宿る光はまさに怒りだけだった。

 そしてよく見ると、先ほどまではまばゆい太陽の光を放っていた剣も、今では曇ったように濁っていた。


(……底石が濁った……? これはこれで良い兆候かもしれないが……)

 シシイアボーグはまだ驚きを隠せぬまま、それでも騎士の援軍を彼に差し向けた。


 クオの前に再び現れる騎士達。

 彼らは一斉にクオを囲む。

 しかし、彼は表情すら変えず、言葉にならない叫びを上げながら剣を振り始めた。



 彼の脳裏に浮かぶのは、いつか彼女に言った言葉。

『俺は守られるためにいるんじゃない。守るためにいるんだ!』


(守るはずだった。俺が守るはずだった。守らなきゃいけなかった)


 彼女は彼の、剣士としての主だったけれど、それでももっと違う忠誠があった。

 彼は気付いていた。

 とにかく彼女が好きだった。

 愛とか恋とか、そんなのはもう関係なく、

 彼女が好きだったから、守りたいと思っていた。


(なのに、なのにッ……!)



「ああアアあアああアアあア」

 涙を流しながら、その鬼は剣を振るい続けた。


・・・・・・。

ここで申し訳ないのですが次回は神話最終章です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ