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第35話:決意、決戦

 町はずれに、小さな湖畔があった。

 満月をゆらゆらと映す水面を眺めながら、アシュアは膝を抱えていた。

 彼女の頭の中には、少年の言葉がずっと残っていた。


『母さんが言ってたもん。ここはずーっと平和で、だからずーっと一緒に暮らせるんだって。皆仲が良くて、喧嘩なんてしないんだ。悪い奴らなんてここにはいないよ?』


「……ああ。私もそんな世界が欲しかったよ」

 彼女は水面に浮かぶ月を眺めたままそう呟いた。


 髪が赤いというだけで、迫害を受け続けた6年間。

 母親との約束だけが生きがいだった。

 

 ――どうして人はそこまで非情になれるのか?

 ――誰かを槍玉に挙げないと生きていけないのか?

 

 約束は叶うことなく、あの雨の日、少女は全てに絶望した。

 けれど、それでも彼女は楽園にすがった。

 祖父が集めた楽園に関する書籍はほとんど網羅した。


祖父にメリクリウスの石を託されてからも、楽園に辿り着けば世界の何かが変わるかもしれないと、どこかでそう思っていたのかもしれない。


(――でも、違う……)

 アシュアはここに来て痛感した。

 痛みすら感じないこの世界は、あまりにも軽すぎると。

 

 東の町を追い出されたあの日、確かに世界に絶望した。

 けれど救ってくれた人がいた。街があった。

 その温かさが分かったのは、冷たさを知っていたからだ。


 ひどい矛盾だ。

 本当は温かさだけ欲しいのに、それを知るには冷たさを知らなければならない。


 けれどそれが世界だと。

 それが守るべき世界の秩序すがただと彼女は悟った。


(……けど)

 彼女は水面の月を眺める。

 天上の月は見上げられない。

 だって、見上げてしまうと。


「……なんで、泣いてるのかな……、私は……」

 

 涙がこぼれてしまうから。


 とても悔しかった。

 世界の条理を理解してもなお、やはり彼をそう説き伏せることは自分には出来ないとも悟ったからだ。

 こんなふわふわした世界でも、笑って、幸せそうに暮らしている人に『苦しめ』なんてとても言えない。

 誰だって痛いのは嫌だ。

 苦しいのは嫌だ。


 この世界では、その個人が最も望む生活を送ることが出来る。

 彼が望んだのは、やはり剣士としての人生ではなく、ただ家族に囲まれた平凡な生活だったのだ。


(だったら、私は何も言えない)

 何も言えないのに、やはりなぜかひどく悔しい。

(私は、あいつの、何だったんだろう?)

 悪く言えば、裏切られた気分だ。

(ああ、もう嫌だ)

 自分がそこまで彼に固執していたのかと思うと余計に腹立たしかった。悔しかった。切なかった。

(こんなことなら、最初から契約なんてしなければよかったんだ……!)

 彼女がそう、一際拳を握り締めたとき。


「アシュアっ!」


 後ろから、彼女は名前を呼ばれた。

 それは、今1番聞きたくなくて、1番待っていた声だった。


「…………クオ……?」

 彼女が振り返ると、そこには元の姿に戻った剣士の姿があった。

「ぇ……! アシュア、泣いてるのか……?」

 クオは予想外のことにたじろいだ様子だった。

 そう言われてアシュアは自分の失態を呪いつつ、ごしごしと涙を拭った。

「……んなわけないだろっ」

 そう強がって言ってみたものの、どうにも声がしゃがれていた。

 誤魔化しきれないと悟ったのか、彼女はまたクオに背中を向ける。

 そんな小さな背中を見て、クオは後悔した。

(…………俺が、泣かせたのか…………)

「アシュア……」

 クオが声を掛けようとするが

「何だよ今さら! 寄るなマセガキ! さっさと母親のところにでも帰ればいいだろ!」

 アシュアは言葉を遮ってそうまくし立てた。

 勿論本心ではないのだが、何か言ってやらないと収まりがつかなかったのだ。

「いや、もういいんだ」

 クオは言う。

「分かったんだ。俺、後悔してないって。剣士として育ったことも、お前と契約したことも、今までのこと、全部」

「…………」

 そして彼は1歩ずつ彼女に歩み寄る。

「だから偽物の楽園なんて要らない。楽園なんて要らない。俺は今のままでいい。アシュアの剣士でいられるなら、それが1番いいんだ」

 そう言って、後ろから彼女を抱きしめた。

 彼女の肩が、一瞬びくりと揺れる。

 それから、前に回したクオの手に、またぽたぽたと温かいものがこぼれていた。

「…………っ馬鹿が! そう思ってるんだったら最初からこんな術に惑わされるなアホ! 間抜け! お前なんか私の剣士降格だっ! 見習いからやり直せ馬鹿クオ!」

 アシュアは顔を真っ赤にしつつ罵り倒す。

「うん。ごめん」

 どれだけ罵っても、『剣士失格』とは言わないあたりの彼女の優しさを愛おしく思いつつ、クオは素直に謝る。

「〜〜〜謝るんだったらさっさと放せこのマセガキ! さっさと帰るぞ!」

「……うん。ごめん」

(……さっきからマセガキマセガキ言われてるけど……なんで?)

 疑問に思いつつクオがしぶしぶ彼女から離れると、景色が一気に移り変わった。



「ほっほ、戻ってきたか。危なかったの、小童」

 気が付くと目の前に、白装束の老女がいた。周りは白い霧の世界である。

 アシュアはまだ少し赤くなったままの目で老女を睨む。

「ふん! もういいだろ! さっさと元の世界へ戻せ!」

 すると老女は、なぜか気まずそうに俯いた。

「……なんだよ、もしかして戻せないとか言うんじゃないだろうな?」

 アシュアがそう言うと、老女は力なく首を横に振った。

「……いや、戻せんわけじゃないが……。お主、本当にいいのか? 向こうの世界は今頃すっかり黒い雲に覆われてしまっておるぞ……?」

「「なんだって!?」」

 アシュアとクオが声を揃える。

「影の国からよほど強力なカタストロファーがやって来たのじゃろ。このままここにおればお主らの身はわしが保障しよう。……どうじゃ?」

 老女は真剣な目で尋ねてきた。が

「いいや、戻る。私は戻る。戻ってあの世界を救わなきゃいけないんだ」

 アシュアは言い切った。

 クオも頷く。

 それを見て老婆は

「……お主ならそう言うと思ったがな……」

 少しばかり苦笑して、杖を振った。

 するとアシュアとクオの周りに光の円陣が出来る。

「苦楽があるからこそ世界じんせい。それは誰もが本当は分かっておること。ただ認めたくないんじゃ。わしもその1人で、ゆえに俗世を捨てた。じゃがお前は行くんじゃな?」

 老女がアシュアに尋ねる。

「ああ。最近ばあさんが捨てたその世界ってのも、悪くはないって思えてきたんだ。だから、まだ諦めない」

 光の中でアシュアがそう答えると、老女は笑った。

「お主らが世界を救えたら、わしもまだ、信じられるかもしれんの――……」





 目を開けると、そこは真っ暗だった。

「…………!」

 月明かりで銀色に光っていた神殿は、死んだように黒に染まり、空には月も星も、光ってはいなかった。

「……本当に、覆われてしまったのか」

 アシュアは空を見上げて呟く。

 想像以上の暗黒に、少しだけ慄いたのだ。

 すると彼女の足元を、何かがつついた。

「?」

 下を見ると、そこには青い竜がいた。

「アッシュ! 待っててくれたのか。怖かったろうに」

 そう言ってアシュアがアッシュを抱えると、アッシュは嬉しそうに頬をすり寄せた。

 しかし和む暇もなく

「アシュア、あれ!」

 クオがある方向を指差す。

 林の中で、禍々しい黒い光が発せられていた。

「何だ?」

 目を凝らすと、黒い空に、さらに漆黒の龍のような形をした光が立ち昇った。

「こっちに来るぞ!」

 クオが叫ぶと同時に、光のような速さでその漆黒の龍のような稲妻は神殿の上に落ちた。

「「っ!」」

 大気を震わせるような轟音と共に、激しい風にあおられて、アシュアとクオは数メートル吹き飛ばされた。

「アシュア、大丈夫か!?」

 よろめきつつ立ち上がるクオが声を掛けると

「ああ」

 アシュアも立ち上がって、黒い煙を上げる神殿跡を睨んでいた。

 そこには

「ほう、やっと逢えたね、赤髪の魔女」

 漆黒の長い髪をした、黒衣の男が立っていた。

((人型カタストロファー!))

 ひと目でアシュアとクオは理解した。

「ほら、レイド。最期に見たら? 君がやけに固執してた人間だろ?」

 長い髪の男は後ろのほうに向かってそう言った。

(……レイド?)

 アシュアが注視すると、長い髪の男の後ろ、さっきの雷のようなもので焼けてしまった神殿の跡に、横たわる男の姿があった。

「レイドリーグ!?」

 アシュアは思わず叫んでいた。

 無惨な姿で横たわっているのはまさしくあの、常に余裕の笑みを見せる黒い男だった。

 レイドリーグはぴくりとも動かない。まるでもう、息が無いかのように。

「あれ? もう死んじゃったの? つまらないの、せっかくここまで連れてきてあげたのに」

 と、さっきまで遊んでいた玩具に飽きてしまった子供のような言い草で、その男は2人のほうに向き直った。

「まあいいや。さっさと石を渡してくれない? 今ならたかが人間2人を逃がすために僕の前に立ちはだかった馬鹿なレイドに免じて命までは取らないでいてあげるよ」

 長髪の男は手を伸ばす。

 まるで差し出されるのが当然、のように思っている素振りだった。

 アシュアは目の前の男の危険性を空気で感じつつ、

「……断る」

 そう答えた。

 長髪の男は目を丸くする。

 それから伸ばした腕を下ろして、そのまま額に手をやった。

 可笑しそうに、ヒステリックに彼は笑った。

「ふふ、ははは……! どいつもこいつも馬鹿な奴ばっかりだよ! 選択肢を誤ったね赤髪の魔女! 君も闇に染まって死ねばいい!!」

 氷のように鋭く冷たい目を見開いて彼は言う。

 するとアシュアとクオの周りに、何人もの騎士型のカタストロファーが現れた。


ほわー、実はクライマックス突入ですー(え!? 結構イキナリ!? って思われた方、そのあたりは私の構成ミスですごめんなさい)

でもこの回の前半部分、アシュアが結構お気に入りです。今回は少女漫画的展開でしたが次回から少年漫画的展開です。

今日の時点で最終回まで大雑把に書けたので明日明後日くらいにはもうちょっと推敲して最後まで出せればと思います。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!どうぞ最後までお付き合いください・・・。

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