表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/48

幕間8・神話2〜戦火〜

舞台が過去の天界に移っています。

 太陽神の庭、太陽の楽園に影の国が手を伸ばしたという知らせはすぐに天界中に知れ渡った。

「なんと恐れ多いことを。軍神タレスを呼べ、隊を編成するのだ」

 戦を司る神の号令により間もなく、天界一の猛者と呼ばれた男神率いる軍隊が楽園へと向かった。

 この処置で天界の神々はすぐ事態は落ち着くだろうと楽観していた。

 しかし、ひと月経っても戦は終わらなかった。


「なんいうことだ、まさかタレスが負けて帰ってくるとは」

「タレスだけじゃない、他の戦神たちも一体どうしたというのだ。ことごとく逃げ帰ってくるではないか!」

「情けない! よもや平和にかまけて戦いの仕方を忘れたというのではあるまいな!!」

 神々が集う中央神殿ではこのような罵倒が飛び交っていた。それに対して逃げ帰ってきた軍神たちが言う。

「そうは仰るが、あちらの兵力は前回の大戦の時とは明らかに違う! 人の形をした者どもまで送り込んできたのだぞ!?」

 アイアスは壇上の太陽神の傍らで、このくだらない論争を聞いていた。

 太陽神も見かねたのか、厳かに声を発した。

「静粛に。報告によれば確かにあちらの戦力は我らを上回っている。軍神達よ、命を捨てろなどとは誰も言わぬ。だが兵を残したまま指揮官だけ帰ってくるというのは問題があろう」

 それを聞いて軍神達は黙り込む。現在楽園には軍神たちが率いていった神位より低い者達だけが取り残されていた。

 苦い顔をして軍神タレスはこう言った。

「しかし太陽神よ、部下を引き連れて帰ってきたところでかの地は完全に影の国に乗っ取られ、人間界まで制されることになるのだぞ?」

 軍神達が一斉に頷いた。彼の言い分も筋は通っていた。

 太陽の楽園を奪われるということは、そのまま人間界を奪われるという意に直結する。

 今度は太陽神が苦い顔をした。それを見て太陽神の側近が

「タレス、逃げ帰ってきたお主がそのようなことを言う筋合いはない。太陽神はお主の指揮官としての責任を問うているのだ」

 そう軍神を諌めた。今度は文神達が一斉に頷き、軍神達が不満を口々に漏らし始める。

 傍らでその様子を見ていたアイアスは

(……これでは埒があかないな)

心の中で溜め息をついた。

 そしてそんな議論が続いた結果、最後には

「もう楽園は諦めてもいいのではないか」

 と、そんな声が飛び出し始めた。

「今の我々では勝てぬのなら諦めるほかあるまい。これ以上無駄な争いを続けて犠牲を出すのは……」

 それを聞いたアイアスはつい

「何を……人間を見捨てると仰るのですか貴方方は!」

 声を張り上げていた。

 普段会合に参加してもほとんど何も述べないアイアスだったので、これには他の神々も驚き、しばし口をつぐんだが、

『所詮はお飾りの神よ。きれいごとを述べるだけ述べておけばいいのだからいいものよな』

 声は聞こえずともそんな視線が彼に集中した。

 悔しげに押し黙るアイアスを見かねて太陽神が言う。

「アイアスの言うことは最もだ。人間界は我らが護るべき世界。軽々しく諦めるなどと言わぬように」

 それを聞いたとある神が

「ならどうすればよいのだ?」

 と嘆いて、そうしてまたざわつき始めた頃。

「恐れながら、申し上げる」

 凛とした声が、神殿に響いた。

 声の主を辿るべく、神々の視線が神殿の入り口付近へ一斉に向かう。

 そこには、真紅の長い髪をひとつに結わえた、鎧姿の女神が跪いていた。

(……フェリア……?)

 アイアスはこのとき、言い知れぬ胸騒ぎがした。

「何か案が? 薔薇の女神」

 太陽神はそう尋ねた。

 フェリアは顔を上げて、こう言った。

「この件、私に一任していただきたい」




 長く続いた会合の後、アイアスは真っ先に彼女の後を追いかけた。

「フェリア!」

 神殿の外へと続く回廊で呼び止められて、フェリアは立ち止まり、振り返った。

「アイアス殿、久しいな」

 なんでもないように彼女はそう返した。

「『久しいな』じゃない! 君はなんてことを引き受けたんだ! あのタレスですら負けて帰ってきたような戦場に君1人で乗り込む気か!?」

 アイアスは顔を赤くして怒っていた。フェリアは周りを気にしながらなだめるように

「そんなわけないだろう、部下を率いて行くんだ」

 と言った。ますますアイアスは顔を赤くして

「そういう意味じゃない! 神位は君1人だけになるだろう!? 責任は!? 今までの軍神達の失態も、結局全部君が背負うことになるぞ!」

 そう叫んだ。これには流石にフェリアもむっとして

「アイアス殿、その言い方では私が負けて帰ってくることが前提になっているように聞こえるのだが」

 と抗議し、彼の手を引っ張ってとりあえずその場を退いた。まだ回廊には会合帰りの神々がいて、先ほどのアイアスの発言は軍神側に付いている者達が聞けば不愉快なものだっただろうと、彼女なりに気を遣ったのである。

 それほどまでに今のアイアスは周りが見えていなかった。


 とりあえず2人は神殿の裏庭までやって来た。ここならこの時間は誰もいない。

 着いた途端、アイアスはまた口を開いた。

「大体な、どうしてこんな厄介ごとに首を突っ込むんだ君は! 名誉なんていらないと、かねがね言っていたのは君だろう!?」

 フェリアは呆れ顔で溜め息をつく。

「アイアス殿、私は先ほど太陽神の御前でもそう言ったじゃないか……」

「じゃあなぜ!?」

 アイアスがフェリアに向き直って問う。

「このままでは本当に楽園は影の国に取られてしまうだろう。そうなれば人間は影の国の奴隷とされてしまうじゃないか」

「確かにそうだが……しかしどうして君が行く必要があるんだ!? 他にも上位の軍神はいるだろう!? まさか無理に押し付けられたんじゃないだろうな!?」

 アイアスが躍起になってそう言うと、

「……確かに上から声がかかったのは事実だが……けれどこれは私の意志だ」

そしてフェリアは少しばかり頬を染めて、俯きつつこう呟いた。

「……あそこには……貴殿との思い出があるから……」

「……な……」

 アイアスはその言葉に打ちのめされる。

 石でも頭にぶつけられたような衝撃すら覚えた。

 嬉しくないと言えば嘘になる。

 彼女は自分のことはあまり話さないので、いつも想いを伝えるのはアイアスのほうばかりだった。

 そう、『愛している』という言葉は、フェリアは使ったことがない。だからアイアスは時々不安なのだ。

 しかしさきほどの一言は、そんな彼女がアイアスとの思い出を大切にしているということを示唆している。

 しかし『思い出』という実体のないもののために彼女が戦うなんて、彼には思いもよらなかった。

 結局、自分のせいで彼女を危険な場所へ向かわせることになるという衝撃も大きかった。

「ま、まさかそれだけで引き受けたのか!?」

 それを聞いてフェリアは一転不機嫌な顔になる。

「『それだけ』とは何か、アイアス殿! 貴殿はあの庭がなくなってもいいとお思いか!?」

「そんなわけないだろう! だが……」

 アイアスはそれ以上言えなかった。

 戦果の報告をこのひと月の間、嫌というほど聞いてきた彼である。相手の強さが尋常ではないことくらい戦に関わらない神でも分かる。


 だからそれゆえに分かってしまう。

 軍神の考え。

 フェリアの考え。

 普通に『勝ち』にいくことはもう不可能であること。

 もしこちらに『勝つ』可能性があるとすれば、それは――――……


 言葉に詰まったアイアスに、優しい眼で応えたフェリアは

「アイアス殿。太陽神の庭は、私が必ず守り抜いてみせましょう。貴殿と私の思い出と共に」

 そう言って、アイアスの前に跪いた。

 まるで騎士の誓いである。

「…………」

 その姿を見て、アイアスはもうどれくらい前だったか忘れた昔のことを思い出していた。




 太陽の楽園は、天界と人間界と影の国に挟まれたところにある。

 どの次元にも接点があるが、大昔、太陽神が楽園に大鏡を置いたときから、かの地は太陽神の庭とされてきた。

 大鏡の機能から、人間界の均衡を保つ重要な役割を持つ地ではあったが、それ以外はたまに太陽神が気まぐれで訪れるくらいの庭でしかなかった。

 そんな庭に、アイアスはやって来た。

 ここに用があるわけでもなかった。

 ただ、誰もいないところでゆっくり一息つきたかったのである。

 その日は天界でいう年始の日で、初めて神殿に上がる新参の神々が太陽神のところへ挨拶をしにくるという行事があった。

 太陽神の分身である彼はその間ずっと太陽神の隣で黙って座っていなければならなかったので、彼にとっては非常に退屈な時間でしかなかった。

(けど……そうだな)

 今日は珍しく彼はとある神に興味を持った。

 そのことが少し自分でも意外で、嬉しかったのである。

 名前は最初、ぼーっとしていたので聞き逃したが、赤い髪の美しい女神だった。

 いや、美しい女神、というのは実際ざらにいる。

 けれど今日神殿に上がってきたその女神には、なぜか惹きつけられたのだ。

(……まあ、位が低いようだったから、話す機会もないだろうが……)

 そんなことを思いながら、彼が軽い丘を越えると。

「…………?」

 アクアブルーの湖のほとり。緑生い茂る自然のベッドの上に横たわる、赤い色。

「……」

 恐る恐る近づいてみると。

(……!)

 つい先ほど想っていた本人が、寝転がっていた。

 今朝見たとき結っていた髪は解かれていて、流れるように散らばる赤い髪。そよ風に前髪が揺れていた。額に浮かんだ紋章は、月の女神の系譜であることを示すものだろう。寝顔は凛としているのに、どこか幸せそうな眠りで、ついついその頬でもつついてしまいたくなる。

 気になったのは服装で、今朝は確か正装していたはずだが今はなぜか泥だらけの青いジャケット姿という、女神としては有り得ない格好で、傍らには土で汚れた小さなスコップと軍手が置いてあった。

 そんな風に、まじまじとアイアスが眺めていると。

「……?」

 気配を感じたのか、女神は瞼を気だるげに開けた。

「あ……」

 アイアスと目が合う。

「……っ!? こ、これはアイアス=シャイン殿!!」

 それこそがばっと跳ね起きて、彼女は彼の前に跪いた。

 彼からは見えなかったが、彼女の顔は羞恥で真っ赤だった。

「……いや、普通にしていいよ。ここは神殿の外だし」

 その反応が面白かったのか、アイアスは笑いをこらえつつ彼女に言った。

「か、かたじけない……。その、緑の女神に頼まれてここの花の面倒を見に来たのだがとても気持ちよかったものでつい……」

 彼女はまだまだ顔を赤くしたままとりあえず事情を説明した。

「ああ、緑の女神に。いや、しかし君は……」

「これでも一応戦神なのだがかの女神はいつまでも私を子ども扱いして……。今日も『良いものをやるから』と……」

 と、彼女は笑った。

 そんな彼女の香るような笑顔に、アイアスはどこか惹かれた。

 つい、呆然と立ち尽くすほどに。

「……アイアス殿?」

「あ、いや、すまない……。その、何というか。こんな雑談を私としてくれる人なんていなかったから……」

 アイアスは自然とそんなことを喋っていた。

「……? 貴殿の周りには多くの神々がいるのでは?」

 彼女は不思議そうに尋ねる。

 確かにはたから見れば、彼ほど取り巻きが多い神は他にいないだろう。

 しかし

「……言ってしまうとね、楽しい話なんてほとんどないんだ。大抵つまらないゴシップとか、あるいは政治的な話とか。私を操ろうとする意思すら感じるときがある。まあ、私はどうせ『お飾り』に過ぎないからね。操り人形には最適なんだろう」

 アイアスはなぜかすんなりと、他の誰にも言えないような本心を、今日初めて言葉を交わす彼女にこぼしていた。

 そこまで言って彼は我に帰る。

「すまない、余計なことを喋ってしまった。今のは忘れてくれないか」

 すると彼女はこう言った。

「忘れろと仰るなら忘れるが……。しかしアイアス殿、貴殿が操り人形だというのは少し腑に落ちない」

「……どうして?」

 意外なことを突っ込まれてアイアスは目を丸くする。

「操り人形というのは自分が操られていると気付かぬ者のことを言うのだ。貴殿が『操られている』と思っているなら貴殿は操り人形ではない」

 淡々と、彼女はそう言い切った。

 特に、彼を哀れんでいる様子でもなく、同情して好意を買おうとしている風でもなく、ただ、実直に。

「……そうか。……確かにそうだが」

 そう言ってアイアスは笑みをこぼした。

「しかしそれでは慰めにもなっていないよ」

「!? いや、慰めようとかそういう意図ではなく、ただそう思っただけで特に意味はない……っていや、もしかすると私は今とても失礼なことを言って……」

 と、彼女が妙に慌てだすのでアイアスはくつくつと笑い出した。

 しばらくそうしていると、彼は彼女がじっとこちらを見ていることに気がついた。

「何か?」

 そう言われて、彼女は

「あ……いや、確かに『シャイン』だと……」

 と、どこか目線を泳がせて言った。

「?」

 アイアスが首を傾げると、彼女は観念したように

「貴殿は物憂げな顔より笑っているほうがいい」

 そう言った。

「……」

 アイアスはまともにそう言われてついつい顔が火照った。おかしな話だ。今まで似たようなお世辞なんて、何万回も言われてきただろうに。

「……君の名前は?」

 彼は生まれて初めて、自分から女神いせいに名前を問うた。

「フェリア……最近はフェリア=ローズと呼ばれるように」

 それを聞いてアイアスも頷いた。

「なるほど。確かに『薔薇色ローズ』だ」

 彼女はそう言われて少しばかり顔を赤らめたようだった。

「フェリア、良かったらまた他愛のないお喋りでもしないか。友人として」

 アイアスはそう言った。するとフェリアは

「貴殿に笑っていただけるなら、喜んで」

 まるで姫君に付く騎士のような台詞と共に、彼の前に跪いた。




 それが2人の始まりだった。

 そうこう密会しているうちに、『友人として』の文句が外れてしまったわけだが。


 フェリアが立ち上がる。

「フェリア……。君がいなくなったら、私はもう笑えないよ」

 アイアスは今にも泣きそうな声で、そう呟いた。

「…………」

 フェリアは俯いたまま、黙っていた。

 そんな彼女をアイアスは抱き寄せる。

 精一杯の力を込めて。

「行くなよフェリア! 私は……思い出より、人間より、今の君のほうが大事だ……!」

 アイアスのそんな叫びを、フェリアは黙って聞いていた。

やがて

「……アイアス殿、私は……」

 そっと、それでも力強く、フェリアはアイアスを離した。

「……フェリア……」

 アイアスは腕にとてつもない喪失感を覚える。

 フェリアは、気丈に笑みを浮かべて

「アイアス殿。あの約束はもういいのか? 私はもう行くが」

 そう言った。

 

アイアスは拳を握る。悔しいのだ。

 彼女を止められない自分の非力さが。

 

だから

「フェリアっ! 帰ってこなかったら私は君を嫌いになるかもしれない、それでもいいんだな!?」

 そんなことを彼は泣きながら叫んでいた。

 彼が彼女を嫌いになることなんて、ありはしないのに。


 それを聞いてなお、フェリアは彼に背を向けた。


「…………さようなら、アイアス=シャイン」 


連日更新は珍しいですね〜・・・

天界編は他にも色々書きたいことが(2人のラブラブ話とかナルシストなライバルとか)あるんですが都合上重要なところしか書けないのが残念です(とか言いつつ前回の天界編は結構遊んでますが)。

天界編最終回は次の幕間、もしくはキリのいいところで入ると思います。

次回からはまた舞台は現代に戻ります。

それではここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ