第32話:月明かりの神殿
ライア石は剣士の町の近くを流れるウォール川の底でたまに見つかるという鉱石だ。
ライア石の輝きは銀のそれに似つつも、銀のように放っておけば白みがかってきてしまうということもない、『永遠不変の輝き』を象徴する石とされていて、これを加工して作ったリングを婚姻の証としたがる夫婦は南地域では少なくない。
「……てことでかなり実は希少で、今日1日で見つかるかどうか……」
と、ズボンの裾をめくり上げて川に入るクオ。
「そういうことは早く言えよ。まあいいけどな」
と言いながら、ベインは川底の光る部分を探し始めた。
そんな2人の様子を見ながら女性陣は川原でシートを広げてお茶を飲んでいた。
「はー、川原はやっぱ涼しいわねー。ところでベインたち、川なんかに入って何探してんの?」
とソラがクッキーを頬張りながらアシュアに問う。ソラには故意に事情は説明していないのだ。
「ああ。宝探しだ」
とだけアシュアは答えておいた。
「ところでアシュアさん、腕の調子はいかがですの?」
とメリアが尋ねた。
「ああ、とてつもなく納得がいかないほど調子がいい」
とアシュアは微妙な表情で答えた。
「ふうん? 包帯は取らないの?」
と、ソラが気にかけたのかそう尋ねる。アシュアの腕にはまだ包帯がきっちりと巻かれたままだった。
「え……ああ……」
アシュアは返答に困った。彼女が腕に包帯を巻いたのはここに来てからのことではなく、もう随分と前から巻いたままだったので、ここにきて取ってしまうのもどことなく名残惜しいというのもあるのだ。だが、実際腕の機能的な面での調子は回復しているとしても、見た目がこの2日で変化するとは考えにくく、生々しいとも言える傷跡を目の前の2人に見せるのもどうかと思うのだ。
「ふふ、今朝ジュリ先生がぼやいてましたわ。『あの子包帯取ってくれないーーー』って」
と、メリアが笑った。
「? なんでそこでぼやくんだ?」
「取ってもらいたかったんじゃないでしょうか」
と、メリアは実に穿ったことを言う。
「……」
アシュアは少し考えて、そろりと包帯を解いてみた。
すると
「……!」
腕には何の痕も残っていなかった。
「わー、ちょ、白いわね! あ、コート着てたから当然か。でもすべすべーーーー! あーいいなあ10代!」
とソラが食いついてくる。
(……まさか、ここまで……)
アシュアがあまりのことに驚いていると
「ジュリ先生はもともと美容整形が専門でしたの。その分野において彼女の右に出る者はいないと言われていますわ」
と、メリアが笑顔で言った。
「へ……え」
ここにきてアシュアはかの女医に少しばかり敬服した。
(『感謝することになる』ってこのことだったのか? いや、まあ確かに感謝はするがここまで完璧に治す必要があったんだろうか……)
と、アシュアは考え込みながらも、ちらりと視線を他の2人に移す。
「そうだったんだー! 私もお肌みてもらおうかなあ〜〜、今からでも遅くないかしら!」
と、ソラがやけにはしゃぎだす。そんなソラは、やはり20代半ばとは思えないほど、言ってしまえばどこかあどけない。
「ソラさんはまだまだ十分若いですわよ、ふふ」
(うーん、確かに)
とアシュアは心の中で頷いた。しかしそう言うメリアとてやはり初めて見たときと変わらぬ華やかさというか、そういうオーラを保っていて、さらには色白で紛れもない美人だ。
(……そういうとこ、私にはないからなあ……。って何まじまじ考えてんだろ)
と1人突っ込んで、アシュアは茶を無理やりすする。
そして
「なあソラ。昨日この上から落ちたじゃないか?」
アシュアはそう切り出した。
「え? ああ、うん、そうね」
ソラは少し真面目な顔に戻る。
「カタストロファーと馬車と馬が消えてたんだ。どこに行ったんだと思う?」
アシュアは気になっていたことを口に出す。
「そうよね、私もおかしいとは思ってたんだけど。流されたわけでもないでしょ? この辺まだ川は浅いから」
ソラは川を眺めて言う。
「? すると一体どこに?」
メリアも謎解きに加わる。
「私の推測なんだが。このあたり、もしくはソラが落下するところに、空間の歪みがあるんじゃないかと思って」
アシュアが言う。
「空間の歪み? それって、例えば影の国に繋がるような、そんな場所?」
ソラは少しばかり驚いたようだった。
「ああ。馬とかはどこか異次元に飛ばされた、とか。それくらいしか考えられないんだ」
「うーん、えと? アシュアちゃんたちは楽園を目指してるんだったわよね? 異次元に行きたいの?」
ソラに訊かれて素直に頷くアシュア。ソラは困った顔をする。
「でもさー、私が一緒に落ちたらどういうわけか跳ね返るわけじゃない? 道は開けても入れないんじゃ意味が……」
「まあ、そうなんだが」
と、結局話はふりだしに戻る。が、メリアが話を続けた。
「あら、でもこの辺りの森は実は『神隠しの森』と呼ばれていて、昔から何人も行方不明になっているという話ですわよ」
「? それはどういう……」
「行方不明になった方々は誰ひとりとして戻ってこなかったといいますわ。そこで町の長老がいつだったか『この辺りには異世界への扉があるのかもしれぬ』なんてことを仰ったことがありましたの」
と、メリアはのほほんと言った。
「……!」
アシュアの目が光った、ようにソラには見えた。
「あの、アシュアちゃん、異次元だか異世界だか知らないけどとりあえず一旦行っちゃうとまずいんじゃないかなあ? 帰ってこられなくなるかもよ?」
と、ソラは恐る恐る言う。
「さっき思い出したんだけど、私のおばあちゃん、霊感とかそういうの強い人だったんだけど、いつだったか私には強力な守護霊様が憑いてるって言ってたの。もしかするとだけど私が落下するところに空間の歪みができて、さらに跳ね返してくれるってことはその守護霊様がかばってくれてるせいなのかも。要するにやっぱり行っちゃうとまずいんじゃないかと思うのよ」
だがアシュアは
「いや、どうしても行かなきゃいけないんだ。楽園に行くにはこの世界だけじゃ足りない気がする」
そう、きっぱりと言った。
あまりにきっぱりと言い切るので、ソラは何とも言えなくなった。
「うーん、まあ、そこまで言うならあれだけど……。1人で行っちゃ駄目よ? 行くならせめてクオ君と一緒にね」
と、ソラが遊びに外へ出る子供に言いつけるように言ったので、ついついアシュアは笑った。
「ああ」
結局昼ごろまで、女性陣は飽きもせず喋り続けた。一方男性陣のほうはというとライア石は一向に見つからず、へとへとになったベインとクオがシートに倒れこんだ。
「駄目だ。やっぱねえなあ」
「ていうか腹減ったよ俺。もう動けない……」
そんな2人を見てメリアはさっと弁当の包みを解く。
「あまり量はないですけど皆さんでどうぞ」
四角いランチボックスには美味しそうなサンドイッチが詰めてあった。
「おお! もらっていいのか?」
クオの顔が輝く。
「ええ。朝メイドに頼んで作ってもらったのですわ。もう少し沢山用意するべきでしたわね」
とメリアが言うが
「いいのよメリアさん。でもこの調子じゃいつまで経っても帰れそうにないわね」
とソラがベインのほうを皮肉を込めた目で見て言う。
「なんだよ、ったく。でも確かにこりゃ時間かかりそうだしな。昼食ったら先に帰ってていいぞ。クオも」
とベインが汗をタオルで拭いながら言う。
「え? でも1人だと余計大変だろ?」
とクオが言うとベインがクオの肩を引き寄せて
「お前も今日用事があったんだろ?」
と耳打ちした。
「え……あ、うん」
と、クオはアシュアのほうを窺う。
昨日彼女に言ったとおり、彼の『とっておきの場所』に彼女を連れて行こうと考えていたのだ。
(でもあそこは……)
クオはそう思い直して
「アシュア、暇だったら先にメリア達と一緒に屋敷戻ってろよ。夜にもう1回出掛けよう」
と、彼女に言った。
「夜?」
アシュアは少し驚いたようだった。
「なんでわざわざ夜なんだ?」
「それは秘密だ」
と言いつつクオはメリアと目が合った。彼女の方は流石地元人というか、彼の目論見を察したようで、柔和に笑っていた。
「……まあ別に構わないが。というか私も少し宝探しを手伝うよ。本気で日が暮れそうだからな」
とアシュアは1つサンドイッチをくわえてから川のほうへ歩き出した。
「じゃあ私も手伝おっかな。ベイン、鶴嘴借りるわよ」
と、ソラも続く。
「あら、じゃあ私も」
とメリアまで続いた。
「えぇ!? お嬢さんまで!? ジョージさんに怒られますって!」
とベインが慌てた。
「あら、大丈夫ですわよ。こんなこともあろうかとちゃんと今日は着替えも持ってきたのですわ」
とメリアは笑って言った。
(……メリア、準備良すぎ。楽しみにしてたんだな、今日……)
とクオは苦笑した。
結局日が傾くまで、5人と1匹は川の中に浸かっていた。
「あー、腰痛い。ったく何なのそのライア石っていうの、一攫千金モノなわけ?」
とソラが愚痴をこぼし始めた。
「まあ、そんなもんだな」
と、そろそろ隠し通すのもきつくなってきたベインは苦笑しながらも、焦りを覚えていた。
(こんだけ探しても見つからねえとなると結構きついな)
ソラだけではなく他の面々にもそろそろ疲労の色が浮かんでいる。
(あーあ、ここはなんとか見つけねえと格好がつかねえな、くそ)
そうこうしている間にも日は傾き続け、
「なあベイン、もう暗くなってきたし、今日は諦めないか?」
ついにクオがそう切り出した。
「そうだな、あんまり暗くなると足元がおぼつかなくなるし……っとメリア、大丈夫か?」
とアシュアが言ったはなからメリアが転びそうになったのか、アシュアがメリアを支える。
「あ、ごめんなさい」
メリアは苦笑しているようだ。
そんな様子を見て
「……そうだな。ありがとな、皆。こんな時間まで付き合ってもらって。俺もうちょっとだけ粘るから、先帰っててくれ」
とベインは言った。
「ベイン? そこまで拘らなくても……」
ソラが言うが
「ほんと、ちょっとだけだからよ、先戻ってくれ。メリアお嬢さんを頼んだぞ」
ベインは頑として譲らないようだ。
「……じゃあ、そうするか? 俺たちはともかくメリアの帰りが遅いとジョージさんがまたカリカリしてるだろうしな」
とクオが言ったのにはアシュアも同感だった。
「ベイン、ほどほどにしとけよ」
「ああ、そこまで無理はしねーよ」
そういうわけで、ベインを除く他の面々はギリアート家の屋敷に向かって歩き始めたのだが。
「……」
ソラが急に立ち止まった。
「ソラ?」
アシュアが声をかけると
「ごめん、やっぱ私もうちょっとベイン見てるわ。メリアさんをお願いね、2人とも!」
と、そそくさと戻っていった。
「「「………」」」
3人はそんなソラの背中をどこか微笑ましげに見送った。
メリアを屋敷に送り届けてから、クオは再びアシュアを連れ出した。
「やっぱり今日は休むか?」
と一応尋ねたのだが
「いや、明日は明日でやりたいことがあるんだ」
とアシュアが言ったのだ。
クオは剣士の町を通り抜け、2日前、メリアが行こうとしていた道を歩き出した。
「お前の『とっておき』っていうのは遺跡か何かか?」
と、アシュアが尋ねる。
「ああ、メリアと見に行ったんだっけ?」
ふと2日前を思い出してクオが尋ねる。
「いや、行こうとしてたときにどこかの傭兵に狙われたからな、結局見に行ってない」
「そっか。でも昼と夜で見比べるのも良かったかもしれないな」
と、クオが言った。
「?」
アシュアが首をかしげていると
「ほら、あれ」
と、クオが前方を指差した。
そこには銀色の光が溢れていた。
「…………」
アシュアはその神秘的な光景にしばし言葉を失った。
「綺麗だろ」
と、クオはそんな彼女の様子に満足したかのように笑って言った。
「……まあ、な」
それに対して若干アシュアは顔をしかめたが、それでもその銀色の光から目が離せなかった。
銀色に光るのは神殿だった。
月の光を浴びて、白い石で造られた古代の神殿が輝いているのだ。
「大昔はここで剣士の町の政治とかやってたんだって。あと教会の役割も兼ねて婚礼の儀とかも」
とクオが解説する。
「俺も昔よく遊びに来たんだー。メリアとか他の幼馴染とかと一緒に」
と、クオが懐かしげにそう言うと
「ふーん、それで結婚式ごっことかやったわけだな」
と、アシュアが手近な石材の上に腰掛けながら意地悪げに言った。すると
「な、なんで知ってるんだ!? メリアに聞いたとか!?」
とクオがあからさまに慌てたので
「違う。勘だよ勘」
と、少々ふてくされてアシュアは言った。
(……まったくこいつは……)
ここに来てアシュアはふと思い出した。
彼に聞かなければならなかったことがあったはずだと。
「なあクオ」
ぶっきらぼうにアシュアがそう呼んだので、クオは
「何だ?」
と、何か気に障ることでも言ったかと少しばかり身構えてしまった。
「お前、私に話してないことあるだろ」
アシュアはクオのほうを真っ直ぐ見て、そう言った。
早速遅れましたすみません。今後はもうちょっと頑張って更新したいと思います。
次回あたりでそろそろ舞台も話も動くと思うので!
ところで時勢はオリンピックですがシンクロ最後の足技18秒、すごいですね〜。
それではここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。読者数があることがとても励みになっております!