表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/48

第30話:墜落と飛翔

 前方に見えるカタストロファーは小型。実際の狼ともさして変わらぬ大きさである。

(あそこまで小さいのも珍しいが……)

 アシュアがそんなことを思っていると

「悪いけど轢くわよ!!!」

 ソラがそう叫んで、馬を急かした。馬車は大きく揺れてから加速する。

「ちょ、ソラ! それはちょっと乱暴すぎ……」

 後ろに倒れそうになりながらもアシュアがそう言い切る前に馬の脚はカタストロファーに迫っていた。

 しかし

「!!」

 狼型のカタストロファーは俊敏に横に跳び退き、馬車をやり過ごしたかと思うと

「追ってきてますわ!」

 メリアが状況を解説してくれた。

「ああもうこんなときにややこしいなあ!!」

 ソラは焦燥を隠せない様子で必死に手綱を操る。

 アシュアも後ろに回って確認すると、そのカタストロファーは何かしら吼えていた。

(……これは、まずいぞ)

 アシュアの直感どおり、しばらくすると両脇の茂みから同じような小型のカタストロファーが数匹現れた。

「ソラ! これじゃ逃げ切っても屋敷までついてくる!」

「ええ!? そんなこと言われても!」

 やけ気味に叫びつつ、ソラは仕方なくギリアート家の屋敷まで続く道から外れることにした。外れると、周囲には背の高い木が植わっていて、ある種の林に潜り込んだ形になる。

 といっても彼女とてこのあたりの地理には詳しくない。初めて踏んだ土地なのだから当たり前だ。

(このまま走ったらどこに着くかも分からないし……)

 と焦りながらもソラは必死に周りを見渡す。何か看板でもあればいいと思ったのだ。そして目当てのものはすぐ見つかった。それはとても大きな看板だった。

 ところで、一概に言うと大きな看板というものは大きくしなければならない理由があるから大きくしているのであって、それほど内容が重要であるということだ。

 ソラが見た大きな看板にはこんな文字が並んでいた。


『この先キケン! 崖あり』


「うそでしょぉーーーーーー!?」

 ソラが叫んだ頃にはもう遅かった。

 馬は崖の一歩手前で本能的に止まる。かなりの急ブレーキで荷車はまたしても大きく揺れた。

 そして何よりまずかったのは、追随してきたカタストロファーは小型なだけあって知能も低かったのか、馬車が止まったにも関わらずそのまま突っ込んできたことだ。

数匹といえど全速力で走ってきた獣達にぶつかられた荷馬車は大きく前へ押し出された。

 馬が驚きの悲鳴を上げながら、崖から脚を踏み外す。ぐらり、と御者台はバランスを崩し、ソラは空中に投げ出される。

 一歩遅れて荷車も大きく傾き、メリアとアシュアもシートを破りつつ空中に放り出された。勿論カタストロファーもだ。

(……死ぬ!)

 アシュアはこの瞬間、過去にないほど命の危険を感じた。本気でそう思ったのだ。

 しかし、崖下の深度の浅そうな川に衝突する間際、彼女は不思議なものを見た。


 まるで蜃気楼のように揺れる大気。

 まるで、世界の歪みのような一面を。


「「「!!!」」」

 気がつけば、アシュア、ソラ、メリアは、もとの崖の上に戻っていた。落ちる一歩手前の位置である。

「……な?」

 アシュアが困惑の声を漏らす。

 何があっても気丈に構えていたメリアも、流石に今は放心状態のようにへたりこんでいた。

 ソラはというと、しばらく同じように呆けていたが

「……ね! 私不死身の魔女だから!」

 と、妙なテンションで2人に向き直った。

「……そ、そうか、ソラにはそんな特技があったんだっけ……」

 アシュアは少し忘れかけていたことを思い出す。

(本人以外にも効果があるのか? いや、じゃあ馬車は……?)

 アシュアはそう思って崖下を覗き込んだが、馬車の残骸、馬、カタストロファーすら見当たらなかった。

(……どういうことだ?)

 ますます分からなくなってアシュアは困惑する。

「と、とりあえず皆さん無事でよかったですわね! ソラさん、ありがとうございます」

 メリアが多少興奮気味にソラに礼を言っていた。

「いえいえ、さ、とりあえず屋敷に帰りましょう。帰ったらすぐベインたちのほう見に行ってやらないと」

 ソラはそう言った。




 一方、クオたちのほうはというと、サランドル家の傭兵達に取り囲まれていた。

「金持ちのギリアート家のわりに傭兵は随分とちゃちいんだなあ? こんなチビと無駄にでかい男だけか?」

 リーダー格らしい、目つきの鋭い長髪の男があざ笑うように2人の周りを馬で闊歩した。

「よく言うぜ。そちらさんの手下を使ってこっちの兵力削いだくせにな」

 ベインは槍を握る。

「それに俺は傭兵じゃないぞ」

 クオも静かに反論して、動き出した。

 相手は確かに多数だが、こちらが無勢なのを見くびってか、馬から下りてこない。なら今がチャンスだった。

 クオは馬の脚を次々と剣の柄で打撃していく。

「うお!?」

 馬が急に暴れだして男達はバランスを崩し、落馬するものもいた。そこをすかさずベインが昏倒させる。

「小賢しい真似をしてくれる!」

 リーダー格の男が馬から降りると残っていた他の男達も馬から降りた。

「やっとやる気になったか?」

 と、ベインが槍を構え直したその時。

「……なんだ、あれは?」

 サランドル家の傭兵の男のうち、誰かが言った。

 クオが傍目で北の空を見上げると、

「……な!?」

 巨大な黒い鳥が1羽、悠々とこちらに飛んできていた。

「でかいぞ! あれは……カタストロファーか!?」

 また誰かが言って、男達がわらわらとサランドルの屋敷へと逃げ帰っていく。

「おいこらてめえら! それでも男か!?」

 傭兵のリーダーは取り乱して怒る。しかし誰も振り返らない。どうやら彼らはカタストロファーと対峙したことがないらしい。

「しかしおかしいな、雲は出てねえんだぞ」

 ベインが辺りを見回す。

「もしかして……」

 クオは思い出す。この街へ来る前、タートルタウンの上空に現れていた濃いカタストロファーの暗雲。

「あのでかい雲から飛んできたんじゃないのか?」

「……そんなことが有り得るのか。世も末だな、本気で」

 ベインが顔を歪ませて、皮肉った。

「ここは一旦休戦、あれを倒すのが先決だ! いいな!?」

 ベインがサランドル家の傭兵長に念押しする。

「分かってんよ、俺とて自分の命は金より大事なんでね」

 長髪の男は頷いた。

 間もなく巨大な黒鳥が舞い降りる。それだけで黒い嵐が巻き起こった。

「く!」

 武器を地面に刺し、吹き飛びそうなのをなんとか凌いだ3人は、間髪いれず黒い鳥の懐へ飛び込もうとした。

 が、鳥が翼を広げると、その翼から棘のような針が幾つも飛んできた。

「っ!」

 3人とも、突然だったので満足な防御も出来ず、とりあえず急所だけは守って、脚等は一気に切り傷だらけになった。

「いってーなあクソ! 馬鹿ガラスが!!」

 傭兵の男は半分やけになった様子で剣を鳥に振るう。しかし、その動きを読んでいたかのように鳥はくちばしで器用にその剣をつまみ、飲み込んだ。

「な!」

 武器を奪われた男が動揺している間に鳥は巨大な翼で男を弾き飛ばした。

 うめき声を上げて地面に叩きつけられる男。

「おい、大丈夫か!?」

 ベインが駆け寄って声をかけるが、男は脳震盪でも起こしているのか、起き上がれないようだった。

「ち。意外とこの鳥、頭がいいみたいだな」

 ベインは歯噛みしながら巨大な鳥を睨む。

(くそ、これじゃ並みの武器じゃ手に負えないな……、アシュアがいればあの武器でなんとかなったかも……)

 とクオは思うが、現在彼女は不在なだけでなく両腕が動かないのだ。そんな状況であの槍と銃が合わさった大きな武器は扱えない。というより、この鳥以外にもカタストロファーがなだれ込んでいなければいいのだが、という不安も彼の胸に残った。

(アシュア達、ちゃんと屋敷まで帰れたかな)

 そんなことを考えていると、鳥は再び上空に舞い上がった。まるでクオとベインを気にしていないかのように、悠々と。

「ま、待て!」

 言葉むなしく、鳥はさらに南へと飛んでいく。

「まずいぞ! あっちはギリアート家の屋敷があるのに!」

 ベインが追いかけだす。クオも倣った。




 3人が異変に気付いたのは、崖からダイブして歩き始めてすぐのことだった。

 小鳥達がざわついて、一気に空を舞い上がったのだ。

「……なんだ?」

 嫌な予感がしてアシュアは空を見上げる。

 すると黒い巨大な鳥が飛翔してきた。

「な、なな何あれ! 今度は鳥!? しかもでかッ!!」

 黒い鳥はこちらに気付いたかと思うと、ゆっくりと降りてきた。

「逃げるぞ!」

 3人はとりあえず駆けるが、鳥が降り立ったときの風圧がとてつもなく、少しばかり前につんのめった。

「ぃったー……」

 腕が使えないアシュアはもろに転んで正直辛かった。

 と、そんな余韻に浸っている間に

「!?」

 思い切り、何かに『がしっ』と掴まれる感触を、彼女は全身で感じた。

「アシュアちゃん!」

 ソラとメリアが下方に見える。まるで俯瞰図のように。

「んな!」

 鳥の脚に捕まってしまったのだ。しかも鳥はゆっくりと上昇していく。

 不測の事態に平静を忘れる。

「離せこのっ!」

 暴れようにも見事にぴったりと掴まれているので動けなかった。

(くそ! なんだ!? 石が目的なのか!?)

 そもそも誘拐されてここまで来てしまったアシュアだが、ポケットには今もしっかりとメリクリウスの石が仕舞い込まれていた。

「このままじゃアシュアちゃんがどっか連れてかれちゃう!」

 ソラはあたふたするが、上空の敵に向かっては槍を投擲するくらいしか手がない。しかし下手に投擲して落としたとしてもアシュアが無事とは限らない。むしろ無傷で助けるほうが難しいだろう。

「それ以前にあまり高いところにいると空気が薄くなってしまいますわ……!」

 メリアが付け加える。

 そうこうしているとクオとベインがやって来た。

「アシュア!!」

 クオは現状を見て顔を青くする。

 一方アシュアのほうはというと

(もう勘弁してくれ。いくらなんでも格好悪い)

 とかいう静かな怒りと恨みを鳥にぶつけていた。

 そんなことは気にも留めず、鳥はそのままどこかへ飛んでいこうとする。

「くそ、このままじゃ余計に厄介なことになる! 鳥を落とすぞ!」

 ベインが槍を構える。クオも頷いた。

(まじかよオイ! 墜落死はごめんだぞいくらなんでも!)

 と、心の中でアシュアが叫んでも誰も気にも留めないだろう。

 ただ、地上のクオと目が合うと、

『大丈夫だ』、と、聞こえた気がした。


お待たせしました・・・記念すべき30話!その割には落ちたり飛んだりなんていうかアシュアが不幸です。

・・・ちょっとスランプ気味で何かおかしいかもしれませんがすみません。

ともかくも夏休みの間は頑張って更新していきたいと思います。目指せ完結!オー!!!

ここまでめげずに読んでくださっている方々、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ