第29話:運命論
メリアの言葉を聞いてアシュアは目を丸くした。『白馬の王子様』なんて言葉を聞いたのは随分と久しぶりだったのだ。恐らくはセレンディアにいた時よりも前、母親と暮らしていた頃に読んでもらった童話で聞いた時以来だろう。
加えてメリアが誰になぞらえてそう言っているのかは流石に察しがついている。アシュアは溜め息混じりに
「……なんで『王子様』?」
と、訴えた。
「あら、だっておとぎ話の中の王子様っていつでもお姫様のピンチに駆けつけて下さるでしょう? あのお決まりの展開、私は気に入ってますのよ」
とメリアは笑った。アシュアは少々眉を八の字にして
「そうか? 実際そんなにタイミングよく駆けつけられるのか疑問だし、それに……」
と言いかけてアシュアは続けようか躊躇った。この話に関してはどうやらメリアとは意見が対立しているらしいし、これ以上続けると全くもってどうでもいいことを論じそうで気が引けたのだ。
しかしメリアは
「それに?」
と気を害した風でもなく興味津々の様子で促してくるのでアシュアはしぶしぶ続けることにした。
「その……前から思ってたんだが、どうしておとぎ話の中に出てくる奴らは会って間もない、ていうか会ったこともないようなお姫様のために命をかけて戦うんだ? その点がどうも納得いかない」
過去にも彼女は母親に同じような問いをしたことがあり、その時の母親の困った顔を思い出すとどうにも申し訳ないような気分になった。
しかしメリアは可笑しそうに笑っていた。
「アシュアさんって面白いことを考えますのね。でもその点だと、剣士だって同じようなものですわ」
「?」
アシュアが首をかしげると、メリアが
「剣士には契約しないまま成人を迎えると死んでしまうという呪いがかかっているでしょう? それを承知で主人を探しに外に出るというのは……」
と言いかけて、アシュアは
「は!?」
と、叫んだ。
「……あら、もしかしてクオ様からお聞きになっていなかったとか……?」
「聞いてない!!」
自分が若干むきになっていることに気付きながらもアシュアは否定した。
(あいつ、なんでそういうことを言わないんだ!! 私があの時脚に怪我なんてしなかったら絶対契約なんてしなかったぞ!?)
そうしてこの場にいない相手に心の中で怒っていると、その気持ちがどこか物悲しいものに変わっていくのが分かった。
(……だから、なんで『私』なんだ?)
そんなことを思っていると、メリアが一息ついてからこう言った。
「王子様にしても、町を出た剣士にしても、『運命』なんてものを感じたんじゃないかしら?」
アシュアはそれを聞いてさらに視線を落とした。
「……それ。それがよく分からない」
アシュアはどこかいじけてしまった子供のようにそう呟いた。
彼女は自然と昨晩のことを思い出していた。彼女が彼にぶつけた言葉が脳裏をよぎる。
『変なのはお前のほうだ! 直感だかなんだか知らないが私はそういうのは信じない! そんないい加減なもののためにこの町を出たのか?』
昨日は自分でも何を言っているのか、どうしてそんなことを言ったのかよく分からなかったが、今になって彼女は少しばかり気付いてしまった。
要するに、『ちゃんとした理由付け』が欲しかったのだ。
しかしそんな些細なことを気にかけるようになった自分がどうも気に入らなくて、アシュアはさらにいじけたような顔をした。メリアはそんな彼女を見て、優しく笑った。
「アシュアさんはあまりそういうのは信じてないんですね」
アシュアは静かに頷いた。メリアはそれを見て続ける。
「私も、正直分からないです」
「え?」
アシュアはその言葉に少々驚いて顔を上げる。メリアはそんな彼女を真っ直ぐ見て、こう言った。
「運命の繋がりがあるかどうかなんて、人間には分かりませんわ。ただ、それでも奇跡と思えることが起こったなら、それはその人の強い意志から紡がれた必然ではなくて?」
「…………」
『それは解釈の問題だ』と、反論することも可能な意見だった。が、アシュアはそれをしなかった。
返事すら出来なかったが、彼女の顔には自然と笑みがこぼれていた。嘲るようなものでもなく、ただ、自然に出た安堵の笑み。
しばらく彼女は不自然に黙り込んだが、メリアは何も口を出さないでただ待っていた。するとしばらくして
「メリア、ありがとう」
彼女がそう言うと、メリアは
「いいえ」
気取らずにそう答えた。
そうしているうちに、2人は馬車が走る音とは別の音が近づいてくるのが分かった。
「……この音は……」
ぬかるんだ道を相当な速さで駆けるような、というより滑るような音。
「なんだ?」
シートを隔てた先の男達も気付いたようで、ざわついている。
刹那
「うわっ!」
男がそう漏らしたかと思うと、馬車が大きく横に揺れてから、急停止した。
「っ」
手も足も動かせないので、アシュアとメリアは慣性の法則にしたがってシートの壁にぶつかる。
「メリア、大丈夫か?」
アシュアが声をかけるとメリアは
「はい……」
とか細く返事をした。すると外で一通り物騒な音がしたかと思うと
「無事か!?」
そんな声と共にシートがめくられて、光が差し込んだ。
やはりそこにいたのはクオだった。
「……」
アシュアは黙って頷いて
「まったく問題ありませんわ」
メリアがそう答えた。
クオはその様子に一安心してから、2人の縄を解き始める。
するとベインも顔を出して
「ああ、良かった。お嬢さんに何かあったらジョージさんに殺されるからな」
と冗談めかして言った。
「何かあったら、ってもう何かあったじゃないのよ。間違いなく減給よ減給。勿論他のやつらはクビ」
ソラが隣でそう言った。
「とりあえず早いとこ戻ろう。ここ、なんかもうどっかの家の敷地内みたいだし」
クオが周りを気にしながらそう急かした。
アシュアはメリアが馬車から降ろしてもらっているのを見ながら、彼女のほうはというと靴を履いていなかったのでまたしても負ぶられるのかと怪訝な顔をしていたところ
「ちょいと待ちな! ギリアート家の傭兵さんたちよ!!」
前方からよく通る、野太い男の声が聞こえてきた。
「!」
クオ達が一斉に視線を向けると、前方から馬に乗った男達がざっと見て20人ほどやって来ていた。お世辞にも人相が良いとは思えない者ばかりである。
「あら、ここはサランドル家のお屋敷ですわね。噂に聞くところによるとサランドル家の傭兵は荒くれ者の集団だとか」
と、メリアはのほほんと解説した。
「そんな顔してるわ。ベイン、さっさと車出すわよ! 馬じゃ奴らも追いつけないって!」
「おい待てソラ。あの車、流石に5人は乗れんぞ」
ベインが呆れ半分の苦い顔で答えた。
ギリアート家から無理やり出してきた車は決して実用的なものではなく、どちらかというと観賞用の、本当に娯楽向けの小さな車なのだった。
「あーもう! じゃあこの馬車で逃げるわよ!! 乗って乗って!!」
ソラが馬車の御者台に飛び乗って、ベインは慌ててメリアを抱えて荷車に乗った。
ソラが手綱を操ると、なかなか良い馬らしい2頭のそれらは快く嘶き発進した。
「うわこら! 俺を置いてくな!!」
クオも慌てて御者台に飛び乗る。
しかし5人を乗せた馬車のスピードでは、単体で走ってくるサランドル家の傭兵達に追いつかれるのは時間の問題だった。
「まずいなー」
ソラは後ろを気にしながらも必死に馬を急き立てる。
「仕方ない、ソラはこのまま走り続けろ。あいつらは俺とベインでなんとかする」
クオがそう言うと、ベインも後ろの荷台から顔を出して
「それがいい。どの道追いつかれるなら先に叩いといたほうがいいだろ」
そう頷いた。
「でも相手の数……」
ソラは表情を曇らせてそう言いかけると
「お前、日頃散々俺に『もっと男らしくしろ』っていうくせに、こういう時になるといちいち心配するよな」
ベインがそう反論した。その言い方が癪に障ったソラは
「な、何よその言い方! 人がせっかく心配してやってるのに!!」
現状を少しばかり忘れて、けんか腰でベインに向かって叫んでいた。
「何だよ、俺がそんなに頼りないか?」
いつも言い合いでは押され気味のベインもなぜか今はけんか腰だった。
「ふん! あんたほんっとーに分かってないわね!?私がいつも『もっと男らしく』って言ってるのはそういうところの話じゃないのよこの唐変木!!」
そう言うソラの声は最後のあたりが妙に掠れていた。
涙を隠すようにソラがそっぽを向くと、ベインは少々ひるんだように眉を動かした。
そんな2人の様子を見ていたクオは『今はそれどころじゃない』と言いたかったのだが、どうにも口出しできない空気になってしまっていた。
仕方ないので彼は後方を気にしつつ、ベインの打つ手を期待して待つことにした。
するとベインが
「……おいソラ」
どこか遠慮がちにそう声をかけた。
「……何よ。行くならさっさと行けば? メリアさんとアシュアちゃんはちゃんと私が責任を持って屋敷まで届けるわよ」
ソラは振り向かないで、ふてくされたようにそう返した。
ベインは若干溜め息のようなものをついて、それから手に持っていた何かでソラの頭を軽く小突いた。
「な、何よ!?」
ソラが流石に振り返ると
「これ、お前にやる」
ベインがそう言って手のひらを開くと、そこには小さな箱があった。
そう、指輪でも入っていそうな箱である。
「……ベイン、これ……」
ソラは予想外の出来事に目を丸くした。
「剣士の町の宝石は上質だって聞いてたからだな、その……とりあえず薬指にでもはめとけ!!」
ベインは照れくさそうにそう言い放って、ソラにそれを押し付けたあと、クオと視線を合わせて『降りる』合図をした。
クオは御者台から、ベインは荷車から勢いよく飛び降りて、見事に着地した。
段々と遠ざかっていく馬車から、それでもしっかりとソラの声が届いた。
「ベインの馬鹿ーーーー!! 大好きーーーー!!」
そんなあからさまな告白を背に受けて、ベインは顔を赤らめる。隣に立つクオもどこか冷やかしを込めた視線を向けずにはいられなかった。
が、そんな余韻に浸っている間もなく、追いかけてきた傭兵たちの姿が見えてきた。
「さてと、何とか食い止めて無事に帰りますか」
ベインが咳払いをしつつそう言った。
「そうだな。……ベイン、結婚指輪にはこの近くの川で採れるライア石がお勧めだぞ」
クオは剣を構えつつ、地元人としてのアドバイスを付け加えておいた。
一方婚約指輪を受け取ったソラは鼻歌交じりに手綱を取っていた。その上機嫌ぶりを空気にひしひしと感じながら、アシュアはメリアと顔を合わせて笑っていた。しかし少しばかり残った2人のことが心配なのも事実だった。
が、人の心配をしている場合ではなかった。
「……な、何あれ!?」
先ほどまで幸せそうに鼻歌を歌っていたソラが一転、緊張を帯びた声でそう漏らした。
「どうした?」
アシュアがソラのただならぬ慌てようを気にして、御者台のほうに顔を出すと、前方に狼のような黒い獣がいた。黒い霧のようなものを纏っている。
「あれは……カタストロファー!?」
しかし妙な話である。見上げた空には黒い雲などひとつも見当たらないのだ。
(雲は出ていないのに、どうして……)
その最悪の事態に、アシュアは歯噛みせざるを得なかった。
少しばかり遅くなりました、色々と申し訳ありません(汗)。結構長々と続いている剣士の町編、まだ続くようです・・・。一応クライマックスに向けて走っているんですが・・・。
そしてさらに申し訳ないのですが、想像以上に6月→7月のスケジュールが詰まってしまってやはり7月もお休みさせていただくことになりそうです(汗)。次回は8月・・・?
アシュア「・・・なんだかなあ・・・」
でも私の予定だと今年の10月までには完結予定です。
クオ「・・・ほんとに?」
8月9月にどれだけ書けるかがミソです。
とりあえず後悔の残らぬよう頑張りたいと思います(汗)。最新話まで追いかけてくださっている方々には毎度ご迷惑をおかけしてすみません。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!よろしければ懲りずにまた8月に覗いてやって下さい(泣)。