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第27話:帰り道

 雨は強くなるばかりで、止む気配など全く見せない。

 アシュアはギリアート家の敷地を抜けて、剣士の町へ続く道をそのまま真っ直ぐ、ただ歩を進めていた。

 道と言っても舗装されている道ではない。この辺りの土は粘土質なのか、ぬかるんだ道は少々どころか随分と歩きづらかった。

 加えて雨を吸った服は身体に張り付いて動きにくい。

 特に彼女が気になったのはコートだった。

(……重い)

 限界まで水を吸ったコートはここまで動きを阻害するのかと初めて知ったのである。

 防寒具としての意味は既になさず、いっそのこと脱ごうかと思って立ち止まったが

(……そこまでして私はどこに行きたいんだ?)

 そう自問して彼女は自嘲気味に嗤った。

 冷たい空気が古傷をどこかうずかせる。

 特に違和感を感じるのは肩だった。

(……あの日も雨だった)

 そう思い返すのは彼女が生まれた町を出たあの日のこと。あの日負った肩の傷はあとになって今も残っている。

 見上げると、濁色の空から降る無限の針。

 全てがあの時を思い出させて気分が悪くなってきた。

(……帰ろうか)

 そうも思ってみたが勝手に飛び出したのはこちらのほうで、自分でもよく分からないまま彼に当たってしまったので、引き返すにも引き返しにくい。

 自暴自棄気味に溜め息をついた、その時。

「……今日は1人か、赤髪の魔女」

 低い男の声がした。

「……!」

 彼女が視線を前に戻すと、いつの間にか黒衣の男が佇んでいた。

「レイドリーグ……!」

 敵を目前にして、どこか虚ろだった彼女の眼は鋭い光を取り戻す。狩人、あるいは獣のように。

 それを見てレイドリーグは嗤って言った。

「随分と乾いているようだな。いいだろう、相手をしてやる」




 アシュアが飛び出していってしまった後、クオはそのまま追いかけようとしたが

「こらこらちょっと待て」

 と、後ろから首根っこを掴まれた。

「!?」

 振り返るとそこにはつい先ほど外から帰ってきたらしいベインがいて

「迎えに行くなら傘ぐらい持ってけ」

 と、その手に持っていた傘をクオに渡した。

「あ、ありがとう……」

 クオは言われるままに受け取った。が

「ベイン、もしかしてさっきの見てた?」

 気になって尋ねた。ベインは苦笑する。

「あ、ああ。悪気は無かったんだがお前さんの声が聞こえてな」

「俺、アシュアが何に怒ってたのか分からないんだ。ベインは分かる?」

 クオはどこかすがるようにベインを見た。ベインは更に苦笑する。

「すまんが俺にも女心ってのはよく分からん。まあ、直接聞いて来い」

 クオはそれに頷いてから、外に飛び出していった。

 ベインはその後姿を眺めつつ

「ほんとに、難儀だよなあ」

 そう漏らして、手に持っている小包に視線を落とした。




 レイドリーグの手にはいつもの黒い剣が握られている。対するアシュアは短剣を抜いていた。

 足場は最悪で、せめぎあいも長くは続かない。

 近づいては離れ、が何度か繰り返されていた。

「……っ」

 アシュアが舌打ちをする一方、なぜかレイドリーグのほうはその状況を愉しむかのように嗤っていた。

「おい貴様、一体何のつもりだ」

 アシュアは見かねて、何度目かの牽制時にそう吐き捨てた。

 レイドリーグはただ平然と答える。

「何が?」

 アシュアは彼を睨み付けた。

「……ここのところ妙な真似をしていただろう」

「妙?」

 そう返す彼にアシュアは更に苛立ちを見せた。

「セレンディア、ソリッドのときも……」

 レイドリーグはまた嗤った。

「なに、気まぐれだよ。それとも何か、感謝でもしてくれるのか?」

 それを耳に入れるなりアシュアは剣を持ち替え拳を固め、再び間合いを詰めた。

「誰がお前なんかに……っ!」

 渾身のストレートだったが、それはたやすく受け止められてしまった。

 そのまま腕をひねられて動きを制される。

「ぃ……!」

 あまりの痛さに苦悶の声が漏れる。ただでさえ腕は石の副作用で弱っているのだ。

「ほう。俺にはしないがあの剣士にはする、と。随分と奴にご執心だな」

 背後から、彼女の耳元で彼は囁いた。ともするとその唇が、耳に触れそうな距離で。

「っ!」

 アシュアはそのままの体勢で精一杯背後の敵を蹴った。が、どうにもレイドリーグは影になってかわしたらしく、当たったという感触は全く無かった。とりあえず離れることには成功したわけだが

「……っ」

 何か、ひどく不愉快だった。再び実体化したレイドリーグはそんな彼女の表情を見て更に可笑しげに嗤う。

「はは、なかなか妬けるな」

 アシュアは更に嫌悪感を募らせる。

「妬ける、だと? お前にそんな人間らしい感情があるはずない……!」

 彼女にとって彼は、大切なものを奪ったこの上ない『悪』である。

 だから、そんなものにそんな『感情』は不要なのだ。

「お前はここで倒す」

 アシュアは動きを阻害していたコートを脱ぎ捨てた。

 レイドリーグはその気迫を読み取ったのか、少しばかり眼を細めた。

「……いいだろう。俺を殺してみろ」

 

再び始まるせめぎあい。

 彼女のほうは目に見えて速度が上がっていた。更に言うなれば、もはや武器などというまどろっこしいものは使わずに、完全な肉弾戦となっていた。

 そもそも彼女の最大の武器は自らの身体である。

 そのことはレイドリーグも以前戦ったことがあるゆえに重々承知していた。しかし、やはりその動きを完全に捉えることは出来なかった。

 カタストロファーとて、相手の動きが予測できなければ影になって避けることは不可能なのである。しかし、今ばかりは彼もそんな風に避けるつもりは無かった。


「ぅ……!」

 そうして、彼女の渾身の一撃が彼のみぞおちに入ったのはどれくらい経ってからのことだっただろうか。

 彼女にとってはさほど長い時間ではなかった。けれど彼にとっては長くもあり、短くもあった。

 そのままの勢いで倒れる間にも、彼女は容赦なく追い討ちをかけるように彼の胸ぐらを掴んでいた。

 そのまま、地面に倒れる。ぬかるんだ地面はそれなりにクッションになったが、彼にとっても実体を保ったまま倒れるのはやはりそれなりに苦痛だった。

 アシュアは間髪いれず腰から短剣を抜いて、振りかぶる。

 レイドリーグは倒れこんだ衝撃から覚めやらぬまま、ただその刃の光を眺めていた。


 ――水の撥ねる音が、耳元で一際大きく聞こえた。

 彼が視線を横にやると、銀色の刃は自分のすぐ隣、耳をかするか掠らないかのところに突き刺さっていた。

 そしてまた視線を戻すと、そこには赤髪の少女の苦虫を噛み潰したような顔があった。

「……くそ」

 本当に悔しげに、彼女はそう漏らした。

「……どうした」

 彼は動かぬまま、そのままの状態で問いかけた。

「……うるさい。手元が狂っただけだ」

 少女はどこか泣きそうに、負け惜しみに近いそんな台詞を吐いた。

 それを聞いて、彼は心底可笑しくなった。

 声を上げて嗤いたいほどに。

「……お前なら、俺を殺してくれると思ったのに」

 彼はそう、呟いた。

「……?」

 アシュアがその言葉に疑問を覚えた次の瞬間、視界が揺らいだ。

「……!?」

 気がつけば地に手がついていた。

 けれど未だに頭がぐらぐらしていて、焦点が定まらない。

(なん、だ……?)

 彼女の意識はそのまま飛びそうになった。




 彼は傘を片手にぬかるんだ道を走っていた。

 暗い上に雨のせいで視界は悪かった。けれど数メートル先にある人影が、誰なのか彼にははっきりと分かった。

「……レイド、リーグ?」

 黒衣の男が地に膝をついていた。

 そしてその腕の中。

 彼が追いかけてきた少女の、ぐったりとした姿があった。

「アシュア!!」

 傘を放ってクオは一目散に駆け寄る。

 レイドリーグはそれに気付いた。

「……やはり迎えが来たようだぞ」

 彼がアシュアの耳元でそう囁くと、彼女は重い瞼を少しだけ開けた。途端に、先ほどまでとは違う腕に抱えられたことが分かった。

 クオがアシュアをやや強引にレイドリーグの腕から奪うと、レイドリーグは一瞬影になって、また少し後退したところで実体化した。

 クオは怒りをあらわにして彼を睨み付ける。

「お前、アシュアに何をした」

 それを聞いてレイドリーグは肩をすくめた。

「俺は何もしてない。仕掛けてきたのはそっちだし、俺を殺さなかったのもそっちだ。倒れたのも勝手に、だ」

「……何を」

 クオが剣に手をかける。既にその碧眼はいつもの穏やかなものではなく、鋭い眼光を放っていた。

狩人が連れた猟犬のそれ、と感じたレイドリーグはあまりに穿ちすぎた形容に嗤う。

(光に近い者ほどかげりも大きい、か)

 レイドリーグも剣を手に取ろうとしたその時、クオの腕の中でアシュアが少し身じろぎした。

 クオは我に返って声をかける。

「おいアシュア! しっかりしろ」

 するとアシュアは小さくだが答えた。

「……耳元で喚くな」

 それを聞いてクオは少しだけほっとする。

 それを見ていたレイドリーグは

「さっさと連れて帰れ」

 そう言って背を向けた。

「な……お前、何なんだよ! 何か目的があって来たんじゃないのか!?」

 その潔さがむしろ疑わしく、クオは思わずそう引き止めていた。

 レイドリーグは振り返らずに答える。

「……別に。そうだな、強いて言うなら……お前が来なければ俺がそいつを引き取ってやった」

「な」

 クオが何か言う前に、彼は影となってどこかへ消えた。

(どういう意味だよ、それ……)

 そう困惑しつつ、とりあえずクオはアシュアに

「アシュア、とりあえずメリアの家に帰るぞ」

 そう言って負ぶさるように指示する。

 どこか意識が朦朧としているのか、はたまた反射的に嫌がっているのか、なかなか反応しない彼女に痺れを切らしてクオは半ば強引に彼女を担いだ。

 それでも反応がないのが心配といえば心配だった。

 とりあえず彼女のコートと、もはや意味をなさない傘を拾って、クオは歩き出す。

 幸いにも雨は先ほどよりかは小降りになってきていた。

 するとしばらくして

「……クオ」

 アシュアが呟くように彼の名を呼んだ。

「なんだ?」

 クオがそう返すと

「……ごめん」

 いつもとは違う、どこか幼い少女のように、彼女はそんなことを口にした。

「……なんだよ、気持ち悪いな」

 クオがそう返しても、アシュアは反抗してこない。

 どうやら本気で調子が良くないらしいということがクオには分かった。が

「……クオ。本当は、私……」

 どこか、普段と違う彼女の一面、といったものを見ているようで、彼の胸は高鳴っていた。

「……て、……良かったと、思ってる……」

 どこか途切れ途切れにそう言ったきり、彼女は黙りこんだ。

 クオは心配になったが、よくよく耳をすますと寝息が聞こえたので、また少し胸をなでおろす。

(……何が良かったんだろう……?)

 そんなことを考えつつ、もしかするともうその答えは彼女の口から聞けないことを少しばかり残念に思いながら、それでも彼はどこか微笑んでいた。

 マイナスの意味ではないということはなんとなく分かったからだ。

「俺は、アシュアに逢えて良かったと思ってる」

 彼女に聞こえていればいい、とそう思い呟きながら、彼は着々と歩を進めた。


作者「あれ? アシュアがダウンしちゃったよ」

アシュア「ダウンさせたのは誰だ! ていうかお前の頭の中ベタすぎだ!!」

作「・・・ここにきてまでまたベタって言われた(汗)・・」

ア「気にしてたのか」

作「・・・ちょっとね・・・。でもいいや、きっと次回は王道・看病イベントとかになるんだゼ」

ア「『なるんだゼ』って・・」


さて、ここで非常に申し訳ないお知らせがあります(汗)。作者の都合により5月末から6月前半にかけてがどうにも忙しく、次回の更新が6月の半ばになってしまいそうです。最新話まで追いかけてくださっている方々にはご迷惑をおかけします(汗)。ですがいつも更新したその日にアクセスしてくださっているのを見るとやる気が沸いてきますし、そうでなくとも最新話のアクセス数があるだけで作者は幸せです(泣)。

それではここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました!また次回、よろしければお付き合いください・・!

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