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第3話:黒い獣

 本当に、あっという間だった。あれだけ大勢の大の男達がいたのに、結局少年が加勢することもなく、赤髪の少女は1人で皆やっつけてしまったのだ。武器もなしに。

「…………」

文字通り、彼は『ぽかーん』としていた。

「災難だったな、昨日も今日も。お前、しばらく屋外に出ないほうがいい」

そう言い残して去ろうとした彼女の腕を思わず彼は掴む。

「ちょっと待った!」

「っ……」

掴んだはいいが相手が妙に顔を歪ませたのですぐ離した。

「……何」

さも面倒くさそうに少女は腕を抱えた。

「あのさ! 俺の主人になってよ」

それは、彼にとって勇気のいる発言だったのだ。

……………。

……………しかし、沈黙が痛かった。

「は?」

それは、期待通りの反応だった。

(……唐突過ぎたよな、やっぱり)

「俺、剣士なんだ実は! って剣持ってないのはまだ契約してないからで! ずっと仕える主人を探してたんだ」

必要最低限の説明をクオは付け足す。

「……で、なんで私に頼む。今の見たら分かるだろ、私は助けなんかいらない」

(う、もっともな意見だ)

「いやでもほら! もしもの時に従者がいたほうが……」

(なーんか売り込みになりつつあるなあ、くそぅ……)

「いらん。そもそも昨日今日あったばかりのやつをどう信頼して従えろっていうんだ。無理あるから」

と、とっとと行ってしまいそうな彼女。ここは追いかけるしかないだろう。ここで見失うともう逢えない気がしたのだ。

 彼は微妙な距離を保ちつつ決して離れない。ここはもう意地だった。

しかしなぜ彼女にこだわるのか、彼は自分でもよく分かっていない。

しばらく黙って歩いていた少女はそろそろ痺れを切らしてきた。このままでは自分が泊まっている隠れ宿にまで付いてくると悟ったのだろう。

「あーもう! ついてくるな! 断っただろう!」

振り向きざまに怒る。この時やっと歳相応の少女に見えた。

「〜〜〜だって俺だって……」

と少年が言いかけたとき、空に不穏な雲が広がりだしたことに気付く。

「ち! 昨日みたいになりたくなかったらさっさと建物の中に入れ」

「え」

と言われてもこのあたり、またしても住宅がない。

「無理だ」

「〜〜〜〜〜」

彼女は肩を震わせている。怒っているのだ。

「じゃあその辺に引っ込んでろライオン頭!!!」

そう言い捨てて彼女は駆け出した。黒い雲の1番濃い部分を目指しているのだろう。

 少年も聞いたことがあった。カタストロファーの出現頻度が高くなると、それはもうすぐその町からカタストロファーがいなくなる兆しだと。もちろん、退治する人あってのことだが。

連日でカタストロファーは現れている。もうすぐここのカタストロファーはいなくなる。『赤髪の魔女』のおかげで。

「でもその前に、ボスが出てくるはずだよな」

なら、もしかすると彼女も苦戦を強いられるかもしれない。

(その時は、助けないと)

剣を持たない今の自分に何が出来るのか、そんなことを考える間もなく、彼は少女が駆けていった方角へ後を追った。




 現れたのはやはりこの地域の主らしい、昨日のより大きな獣型カタストロファー。ゲーム風に言うなら、ラスボスだ。

 赤髪の少女はいつものように高い建物の屋上に陣取っていた。ここからならあの獣を狙える。

 彼女に、あの大きな獣が狩れるだけの戦力は無いように見えた。だがそれは見えるだけ。

腰に引っ掛けている銃をとる。ただの、護身用程度の威力しかないエネルギー銃だ。ポケットから何かを取り出す。それは弾丸ではなく、石。蒼い、海の色をしている。

それを銃に近づけると、青白い光を放ち、護身用の銃は抱えるほどの大きな砲になった。

 これが、『魔女』と呼ばれる所以ゆえん。別に彼女が魔法を使ったわけではない。すべてこの『メリクリウスの石』が起こす奇跡なのだ。

獣は町を闊歩している。あの廃墟のあたりで狙撃するのがいいだろう。誰も逃げ遅れたりしていない……な、と思いたかったのだが。いる。獣のすぐ近く。あれは……

「あの馬鹿!」

つい先ほどライオン頭と怒鳴った相手の彼は自分の赤髪には及ばないまでも、非常に目立つ。黄金の髪などこの辺りでは見かけないからだ。

(さしずめ付いてこようとして道を誤ったか、この方向音痴……!)

 下に降りようとして振り返った時だった。

銃声が、すぐ近くで聞こえたのは。



 その銃声はクオにも聞こえた。もちろん向かい合っていた獣にも。聞こえたほうに1匹1人の視線がいく。

ビルの上。あのビルは昨日、彼女がいた場所ではなかったか。

 獣がその方向へ飛んだ。彼らは戦闘する意思のある者のほうへ牙を向ける。銃声をその証と見たのだろうか。

彼も追う。



「っ……馬鹿が。こんなっ、ときに、サイレンサーも使わずに、撃つっ……とは!」

彼女は苦痛を隠せない声で、それでも怒鳴りながら、震える手で銃を持つ男を睨みつける。脚を撃たれた。ほとばしる激痛。だがそんなことより気になるのは、あの獣がこちらに向かってきているということだ。

「ちくしょお! お、お前が悪いんだぞ! さっき大人しく首わたさねえから!」

先ほどの魔女狩り軍団の残党らしい。そう言い残して無様に慌てて階段を下りていった。

(やけになられて撃ち殺されなかっただけまし……か)

そう考えたがあの獣をこの状態では倒せない。脚に力が入らないから、砲を構えるのは不可能だ。

 大きな音と共に建物が揺れる。無論地震ではない。目の前にあの化け物がいた。

影を吐く獣。この世のものではない、実態があるのかどうかも怪しいイキモノ。だが確実に彼女を殺すだろう。

今、彼女は戦闘できる状態ではない。本来なら襲われる対象から外れる。だがこの場に他に誰もいないし、なによりメリクリウスの石を持っている。人型のそれより知能は劣る獣型カタストロファーでも、その石が重要なものであることぐらい、分かるだろう。

(終わりか? ……いや終われない。まだ約束を果たしてない……)

その切実な願いは届かず、黒い獣は大きな咆哮と共に残酷な刃を向ける。

『オワリダ』

そう、聞こえた気がした。


「待て!!」

誰かが叫んだ。実を言うと痛みで意識が吹っ飛びそうで、彼女にはよく分からなかった。しかし、一瞬でられると思ったわりにまだこんなことを考えている自分がいる、ということを認識しつつ

(さっきの声……)

「あの金髪!!」

思い出して急に目の前が明るくなった。決して明るい未来を見たわけではない。最悪の事態に、目が醒めてしまっただけだ。

獣は明らかに少年を凝視している。戦闘の意思があるのはあちらだ。

「馬鹿! なんで戻って……」

思わず彼女は声を張り上げる。

「なんでって……お前死んじまうだろ!」

「ここでお前が来ても同じだ! 私は……」

(他人を巻き込むのは、もう嫌なのに)

 少女は歯噛みした。


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